旅行 GreenZonePositiveRelationship

と言いながら、猫が来た。そして言った。

 

「ヤオング。皆様、こんばんは。猫2009号ですね。

 

今日のお話は暗い現実ですね。そういうのが嫌いな方は、

 

他の明るいお話を読まれることをお勧めしますね。

 

以下引用。「日本で4番目の新聞の記事ですね。

 

◆暴力から逃れ母子で再出発

 「なんちゃってチキンライス」。それが、加奈ちゃん(6つ)の好物だった。ケチャップをご飯にかけるだけ。具はなし。母親の久美さん(28)は、食べやすいようにとケチャップに砂糖を混ぜた。

 加奈ちゃんが二つになり、妹が生まれたころ、東海地方の自動車関連工場で派遣社員として働いていた父親が失業した。母子家庭で育ち、虐待された経験のある父親は、自分の妻子に暴力を振るい始めた。久美さん名義で消費者金融から借りてパチスロに通った。

 久美さんが働きに出た。日当が数千円の食品加工工場で日雇い。月収は4、5万円。電気やガスを止められたこともある。「寒いから、みんなで寝よ」。母子が一つの布団で寝た。

 久美さんは「だんなの機嫌と、お金がかからない食事ばかりを考えていた」という。夫が家にいる時の夕食は、ごはんにみそ汁と野菜いためなどのおかずが一品。母子だけで取る食事の定番が、甘い甘い「なんちゃってチキンライス」だった。

 加奈ちゃんは、無表情なまま好物を食べた。感情を素直に表すことが苦手な子になっていた。

 「子どもさんに、お弁当を作ってください」。久美さんがわが子のために弁当を作るように言われたのは、1年前のことだった。

 夫の暴力がついに命の危険を感じる域に達し、久美さんは子どもを連れて、「母子生活支援施設」(旧母子寮)に入った。生活に追い詰められた母子のために、国が運営する駆け込み寺だ。

 施設は、母親が働きに出ている間、子どもの面倒をみる。ただし、昼食の用意は母親にしてもらう。子どもの食に責任を持つのが、生活再建の第一歩。そう考えてのことだ。

 「お弁当を見れば、どういう生活をしてきたか分かる」とベテラン職員は言う。コンビニのパンやおにぎり、冷凍食材ばかりを詰めたもの。すさんだ生活の影響を最も受けやすいのが食だ。「入所したばかりの母親はお弁当に彩りなど入れられない」と言う。 

 久美さんのお弁当は、生まれて初めて作ったにしては、上出来だった。卵とソーセージでウサギの顔を作り、ご飯にのせた。「みんな喜ぶかな」。新生活に不安な子どもたちを安心させようとの気遣いを込めた。

 久美さんの母親は料理がうまかった。「母さんの空揚げを作ってみようかな」。お弁当を作るにつれ、貧しさで忘れていた手料理の温かさを思い出していった。

 入所後、しばらくして職員が言った。「加奈ちゃんたち、顔がやさしくなったね」

 加奈ちゃんが通う保育園の遠足の日。久美さんは、にっこりと笑う大きな顔ののりご飯の弁当を作った。

 「今日のお弁当、なあに。見せてよ」。登園する加奈ちゃんに職員が声をかけた。加奈ちゃんは照れ笑いしながら、お弁当袋をそおっと、さすった。 (文中仮名)

◆「7人に1人」

 経済協力開発機構(OECD)が2008年に発表した報告では、日本の子どもの貧困率は13・7%で、7人に1人が貧困状態にある。非正規雇用の増加などで、20年前の12%から悪化した。ここでいう貧困とは、4人世帯で年収が254万円、2人世帯で180万円を下回ることで、生活保護基準にほぼ重なる。子どもの貧困は将来、さまざまな社会問題を生み出しかねない。さいたま教育文化研究所の白鳥勲さんは「本人がどれだけ努力しても貧困の連鎖を脱するのは難しい。社会が解決する問題だ」と話す。

   ◇

 「貧しさに苦しむ子どもたち」。そう聞いても、過去のことか、他の国の話と思われるかもしれない。だが、日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあるとされる。経済大国の実相だ。少子高齢化社会で「宝」とされるはずの子どもたち。この国の未来が今、貧困に蝕(むしば)まれている。その現実を直視したい。

 

◆小2の娘 無料塾で笑顔戻る

女の子が塾の仲間に贈った折り紙のペンダント。裏には一人一人へのメッセージが書かれている=東京都内で

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 小学2年生のみほちゃん(8つ)は、自宅近くにある都営住宅8階の通路に立っていた。昨年の6月中旬。背中に赤いランドセルを背負ったまま、眼下に広がる夕暮れ時の街を見た。生け垣にピンク色の花が咲いていた。

 みほちゃんは入学後まもなく、いじめに遭うようになった。クラスの女の子グループから同級生をいじめるよう強いられて、断ったら自分が標的になった。「母子家庭のくせに、幸せそうな顔している」と言われ、授業中に「死ね」と書いたメモを回された。

 「どうしたの、迷子になったの?」。通路でじっと動かないみほちゃんを、通り掛かったおばあさんが見つけ、1階まで送り届けてくれた。その夜、母親の恵子さん(46)とふとんに入ろうとして、みほちゃんは突然、泣き始めた。「今日、死のうと思ったの」

 みほちゃんは生まれた時から、区営住宅で恵子さんと2人暮らしだ。長く体調を崩していた恵子さんは、生活保護を受けてみほちゃんを育ててきた。

 3年ほど前からは隣町の病院で看護補助者として働くようになった。保護費と合わせて月収は20万円前後。節約のため、夕食がおにぎりだけの日が週に2日ある。

 みほちゃんは、一人になるのをおびえるようになった。トイレの中まで恵子さんに付いてくる。夜になると、いじめを思い出して泣く。「どうして、あなたはいじめるの?」。ふとんの上に座り、独り言をつぶやいた。

 学校に相談しても、答えは「いじめは確認できない」。恵子さんは、休職してみほちゃんにかかりきりにならざるをえなかった。

 蓄えはない。いつになったら仕事に戻れるのか。どうやったら娘は回復するのか。貧困が焦りを呼び、娘を受け止める心の余裕を奪っていった。「虐待をする人の気持ちが分かった」と恵子さんは言う。

 飲食店がひしめく都内屈指の繁華街の一角に小さな「塾」ができたのは、母子がぎりぎりまで追い詰められた、ちょうどそのころだった。

 塾では、生活保護世帯の子どもらに、弁護士や大学生らが無料で教えている。貧しい家庭の子どもたちは、勉強が苦手でも塾に通えない。進学を断念したり、中退したりして、貧困に…。そんな連鎖を断ち切りたい、と若手弁護士が立ち上げた。

 塾の話を区役所の生活保護係からのお知らせで知って、恵子さんは迷わず、みほちゃんを連れて行った。大げさでなく、わらにもすがる思いだった。

 生徒は7、8人だが、なかなか騒々しかった。「を」の字が読めなくて、国語の教科書を放り出す子もいる。でも、先生たちは子どもを自分の膝の上に抱き上げたりしながら、根気強く教えている。

 子どもたちを見ていて、恵子さんは気がついた。「みんな必死で大人に甘えている」。教室の片隅で、みほちゃんが笑っていた。4カ月ぶりの笑顔だった。

 塾に通い始めて3カ月。クリスマスを前に、みほちゃんは塾のみんな一人一人にプレゼントを用意した。

 ピンクの毛糸のひもが付いた折り紙のペンダント。真ん中に大きなハートのマーク、裏には踊るような字で「いつもありがとう」。

 配る前に、大きな声でみんなに報告した。「学校に通えるようになりました」(文中仮名)

    ◇

◆母子家庭悲鳴 9割「苦しい」

 働いても働いてもぎりぎりの生活を強いられているのが、123万世帯(2003年調査)いる母子家庭だ。厚生労働省によると、07年の時点で、母子家庭・父子家庭の半数以上は貧困状態にある。現在の生活について「苦しい」と答えている母子家庭は9割。07年国民生活基礎調査では、全世帯の平均総所得は566万円なのに対して、母子世帯は236万円と少なかった。全国の母子生活支援施設に入所する母親の8割が非正規雇用で、その半数の毎月の就労収入は10万円未満というデータもある。

 

◆「母に働かされているの」

中学生の時、養護教諭からもらった児童相談所の電話番号が書かれたメモ。大学生になった今も大切に財布に入れ、持ち歩いている=愛知県内で

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 中学3年のミキの告白は、養護教諭の田中明子(49)にとって衝撃だった。「私、母親に働かされているの」。5月下旬の6時間目、保健室でミキの目に涙が浮かんでいた。

 「金髪に、ひざ上丈のスカート」。4月に赴任したばかりの田中にとって、ミキは問題行動の目立つ不良少女の一人にすぎなかった。

 保健室のソファで悪態ばかりついていた「生意気そうな自分勝手な女の子」が、泣いている。「生みの親はいるけど、育ての親はおらん」。途切れ途切れに話すミキを、田中は抱き締めることしかできなかった。

 ミキは母子家庭で育った。3歳の時、両親が離婚。ミキを連れて家を出た母はやがて水商売を始めた。

 収入は常に不安定だった。ミキが小学5年になると、母は家に金を入れるよう言いつけた。「母さんが怖かった」。ミキは近くのおばちゃんに頼んで内職仕事を始めた。月2、3万円の収入に母は満足しなかった。中学に入学してからは新聞配達を二つの店で掛け持つようになった。

 母親に取り上げられない“臨時収入”を得ようと、はやりのルーズソックスを万引しては、格安で友だちに売ったこともある。その「不良仲間」たちもミキの生活苦のことは知らなかった。

 「本当のことを言ったら、どん引きされる。友だちにだって話せない」。貧乏は、誰にも話せない悩み。孤独だった。

 疲れ果てた心身にとって保健室のソファは最高の寝床。だが、田中が赴任した時、校長から聞かされたのは「保健室が不良のたまり場になっている」のひと言だけ。「教室には行きたくない」。ささくれだったミキの言葉に込められた意味を、読み取れずにいた。

 「彼女は何かを抱えている」。田中の疑問を解くかぎは2カ月後、突然、訪れた。いつものようにふいに保健室に現れたミキは、母親に働かされていると涙ながらにうち明けた。「貧困でそこまで悩んでいる子がいるなんて、思いもよらなかった」と田中は言う。

 告白から1カ月後、ミキは田中の勧めでスクールカウンセラーとの面談に応じた。面談を終えたミキに田中は児童相談所の連絡先を書いたメモを手渡した。「あなたの意思を尊重したい」

 ミキの通報をきっかけに児童相談所の介入が始まり、ミキは母の元を去った。

 なぜ、あの時、告白できたのか。その本当の理由はミキ本人にもわからない。「苦しくて。たぶん、本当は誰かに聞いてほしかったんだと思う」

 22歳になったミキは愛知県内の大学で児童福祉を学んでいる。「過去の自分と向き合いたかった」。講義や専門書に出てくる心に傷を負った子どもの症例が自分と重なる。「学べば学ぶほど自分が欠陥商品のように思えてくる」

 不安を埋めてくれるのが、アルバイトで始めた障害者の支援活動だ。働く親に代わって障害児に寄り添う。子どもの笑顔に癒やされ、親の感謝の言葉に自信をもらう。「頼って、頼られている」(文中仮名)

    ◇

◆「余裕のなさ」影響

 子どもの問題行動には貧困が影を落とすが、高度経済成長を経た現代日本で、両者をつなぐ視点は薄まるばかりだ。法政大大学院の岩田美香教授(教育福祉論)は、1977年の「犯罪白書」が「少年非行の普遍化」を指摘して以来、原因を情緒発達など個人の資質に求めがちだと指摘する。貧困家庭の育児について「金銭的困窮だけでなく、親の時間的な余裕のなさが家族の孤立を招く」点に着目。病気や飲酒問題を抱える親もおり、子の世話が不十分になったり、親子関係がこじれたりしやすいことから、学校がソーシャルワーカーの活用などで「家族の背景にまで目配りする」ことが必要だと訴える。

 

◆手に「最先端」 豊かさとは無縁

ふたり寄り添いDSで遊ぶ姉と弟=愛知県内で

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 パパ(45)とはもう3週間以上、会っていない。「おれの相棒、元気かな」。ソウくん(8つ)が気遣う。「相棒」とは、子どもに人気の携帯ゲーム機「ニンテンドーDS」のゲームに登場するキャラクター。

 ソウくんのDSは普段、パパの家に置いてある。だから、「相棒」に会えるのはパパと一緒の時だけ。「おれがいないときは、パパが代わりに遊んでる」。2人の共通の話題は、ゲームだ。

 ソウくんが二つ違いの姉と名古屋市近郊の児童養護施設で暮らすようになって、もう6年になる。2歳のとき、母親が家を出ていった。トラック運転手だった父親は当初、ベビーシッターの助けを借りて懸命に仕事と育児の両立を図った。

 「(ベビーシッターの)利用料で週2、3万円を請求された。これは続かんなと思った」と、父親は言葉少なに振り返る。仕事中、幼い子どもたちに家で留守番をさせるわけにはいかない。やむなく、父子は離ればなれに暮らし始めた。

 姉弟が預けられた施設は、親の養育困難や虐待などの理由で、児童相談所に一時保護された子どもたちを受け入れる場所だ。家庭復帰を目指しながら、子どもたちが集団生活を送っている。

 「かつては親の失踪で入所に至る事例が多かった。今は虐待、離婚など入所の理由はさまざま」と施設長(56)。その根っこにあるのは今も昔も変わらない。「貧困だ」と、職員らは口をそろえる。

 だが、子どもを取り巻く「貧困」は、かつてとは様相を異にしている。DSやiPod(アイポッド)などの最先端の電子機器は“必需品”。継ぎはぎだらけの服のかわいそうな子どもたちは、過去の話だ。「公園で遊んでいても、誰も貧しいと気付かない」。中堅職員の本田勇二(29)は言う。

 たまの外泊から施設に戻った子どもたちが最新版のゲームを手にしている。そんな光景は本田の中では日常だ。「DSが親子の関係をかろうじてつなぎ留めている」

 昨年暮れのクリスマス、ソウくんは朝から窓の外を眺めていた。3週間ぶりの外泊。父親はなかなか迎えに現れなかった。

 ソウくんに付き添う本田には気掛かりがあった。数カ月前、父親は金銭的に窮地に立たされた。トラック運転手から事務職に異動を命じられ、ピーク時に30万円ほどあったという毎月の手取りは十数万円に落ち込んだ。「一緒に暮らせるよう頑張る」。父親の言葉に、かつての力強さは失われていた。

 パパの窮状は幼いソウくんにも伝わっていた。いつもふりかけご飯ばっかり食べて、前より疲れて見えるパパ。「おれがDSしてる時も、布団で寝てばっかり」

 クリスマスの一日が終わろうとしていた。「お客さまのご都合により通話ができなくなっております…」。本田の鳴らした父親の携帯電話は、料金滞納を告げる無機質な自動応答を繰り返すだけだった。(文中仮名)

    ◇

◆「総中流神話」に隠れ

 国立社会保障・人口問題研究所部長の阿部彩氏は著書「子どもの貧困」で、日本人の「貧相な貧困観」を指摘する。子どもにとっての必需品を調査した先進国間のデータの比較では、英国では84%がおもちゃを必需品と回答したのに対して日本では12・4%、自転車は英国が55%、日本が20・9%など、いずれの項目でも大きな差があった。

 阿部氏は日本人の心理の根底にある「総中流」や「貧しくても幸せな家庭」といった「神話」が、子どもの貧困問題に対する日本人の鈍感さにつながっているとみる。

 

◆「家族支える」医学部目指す

「5」や「A」などの文字が並ぶ中学校の成績表。高校3年生の時に書いた作文には、施設や家族への感謝の気持ちがつづられている

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 岐阜県内の高校に通う3年の美香さん(18)の父親は、中学生のころ、突然、いなくなった。

 関東地方の出稼ぎ先から、仕送りがなくなった。家賃も払えず、美香さんと妹2人の母子4人は路頭に迷いそうになった。

 そこで手を差し伸べてくれたのが「あの人」だった。お母さんの会社の同僚。「面倒みてやるよ」。やさしい言葉につられ、お母さんは再婚し、美香さんたちはあの人のマンションに転がり込んだ。

 そこからが大変だった。「お前はだめだ、お前はだめだ」。お母さんにあの人は何時間も怒鳴り続けた。

 耳をふさいで勉強した。「もう終わったかな」と手を離しても、まだ続いていた。「今は、勉強しよう。集中しよう」。そう言い聞かせた。

 「もう、やめて」。半年が過ぎたある日、美香さんが叫んだ。母子は再び、家を出た。

 行き場所のない母子を保護し、自立支援する母子生活支援施設へ、2年間だけ身を寄せた。

 美香さんは今、大学受験の真っただ中にいる。志望は国立大学の医学部。将来は顕微鏡で細胞をチェックし、病気を探る検査技師になりたい。

 中学2年の入所時、何度も続いた転校で、学校の勉強が分からなくなった。大好きだった数学でも最低点を取った。悔しかった。

 「勉強ができないと大学に行って就職できない。これから家族を支えるのは私なのに」

 妹2人と3人で6畳部屋を分け合いながら、高校受験を前に夜中まで勉強した。職員にも勉強を教えてもらった。そのおかげで、県内屈指の進学校に進めた。

 同級生はみな、毎日のように塾に行く。美香さんは、3年の夏休みもファストフード店へバイトに行った。「少しでも進学資金をためたかった」。だけど、教材費や生活費にすべて消えてしまった。

 希望する大学は、自宅から通えない。家賃、生活費、授業料…。契約社員のお母さんの月給は13万円。とても進学資金など出せない。働きながら短大を卒業したお母さんも「どれぐらいかかるのか想像つかない」と言う。

 貸し付け型の奨学金はすでに申し込んだ。だが、受験に行くお金さえもひねり出すのが難しいのだ。ホテル代と交通費で3万円ぐらい。自立支援する施設の職員は「他にも受けたいところがあるだろうけど、経済的に1校しか受験できない。入学前にかかる費用を支援する制度はほとんどない」と指摘する。

 「はあ」。公営住宅の一室で、お母さんがため息をついた。最近、頻繁に1人で施設を訪れる。当面のお金のやりくりを職員に相談しているのだ。

 お母さんは、美香さんに「大丈夫だから、好きなようにしなさい」と言ってくれる。でも、好きなようにできないことは、美香さんが一番よく分かっている。

 「どうしても国立。私立には行けない。浪人なんか考えられない」

 一度しかないチャンスの日が、近づいている。(文中仮名)

    ◇

◆返済困難な若者増加

 貸し付け型奨学金を最大限利用すると、大学卒業時には数百万円の借金を背負うことになる。最近は不安定な雇用環境を反映し、社会人になっても奨学金が返せない若者が増えている。

 日本学生支援機構の2009年度の調査によると、返済が半年以上遅れている人の88%が年収300万円未満。延滞者の半分以上は無職やアルバイトだった。09年度時点で未返済額は過去最高とみられる797億円。返済猶予の申し出も相次いでいることを受け、機構は1月から、一定期間、減額して返還できる新制度を始める。

 

◆必死で自活「夢どころじゃ…」

親から逃げ、同居するカップル。ゴミが散乱する部屋で寄り添って生きる=愛知県内で

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 名古屋市内の定時制高校に通う4年生の勝(21)の母親は“怪物”だ。いわゆる「モンスターペアレント」と、学校側から分類されている。

 修学旅行の積み立てや教材費などの学校納入金を、昨年4月から一度も支払っていない。学校側は「定職にもついているし、払えるのに払わない」とみる。ひとり親の母親は看護師だ。

 修学旅行を目前に控えた11月。教室で勝の担任の佐藤公一教諭が切り出した。「このままじゃ修学旅行にも行けんし、卒業もできんぞ。お母さん、なんで払ってくれんのだ」

 「先生、母さんの病院に行くのやめてよ。おれが怒られる。お金はなんとかする」と勝は言った。

 入学以来、自分の学費はバイトで稼いできた。毎月数万円、母親にも渡していた。「家にお金をいれなさいと言われていたから」

 父親は知らない。母さんが姉と勝を育ててきた。「仕事が疲れる」と言っては、アルコールをあおるように飲む母さん。勝が救急車を呼んだこともあった。

 しつけのためだと、激しくたたかれたこともある。「母子家庭だから大変なんだ」。ずっとそう思ってきた。定時制高校へ進学する時も「母さんには負担をかけない」と心に決めていた。

 勝は最近、同じ定時制高校で出会った彼女と一緒に暮らし始めた。彼女の両親も学費を支払わない“怪物”だ。

 「2人とも行く場所がなかった」。勝は少しうれしそうだ。まるで同志と出会ったかのよう。4万5000円の家賃は勝が払い、カーテンも冷蔵庫もない部屋で、1日1食、白米1合を分け合って暮らす。

 「先生、お金貸して」。勝は結局、佐藤教諭に助けを求めた。修学旅行代金と家賃の6万5000円を、3カ月の分割返済の約束で借りた。

 佐藤はほかの生徒にもお金を貸す。みな、親に頼まず、佐藤のところに来る。最近の親子を見て感じる。「親子のきずなが希薄になっているんじゃないか」。勝の母親にきちんと支払うよう談判したこともあるが、「私には関係ない」と一蹴された。

 勝は今春、卒業する。行き詰まった生活からの「出口」を見つけるのは厳しい。過去最低水準の高校生の求人倍率。佐藤は「昼間の生徒にくる求人の10分の1しか、夜間にはこない」と嘆く。定時制の生徒だと告げただけで、会社訪問さえ断られることもある。

 分割返済の1回目の期限。佐藤は牛丼を手みやげに、部屋を訪ねた。勝はバイトをクビになっていた。レジの金が売り上げと合わないことが理由だった。

 「あのままいったら、犯罪者かホームレスになる」。佐藤は卒業後が心配でならない。金を貸す自分は、その場限りのセーフティーネットだ。

 「これからどうするんだ?」と佐藤。勝は、牛丼を一気に口にかき込みながら言った。「夢とか言ってる場合じゃないでしょ。とりあえずバイト、バイト」(文中仮名)

    ◇

◆深刻な給食費未納問題

 公立小中学校では給食費の未納問題が深刻化している。文部科学省によると、2009年度の給食費未納総額は約26億円(推計)とされ、前回の05年度調査より約4億円増えた。学校側が挙げた一番の理由は「保護者の責任感や規範意識の欠如」だ。

 就学援助と生活保護の家庭が7割にも達する名古屋市内の小学校で勤務経験のある事務職員は「計画的にお金を使うことが不得手だったり、気が回らなかったりというケースが多い。一概にモンスターペアレントと片付けるのは乱暴だ」と指摘する。

 

◆母病気で5人家族苦しく

膀胱・直腸機能障害で苦しんできた少年。おむつをはきながら働き、家計を助ける=愛知県内で

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 ヒロユキ(18)は紙おむつをリュックに詰め込み、アルバイトに出かける。学校の冬休み中は週5日。この三が日も働いた。時給は750円。給料は全額、母親の口座に振り込んでいる。

 生まれつき腎臓が一つしかなく、膀胱(ぼうこう)・直腸機能障害がある。一時は人工肛門が必要で、今も便意がわからない。1日4回、トイレでおむつを替え、使用分を家に持ち帰る。

 子どものころは自宅のトイレに入るたびに泣いた。学校では「なんか臭わない?」とクラスメートがヒソヒソ話しだすと、こっそりとトイレに向かった。

 兄(20)、弟(15)、母(38)、祖母(71)と5人で愛知県内の家賃2万円の公営住宅に住む。兄を虐待していた父はヒロユキが3歳の時に家を出た。養育費は一度も払われていない。祖母は年金を受給できず、一家は母がアルバイトで稼ぐ月8万円程度の収入に頼って生きていた。

 それでも、家族の仲のよさが救いだった。狭い部屋に身を寄せ合い、拾ってきたテレビの前で、寝るまでおしゃべりが続いた。

 ヒロユキは自宅から電車で1時間かかる特別支援学校の高等部に進んだ。入学時から授業料が無償で、家計の負担を軽くできたからだ。

 だが、ほそぼそとやりくりしてきた家計は、母の病気で簡単に崩れた。一昨年4月にアルバイト先の飲食店で倒れ、十二指腸潰瘍の診断を受けた。1カ月の入院後、新しい職を探したが、見つからなかった。

 世間体を気にして生活保護は受けず、収入は母の兄の援助と児童扶養手当を合わせた月5万円ほど。夕食が白飯にお茶を掛けただけの時もあった。電気やガスは何度も止められた。

 「このまま山に入ってみんなで死のうか」。母の入院中、食卓で祖母が冗談とも本気ともつかない口調で言った。「いいよ。いつ行こうか」。ヒロユキが冗談っぽく返して、家族の明るさを保った。

 「家計を助けたい」と高校を中退して働き始めた兄は職場になじめず、職を転々とした。中学生の弟は友人たちとみんなでファストフード店に入っても、一人だけ何も食べずに我慢している。

 ヒロユキは高校3年生になり進路選択を迫られた時、好きなテレビゲームの開発を学ぶ専門学校に進もうと考えた。学校の合同説明会に足を運び、パンフレットを開くと、授業料は年間100万円。「到底無理だ」とその場であきらめた。

 就職活動を始め、年末に県内の大学から正規職員として内々定をもらった。障害者採用の枠だった。春からは20万円程度の月給が入るはずだ。

 「障害があってよかったです」と、ヒロユキは話す。テレビで学生の就職難を報じるニュースを見るたびに感じるのだという。

 「百パーセントの本音じゃないですけど、家のことを考えると、本当にそう思います」。穏やかな笑顔のまま、18歳は続けた。「この時代に高卒で安定した職に就けるなんて、なかなかないですから」(文中仮名)

    ◇

◆就職環境は不十分

 国は障害者雇用率制度で、民間企業や公共団体に全社員、職員のうち一定の割合で障害者を雇用するよう義務づけている。

 愛知県教委の調査によると、公立特別支援学校高等部卒業生の就職内定率は近年95%前後を維持している。だが、県内のある特別支援学校教諭は「毎年、卒業生の2割は1年を持たず、半数は3年を持たずに会社をやめてしまう」と指摘。「障害者が自分に合う仕事や職場を選べるだけの環境はまだ整備されていない」と、課題を挙げている。

 

◆「田舎の付き合い」重荷

借金返済のため結婚指輪も売った。家にはケースだけが残る=岐阜県内で

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 ショートカットにくりくり二重。屈託なく部活に打ち込む活発な子。高校時代の友人の目に、小川瞳(21)はそう映っていたに違いない。

 週末になると、強豪校との試合のために遠征を重ねた。夏休みも冬休みも合宿に明け暮れた。

 瞳は岐阜県の山間部に2人姉妹の妹として生まれた。実家は小さいながらも自動車の部品工場を営み、羽振りが良い家と見られていた。

 でも、それはうわべだけだった。

 瞳の遠征や合宿のたび、両親は費用を工面するのに必死だった。母からお金を手渡されるのは、決まって支払期限ぎりぎり。瞳は「お金掛かってごめんね」とあやまった。

 節約のために、瞳のトレードマークの短髪も、手先が器用な父がはさみを入れていた。「友達みたいに美容室に行きたい」というのが、瞳のささやかな願いだった。

 バブル崩壊の影響がじわじわ広がる中、祖父が他界し、働き手は両親2人だけに。技術が求められるだけに、パート職員などを雇うことはできない。受注できる仕事が減り、不況も加わって売り上げは最盛期の3分の1以下になった。

 工場のため月10万円近く掛かる電気代すら、工面が難しかった。娘の成長に合わせて教育費は増える一方。両親はカードローンで金を借り、共済年金や学資保険を崩してはやりくりした。

 とはいえ、父には田舎ならではの付き合いがあった。祭りや行事の後は若手を自宅に招き、酒や料理を振る舞った。地域の寄り合いの後は、仲間とすし店に連れだった。

 瞳が中学3年の時には、家を改築した。地区に下水道が整備され、父は「接続工事をしないと、恥ずかしくて地元の集まりにも出られなくなる」と、新たに1000万円の住宅ローンまで組んだ。

 「はたから見たら普通の家が、実は借金まみれというケースは田舎には多い」。岐阜県の山間部で多重債務者らの生活相談に乗っている元市議(65)は指摘する。

 「横並び意識から教育費などを無理し、子育てを終えたころに限界が来る。恥ずかしいからか、親戚や友人を頼らないため、周りからは貧困が見えない」

 高校を卒業し、学費の安い公立の学校に進んだ瞳。それを待っていたかのように、家計は破綻した。毎月の返済は40万円超。裁判所に借金の圧縮を求めた。返済が滞れば家財を差し押さえるという条件だった。

 瞳が学校を卒業する直前、母から手紙が届いた。結婚指輪を売った、と書いてあった。

 母のつらさは痛いほどわかった。「仕事がもうかるようになったら買い戻すつもりだから」。母の言葉に慰められた。

 あれから3年。自動車の海外輸出が好調で、実家の工場は大みそかまで稼働した。価格競争の激化で部品の単価が下がり、働いても実入りは少ない。

 たんすの中には今でも、金字で「寿」と記された結婚指輪の箱が眠っている。外はぴかぴか、でも中身はまだ空のままだ。(文中仮名)

    ◇

◆「家計費の補助」が4割

 多重債務問題に取り組む全国の約90団体が加盟する「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会」によると、2009年に寄せられた相談件数は計約8200件。相談者は40、50代で半数近くを占め、借金の主な原因は「家計費の補助」が40%超。「年齢的に給料は最も多くなる時期だが、子どもの養育費も多く掛かるころ」と同会の本多良男事務局長は指摘する。

 

◆苦学生 家族のため就職

新聞配達を続けながら専門学校に通ってきたが、家計を支えるために学校をやめざるをえなくなった=名古屋市熱田区で

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 4つ離れたお兄ちゃんは無口だけど、頼もしい。高校に上がる少し前、お父さんが失業した時もそうだった。

 「バイト始めようかな」。メールで相談したら、すぐ返事を打ってきた。「やめとけ。おれが何とかする」

 名古屋で新聞配達をしながら、勉強を続けてきたお兄ちゃんは、地元の建設会社への就職を決めてこの春、沖縄に帰ってくる。

 午前4時、人けのない名古屋市内の住宅街で山城真理雄(19)が懸命にペダルをこいでいた。自転車の前かごと荷台に積み上げられた150部の新聞の束。新聞奨学生として働きながら、専門学校に通い2級建築士の資格取得を目指してきた。

 実家のある沖縄・石垣島はこのところ景気が良くない。ホテルマンだった父(62)はこの10年で職種を3つ変え、契約社員として警備の仕事に就いていた。コンビニで働いていた母(47)は、収入を補おうと結婚前にやっていたバスガイドとして再び働き始めた。けれども、2人の月収は40万円に届かない。

 懸命に働きながらも不安定な収入に翻弄(ほんろう)され続ける両親の姿が、高校の教師の叱咤(しった)と重なった。「資格がないと食っていけないぞ」

 建築士に狙いを絞ったが、困ったのが進学費だった。親には頼れない。高校3年の進路説明会で新聞奨学生の制度を知り、「これしかない」と思った。奨学金の支給を当て込み、新聞販売店に50万円を前借りして専門学校の入学費用に充てた。

 起床は午前3時。朝刊を配達後、2時間だけ仮眠をとって学校へ向かう。勉強の合間を縫い、夕刊配達もこなす。就寝時間が12時を回ることも少なくない。

 名古屋に来て1年近くが過ぎたころ、父が警備員の契約を打ち切られた。「心配しないでいいから」。電話口の父は努めて淡々としていた。

 妹から相談のメールが届いたのはそれから間もなくだ。地元の進学校に合格した妹。読書好きで「本に囲まれていたい」と、大学に進学して図書館司書になる夢を抱いている。

 「何とかする」と妹には言ったものの、あてがあったわけではない。入学費用に前借りした分の返済もあり、手元に入る奨学金は毎月6万~7万円。寮暮らしで生活には困らないが、妹の学費を払うほどの余裕はない。

 真理雄は予定していた設計士受験課程への進級をあきらめ、就職せざるを得なかった。学校の先生には「勉強一本じゃないと(2級建築士の)合格は難しい」と念押しされたが、「今はとにかく、妹に勉強に集中させたい」と思い切った。

 ことしの正月、成人式に出席するため、久しぶりに帰省した。父は今も仕事が見つからず、母も仕事を減らされていた。

 両親は、息子の就職が決まったことを素直に喜んでいる。真理雄は、進級をやめた本当の理由を両親には伝えていない。(敬称略)=第1部終わり(取材班・星浩、小笠原寛明、長田弘己、森本智之、多園尚樹、原田遼、太田朗子)

    ◇

◆中退者の実態つかめず

 国が「学校教育の最も重要な調査」と位置付ける学校基本調査は、その対象を在学・卒業者に限っている。中退者の実数すらつかめていないのが現状だ。文部科学省調査企画課は「大学や専門学校の担当部署から依頼がない」と素っ気ない。

 東京都専修学校各種学校協会の2008年度の調査によると、都内の専門学校の中退者は約6500人に上った。「資格を目指す目的意識の高い学生が多いだけに、経済的理由が与えた影響は大きいのでは」と危機感を募らせる。

 

ヤオング。」と言うと猫は居なくなった。


고양이가 말했다.「미래가 울고 있다.야옹.」

이렇게 말하면서, 고양이가 왔다.그리고 말했다.

 

「야옹.여러분, 안녕하세요.고양이 2009호군요.

 

오늘의 이야기는 어두운 현실이군요.그러한 것이 싫은 분은,

 

다른 밝은 이야기를 읽으시는 것을 추천하네요.

 

이하 인용.「일본에서 4번째의 신문의 기사군요.

 

◆폭력으로부터 피하기 모자로 재출발

 「는 치킨 라이스」.그것이, 카나(6개)의 좋아하는 것이었다.케찹을 밥에 칠 뿐.도구는 없음.모친 쿠미씨(28)는, 먹기 쉽도록 케찹에 설탕을 혼합했다.

 카나가 두 개가 되어, 여동생이 태어났을 무렵, 도카이 지방의 자동차 관련 공장에서 파견 사원으로서 일하고 있던 부친이 실업했다.모자 가정에서 자라, 학대된 경험이 있는 부친은, 자신의 처자에게 폭력을 휘두르기 시작했다.쿠미씨명의로 소비자 금융으로부터 빌려 파치스로에 다녔다.

 쿠미씨가 일하러 나왔다.일당이 수천엔의 식품 가공 공장에서 일용.월수는 4, 5만엔.전기나 가스를 끊긴 적도 있다.「춥기 때문에, 모두 자라」.모자가 하나의 이불에서 잤다.

 쿠미씨는 「남편의 기분과 돈이 들지 않는 식사만을 생각하고 있었다」라고 한다.남편이 집에 있을 때의 저녁 식사는, 밥에 된장국과 야채 손상해등의 반찬이 일품.하하코에서만 잡는 식사의 정평이, 단 단 「는 치킨 라이스」였다.

 카나는, 무표정한 그대로 좋아하는 것을 먹었다.감정을 솔직하게 나타내는 것이 서투른 아이가 되어 있었다.

 「자녀분에게, 도시락을 만들어 주세요」.쿠미씨가 우리 아이를 위해서 도시락을 만들도록 들은 것은, 1년전의 일이었다.

 남편의 폭력이 마침내 생명의 위험을 느끼는 역에 이르러, 쿠미씨는 아이를 동반하고, 「모자 생활 지원 시설」( 구모자원)에 들어갔다.생활에 추적할 수 있었던 모자를 위해서, 나라가 운영하는 뛰어들기절이다.

 시설은, 모친이 기능에 나와 있는 동안, 아이를 보살펴 준다.다만, 점심 식사의 준비는 모친으로 해 준다.아이의 음식에 책임을 가지는 것이, 생활 재건의 제 일보.그렇게 생각한 일이다.

 「도시락을 보면, 어떤 생활을 해 왔는지 안다」라고 베테랑 직원은 말한다.편의점의 빵이나 주먹밥, 냉동 식품 재료만을 채운 것.거칠어진 생활의 영향을 가장 받기 쉬운 것이 음식이다.「입소한지 얼마 안된 모친은 도시락에 채색등 넣을 수 없다」라고 한다. 

 쿠미씨의 도시락은, 태어나고 처음으로 만든으로서는, 좋은 결과였다.알과 소세지로 토끼의 얼굴을 만들어, 밥에 얹었다.「모두 기뻐할까」.신생활에 불안한 아이들을 안심시키려고의 걱정을 담았다.

 쿠미씨의 모친은 요리가 맛있었다.「어머니의 튀김을 만들어 볼까」.도시락을 만드는 것에 따라, 궁핍함으로 잊고 있던 손요리의 따뜻함을 생각해 내 갔다.

 입소 후, 잠시 후 직원이 말했다.「카나서, 얼굴이 상냥해졌군요」

 카나가 다니는 보육원의 소풍날.쿠미씨는, 생긋 웃는 큰 얼굴의 김밥의 도시락을 만들었다.

 「오늘의 도시락, 뭐.보여」.등원 하는 카나에 직원이 얘기했다.카나는 수줍게 웃으면서, 도시락봉투남편, 문질렀다. (문중 가명)

◆「7명에게 1명」

 경제협력개발기구(OECD)가 2008년에 발표한 보고에서는, 일본의 아이의 빈곤율은 13·7%으로, 7명에게 1명이 빈곤 상태에 있다.비정규 고용의 증가등에서, 20년전의 12%로부터 악화되었다.여기서 말하는 빈곤하다고는, 4인 세대로 연수입이 254만엔, 2인 세대로 180만엔을 밑도는 것으로, 생활보호 기준에 거의 겹친다.아이의 빈곤은 장래, 다양한 사회 문제를 낳을 수도 있다.사이타마 교육 문화 연구소의 시라토리 이사오씨는 「본인이 얼마나 노력해도 빈곤의 연쇄를 벗어나는 것은 어렵다.사회가 해결하는 문제다」라고 이야기한다.

   ◇

 「궁핍함에 괴로워하는 아이들」.그렇게 (들)물어도, 과거의 일인가, 다른 나라의 이야기라고 생각될지도 모른다.하지만, 일본의 아이의 7명에게 1명이 빈곤 상태 에 있다고 한다.경제대국의 실상이다.소자 고령화 사회에서 「보물」이라고 여겨져야할 아이들.이 나라의 미래가 지금, 빈곤하게 식(잔디) 라고 있다.그 현실을 직시 하고 싶다.

 

◆소2의 딸(아가씨) 무료학원으로 웃는 얼굴 돌아온다

여자 아이가 학원의 동료에게 준 종이접기의 팬던트.뒤에는 한사람 한사람에의 메세지가 쓰여져 있다=도쿄도내에서

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 초등학교 2 학년 마셔 (8)는, 자택 근처에 있는 도영주택 8층의 통로에 서있었다.작년의 6월 중순.등에 붉은 가방을 짊어진 채로, 눈아래에 퍼지는 황혼시의 거리를 보았다.울타리에 핑크색의 꽃이 피어 있었다.

 는 입학 후 곧, 집단 괴롭힘을 당하게 되었다.클래스의 여자 아이 그룹으로부터 동급생을 괴롭히도록(듯이) 강요당하고, 끊으면 자신이 표적이 되었다.「모자 가정인 주제에, 행복한 얼굴 하고 있다」라고 말해져 수업중에 「죽을 수 있다」라고 쓴 메모를 돌려졌다.

 「왜, 미아가 되었어?」.통로에서 가만히 움직여를, 마침 지나간 할머니가 찾아내 1층까지 데려다 주었다.그 밤, 모친 케이코씨(46)와 이부자리에 들어가려고, 는 돌연, 울기 시작했다.「오늘, 죽으려고 했어」

 는 태어났을 때부터, 구영 주택에서 케이코씨와 2명 생활이다.길게 컨디션을 무너뜨리고 있던 케이코씨는, 생활보호를 접수라고 를 길러 왔다.

 3년 정도 전부터는 이웃마을의 병원에서 간호 보조자로서 일하게 되었다.보호비와 합해 월수는 20만엔 전후.절약을 위해, 저녁 식사가 주먹밥만의 날이 주에 2일 있다.

 는, 한 명이 되는 것을 무서워하게 되었다.화장실안까지 케이코씨를 뒤따라 온다.밤이 되면, 집단 괴롭힘을 생각해 내 운다.「어째서, 당신은 괴롭혀?」.이부자리 위에 앉아, 혼잣말을 중얼거렸다.

 학교에 상담해도, 대답은 「집단 괴롭힘은 확인할 수 없다」.케이코씨는, 휴직에 걸려 송곳이 되지 않을 수 없었다.

 저축은 없다.언제가 되면 일로 돌아올 수 있는 것인가.어떻게 하면 딸(아가씨)는 회복하는 것인가.빈곤이 초조를 불러, 딸(아가씨)를 받아 들이는 마음의 여유를 빼앗아 갔다.「학대를 하는 사람의 기분을 알 수 있었다」라고 케이코씨는 말한다.

 음식점이 북적거리는 도내 굴지의 번화가의 일각에 작은 「학원」이 생긴 것은, 모자가 직전까지 추적할 수 있던, 정확히 그 당시였다.

 학원에서는, 생활보호 세대의 아이들에게, 변호사나 대학생등이 무료로 가르치고 있다.궁핍한 가정의 아이들은, 공부에 약해도 학원에 다닐 수 없다.진학을 단념하거나 중퇴하거나 하고, 빈곤하게….그런 연쇄를 끊고 싶다, 라고 신진 변호사가 시작했다.

 학원의 이야기를 구청의 생활보호계로부터의 소식으로 알고, 케이코씨는 헤매지 않고, (군)양을 데려 갔다.과장되지 않고, 짚에도 매달리는 생각이었다.

 학생은 7, 8명이지만, 꽤 떠들썩했다.「을」의 글자를 읽을 수 없어서, 국어의 교과서를 내던지는 아이도 있다.그렇지만, 선생님들은 아이를 자신의 무릎 위에 안아 올리거나 하면서, 끈기 강하게 가르치고 있다.

 아이들을 보고 있고, 케이코씨는 깨달았다.「모두 필사적으로 어른에게 응석부리고 있다」.교실의 한쪽 구석에서, 가 웃고 있었다.4개월만의 웃는 얼굴이었다.

 학원에 다니기 시작해 3개월.크리스마스를 앞에 두고, 는 학원의 모두 한사람 한사람에 선물을 준비했다.

 핑크의 모사의 끈이 붙은 종이접기의 팬던트.한가운데에 큰 하트의 마크, 뒤에는 춤추는 글자로 「언제나 고마워요」.

 나눠주기 전에, 큰 소리로 모두에게 보고했다.「학교에 다닐 수 있게 되었습니다」(문중 가명)

    ◇

◆모자 가정 비명 9할 「괴롭다」

 일해도 일해도 최대한의 생활을 강요당하고 있는 것이, 123만세대(2003년 조사) 있는 모자 가정이다.후생 노동성에 의하면, 07년의 시점에서, 모자 가정·부자 가정의 반수 이상은 빈곤 상태에 있다.현재의 생활에 대해 「괴롭다」라고 대답하고 있는 모자 가정은 9할.07년 국민 생활 기초 조사에서는, 전세대의 평균 총소득은 566만엔인데 대하고, 모자 세대는 236만엔으로 적었다.전국의 모자 생활 지원 시설에 입소하는 모친의 8할이 비정규 고용으로, 그 반수의 매월의 취업 수입은 10만엔 미만이라고 하는 데이터도 있다.

 

◆「어머니에게 일하게되고 있어」

중학생때, 양호교사으로 받은 아동상담소의 전화 번호가 쓰여진 메모.대학생이 된 지금도 소중히 지갑에 입금시켜 가지고 다니고 있다=아이치현내에서

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 중학 3년의 미키의 고백은, 양호교사 타나카 아키코(49)에 있어서 충격이었다.「 나, 모친에게 일하게되고 있어」.5월 하순의 6시간째, 양호실에서 미키의 눈에 눈물이 떠올라 있었다.

 「금발에, 무릎상키의 스커트」.4월에 부임한지 얼마 안된 타나카에 있어서, 미키는 문제 행동이 눈에 띄는 불량 소녀의 한 명에 지나지 않았다.

 양호실의 소파에서 심한 욕만 붙어 있던 「건방질 것 같은 제멋대로인 여자 아이」가, 울고 있다.「친부모는 있지만, 양친은 있지 않아」.중단되어 중단되어에 이야기하는 미키를, 타나카는 껴안을 수 밖에 할 수 없었다.

 미키는 모자 가정에서 자랐다.3세 때, 부모님이 이혼.미키를 따르고 집을 나온 어머니는 이윽고 접객업을 시작했다.

 수입은 항상 불안정했다.미키가 초등학교 5년이 되면, 어머니는 집에 금을 입금시키도록(듯이) 명령했다.「어머니가 무서웠다」.미키는 가까이의 아줌마에게 부탁해 부업 일을 시작했다.월 2, 3만엔의 수입에 어머니는 만족하지 않았다.중학에 입학하고 나서는 신문 배달을 두 개의 가게에서 겸임하게 되었다.

 모친으로 다루어지지 않는“임시 수입”을 얻으려고, 유행하는 루즈 삭스를 만인 해서는, 싼 편이고 친구에게 판 적도 있다.그 「불량 동료」들도 미키의 생활고는 몰랐다.

 「사실을 말하면, 응 당겨 된다.친구에게라도 이야기할 수 없다」.가난은, 누구에게도 이야기할 수 없는 고민.고독했다.

 완전히 지쳐 버린 심신에 있어서 양호실의 소파는 최고의 침상.하지만, 타나카가 부임했을 때, 교장으로부터 들은 것은 「양호실이 불량의 대기실이 되어 있다」의 한마디만.「교실에는 가고 싶지 않다」.손거스러미였던 미키의 말에 담을 수 있었던 의미를, 읽어내지 못하고 있었다.

 「그녀는 무엇인가를 안고 있다」.타나카의 의문을 해구열쇠는 2개월 후, 돌연, 방문했다.여느 때처럼 갑자기 양호실에 나타난 미키는, 모친에게 일하게되고 있으면 눈물을 흘리며 털어놓았다.「빈곤하고 거기까지 고민하고 있는 아이가 있다니 생각할 수도 없었다」라고 타나카는 말한다.

 고백으로부터 1개월 후, 미키는 타나카의 권유로 스쿨 카운셀러와의 면담에 응했다.면담을 끝낸 미키에 타나카는 아동상담소의 연락처를 쓴 메모를 전했다.「당신의 의사를 존중하고 싶다」

 미키의 통보를 계기로 아동상담소의 개입이 시작되어, 미키는 어머니 원을 떠났다.

 왜, 그 때, 고백할 수 있었는가.그 진짜 이유는 미키 본인에게도 모른다.「괴로워서.아마, 사실은 누군가에게 (듣)묻기를 원했다라고 생각한다」

 22세가 된 미키는 아이치현내의 대학에서 아동복지를 배우고 있다.「과거의 자신과 마주보고 싶었다」.강의나 전문서에 나오는 마음에 상처를 입은 아이의 증례가 자신과 겹친다.「배우면 배울수록 자신이 결함 상품과 같이 생각되어 온다」

 불안을 묻어 주는 것이, 아르바이트로 시작한 장애자의 지원 활동이다.일하는 부모에 대신해 장해아에 동행한다.아이의 웃는 얼굴에 유나 되어 부모의 감사의 말에 자신을 받는다.「의지하고, 의지해지고 있다」(문중 가명)

    ◇

◆「여유가 없음」영향

 아이의 문제 행동에는 빈곤이 그림자를 떨어뜨리지만, 고도 경제성장을 거친 현대 일본에서, 양자를 잇는 시점은 엷어질 뿐이다.호세대 대학원의 이와타 미카 교수(교육 복지론)는, 1977년의 「범죄 백서」가 「소년 비행의 보편화」를 지적한 이래, 원인을 정서 발달 등 개인의 자질에 요구하기 쉽상이라고 지적한다.빈곤 가정의 육아에 대해 「금전적 곤궁 뿐만이 아니라, 부모의 시간적인 여유가 없음이 가족의 고립을 부른다」점에 주목.병이나 음주 문제를 떠안는 부모도 있어 아이의 도움이 불충분하게 되거나 부모와 자식 관계가 악화되거나 하기 쉬운 것으로부터, 학교가 소셜 워커의 활용등에서 「가족의 배경으로까지 안배 한다」일이 필요하다고 호소한다.

 

◆손에 「최첨단」풍부함과는 무연

두 사람 다가붙어 DS로 노는 언니(누나)와 남동생=아이치현내에서

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 파파(45)와는 이제(벌써) 3주간 이상, 만나지 않았다.「나의 파트너, 건강한가」.소우 훈(8)이 염려한다.「파트너」란, 아이에게 인기의 휴대 게임기 「닌텐도 DS」의 게임에 등장하는 캐릭터.

 소우 훈의 DS는 평상시, 파파의 집에 놓여져 있다.그러니까, 「파트너」를 만날 수 있는 것은 파파와 함께의 때만.「내가 없을 때는, 파파가 대신 놀고 있다」.2명의 공통의 화제는, 게임이다.

 소우 훈이 두 개 차이의 언니(누나)와 나고야시 근교의 아동 양호 시설로 살게 되고, 벌써 6년이 된다.2세 때, 모친이 집을 나오고 갔다.트럭 운전기사였던 부친은 당초, 보모의 도움을 빌려 열심히 일과 육아의 양립을 도모했다.

 「(보모의) 이용료로 주 2, 3만엔이 청구되었다.이것은 계속 되지 않지라고 생각했다」라고, 부친은 말 적은에 되돌아 본다.업무중, 어린 아이들에게 집에서 집 지키기를 시킬 수는 없다.부득이, 부자는 리될 수 있어에 살기 시작했다.

 누이와 동생이 맡겨진 시설은, 부모의 양육 곤란이나 학대등의 이유로, 아동상담소에 일시 보호된 아이들을 받아 들이는 장소다.가정 복귀를 목표로 하면서, 아이들이 집단 생활을 보내고 있다.

 「 이전에는 부모의 실종으로 입소에 이르는 사례가 많았다.지금은 학대, 이혼 등 입소의 이유는 여러가지」라고 시설장(56).그 뿌리에 있는 것은 지금도 옛날도 변함없다.「빈곤하다」라고, 직원들은 입을 모은다.

 하지만, 아이를 둘러싸는 「빈곤」은, 일찌기는 양상을 달리하고 있다.DS나 iPod(아이폿드)등의 최첨단의 전자기기는“필수품”.계속투성이의 옷의 불쌍한 아이들은, 과거의 이야기다.「공원에서 놀고 있어도, 아무도 궁핍하면 깨닫지 않는다」.중견 직원 혼다 이사무2(29)는 말한다.

 의 외박으로부터 시설로 돌아온 아이들이 최신판의 게임을 손에 넣고 있다.그런 광경은 혼다 중(안)에서는 일상이다.「DS가 부모와 자식의 관계를 간신히 이어 두고 있다」

 작년말의 크리스마스, 소우 훈은 아침부터 창 밖을 바라보고 있었다.3주간만의 외박.부친은 좀처럼 맞이해에 나타나지 않았다.

 소우 훈에 시중드는 혼다에는 걱정이 있었다.수개월전, 부친은 금전적으로 궁지에 처했다.트럭 운전기사로부터 사무직에 이동을 명할 수 있어 피크시에 30만엔 정도 있었다고 하는 매월의 실수령액은 수십 만엔에 침체했다.「함께 살 수 있도록(듯이) 노력한다」.부친의 말에, 한 때의 강력함은 없어지고 있었다.

 파파의 궁상은 어린 소우 훈에도 전해지고 있었다.언제나 뿌려 밥만 먹고, 전보다 지쳐 보이는 파파.「내가 DS 하고 있는 때도, 이불에서 자뿐」

 크리스마스의 하루가 끝나려 하고 있었다.「손님의 형편에 의해 통화를 할 수 없게 되고 있습니다…」.혼다가 울린 부친의 휴대 전화는, 요금 체납을 고하는 무기질인 자동 응답을 반복할 뿐(만큼)이었다.(문중 가명)

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◆「총중류 신화」에 숨어

 국립 사회 보장·인구문제연구소 부장 아베 사이씨는 저서 「아이의 빈곤」으로, 일본인의 「궁상스러운 빈곤관」을 지적한다.아이에게 있어서의 필수품을 조사한 선진국간의 데이터의 비교로는, 영국에서는 84%가 장난감을 필수품이라고 회답한 것에 대해 일본에서는 12·4%, 자전거는 영국이 55%, 일본이 20·9%등, 어느 항목에서도 큰 차이가 있었다.

 아베씨는 일본인의 심리의 근저에 있는 「총중류」나 「궁핍해도 행복한 가정」이라고 한 「신화」가, 아이의 빈곤 문제에 대한 일본인의 둔함으로 연결되어 있다고 본다.

 

◆「가족 지지한다」의학부 목표로 한다

「5」나 「A」등의 문자가 줄선 중학교의 성적표.고교 3 학년때에 쓴 작문에는, 시설이나 가족에게의 감사의 기분이 씌여져 있다

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 기후현내의 고교에 다니는 3년의 미카씨(18)의 부친은, 중학생의 시절, 돌연, 없어졌다.

 관동지방의 객지벌이처로부터, 송금이 없어졌다.집세도 지불하지 못하고, 미카씨와 여동생 2명의 모자 4명은 길거리에 헤맬 것 같게 되었다.

 거기서 손을 뻗쳐 주었던 것이 「그 사람」이었다.엄마의 회사의 동료.「보살펴 줄게」.상냥한 말에 끌려 엄마는 재혼해, 미카씨들은 그 사람의 맨션에 굴러 들어왔다.

 거기로부터가 큰 일이었다.「너는 안된다, 너는 안된다」.엄마에게 그 사람은 몇 시간이나 계속 고함쳤다.

 귀를 막아 공부했다.「벌써 끝났는지」(이)라고 손을 떼어 놓아도, 아직 계속 되고 있었다.「지금은, 공부하자.집중하자」.그렇게 말해 들려주었다.

 「 이제(벌써), 그만두어」.반년이 지난 어느 날, 미카씨가 외쳤다.모자는 다시, 집을 나왔다.

 갈 곳소가 없는 모자를 보호해, 자립 지원하는 모자 생활 지원 시설에, 2년간만 몸을 의지했다.

 미카씨는 지금, 대학 수험의 한가운데에 있다.지망은 국립대학의 의학부.장래는 현미경으로 세포를 체크해, 병을 찾는 검사 기사가 되고 싶다.

 중학 2년의 입소시, 몇번이나 계속 된 전학으로, 학교의 공부를 모르게 되었다.정말 좋아했던 수학에서도 최저점을 얻었다.분했다.

 「공부를 잘하지 않으면 대학에 가서 취직할 수 없다.지금부터 가족을 지지하는 것은 나인데」

 여동생 2명과 3명이서 6다다미 방을 서로 나누면서 , 고교 수험을 앞두고 한밤중까지 공부했다.직원에게도 공부를 배웠다.그 덕분에, 현내 굴지의 진학교에 진행했다.

 동급생은 보는거야, 매일 같이 학원에 간다.미카씨는, 3년의 여름 방학(휴가)도 패스트 푸드점에 아르바이트에 갔다.「조금이라도 진학 자금을 모아 두고 싶었다」.그렇지만, 교재비나 생활비에 모두 사라져 버렸다.

 희망하는 대학은, 자택으로부터 다닐 수 없다.집세, 생활비, 수업료….계약 사원의 엄마의 월급은 13만엔.도저히 진학 자금등 낼 수 없다.일하면서 단기 대학을 졸업한 엄마도 「어느 정도 걸리는지 상상 붙지 않는다」라고 한다.

 대부형의 장학금은 벌써 신청했다.하지만, 수험하러 가는 돈마저도 염출하는 것이 어려운 것이다.호텔대와 교통비로 3만엔 정도.자립 지원하는 시설의 직원은 「그 밖에도 받고 싶은 곳이 있을 것이다하지만, 경제적으로 1교 밖에 수험할 수 없다.입학전에 걸리는 비용을 지원하는 제도는 거의 없다」라고 지적한다.

 「네」.공영 주택의 일실에서, 엄마가 한숨을 쉬었다.최근, 빈번히 혼자서 시설을 방문한다.당면의 돈의 변통을 직원에게 상담하고 있다.

 엄마는, 미카씨에게 「괜찮기 때문에, 좋아하는 대로 해 주세요」라고 해 준다.그렇지만, 좋아하는 대로 할 수 없는 것은, 미카씨가 제일 잘 알고 있다.

 「아무래도 국립.사립에는 갈 수 없다.재수생 같은 것 생각할 수 없다」

 한 번 밖에 없을 찬스일이, 가까워지고 있다.(문중 가명)

    ◇

◆반제 곤란한 젊은이 증가

 대부형 장학금을 최대한 이용하면, 대학졸업시에는 수백만엔의 빚을 짊어지게 된다.최근에는 불안정한 고용 환경을 반영해, 사회인이 되어도 장학금을 돌려줄 수 없는 젊은이가 증가하고 있다.

 일본 학생 지원 기구의 2009년도의 조사에 의하면, 반제가 반년 이상 늦는 사람의 88%이 연수입 300만엔 미만.연체자의 반이상은 무직이나 아르바이트였다.09년도 시점에서 미변제액은 과거 최고로 보여지는 797억엔.반제유예의 제의(신청)도 잇따르고 있는 것을 받아 기구는 1월부터, 일정기간, 감액해 반환할 수 있는 신제도를 시작한다.

 

◆필사적으로 자활 「꿈어디 다…」

부모로부터 도망쳐 동거하는 커플.쓰레기가 산란하는 방에서 다가붙어 산다=아이치현내에서

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 나고야시내의 정시제 고교에 다니는 4 학년의 승(21)의 모친은“괴물”이다.이른바 「몬스터 parent」라고, 학교측으로부터 분류되고 있다.

 수학 여행의 적립이나 교재비등의 학교 납입금을, 작년 4월부터 한번도 지불하지 않았다.학교측은 「일정한 직업에도 붙어 있고, 지불할 수 있는데 지불하지 않는다」라고 본다.혼자부모의 모친은 간호사다.

 수학 여행을 목전에 앞둔 11월.교실에서 승의 담임 사토 키미카즈 교사가 잘랐다.「이대로는 수학 여행에도 갈 수 있는 해, 졸업도로 오지 않는.엄마, 어째서 지불해 주지 않아 것이다」

 「선생님, 어머니의 병원에 가는 것 그만두어.내가 화가 난다.돈은 어떻게든 한다」라고 승은 말했다.

 입학 이래, 자신의 학비는 아르바이트로 벌어 왔다.매월 수만엔, 모친에게도 건네주고 있었다.「집에 돈을 넣으세요라고 말해졌기 때문에」

 부친은 모른다.어머니가 언니(누나)와 승을 길러 왔다.「일이 지친다」라고 해서는, 알코올을 부추기도록(듯이) 마시는 어머니.승이 구급차를 부른 적도 있었다.

 교육이기 때문에라고, 격렬하게 얻어맞은 적도 있다.「모자 가정이니까 큰 일이다」.쭉 그렇게 생각해 왔다.정시제 고등학교에 진학할 때도 「어머니에게는 부담을 주지 않는다」라고 마음으로 결정하고 있었다.

 승은 최근, 같은 정시제 고등학교에서 만난 그녀와 함께 살기 시작했다.그녀의 부모님도 학비를 지불하지 않은“괴물”이다.

 「2명 모두 가는 장소가 없었다」.승은 조금 기쁜 듯하다.마치 동지와 만났는지 것나름.4만 5000엔의 집세는 승이 지불해, 커텐도 냉장고도 없는 방에서, 1일 1식, 백미 1합을 서로 나누며 산다.

 「선생님, 돈 빌려 주어」.승은 결국, 사토 교사에 도움을 요구했다.수학 여행 대금과 집세의 6만 5000엔을, 3개월의 분할 반제의 약속으로 빌렸다.

 사토는 다른 학생에게도 돈을 빌려 준다.보는거야, 부모에게 부탁하지 않고, 사토에게 온다.최근의 부모와 자식을 보고 느낀다.「부모와 자식의 인연이 희박하게 되어 있지 않은가」.승의 모친에게 제대로 지불하도록(듯이) 담판 한 적도 있지만, 「 나에게는 관계없다」라고 일축 되었다.

 승은 이번 봄, 졸업한다.막힌 생활로부터의 「출구」를 찾아내는 것은 어렵다.과거 최저 수준의 고교생의 구인 배율.사토는 「낮의 학생에게 오는 구인의 10분의 1 밖에, 야간에는 오지 않는다」라고 한탄한다.정시제의 학생이라고 고한 것만으로, 회사 방문마저 거절 당하기도 한다.

 분할 반제의 1회째의 기한.사토는 소고기 덮밥을 손선물에, 방을 방문했다.승은 아르바이트를 해고 당하고 있었다.레지의 돈이 매상과 맞지 않는 것이 이유였다.

 「아인 채 말하면, 범죄자나 노숙자가 된다」.사토는 졸업 후가 걱정되어서 견딜 수 없다.돈을 빌려 주는 자신은, 그때 뿐의 세이프티 넷이다.

 「지금부터 어떻게 하지?」라고 사토.승은, 소고기 덮밥을 단번에 입에 쓰면서 말했다.「꿈이라든가 말할 때가 아니지요.우선 바이트, 바이트」(문중 가명)

    ◇

◆심각한 급식비 미납 문제

 공립 초중학교에서는 급식비의 미납 문제가 심각화되고 있다.문부 과학성에 의하면, 2009년도의 급식비 미납 총액은 약 26억엔(추계)으로 여겨져 전회의 05년도 조사보다 약 4억엔 증가했다.학교측이 올린 제일의 이유는 「보호자의 책임감이나 규범 의식의 결여」다.

 취학 원조와 생활보호의 가정이 7할에나 달하는 나고야시내의 초등학교에서 근무 경험이 있는 사무직원은 「계획적으로 돈을 사용하는 것이 서투르기도 하고, 기분이 돌지 않거나라고 하는 케이스가 많다.통틀어 몬스터 parent와 정리하는 것은 난폭하다」라고 지적한다.

 

◆어머니 병으로 5 인가족 괴롭고

방광·직장 기능 장해로 괴로워해 온 소년.기저귀를 입으면서 일해, 가계를 돕는다=아이치현내에서

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 히로유키(18)는 종이 기저귀를 배낭에 담아, 아르바이트에 나간다.학교의 겨울 방학중은 주 5일.이 3일간도 일했다.시간급은 750엔.급료는 전액, 모친의 계좌에 불입하고 있다.

 선천적으로 신장이 하나 밖에 없고, 방광(이렇게)·직장 기능 장해가 있다.한때는 인공 항문이 필요하고, 지금도 편의를 모른다.1일 4회, 화장실에서 기저귀를 바꾸어 사용분을 집에 가지고 돌아간다.

 아이의 시절은 자택의 화장실에 들어갈 때마다 울었다.학교에서는 「무슨 냄새나지 않는다?」라고 클래스메이트가 소근소근 이야기 내면, 남몰래 화장실로 향했다.

 형(20), 제(15), 모(38), 조모(71)와 5명이서 아이치현내의 집세 2만엔의 공영 주택에 산다.형(오빠)를 학대하고 있던 아버지는 히로유키가 3세 때에 집을 나왔다.양육비는 한번도 지불해지지 않았다.조모는 연금을 수급하지 못하고, 일가는 어머니가 아르바이트로 버는 월 8만엔 정도의 수입에 의지해 살아 있었다.

 그런데도, 가족의 사이 좋음이 구제였다.좁은 방에 서로 몸을 의지해 , 주워 온 텔레비젼의 전으로, 잘 때까지 수다가 계속 되었다.

 히로유키는 자택으로부터 전철로 1시간 걸리는 특별 지원 학교의 고등부로 나아갔다.입학시부터 수업료가 무상으로, 가계의 부담을 가볍게 할 수 있었기 때문이다.

 하지만, 조모 밖변통 해 온 가계는, 어머니의 병으로 간단하게 무너졌다.재작년 4월에 아르바이트처의 음식점에서 쓰러져 십이지장 괴양의 진단을 받았다.1개월의 입원 후, 새로운 일자리를 찾았지만, 발견되지 않았다.

 세상에 대한 체면을 신경쓰고 생활보호는 받지 않고, 수입은 어머니의 형(오빠)의 원조와 아동 부양 수당을 합한 월 5만엔 정도.저녁 식사가 백반에 차를 걸었을 뿐의 때도 있었다.전기나 가스는 몇번이나 제지당했다.

 「이대로 산에 들어가 모두 죽을까」.어머니의 입원중, 식탁으로 조모가 농담이라고도 진심이라고도 대하지 않는 어조로 말했다.「좋아.언제 갈까」.히로유키가 농담 같게 돌려주고, 가족의 밝기를 유지했다.

 「가계를 돕고 싶다」라고 고등학교를 중퇴해 일하기 시작한 형(오빠)는 직장에 친숙해지지 못하고, 일자리를 전전했다.중학생의 남동생은 친구들과 모두 패스트 푸드점에 들어가도, 한 명만 아무것도 먹지 않고 참고 있다.

 히로유키는 고교 3 학년이 되어 진로 선택을 재촉당했을 때, 좋아하는 텔레비젼 게임의 개발을 배우는 전문학교에 진학하려고 생각했다.학교의 합동 설명회에 발길을 옮겨, 팜플렛을 열면, 수업료는 연간 100만엔.「도저히 무리이다」라고 그 자리에서 포기했다.

 취직 활동을 시작해 연말에 현내의 대학으로부터 마사노리 직원으로서 안들정을 받았다.장애자 채용의 테두리였다.봄부터는 20만엔 정도의 월급이 들어올 것이다.

 「장해가 있어서 좋았습니다」라고, 히로유키는 이야기한다.텔레비젼으로 학생의 취직난을 알리는 뉴스를 볼 때마다 느끼는 것이라고 한다.

 「백 퍼센트의 본심이 아니지만, 집을 생각하면, 정말로 그렇게 생각합니다」.온화한 웃는 얼굴인 채, 18세는 계속했다.「이 시대에 고졸로 안정된 취직을 할 수 있다니 좀처럼 없으니까」(문중 가명)

    ◇

◆취직 환경은 불충분

 나라는 장애자 고용율 제도로, 민간기업이나 공공단체에 전사원, 직원의 쳐 일정한 비율로 장애자를 고용하도록(듯이) 의무 부여하고 있다.

 아이치현 교육위원회의 조사에 의하면, 공립 특별 지원 학교 고등부 졸업생의 취직 내정율은 근년 95%전후를 유지하고 있다.하지만, 현내가 있는 특별 지원 학교 교사는 「매년, 졸업생의 2할은 1년을 가지지 않고, 반수는 3년을 가지지 않고 회사를 그만두어 버린다」라고 지적.「장애자가 자신에게 맞는 일이나 직장을 선택할 수 있을 만한 환경은 아직 정비되어 있지 않다」라고, 과제를 들고 있다.

 

◆「시골의 교제」무거운 짐

빚반제를 위해 결혼 반지도 팔았다.집에는 케이스만이 남는다=기후현내에서

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 쇼트 컷에 동글동글 이중.티없게 동아리에 박는 활발한 아이.고교시절의 친구의 눈에, 오가와 히토미(21)는 그렇게 비쳐 있던 것임에 틀림없다.

 주말이 되면, 강호교와의 시합을 위해서 원정을 거듭했다.여름 방학(휴가)나 겨울 방학도 합숙에 항상.

 눈동자는 기후현의 산간부에 2명 자매의 여동생으로서 태어났다.친가는 작으면서 자동차의 부품 공장을 경영하고 위세가 좋은 집이라고 보여지고 있었다.

 그렇지만, 그것은 외관 뿐이었다.

 눈동자의 원정이나 합숙의 여행, 부모님은 비용을 마련하는데 필사적이었다.어머니로부터 돈을 건네 받는 것은, 정해져 지불기한 빠듯이.눈동자는 「돈 걸리고 미안해요」라고 사과했다.

 절약을 위해서, 눈동자의 트레이드마크의 단발도, 손재주가 뛰어난 아버지가 가위를 넣고 있었다.「친구같이 미용실에 가고 싶다」라고 하는 것이, 눈동자의 자그마한 소원이었다.

 버블 붕괴의 영향이 서서히 퍼지는 중, 조부가 타계해, 일꾼은 부모님 2명에게만.기술이 요구되는 만큼, 파트 직원등을 고용할 수 없다.수주할 수 있는 일이 줄어 들어, 불황도 더해져 매상은 최성기의 3분의 1 이하가 되었다.

 공장이기 때문에 월 10만엔 가깝게 걸리는 전기세조차, 마련이 어려웠다.딸(아가씨)의 성장에 맞추고 교육비는 증가할 뿐.부모님은 카드론으로 돈을 빌려 공제 연금이나 학자보험을 무너뜨려 변통 했다.

 그렇다고는 해도, 아버지에게는 시골만이 가능한 교제가 있었다.축제나 행사의 뒤는 젊은이를 자택에 불러, 술이나 요리를 행동했다.지역의 회합의 뒤는, 동료와 초밥점에 동반이었다.

 눈동자가 중학 3년때에는, 집을 개축했다.지구에 하수도가 정비되어 아버지는 「접속 공사를 하지 않으면 부끄러워서 현지의 모임에도 나올 수 없게 된다」라고, 새롭게 1000만엔의 주택융자까지 짰다.

 「로부터 보면 보통 집이, 실은 빚투성이라고 하는 케이스는 시골에는 많다」.기후현의 산간부에서 다중 채무자등의 생활 상담에 응하고 있는 전 시의회 의원(65)은 지적한다.

 「병렬 의식으로부터 교육비등을 무리해, 육아를 끝냈을 무렵에 한계가 온다.부끄럽기 때문인지, 친척이나 친구를 의지하지 않기 때문에, 주위에서는 빈곤이 안보인다」

 고등학교를 졸업해, 학비의 싼 공립의 학교에 진학한 눈동자.그것을 기다리고 있었는지와 같이, 가계는 파탄했다.매월의 반제는 40만엔초과.재판소에 빚의 압축을 요구했다.반제가 막히면 가재를 압류한다고 하는 조건이었다.

 눈동자가 학교를 졸업하기 직전, 어머니로부터 편지가 도착했다.결혼 반지를 팔았다, 라고 써 있었다.

 어머니의 괴로움은 아플 정도(수록) 알았다.「일이 돈을 벌게 되면 되살 생각이니까」.어머니의 말에 위로받았다.

 그때 부터 3년.자동차의 해외 수출이 호조로, 친가의 공장은 섣달 그믐날까지 가동했다.가격 경쟁의 격화로 부품의 단가가 내려, 일해도 수입은 적다.

 장롱안에는 지금도, 금니로 쓴 글자로 「장수」라고 기록된 결혼 반지의 상자가 자고 있다.밖은 반짝반짝, 그렇지만 내용은 아직 하늘인 채다.(문중 가명)

    ◇

◆「가계비의 보조」가 4할

 다중채무 문제에 임하는 전국의 약 90 단체가 가맹하는 「전국 크레디트·샐러리맨 금융 피해자 연락 협의회」에 의하면, 2009년에 전해진 상담 건수는 합계 약 8200건.상담자는 40, 50대로 반수 근처를 차지해 빚의 주된 원인은 「가계비의 보조」가 40%초과.「연령적으로 급료는 가장 많아지는 시기이지만, 아이의 양육비도 많이 걸리는 무렵」이라고 동회의 혼다 요시오 사무국장은 지적한다.

 

◆고학 생가족이기 때문에 취직

신문 배달을 계속하면서 전문학교에 다녀 왔지만, 가계를 지지하기 위해서 학교를 그만두지 않을 수 없게 된=나고야시 아츠타구에서

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 4떨어진 형은 과묵하지만, 믿음직하다.고등학교에 오르는 조금 전, 아버지가 실업했을 때도 그랬다.

 「아르바이트 시작할까」.메일로 상담하면, 곧 대답을 쳐 왔다.「그만둬.내가 어떻게든 한다」

 나고야에서 신문 배달을 하면서, 공부를 계속해 온 형은, 현지의 건설회사에의 취직을 결정해 이번 봄, 오키나와에 돌아온다.

 오전 4시, 인기척이 없는 나고야시내의 주택가에서 야마시로 마리 수컷(19)이 열심히 페달을 젓고 있었다.자전거의 앞 바구니와 짐받이에 쌓아 올릴 수 있었던 150부의 신문의 다발.신문 장학생으로서 일하면서, 전문학교에 다녀 2급 건축사의 자격 취득을 목표로 해 왔다.

 친가가 있는 오키나와·이시가키섬은 요즈음 경기가 좋지 않다.호텔 맨이었던 아버지(62)는 이 10년에 직종을 3개 바꾸어 계약 사원으로서 경비의 일에 종사하고 있었다.편의점에서 일하고 있던 어머니(47)는, 수입을 보충하려고 결혼앞에 하고 있던 버스 가이드로서 다시 일하기 시작했다.그러나, 2명의 월수는 40만엔에 닿지 않는다.

 열심히 일하면서도 불안정한 수입에 번농() 계속 되는 부모님의 모습이, 고등학교의 교사의 질타(알았다)와 겹쳤다.「자격이 없으면 먹어선 안 돼」

 건축사에게 목적을 짰지만, 곤란했던 것이 진학비였다.부모에게는 의지할 수 없다.고교 3년의 진로 설명회에서 신문 장학생의 제도를 알아, 「이것 밖에 없다」라고 생각했다.장학금의 지급을 기대해, 신문 판매점에 50만엔을 가불해 전문학교의 입학 비용에 충당했다.

 기상은 오전 3시.조간을 배달 후, 2시간만 선잠을 자 학교로 향한다.공부의 사이를 꿰매어, 석간 배달도 해낸다.취침시간이 12시를 도는 것도 적지 않다.

 나고야에 와 1년 가까이가 지났을 무렵, 아버지가 경비원의 계약을 중지되었다.「걱정하지 않아도 좋으니까」.통화중인 전화기의 아버지는 노력해 담담하고 있었다.

 여동생으로부터 상담의 메일이 도착한 것은 그리고 머지 않아다.현지의 진학교에 합격한 여동생.독서를 좋아하고 「책에 둘러싸여 아프다」라고, 대학에 진학해 도서관 사서가 되는 꿈을 안고 있다.

 「어떻게든 한다」라고 여동생에게는 말했지만, 앞이 있던 것은 아니다.입학 비용에 가불한 만큼의 반제도 있어, 수중에 들어가는 장학금은 매월 6만~7만엔.기숙사 생활로 생활에는 곤란하지 않지만, 여동생의 학비를 지불할 정도의 여유는 없다.

 진리수컷은 예정하고 있던 설계사 수험 과정에의 진급을 포기해 취직 하지 않을 수 없었다.학교의 선생님에게는 「공부 한 개가 아니면(2급 건축사의) 합격은 어렵다」라고 생각 눌러 되었지만, 「지금은 어쨌든, 여동생에게 공부에 집중시키고 싶다」라고 대담한.

 금년의 정월, 성인식에 출석하기 위해(때문에), 오랫만에 귀성했다.아버지는 지금도 일을 찾지 않고, 어머니도 일을 줄여지고 있었다.

 부모님은, 아들의 취직이 정해진 것을 솔직하게 기뻐하고 있다.진리수컷은, 진급을 그만둔 진짜 이유를 부모님에게는 전하지 않았다.(경칭생략)= 제1부 마지막(취재반·호시 히로시, 오가사와라 히로시 아키라, 오사다 히로시 당신, 모리모토 노리유키, 다원나오키, 하라다료, 오오타 아키코)

    ◇

◆중퇴자의 실태 잡지 못하고

 나라가 「학교 교육의 가장 중요한 조사」라고 자리 매김을 하는 학교 기본 조사는, 그 대상을 재학·졸업자에 한정하고 있다.중퇴자의 실수조차 파악되고 있지 않은 것이 현상이다.문부 과학성 조사 기획과는 「대학이나 전문학교의 담당 부서로부터 의뢰가 없다」라고 매정하다.

 도쿄도 전수학교 각종 학교 협회의 2008년도의 조사에 의하면, 도내의 전문학교의 중퇴자는 약 6500명에 달했다.「자격을 목표로 하는 목적 의식의 높은 학생이 많은 만큼, 경제적 이유가 준 영향은 큰 것은 아닌지」라고 위기감을 더해간다.

 

야옹.」라고 하면 고양이는 없게 되었다.



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