伝統文化



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以下、「以下、過去にkjに行った投稿から抜粋して来た物です。。。」と言う文からは、過去にkjに行った投稿から抜粋して来た物です。

過去にkjに行った投稿の中から、私の元カノと、デート(date)で、東京国立博物館に行って来た時の物等です。

ちなみに、私の今の彼女と、私の元カノは、元々、面識はあり、知り合い同士であったのですが、今は、親しい友人同士となっています。

以下、その事に関連する投稿。
 いつ死んでもいい→
/jp/board/exc_board_50/view/id/2758848/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon


以下、投稿文の補足です。

以下、「」内。私の前の投稿文より。。。

「こんばんは^^ 何ですか、これw 初めて知りました(あっ、コメントで追加された「翔んで埼玉」は知っています。じっくり見た事はありませんが)。私は埼玉は基本的に良くも悪くも関心がなくて(埼玉の方、ごめんなさい)、私は東京23区生まれ・育ち・在住ですが、今まで生きて来た中で、基本的に、今も含めて北隣の埼玉県よりも南隣の神奈川県に遊びに行く方が、圧倒的に多いです。

ただし、一時期、秩父にはまっていて(秩父が気に入り、秩父に、盛んに、小旅行に行っていた時期があって)、当時交際していた女性と「秩父34ヶ所」に指定されている、全ての、寺・お堂を、訪れた事があります(一度に、全部、訪れた訳ではありません)。また、一時期、越生に、はまっていた時期(越生が、お気に入りの場所だった時期)があり、越生は、主に、梅とツツジの花を見る為に、結構訪れています(最近は訪れていませんが)。私は、女性に、結構合わせているようでいて、その一方において、実は、女性に結構、自分の趣味に付き合って貰って来てもいます。今の彼女も含み、相手の女性は、それはそれで、私色に染まって、私の影響を受けて、私と共に、楽しんで来てくれました(楽しんでくれてます)。

以下、埼玉関連で。。。

私が大学生の時、一時期加入していたアマチュアロックバンドのメンバーの一人が、川口に住んでいました(ただし、川口駅に降り立った事は、(主にそれ関連で)数える程しかありませんw)。

鉄道博物館がリニューアルされた?ようなので(私は、子供の頃から、鉄道を含めた乗り物に広く浅く興味があります)、近々、彼女と遊びに行く予定です(鉄道博物館は前に個人的に休みであった日に一人で行った事はあります)。」


以下、「」内。私の前の投稿文より。。。

「私は、小さな個人事業を営んでいる事と、酒に強い体質である事から、午後の仕事に差し障りがないと、自己責任で判断した場合には、働いている日の、昼食時に、少し、お酒を飲む事もあります」

以下、参考の投稿。
ランチ単価後編→
/jp/board/exc_board_8/view/id/2797253?&sfl=membername&stx=jlemon



以下、過去にkjに行った投稿から抜粋して来た物です。。。


7月の終わりに、彼女と、上野(ueno)を散歩して来た時(以下、この日と書きます)の物です。

上野(ueno)は、東京都心部の東部に位置し、浅草(asakusa)と並ぶ、東京の下町(東京都心部東部。旧市街)最大級の繁華街となっています。上野(ueno)には、上野(ueno)公園が有ります。上野(ueno)公園は、東京中心部にある公園の中では、最大級の公園の内の一つであり、また、美術館・博物館等の文化施設が集まっています。
 
この時の、上野(ueno)散歩の主目的は、上野公園内にある国立科学博物館で、この時開催されていた、恐竜の展覧会(exhibition)を見る事でした。国立科学博物館(1877年設立)は、日本の、国立の(厳密には微妙に違いますが、ここでは説明は、省略します)、科学博物館です。科学に関する、非常に多くの資料を収蔵する博物館で、規模が大きく、見応えのある博物館です。

私は、子供の頃、博物館が好きで、この国立科学博物館や、交通博物館、科学技術館に、よく行きました(幼い時は、親に連れて行ってもらいましたが、小学校4年生頃からは、同じ興味を持つ友達(達)と、小学生だけで、行く様になりました。中学生になってからは、ほとんど行かなくなりましたが。。。)。私は、幼い頃、恐竜に、とても興味があったので、取り分け、国立科学博物館の、恐竜に関する展示は、印象に残っています(ちなみに、かつては、本館(現在の日本館)の1階が、恐竜に関する展示室となっていました)。


国立科学博物館は、近年、大きな改装がなされました。私は、今回、国立科学博物館を訪れたのは、とても久しぶりで(15年ぶり位)、改装後の、国立科学博物館は、今回、初めて訪れました。


国立科学博物館の現在の建物は、1931年に建てられた、重厚な近代建築の本館(日本館)の建物と、近年の改装に合わせて建てられた(建て替えられた)、(本館(日本館)に隣接する)現代建築の地球館の建物から成ります(現在の地球館の建物が建てられる前にも、国立科学博物館には、展示の為の建物として、本館(現在の日本館)に加えて、本館(現在の日本館)に隣接した現代建築の建物が有りましたが、改装に合わせて、建て替えてしまった方が、効率的と考えられたのか、近年の改装に合わせて、現在の地球館の建物に、建て替えられました)。


写真以下6枚。国立科学博物館の本館(日本館)の建物。1931年に建てられた、趣のある、近代建築の建物です。上から見ると、(当時、最新技術の塊の乗り物と考えられていた)飛行機の形になっています。この本館(日本館)の建物は、子供の頃は、建築としては、何となく、古い建物だなぁ位にしか思っていなかったのですが(愛着のある建物でしたが、建築的な興味としての愛着では、全くなく、馴染みの場所と言う意味での愛着。。。)、改めて見ると良い感じでした(近年(近年と言っても、もうかなり経つけど)、日本の近代建築に興味を持つ様になりました)。


写真以下2枚。国立科学博物館の本館(日本館)の建物の外観。















写真以下4枚。国立科学博物館の本館(日本館)の建物の内装例。











フーコーの振り子(Foucault pendulum)。子供の頃から、印象に残っている展示物です。










写真以下12枚。国立科学博物館の日本館の、常設展示風景例。





日本国内で発掘された、アンモナイト(ammonite)の化石。




フタバスズキリュウ(Futabasaurus)(日本近海に生息していた恐竜(首長竜))の復元骨格です。










尾長鶏の剥製。尾長鶏は、日本の、鶏の品種の一つで、日本の天然記念物に指定されています。17世紀半ば頃、突然変異で生まれたと伝えられています。雄の、尾の羽が、極端に長くなるのが特徴です。鶏は、通常一年に一度羽が生え換わりますが、雄の尾長鶏は、尾の羽が生え換わらないため、尾が非常に長くなります。現存する鳥類の中で、最も長い尾を持ち、12mと言う記録もあります。完全に観賞用の鶏です
 







安定した、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)には、庶民にも教育が普及し、明治(meiji)時代以降(19世紀後期以降)の、日本の近代化の礎(基礎)となりました(国立科学博物館の解説文より。。。)。




日本の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の顕微鏡に関する展示です。



以下、「」内は、国立科学博物館の解説文を、ほぼ引用した物です。
 
「平和な江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)においては、多くの情報や知識が社会で共有されていました。殿様(地方領主)であろうが、町の人々であろうが、ほぼ時間の差がなく、多少の精粗(詳しい事と、大雑把な事)の差はあっても、基本的に、同じ様な情報を知っていました。しかし、人々の好奇心や見方によって、受け取り方は、多様でした。海外から、顕微鏡が伝えられ、拡大された世界が紹介された時も、一方では、西洋に迫る研究へと進み、他方では、おもちゃとなりました。受容の形は、異なっても、刺激された、多様な好奇心の眼差しは、知識の、さらなる共有を促しました」。




雪の結晶のデザイン(design)の、刀の鍔(刀の柄と刀身との境に挟んで、柄を握る手を防護する部位)。「顕微鏡によって明らかにされた、微小な世界。初めて目にする、美しく、不思議な物や形は、科学的興味を満たすと共に、文化や芸術にも、大きな影響を与える物でした。土井 利位(doi toshitsura)が、「雪華図説」で明らかにした、雪の結晶の形状は、雪華文様となって、着物の柄(模様)や、陶磁器、刀の装飾等に、素早く取り入れられ、広く流行しました」。







電子顕微鏡。1942年。東芝(toshiba)社製。以下、「」内は、国立科学博物館の解説文を、ほぼ、引用した物です。「より、極小の世界を見たいと言う思いは、顕微鏡の倍率を飛躍的に高め、光学的な顕微鏡の限界に達しました。その限界を超える為の技術の開発が、20世紀に入ってから、多くの国々や研究者によって行われました。日本は、その先駆けの国の一つでした。1939年、長岡 半太郎(nagaoka hantaro)博士らの要請により、大阪大学や、名古屋(nagoya)大学、東芝(toshiba)、日立(hitachi)製作所等、産学協同で、電子顕微鏡の研究・開発が、開始されました。1940年には、磁界型、次いで、静電型電子顕微鏡の試作が行われ、1942年には、製品化まで進みました。以後、日本は、電子顕微鏡の分野において、より微小の世界への要求に応え、世界的に、大きな役割を果たし続けています」。





写真以下4枚。和時計(17世紀から1880年代頃まで、日本で制作、使用された、不定時法を用いる為の機構を持つ機械式時計。西洋の定時法の機械式時計に比べて、複雑な構造を持っていた)。



















以下、「」内は、国立科学博物館の解説文を、ほぼ、引用した物です。
「明治(meiji)時代(1868年から1912年)において、日本でも、定時法が採用される様になると、和時計は、使えなくなり、1889年に製作された、掛時計を最後に、和時計製作の歴史は、終わりました。19世紀末期頃には掛時計と置き時計の国産化が、少し遅れて懐中時計の国産化が始まりました。その後、日本の時計産業は、大きく発展し、1964年には、スイスの、ニューシャテル天文台のクロノメーターコンクールで、日本の機械式時計が好成績を収め、日本の時計技術の優秀さを、世界に示しました。日本は、1969年には、世界に先駆けて、クォーツ(quartz)式の腕時計を、世に送り出し、そして、1980年には、スイスを抜いて、腕時計生産量世界一位となりました」。






国立科学博物館の屋外展示物の一つ。1970年、日本で初めての人工衛星、「おおすみ(osumi)」を打ち上げたロケットランチャー(rocketの発射台)です。以下、人口衛星に関する説明は、wikiを参考にしました。日本は、ソビエト(Soviet)連邦(現在のロシア(Russia))(1957年)、アメリカ(1958年)、フランス(1965年)に次いで、世界で、4番目に、人口衛星の打ち上げに成功した国です。日本の後は、中国(1970年)、イギリス(1971年)、インド(1980年)、イスラエル(1988年)と続きました。






国立科学博物館の地球館の常設展示風景例。




 写真以下3枚。この日の昼食は、国立科学博物館のレストランで食べました。国立科学博物館のレストランは、ムーセイオン(Mouseion)と言う名前で、精養軒(seiyoken)が経営しています。精養軒(seiyouken)は、上野(ueno)公園内に有る、1872年まで歴史を遡る事が出来る(元々は、違う場所で、西洋式のホテルとして営業を開始した)、歴史の古い、フランス料理・洋食(日本人好みに、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)レストランです(現在の、上野(ueno)公園内に有る、精養軒(seiyouken)の本店は、要人も利用する高級フランス料理レストランと、カジュアル(casual)な、洋食(日本人好みに、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)レストランから成ります)。 ムーセイオン(Mouseion)の食事は、精養軒(seiyouken)が経営していると言っても、まあ、所詮、遊園地、博物館、動物園の、レストランの食事の味(遊園地、博物館、動物園の、レストランの食事の標準よりかは、ほんの少し上)と言った感じでした。









写真以下2枚。国立科学博物館のレストラン、「ムーセイオン(Mouseion)」で食べた、この日の昼食。このレストランは、もちろん、大人向けの食事もありますが、ここでは、あえて、比較的、子供向けの食事を選んでみましたw





私が食べた、「恐竜王国」と言う名前のメニュー(menu)。皿の真ん中の、メイン(main)の食べ物は、骨付きのソーセージ(sausage)をハンバーグ(hamburger steak)で包んだ料理です。皿の右下の、チキンナゲット(chicken nugget)は、恐竜の形。まあ、子供用のメニュー(menu)でしょうが、子供用のメニュー(menu)としては、かなり量が多いです。おそらく、小学校の中学年(小学校3・4年生)以上の子供でも、これ全部、一人で食べたら、腹が、パンパンに(とても、一杯に)なると思います。幼い子供が、親に食べるのを手伝って貰いながら、食べて、調度良いと言った感じかな。




彼女が食べた、パンダ(panda)型のオムライス(omerice)と、おかずの組み合わせメニュー(menu)。オムライス(omerice)は、洋食(日本で、近代以降、日本人の口に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)の一つです。




写真以下8枚。再び、国立科学博物館の地球館の常設展示風景例。


































この日、国立科学博物館で、この時開催されていた、恐竜の展覧会(exhibition)を見て来ました。(近年、恐竜に関する、新たな発見(新種恐竜の発表)や革新的且つ重要な研究成果の発表が相次いでいますが)、近年、中国を中心に、ジュラ(Jurassic)紀と白亜(Cretaceous)紀の後期の間の、「空白の時代」、白亜(Cretaceous)紀の前期の恐竜の化石が相次いで発見され、空白が埋まり始めている事や、恐竜と鳥類の境目が曖昧になってきている事や、ティラノサウルス(Tyrannosaurus)に、羽毛が生えていたと言う研究成果等、恐竜に関する、最新の発掘・研究を反映した展覧会(exhibition)で、興味深かったです。


写真以下9枚。この展覧会(exhibition)の展示例。






















この巨大なトリケラトプス(Triceratops)の骨格標本は、トリケラトプスTriceratops)の前脚についての、最新の研究成果を反映した骨格標本で、この研究成果を反映した、トリケラトプス(Triceratops)の骨格標本は、この展覧会(exhibition)で、世界で初めて公開されました。









写真以下2枚。この巨大なティラノサウルス(Tyrannosaurus)の骨格標本は、待ち伏せしている姿のティラノサウルス(Tyrannosaurus)の骨格標本です。待ち伏せしている姿のティラノサウルス(Tyrannosaurus)の骨格標本は、この展覧会(exhibition)で、世界で初めて公開されました。















現在の上野(ueno)駅の建物は、1932年に完成したものですが、時代に合わせて改装が施され、古い建物が上手に活用されており、bar、パン屋、服店、靴店、バッグ(bag)店、アクセサリー(jewelry)店等が入っています。


写真以下7枚。この日の夕食は、上野(ueno)駅に入っている、フランス料理レストラン、「Brasserie L’ecrin」で食べました。「Brasserie L’ecrin」は、銀座(ginza)(下の補足説明参照)に有る、高級フランス料理レストラン、「L’ecrin」(銀座(ginza)のフランス料理レストランの名店の一つ。私は、利用した事が有りません)が経営する、フランス料理レストランです。
銀座(ginza):東京都心部の中でも中心的な地域に位置する。新宿、渋谷(shibuya)等と並ぶ、東京最大級の繁華街。東京を代表する高級繁華街で有ると共に、東京を代表する繁華街となっている。


銀座(ginza)の「L’ecrin」は、高級フランス料理レストランですが、こちらの方(「Brasserie L’ecrin」)は、割りと手頃な値段で、気軽に利用出来る店となっています。




レストランの入り口の写真から。「Brasserie L’ecrin」の内装は、こんな感じになっています。「Brasserie L’ecrin」は、割と気軽に利用出来るレストランですが、上野(ueno)駅の貴賓室(下の補足説明参照)として使われていた部屋を改装したレストランで、(おそらく)上野(ueno)駅に入っているレストラン中では、一番高級感の有るレストランとなっています。
貴賓室:主要な駅や、保養地に近い鉄道駅等に設けられている、天皇家や皇族(天皇の一族)、政府の要人と言った国家のV.I.P.が、鉄道を利用する際に、待合室等として利用する部屋。第2次世界大戦前に比べて、貴賓室の有る鉄道駅は、遥かに少なくなっています。例えば、上野(ueno)駅は、現在も、東京の主要駅の一つですが、貴賓室は、もう存在せず、かつての貴賓室は、改装されて、現在は、フランス料理店(「Brasserie L’ecrin」)となっています。



写真以下5枚。この日、「Brasserie L’ecrin」で食べた夕食。これにパンが付きます。





生ハム(ham)、海老、桃のサラダ(salad)。一人一皿ずつ。







私が食べたメイン(main)料理。鴨肉(胸肉)のロースト(焼き物)、スパイス(spice)風味、オレンジソース(orange sauce)。






彼女が食べたメイン(main)料理。鰆のポワレ(poele)、ブイヤベース(bouillabaisse)仕立て。







私が食べたデザート。デザート盛り合わせ。







彼女が食べたデザート。スフレ(souffle)、アイスクリーム、柑橘系のゼリー(jelly)。

 
 

上野(ueno)散歩&食べ物、終わり。。。

 

以下、おまけ。。。この日の翌日の昼食。

 

この翌日は、半日仕事でしたが、渋谷(shibuya)(私が暮らす渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)最大の繁華街であると共に、東京で最大級の繁華街の一つ)にある、フランス料理レストラン、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店で、彼女と昼食を食べてから、職場(事務所)に出ました。ラ・ロシェル(La Rochelle)は、坂井 宏行(sakai hiroyuki)(日本の有名な、フランス料理のシェフ(chef))の、レストランです。
 

ラ・ロシェル(La Rochelle)は、渋谷(shibuya)本店、南青山(南aoyama)店、山王(sanno)店と、東京に三店舗、福岡(fukuoka)に一店舗、合計四店舗(坂井 宏行(sakai hiroyuki)は、総合監督と言った感じで?、それぞれの店舗のシェフ(chef)は、坂井 宏行(sakai hiroyuki)に認められた別々のシェフ(chef)が務めています)、店舗がありましたが、ラ・ロシェル(La Rochelle)のフラッグシップ(flagship)的な役割を果たしていた、渋谷(shibuya)本店は、9月末を以って、移転準備の為、閉店してしまいました。私は、この時を含めて、ラ・ロシェル(La Rochelle)は、渋谷(shibuya)本店で6回、南青山(南aoyama)店で2回、山王(sanno)店で1回食事しています。ラ・ロシェル(La Rochelle)は、高級フランス料理レストランですが、超高級と言う程では有りません。ラ・ロシェル(La Rochelle)の食事は、個人的に、高くて、美味しいと言う印象です。まあ、高くて美味しいのは、当たり前と言う事で。。(高くで、不味いのは、困りますが、ラ・ロシェル(La Rochelle)は、少なくとも、店員のサービス(service)の感じの良さも含めて、値段相応を、少し超える位の満足を与えてくれます)。ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店は、今後、ちょっと、どうなってしまうのか分からないので、この時、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店で昼食を食べたのは、閉店前の食べ納めと言う意味もありました。ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店は、閉店前の二ヶ月間(8月から)は、一番安い、フルコースの昼食メニューが無くなってしまうと言う事で、7月中に食べ納めをして置きました(ラ・ロシェル(La Rochelle)では、夕食も食べた事がありますが、個人的には、ラ・ロシェル(La Rochelle)の渋谷(shibuya)本店は、もう、高い金を払って、食事をするのは、別にいいかなと言った感じだったので。。。)。もっとも、実は、この月(7月)、2回、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店で昼食を食べました。7月に1回、食べ納めの意味で、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店で昼食を食べて、ちょっと、ラ・ロシェル(La Rochelle)気分になって、この時、ラ・ロシェル(La Rochelle)南青山(南aoyama)店を予約しようとしたのですが(前述の通り、ラ・ロシェル(La Rochelle)の、それぞれの店舗のシェフ(chef)は、坂井 宏行(sakai hiroyuki)に認められた別々のシェフ(chef)が務めている為、店舗毎に、メニュー(menu)が異なります)、電話したら、予約で一杯で(確か、山王(sanno)店にも電話してみたけど、予約が一杯だった様な気がします)、まあ同じ食事でも(メニュー(menu)は1ヶ月から3ヶ月替わり位、おそらく。。。)、美味しかったし、また食べようと言う事になって、何となく、その場の流れで、また、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店に予約を入れて、昼食を食べました)。




この写真は、借り物写真ですが、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)に有る超高層ビルの一つ、クロスタワー(Cross Tower)。1975年に完成したオフィス(office)用の超高層ビルです。現在でも、渋谷(shibuya)駅周辺は、あまり超高層ビルは、多くないですが、渋谷(shibuya)駅の近くで、最初に建てられた超高層ビルです。このビルの32階(最上階)に、ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店が入っていました(9月末を以って、移転準備の為、閉店)。



写真以下。ラ・ロシェル(La Rochelle)渋谷(shibuya)本店で、彼女と食べた、この翌日の昼食。これに、パンが付きます。この店の、フルコースの昼食メニュー(料理は、あらかじめ、決められています)で、一番安い物を食べました。昼食後、仕事(職場(事務所))に出たのですが、(しかも、職場(事務所)出る前、挨拶程度ですが、渋谷(sbibuya)駅周辺の取引先を2軒訪問した)、ちょっと、お酒を飲んでしまいましたw(私は、この時、お酒は、お店が、それぞれの料理に合うワインを選んで、少量ずつ出してくれる物と、あと、確か、それとは別に、ワインをグラス(glass)で一杯飲んだと思います)。









食事の合間に、ちょっと、つまむ物。二人分。





前菜。4種類の小さな魚介(seafood)と野菜の前菜。一人一皿ずつ。





魚のメイン(main)料理。イサキのバルサミコ(Balsamic vinegar)ソース(sauce)。一人、一皿ずつ。本来的には、鱸のポワレ(poele)、赤ピーマン(red pepper)のソース(sauce)だったのですが、前述の通り、この月、このレストランを利用するのは、2回目だったので(メニュー(menu)は、1ヶ月から3ヶ月替わり位。おそらく。。。)、魚のメイン(main)料理だけ、内容を換えて貰いました(この月(この時季)の、一番安い、フルコースの昼食メニューは、他の物は、全て、美味しかったのですが、魚のメイン(main)料理だけ、今一つであった為。。。まあ、結局、換えて貰った、こちらも、今一つだったのですが。。。)。





西瓜のスープ(soup)。ヨーグルト(yogurt)のアイスキャンデー(ice pop)添え。一人、一皿ずつ。これは、とても美味しいです。





肉のメイン(main)料理。オーストラリア産、ブラックアンガス(Black Angus)牛肉(ロース)のロースト(焼き物)。もろみ味噌のソース(sauce)。ジャガイモのドフィノワーズ(dauphinoise)添え。一人一皿ずつ。





デザートは、ワゴン(cart)に、色々な種類の物が載せられて運ばれて来て、好きな物を、好きなだけ、取り分けて貰って、食べる事が出来ます。


写真以下2枚は、この時、私が食べたデザート。













この時、私が食べた、お茶菓子。お茶菓子も、色々な種類の物の中から、好きな物を、好きなだけ選んで食べる事が出来ます。


この他、デザートの前に、スティルトン(Stilton)とセージーダービー(Sage Derby)と言う、イギリスのチーズ(cheese)を食べました(この時、このレストランは、チーズ(cheese)は、イギリス特集をやっていました)。







국립 과학박물관



Firefox 이외로, 이 투고의 사진을 볼 수 없는 경우는, Firefox로, 봐 주세요.


이하, 「이하, 과거에 kj에 간 투고로부터 발췌해 온 것입니다...」라고 하는 문장에서는, 과거에 kj에 간 투고로부터 발췌해 온 것입니다.

과거에 kj에 간 투고중에서, 나 원카노와 데이트(date)로, 도쿄 국립 박물관에 갔다 왔을 때의 물건등입니다.

덧붙여서, 나의 지금의 그녀와 나 원카노는, 원래, 안면은 있어, 아는 사람끼리였습니다만, 지금은, 친한 친구끼리가 되고 있습니다.

이하, 그 일에 관련하는 투고.
언제 죽어도 괜찮다→
/jp/board/exc_board_50/view/id/2758848/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon


이하, 투고문의 보충입니다.

이하, 「」 안.나의 앞의 투고문보다...

「안녕하세요^^ 무엇입니까, 이것 w 처음으로 알았습니다(아, 코멘트로 추가된 「츠바사 그리고 사이타마」는 알고 있습니다.차분히 본 일은 없습니다만).나는 사이타마는 기본적으로 자주(잘)도 나쁘지도 관심이 없어서(사이타마쪽, 미안해요), 나는 도쿄 23구 태어나·성장·거주입니다만, 지금까지 살아 온 가운데, 기본적으로, 지금도 포함해 북린의 사이타마현보다 남 근처의 카나가와현에 놀러 가는 것이, 압도적으로 많습니다.

다만, 한시기, 치치부에 빠져 있고(치치부가 마음에 들어, 치치부에, 활발히, 짧은 여행에 가고 있었던 시기가 있고), 당시 교제하고 있던 여성과 「치치부 34개소」로 지정되어 있는, 모든, 절·당을, 방문한 일이 있어요(한 번에, 전부, 방문한 것은 아닙니다).또, 한시기, 오고세에, 빠졌던 시기 (오고세가, 마음에 드는 장소였던 시기)가 있어, 오고세는, 주로, 매화와 철쭉의 꽃을 보기 위해, 상당히 방문하고 있습니다(최근에는 방문하고 있지 않습니다만).나는, 여성에게, 상당히 맞추고 있는 것 같고 있고, 그 한편에 있어/`A 실은, 여성에게 상당히, 자신의 취미에 교제해 받아 와도 있습니다.지금의 그녀도 포함해, 상대의 여성은, 그것은 그래서, 나색에 물들고, 나의 영향을 받고, 나와 함께, 즐겨 와 주었습니다(즐겨 주고 있습니다).

이하, 사이타마 관련으로...

내가 대학생때, 한시기 가입하고 있던 아마츄어 락 밴드의 멤버의 한 명이, 하구에 살고 있었던(다만, 카와구치역에 내려선 일은, (주로 그것 관련으로) 세는만큼 밖에 없습니다 w).

철도 박물관이 리뉴얼되었어?같아서( 나는, 어릴 적부터, 철도를 포함한 탈 것에 넓고 얕게 흥미가 있어요), 가까운 시일내에, 그녀와 놀러 갈 예정입니다(철도 박물관은 전에 개인적으로 휴일인 날에 혼자서 간 일은 있어요).」


이하, 「」 안.나의 앞의 투고문보다...

「 나는, 작은 개인 사업을 영위하고 있는 일과 술에 강한 체질인 일로부터, 오후의 일에 지장이 없으면 자기책임으로 판단했을 경우에는, 일하고 있는 날의, 점심 식사시에, 조금, 술을 마시는 일도 있습니다」

이하, 참고의 투고.
런치 단가 후편→
/jp/board/exc_board_8/view/id/2797253?&sfl=membername&stx=jlemon



이하, 과거에 kj에 간 투고로부터 발췌해 온 것입니다...


7월의 끝나에, 그녀와 우에노(ueno)를 산책해 왔을 때(이하, 이 날이라고 씁니다)의 물건입니다.

우에노(ueno)는, 도쿄도심부의 동부에 위치해, 아사쿠사(asakusa)와 대등한, 도쿄의 변두리(도쿄도심부 동부.구시가) 최대급의 번화가가 되고 있습니다.우에노(ueno)에게는, 우에노(ueno) 공원이 있습니다.우에노(ueno) 공원은, 도쿄 중심부에 있는 공원안에서는, 최대급의 공원 중의 하나이며, 또, 미술관·박물관등의 문화 시설이 모여 있습니다.

이 때의, 우에노(ueno) 산책의 주목적은, 우에노코우엔내에 있는 국립 과학박물관으로, 이 때 개최되고 있던, 공룡의 전람회(exhibition)를 보는 일이었습니다.국립 과학박물관(1877년 설립)은, 일본의, 국립의(엄밀하게는 미묘하게 다릅니다만, 여기에서는 설명은, 생략 합니다), 과학박물관입니다.과학에 관한, 매우 많은 자료를 수장 하는 박물관에서, 규모가 크고, 볼 만한 가치가 있는 박물관입니다.

나는, 어릴 적, 박물관을 좋아하고, 이 국립 과학박물관이나, 교통 박물관, 과학기술관에, 자주 갔던(어릴 때는, 부모에게 데려서 가 주었습니다만, 초등학교 4 학년무렵부터는, 같은 흥미를 가지는 친구(들)와 초등 학생만으로, 가는 것처럼 되었습니다.중학생이 되고 나서는, 거의 가지 않게 되었습니다만...).나는, 어릴 적, 공룡에, 매우 흥미가 있었으므로, 몫, 국립 과학박물관의, 공룡에 관한 전시는, 인상에 남아 있습니다(덧붙여서, 이전에는, 본관(현재의 일본관)의 1층이, 공룡에 관한 전시실이 되고 있었습니다).


국립 과학박물관은, 근년, 큰 개장이 이루어졌습니다.나는, 이번, 국립 과학박물관을 방문한 것은, 매우 오래간만으로(15년만의 정도), 개장 후의, 국립 과학박물관은, 이번, 처음으로 방문했습니다.


국립 과학박물관의 현재의 건물은, 1931년에 지어진, 중후한 근대 건축의 본관(일본관)의 건물과 근년의 개장에 맞추어 지어진(다시 세워진), (본관(일본관)에 인접한다) 현대 건축의 지구관의 건물로부터 완성됩니다(현재의 지구관의 건물이 지어지기 전에도, 국립 과학박물관에는, 전시를 위한 건물로서 본관(현재의 일본관)에 가세하고, 본관(현재의 일본관)에 인접한 현대 건축의 건물이 있었습니다만, 개장에 맞추고, 개축해 버리는 것이, 효율적이라고 생각할 수 있었는지, 근년의 개장에 맞추고, 현재의 지구관의 건물에, 다시 세워졌습니다).


사진 이하 6매.국립 과학박물관의 본관(일본관)의 건물.1931년에 지어진, 정취가 있는, 근대 건축의 건물입니다.위에서 보면, (당시 , 최신 기술의 덩어리의 탈 것이라고 생각되고 있던) 비행기의 형태가 되어 있습니다.이 본관(일본관)의 건물은, 어릴 적은, 건축으로서는, 웬지 모르게, 낡은 건물이구나 정도 밖에 생각하지 않았습니다만(애착이 있는 건물이었지만, 건축적인 흥미로서의 애착에서는, 전혀 없고, 익숙한 것의 장소라고 하는 의미로의 애착...), 재차 보면 좋은 느낌이었습니다(근년(근년이라고 말해도, 벌써 상당히 지나는데), 일본의 근대 건축에 흥미를 가지는 것처럼 되었습니다).


사진 이하 2매.국립 과학박물관의 본관(일본관)의 건물의 외관.















사진 이하 4매.국립 과학박물관의 본관(일본관)의 건물의 내장예.











후코의 진자(Foucault pendulum).어릴 적부터, 인상에 남아 있는 전시물입니다.










사진 이하 12매.국립 과학박물관의 일본관의, 상설 전시 풍경예.





일본내에서 발굴된, 안모나이트(ammonite)의 화석.




후타바스즈키류우(Futabasaurus)(일본 근해에 생식 하고 있던 공룡(수장용))의 복원 골격입니다.










물까치계의 박제.물까치계는, 일본의, 닭의 품종의 하나로, 일본의 천연기념물로 지정되어 있습니다.17 세기 중반무렵, 돌연변이로 태어났다고 전하고 있습니다.수컷의, 꼬리의 날개가, 극단적으로 길어지는 것이 특징입니다.닭은, 통상 일년에 한 번 날개가 나 교체됩니다만, 수컷의 물까치계는, 꼬리의 날개가 나 교체되지 않기 때문에, 꼬리가 매우 길어집니다.현존 하는 조류 중(안)에서, 가장 긴 꼬리를 가져, 12 m라고 하는 기록도 있습니다.완전하게 관상용의 닭입니다








안정된, 에도(edo) 시대(17 세기부터 19 세기 중반)에는, 서민에게도 교육이 보급해, 메이지(meiji) 시대 이후(19 세기 후기 이후)의, 일본의 근대화의 주춧돌(기초)이 되었습니다(국립 과학박물관의 해설문보다...).




일본의, 에도(edo) 시대(17 세기부터 19 세기 중반)의 현미경에 관한 전시입니다.



이하, 「」 안은, 국립 과학박물관의 해설문을, 거의 인용한 것입니다.

「평화로운 에도(edo) 시대(17 세기부터 19 세기 중반)에 있어서는, 많은 정보나 지식이 사회에서 공유되고 있었습니다.영주(지방 영주)이든지, 마을의 사람들이든지, 거의 시간의 차이가 없고, 다소의 정밀함과 거침(자세한 일과 대략적인 일)의 차이는 있어도, 기본적으로, 같은 정보를 알고 있었습니다.그러나, 사람들의 호기심이나 견해에 의해서, 해석 방법은, 다양했습니다.해외로부터, 현미경이 전해져 확대된 세계가 소개되었을 때도, 한편에서는, 서양에 강요하는 연구로 진행되어, 한편에서는, 장난감이 되었습니다.수용의 형태는, 달라도, 자극된, 다양한 호기심의 시선은, 지식의, 새로운 공유를 재촉했습니다」.




눈의 결정의 디자인(design)의, 칼의 날밑(칼의 모양과 칼의 몸체와의 경계에 끼우고, 모양을 잡는 손을 방호하는 부위).「현미경에 의해서 밝혀진, 미소한 세계.처음으로 보는, 아름답고, 신기한 물건이나 형태는, 과학적 흥미를 채움과 동시에, 문화나 예술에도, 큰 영향을 주는 것이었습니다.도이리위(doi toshitsura)가, 「설화그림 해설」로 분명히 한, 눈의 결정의 형상은, 설화문양이 되고, 옷(기모노)의 모양(모양)이나, 도자기, 칼의 장식등에, 재빠르게 받아들여져 넓게 유행했습니다」.







전자현미경.1942년.토시바(toshiba) 사제.이하, 「」 안은, 국립 과학박물관의 해설문을, 거의, 인용한 것입니다.「보다 , 극소의 세계를 보고 싶다고 하는 생각은, 현미경의 배율을 비약적으로 높여 광학적인 현미경의 한계에 이르렀습니다.그 한계를 넘기 때문에(위해)의 기술의 개발이, 20 세기에 들어가고 나서, 많은 나라들이나 연구자에 의해서 행해졌습니다.일본은, 그 선구의 나라의 하나였습니다.1939년, 나가오카 한타로(nagaokahantaro) 박사등의 요청에 의해, 오사카 대학이나, 나고야(nagoya) 대학, 토시바(toshiba), 히타치(hitachi) 제작소등 , 산학협동으로, 전자현미경의 연구·개발이, 개시되었습니다.1940년에는, 자계형, 그 다음에, 정전형 전자현미경의 시작을 해 1942년에는, 제품화까지 진행되었습니다.이후, 일본은, 전자현미경의 분야에 있고, 보다 미소의 세계에의 요구에 응해 세계적으로, 큰 역할을 계속 완수하고 있습니다」.





사진 이하 4매.일본시계(17 세기부터 1880년대무렵까지, 일본에서 제작, 사용된, 부정시 법을 이용하기 때문에(위해)의 기구를 가지는 기계식 시계.서양의 정시법의 기계식 시계에 비해, 복잡한 구조를 가지고 있었다).



















이하, 「」 안은, 국립 과학박물관의 해설문을, 거의, 인용한 것입니다.
「메이지(meiji) 시대(1868년부터 1912년)에 있고, 일본에서도, 정시법이 채용되는 것처럼 되면, 일본시계는, 사용할 수 없게 되어, 1889년에 제작된, 괘종시계를 마지막으로, 일본시계 제작의 역사는, 끝났습니다.19 세기말기경에는 괘종시계와 탁상시계의 국산화가, 조금 늦어 회중 시계의 국산화가 시작되었습니다.그 후, 일본의 시계 산업은, 크게 발전해, 1964년에는, 스위스의, 뉴샤텔 천문대의 크로노미터 콩쿨에서, 일본의 기계식 시계가 좋은 성적을 거두어 일본의 시계 기술의 우수함을, 세계에 나타냈습니다.일본은, 1969년에는, 세계에 앞서, 쿼츠(quartz) 식의 손목시계를, 세상에 내보내, 그리고, 1980년에는, 스위스를 제치고, 손목시계 생산량 세계 제일위가 되었습니다」.






국립 과학박물관의 옥외 전시물의 하나.1970년, 일본에서 첫 인공위성, 「누르는 봐(osumi)」를 쏘아 올린 로켓 발사기(rocket의 발사대)입니다.이하, 인구 위성에 관한 설명은, wiki를 참고로 했습니다.일본은, 소련(Soviet) 연방(현재의 러시아(Russia))(1957년), 미국(1958년), 프랑스(1965년)에 이어, 세계에서, 4번째에, 인구 위성의 발사에 성공한 나라입니다.일본의 뒤는, 중국(1970년), 영국(1971년), 인도(1980년), 이스라엘(1988년)과 계속 되었습니다.






국립 과학박물관의 지구관의 상설 전시 풍경예.




사진 이하 3매.이 날의 점심 식사는, 국립 과학박물관의 레스토랑에서 먹었습니다.국립 과학박물관의 레스토랑은, 무세이온(Mouseion)이라는 이름 전으로, 세이요켄(seiyoken)이 경영하고 있습니다.세이요켄(seiyouken)은, 우에노(ueno) 공원내에 있는, 1872년까지 역사를 거슬러 올라갈 수가 있는(원래는, 다른 장소에서, 서양식의 호텔로서 영업을 개시한), 역사의 낡은, 프랑스 요리·양식(일본인 기호에, (일본인의 시점으로부터 하면) 개량된 서양 요리) 레스토랑입니다(현재의, 우에노(ueno) 공원내에 있는, 세이요켄(seiyouken)의 본점은, 요인도 이용하는 고급 프랑스 요리 레스토랑과 캐쥬얼(casual)인, 양식(일본인 기호에, (일본인의 시점으로부터 하면) 개량된 서양 요리) 레스토랑으로부터 완성됩니다). 무세이온(Mouseion)의 식사는, 세이요켄(seiyouken)이 경영하고 있다고 해도, 뭐, 결국, 유원지, 박물관, 동물원의, 레스토랑의 식사의 맛(유원지, 박물관, 동물원의, 레스토랑의 식사의 표준보다인가는, 아주 조금 위)이라고 한 느낌이었습니다.









사진 이하 2매.국립 과학박물관의 레스토랑, 「무세이온(Mouseion)」로 먹은, 이 날의 점심 식사.이 레스토랑은, 물론, 어른용의 식사도 있습니다만, 여기에서는, 굳이, 비교적, 어린이용의 식사를 선택해 보았던 w





내가 먹은, 「공룡 왕국」이라고 하는 이름의 메뉴(menu).접시의 한가운데의, 메인(main)의 음식은, 뼈첨부의 소세지(sausage)를 햄버거(hamburger steak)로 싼 요리입니다.접시의 우하의, 치킨나겟트(chicken nugget)는, 공룡의 형태.뭐, 어린이용의 메뉴(menu)겠지만, 어린이용의 메뉴(menu)로서는, 꽤 양이 많습니다.아마, 초등학교의 중학 연(초등학교 3·4 학년) 이상의 아이라도, 이것 전부, 혼자서 먹으면, 배가, 빵 빵이(매우, 가득하게) 된다고 생각합니다.어린 아이가, 부모에게 먹는 것을 도와 받으면서, 먹고, 세간 좋다고 한 느낌일까.




그녀가 먹은, 팬더(panda) 형의 오므라이스(omerice)와 반찬의 편성 메뉴(menu).오므라이스(omerice)는, 양식(일본에서, 근대 이후, 일본인이 입맛에 맞는 것처럼, (일본인의 시점으로부터 하면) 개량된 서양 요리)의 하나입니다.




사진 이하 8매.다시, 국립 과학박물관의 지구관의 상설 전시 풍경예.


































이 날, 국립 과학박물관으로, 이 때 개최되고 있던, 공룡의 전람회(exhibition)를 보고 왔습니다.(근년, 공룡에 관한, 새로운 발견(신종 공룡의 발표)이나 혁신적 한편 중요한 연구 성과의 발표가 잇따르고 있습니다만), 근년, 중국을 중심으로, 쥬라(Jurassic) 기와 백악(Cretaceous) 기의 후기의 사이의, 「공백의 시대」, 백악(Cretaceous) 기의 전기의 공룡의 화석이 연달아 발견되고 공백이 메워지기 시작하고 있는 일이나, 공룡과 조류의 경계선이 애매하게 되고 있는 일이나, 티라노사우르스(Tyrannosaurus)에, 깃털이 나 있었다고 하는 연구 성과등 , 공룡에 관한, 최신의 발굴·연구를 반영한 전람회(exhibition)에서, 흥미로왔습니다.


사진 이하 9매.이 전람회(exhibition)의 전시예.






















이 거대한 트리케라트프스(Triceratops)의 골격 표본은, 트리케라트프스 Triceratops)의 전각에 대한, 최신의 연구 성과를 반영한 골격 표본으로, 이 연구 성과를 반영한, 트리케라트프스(Triceratops)의 골격 표본은, 이 전람회(exhibition)에서, 세계에서 처음으로 공개되었습니다.









사진 이하 2매.이 거대한 티라노사우르스(Tyrannosaurus)의 골격 표본은, 매복해 하고 있는 모습의 티라노사우르스(Tyrannosaurus)의 골격 표본입니다.매복해 하고 있는 모습의 티라노사우르스(Tyrannosaurus)의 골격 표본은, 이 전람회(exhibition)에서, 세계에서 처음으로 공개되었습니다.















현재의 우에노(ueno) 역의 건물은, 1932년에 완성한 것입니다만, 시대에 맞추고 개장이 베풀어져 낡은 건물이 능숙하게 활용되고 있어 bar, 빵가게, 복점, 화점, 가방(bag) 점, 액세서리(jewelry) 점 등이 들어가 있습니다.


사진 이하 7매.이 날의 저녁 식사는, 우에노(ueno) 역에 들어가 있는, 프랑스 요리 레스토랑, 「Brasserie L’ ecrin」로 먹었습니다.「Brasserie L’ ecrin」는, 긴자(ginza)(아래의 보충 설명 참조)에 있는, 고급 프랑스 요리 레스토랑, 「L’ ecrin」(긴자(ginza)의 프랑스 요리 레스토랑의 유명한 상점의 하나.나는, 이용한 일이 없습니다)가 경영하는, 프랑스 요리 레스토랑입니다.
긴자(ginza):도쿄도심부안에서도 중심적인 지역에 위치한다.신쥬쿠, 시부야(shibuya) 등으로 대등한, 도쿄 최대급의 번화가.도쿄를 대표하는 고급 번화가에서 있음과 동시에, 도쿄를 대표하는 번화가가 되고 있다.


긴자(ginza)의 「L’ ecrin」는, 고급 프랑스 요리 레스토랑입니다만, 이 쪽( 「Brasserie L’ ecrin」)은, 나누기와 적당한 가격으로, 부담없이 이용 할 수 있는 가게가 되고 있습니다.




레스토랑의 입구의 사진으로부터.「Brasserie L’ ecrin」의 내장은, 이런 기분이 들고 있습니다.「Brasserie L’ ecrin」는, 생각보다는 부담없이 이용 할 수 있는 레스토랑입니다만, 우에노(ueno) 역의 귀빈실(아래의 보충 설명 참조)로서 사용되고 있던 방을 개장한 레스토랑에서, (아마) 우에노(ueno) 역에 들어가 있는 레스토랑안에서는, 제일 고급감이 있는 레스토랑이 되고 있습니다.
귀빈실:주요한 역이나, 보양지에 가까운 철도역등에 설치되고 있는, 천황가나 황족(천황의 일족), 정부의 요인이라고 한 국가의 V.I.P.하지만, 철도를 이용할 때에, 대합실등으로서 이용하는 방.제2차 세계대전전에 비해, 귀빈실이 있는 철도역은, 훨씬 더 적게 되고 있습니다.예를 들면, 우에노(ueno) 역은, 현재도, 도쿄의 주요역의 하나입니다만, 귀빈실은, 더이상 존재하지 않고, 한 때의 귀빈실은, 개장되고, 현재는, 프랑스 요리점( 「Brasserie L’ ecrin」)이 되고 있습니다.



사진 이하 5매.이 날, 「Brasserie L’ ecrin」로 먹은 저녁 식사.이것에 팬이 뒤따릅니다.





날 햄(ham), 새우, 복숭아의 사라다(salad).일인일명씩.







내가 먹은 메인(main) 요리.압육(흉육)의 로스트(구이), 스파이스(spice) 풍미, 오렌지 소스(orange sauce).






그녀가 먹은 메인(main) 요리.삼치의 포와레(poele), bouillabaisse(bouillabaisse) 완성.







내가 먹은 디저트.디저트 진열.







그녀가 먹은 디저트.스후레(souffle), 아이스크림, 감귤계의 젤리(jelly).




우에노(ueno) 산책&음식, 마지막...



이하, 덤...이 날의 다음날의 점심 식사.



이 다음날은, 반나절 일이었지만, 시부야(shibuya)(내가 사는 시부야(shibuya) 구(도쿄도심부의 서부에 위치하는 구) 최대의 번화가임과 동시에, 도쿄에서 최대급의 번화가의 하나)에 있는, 프랑스 요리 레스토랑, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점에서, 그녀와 점심 식사를 먹고 나서, 직장(사무소)에 나왔습니다.라·로시르(La Rochelle)는, 사카이 히로시행(sakai hiroyuki)(일본의 유명한, 프랑스 요리의 세프(chef))의, 레스토랑입니다.


라·로시르(La Rochelle)는, 시부야(shibuya) 본점, 미나미아오야마(남 aoyama) 점, 산노우(sanno) 점과 도쿄에 3 점포, 후쿠오카(fukuoka)에 1 점포, 합계4 점포(사카이 히로시행(sakai hiroyuki)은, 종합 감독이라고 한 느낌으로?, 각각의 점포의 세프(chef)는, 사카이 히로시행(sakai hiroyuki)에 인정된 다른 세프(chef)가 맡고 있습니다), 점포가 있었습니다만, 라·로시르(LaRochelle)의 플래그쉽(flagship)적인 역할을 이루어 있던, 시부야(shibuya) 본점은, 9월말로, 이전 준비 (위해)때문에, 폐점해 버렸습니다.나는, 이 때를 포함하고, 라·로시르(La Rochelle)는, 시부야(shibuya) 본점에서 6회, 미나미아오야마(남 aoyama) 점에서 2회, 산노우(sanno) 점에서 1회식사하고 있습니다.라·로시르(La Rochelle)는, 고급 프랑스 요리 레스토랑입니다만, 초고급이라고 말하는만큼이 아닙니다.라·로시르(La Rochelle)의 식사는, 개인적으로, 높고, 맛있다고 하는 인상입니다.뭐, 높고 맛있는 것은, 당연이라고 하는 것으로..(비싸고로, 맛이 없는 것은, 곤란합니다만, 라·로시르(La Rochelle)는, 적어도, 점원의 서비스(service)의 느낌의 좋은 점도 포함하고, 가격 상응을, 조금 넘는 정도의 만족을 줍니다).라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점은, 향후, 조금, 어떻게 되어 버리는지 모르기 때문에, 이 때, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점에서 점심 식사를 먹은 것은, 폐점전이 먹어 마지막이라고 하는 의미도 있었습니다.라·로시르(LaRochelle) 시부야(shibuya) 본점은, 폐점전의 2개월간(8월부터)은, 제일 싼, 풀 코스의 점심 식사 메뉴가 없어져 버린다고 하는 일로, 7월중에 먹어 마지막을 해 두었던(라·로시르(La Rochelle)에서는, 저녁 식사도 먹은 일이 있어요가, 개인적으로는, 라·로시르(La Rochelle)의 시부야(shibuya) 본점은, 이제(벌써), 높은 돈을 지불하고, 식사를 하는 것은, 상관 없을까라고 한 느낌이었으므로...).무엇보다, 실은, 이 달(7월), 2회, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점에서 점심 식사를 먹었습니다.7월에 1회, 먹어 마지막의 의미로, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점에서 점심 식사를 먹고, 조금, 라·로시르(La Rochelle) 기분이 되고, 이 때, 라·로시르(La Rochelle) 미나미아오야마(남 aoyama) 점을 예약하려고 했습니다만(상술한 대로, 라·로시르(La Rochelle)의, 각각의 점포의 세프(chef)는, 사카이 히로시행(sakaihiroyuki)에 인정된 다른 세프(chef)가 맡고 있기 때문에(위해), 점포마다, 메뉴(menu)가 다릅니다), 전화하면, 예약으로 가득하고(확실히, 산노우(sanno) 점에도 전화해 보았지만, 예약이 가득했던 님생각이 듭니다), 뭐 같은 식사라도(메뉴(menu)는 1개월부터 3개월 교체위, 아마...), 맛있었고, 또 먹자고 하는 일이 되고, 웬지 모르게, 그 자리가 흘러 나와 또, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점에 예약을 넣고, 점심 식사를 먹었습니다).




이 사진은, 차용물 사진입니다만, 시부야(shibuya)(시부야(shibuya) 역 주변)에 있는 초고층 빌딩의 하나, 크로스 타워(Cross Tower).1975년에 완성한 오피스(office) 용의 초고층 빌딩입니다.현재에도, 시부야(shibuya) 역 주변은, 너무 초고층 빌딩은, 많지 않습니다만, 시부야(shibuya) 역의 근처에서, 최초로 지어진 초고층 빌딩입니다.이 빌딩의 32층(최상층)에, 라·로시르(La Rochelle) 시부야(shibuya) 본점이 들어가 있었습니다(9월말로, 이전 준비 (위해)때문에, 폐점).



사진 이하.라·로시르(LaRochelle) 시부야(shibuya) 본점에서, 그녀와 먹은, 이 다음날의 점심 식사.이것에, 팬이 뒤따릅니다.이 가게의, 풀 코스의 점심 식사 메뉴(요리는, 미리, 정해져 있습니다)로, 제일 싼 것을 먹었습니다.점심 식사 후, 일(직장(사무소))에 나왔습니다만, (게다가, 직장(사무소) 나오기 전, 인사 정도입니다만, 시부야(sbibuya) 역 주변의 거래처를 2채 방문한), 조금, 술을 마셔 버렸던 w( 나는, 이 때, 술은, 가게가, 각각의 요리에 맞는 와인을 선택하고, 소량씩 내 주는 것과 그리고, 확실히, 그것과는 별도로, 와인을 글래스(glass)로 한 잔 마셨다고 생각합니다).









식사의 사이에, 조금, 집는 것.두 명분.





전채.4 종류의 작은 어개(seafood)와 야채의 전채.일인일명씩.





물고기의 메인(main) 요리.이사키의 바르사미코(Balsamic vinegar) 소스(sauce).한 명, 일명씩.본래적으로는, 노의 포와레(poele), 빨강 피망(red pepper)의 소스(sauce)였습니다만, 상술한 대로, 이 달, 이 레스토랑을 이용하는 것은, 2번째였으므로(메뉴(menu)는, 1개월부터 3개월 교체위.아마...), 물고기의 메인(main) 요리만, 내용을 바꾸어 받았던(이 달(이 계절)의, 제일 싼, 풀 코스의 점심 식사 메뉴는, 다른 물건은, 모두, 맛있었습니다만, 물고기의 메인(main) 요리만, 좀 더에서 만난 때문...뭐, 결국, 바꾸어 받은, 이쪽도, 좀 더였습니다만...).





수박의 스프(soup).요구르트(yogurt)의 아이스 캔디(ice pop) 더해져라.한 명, 일명씩.이것은, 매우 맛있습니다.





고기의 메인(main) 요리.오스트레일리아산, 블랙 안 가스(Black Angus) 쇠고기(로스)의 로스트(구이).봐 된장의 소스(sauce).감자의 드피노워즈(dauphinoise) 더해져라.일인일명씩.





디저트는, 웨건(cart)에, 다양한 종류의 물건이 실려 옮겨져 오고, 좋아하는 것을, 좋아할 뿐(만큼), 몫라고 받고, 먹을 수가 있습니다.


사진 이하 2매는, 이 때, 내가 먹은 디저트.













이 때, 내가 먹은, 차과자.차과자도, 다양한 종류의 물건중에서, 좋아하는 것을, 좋아할 뿐(만큼) 선택해 먹을 수가 있습니다.


이 외, 디저트의 전에, 스틸튼 치즈(Stilton)와 세이지-더비(Sage Derby)라고 말하는, 영국의 치즈(cheese)를 먹었던(이 때, 이 레스토랑은, 치즈(cheese)는, 영국 특집을 하고 있었습니다).








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