開發と製造

日淸戰爭後に有坂成章大佐を主任者として開發され制式採用された三十年式小銃は、機關部の構造が複雜なうへ、分解結合の際にファイヤリング・ピン（擊針）が折れる故障が時折發生した。日露戰爭では、設計當初の想定以上の嚴しい季候風土で滿州をはじめ中國大陸の戰線で使用してみると、前述の故障に加へて大陸特有の細かい砂塵が機關部內に入り込み、作動不良を引き起こした。そこで、機關部の構造を簡素化しボルト（遊底）と連動するダストカバー（遊底覆ひ）を著ける等の改良を行つた。このボルト（遊底）とダストカバー（遊底覆ひ）は製造番號が一致してゐれば問題は無いが、一致してゐなかつた場合はカタカタと金屬音を立てることがあるらしい。たゞし、これは現場レベルで解消することが出來る。大陸では、防塵效果があり多少有效であつたやうであるが、南方では、遊底部に入り込んだ泥を排除するのに邪魔になり、不具合が多發したといはれる。

この改良は南部麒次郞少佐によつて行はれた。

當時の日本の技術水準に合はせ、構造はごく單純化されてゐたが、それ以前同樣に熟練の職工による現物合はせ的な手法で製造された。品質劣化が起こるまでは藝術品と呼んでいゝほどの品質を誇つたものゝ、組立に當たつては一挺づゝ職人藝により調整していくしかなかつた。先進各國の兵器においてこのころすでに取り入れられてゐたパーツの互換化はおこなはれず、その點では前時代的な兵器であつた。日本が步兵用小銃の部品互換性を實現するのは1939年制式採用の九九式小銃まで待たねばならない。第二次大戰終結まで使用されたが、その背景には三八式步兵銃の後繼銃である九九式短小銃生產が需要に追ひつかなかつたといふ理由があつた。だがそれよりも三八式步兵銃自體の性能が非常に良く、前線兵士の間でも好評だつた點もあげられる。三八式步兵銃の方が銃身が長く口徑が小さいために、九九式短小銃より反動が小さく射程や命中率も高かつた（當銃の中でも工作精度の良い個體を選拔し、狙擊銃仕樣とした九七式狙擊銃は100ヤード・5發・1MOA（2.54cm）をマークできると言ふ。

製造は主に東京砲兵工廠で行はれ、設計者は陸軍大佐有坂成章と一般に言はれてゐるが、實際には有坂が日本軍の小銃の開發に關與したのは三十年式小銃だけで、三十五年式海軍銃と三八式は三十年式をベースに南部麒次郞大尉（後に中將 南部大型自動拳銃の開發と十四年式拳銃の開發に協力した人物）が改良、開發した。第二次世界大戰まで日本陸軍の步兵用主力小銃として長年にわたり用ゐられた。銃上面に刻印された菊の紋章ともども、舊日本陸軍を象徵する兵器の一つ。日本海軍の陸戰隊も使用してゐたが、海軍部內では單に三八式小銃と稱してゐた。日本以外の國では、「Type-38 Arisaka Rifle」と呼ばれてゐる。

三八式步兵銃は、銃身鋼材の國產化に初めて成功した銃でもある。それ以前は、鋼材を海外から輸入して國內で加工されてゐた。金屬部は、タングステン合金銃身鋼（高速度鋼）である。鐵鑛石は、中國鞍山鑛山產を使用し、タングステンは、山口縣產重石鑛から抽出してゐた。これらを八幡製鐵所で精鍊し、鋼材を各兵器廠で加工した。銃身鋼の製法は、墺太利のボーレル社から取得してゐる。レアメタルであるタングステンを使用した軍用銃はめづらしく、貧國日本が步兵の主力兵器にいかに氣を使つてゐたかが分かる。また、銃身內部はクロム鍍金が施され、製造工數は增えるが、耐久性の高いメトフォード型ライフリングが彫られてゐた。銃身の壽命は發射數8000發程度と言はれてゐたが、殘念なことに軍隊の營內班のシゴキで、下級兵士たちが金屬ブラシで過剩に手入れすることによつて、クロム鍍金がはがれ、想定した壽命より短命になるケースも非常に多かつた。

木材部は、國內產のクルミが使用されてゐる。銃牀部は、損傷防止のため、2個の木材部を上下に組み合はせてゐる。なほ銃器用の木材は、地中海產のコルク樫の自然乾燥材が最良とされてゐる。

訓練用の三八式步兵銃として、狹窄射擊銃も製造された。これは、短射程の狹窄彈が發射できるが、操作法の練習銃である。實戰用と區別するため、幅2cmの赤線を全周に描かれてゐる。

尙、三八式步兵銃の半自動化も考へられてをり。萱場製作所（現カヤバ工業株式會社）が昭和6年に半自動化改修に關する特許申請を行なつてゐる。內容は”機關部を取り替へるだけで半自動發射機構を可能にする”これにより現在配備中の三八式步兵銃を改修對象とすると言ふピダーセン自動小銃に通じる簡素かつ低コストな案だつた。實際に想像圖が實在するものゝ、實現されてゐない