今回のお話は「半島におけるいくつかの伝染病に関して、総督府時代の『数字』を中心に考える」です。それ以前(李氏朝鮮以前)もそれ以後(大戦以降)も判断材料が少なすぎるのです。比較対象にできそうなのは内地(日本本土)と、台湾。地域として樺太(樺太庁)・関東州(関東庁)・南洋諸島(南洋庁)・満州は追いかけられませんでした。樺太は人口が少なくて比較しづらく、関東・南洋・満州については継続的な統計が見あたら無かったためです(精査が下手なのかもしれない)。中華民国、インドやその他の欧米植民地との比較、というのも考えてみたのですが、さすがに手が回りませんでした。
さて、伝染病。
wikiによれば
「伝染病(でんせんびょう)は、病気を起こした個体(ヒトや動物など)から病原体が別の個体へと到達し、連鎖的に感染者数が拡大する感染症の一種である。感染経路の究明が進んでいない近代までは、ヒトや家畜など特定の動物種の集団内で同じ症状を示す者が短時間に多発した状態(集団発生・疫病)を指していたため、現在でも「集団感染」との混同が見られる。」と、あります。
これに続いて
「日本において「伝染病」の語は医学分野よりも「家畜伝染病予防法」など法令において限定的に用いられており、同法では「法定伝染病」や「届出伝染病」などの語で使用されている。過去には「伝染病予防法」という法律名にも使用されていたが、1999年の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)の施行により廃止され、法文中の「伝染病」の文言は「感染症」に改められている(経過規定の条文などを除く)。同様に、旧・学校保健法の施行規則に見られた「学校伝染病」の語も2009年4月施行の学校保健安全法の施行規則で「感染症」に改められ、一般に「学校感染症」と呼ばれている。」とあり、法律上では伝染病という言葉は使われていないとか、医学的には伝染病表現は使われないとか、へぇそうなんだと結構感心しきり。確かに国立感染症研究所って言うなぁとか。でも感染症、というともう一つイメージが漠々としてしまう一般人なので、柔軟な対応はせず伝染病の話として語って参ります。
さて、伝染病というと皆さんは何が思い出されるでしょう?
今年で言えばやはり新型インフルエンザだと思います。また最近では鳥インフルエンザ、SRAS、ちょっと前からある重篤なものとしてHIVによるエイズ、エボラ出血熱なんてのもあります。歴史上著名なものでは、ペスト(黒死病)・天然痘(痘瘡)・結核・ハンセン病・麻疹(はしか)・梅毒等がよく知られます。伝染病か?というとあれですが、感染症としてのマラリアも有名ですね。こういった伝染病が歴史上著名な理由は様々です。当時の社会・経済体制を揺るがすレベルの流行により各地に記述が残ったもの、感染のメカニズムが分からなかったため業病とされ差別の対象となったもの、子供の死亡が多いため恐れられたもの…。
これらの伝染病の中で、明治維新後の近代日本において重視されていた病気は旧伝染病予防法(1998廃止)に11種を数えます。
コレラ・赤痢・腸チフス・パラチフス・天然痘(痘瘡)・発疹チフス・猩紅熱・ジフテリア・流行性脳脊髄膜炎・ペスト・日本脳炎
もちろんこれらの伝染病は現在の感染症法でも指定感染症であり感染者は隔離などの措置が取られます。
日本ではこうした法定伝染病については届け出が必要だったため、発生地ごとの罹患者数など、ある程度詳細な数字が残されています。これは近代日本がいち早く統計学という概念を導入していったことの表れでもあるわけですが、これはまた別のお話。
届け出の必要になった順番は、法令で大体追いかけられます。明治初期の伝染病予防規則公布までの道のりとあわせると以下の通り。
1870(M 3) 種痘 「種痘普及の事」
1877(M10) コレラ「虎列刺予防法心得」 ※同年の流行に対応したもの
1878(M11) 「天然痘予防規則」※種痘義務の明確化、この段階で統計の要求なし
1879(M12) 「中央衛生会開設」
※委員 海軍省英医アンダーソン(アルテンソン)・文部省独医ベルツ(ペルツ)・陸軍省蘭医ブッケマン
ブッケマンはM13神奈川県十全病院(現横浜市大市民総合医療センター)にも赴任している。十全病院は種痘・コレラなどに重要な位置を占めていた病院。
1879(M12) 「地方衛生会整備関連布告」
※この段階で伝染病予防規則に揚げられている伝染病については郡区長への届出が義務づけれれ、内務省への報告もその都度行うよう指示が出ている
1880(M13) +赤痢・腸チフス・(痘瘡(天然痘))・発疹チフス・ジフテリア 「伝染病予防規則」
1897(M30) +猩紅熱・ペスト 「伝染病予防法」
1911(M44) +パラチフス 「同上改正」
1918(T7) +流行性脳髄膜炎 「同上改正」
1946(S21) +日本脳炎 「同上改正」
1947(S22) +麻疹・百日咳・流行性感冒(インフルエンザ)・急性灰白髄炎・黄熱・破傷風・肺炎・結核・らい(ハンセン病)・産褥熱・狂犬病・鼻疽・炭疽・トラホーム・マラリア・デング熱・伝染性下痢・ツツガムシ病・日本住血吸虫病・フィラリア 「伝染病届出規則」
※※急性ではない伝染病、法定伝染病ほど深刻でないもの、外地帰還者が持ち込み急激に深刻になったもの等が認定
日本国内罹患者数の数字は『衛生局年報』によってかなり細かい資料になっています。この年報は1897の伝染病予防法によって編纂が開始されたものですが、昭和16年(1941)から昭和20年(1945)までは戦時のためきちんと統計が取れていないとのこと。※1
国会図書館で閲覧が可能なのは昭和11年(1936)くらいまで。公文書館もいまいちでした。加えて『衛生局年報』は日本国内の情報に限定されており、朝鮮半島や台湾の数字については触れられていません。
※1『衛生局年報』における法定伝染病・種痘統計とその入力
そこで、今回の話に使用する主な資料は以下の通り。
『日本帝国統計年鑑』
『衛生局年報』『法定伝染病統計』
『朝鮮総督府統計年報』『朝鮮総督府統計要覧』『統監府統計年報』
『台湾総督府統計書』『台湾事情』
帝国統計年鑑・朝鮮総督府統計年報・台湾総督府統計書はそれぞれ独立して制作されており、統一されたフォーマットで制作されていない、内地・朝鮮・台湾での病気発生の事情の違いがありどうしようもない部分がある※2、年次が新しくなるにつれ記載すべき情報が増えることにより従来あった情報が割愛されるなど、比較するための情報がかなりまちまちであり、単純比較できる部分はそう多くありませんでしたし、比較して何が分かったかと言われると、さてどうなんでしょう?ということばかり。むしろ補助的に見つけた資料や周辺の方の話の方が興味深いといった始末でした。
それでもいくつかの点ではこうではないかという部分もあり、朝鮮統治における伝染病について考えてみよう、というのが今回のお話。
参考にする主な書籍・論考は
『朝鮮伝染病史』『朝鮮医学史及び疾病史』(共に三木栄)
『朝鮮水道水質之研究』(朝鮮総督府1919)
『『衛生局年報』における法定伝染病・種痘統計とその入力』(永島 剛・市川智生2002)
『衛生公布類纂』(高木周次M13:1880)
『衛生現行法規類纂』(内藤士邦M21:1888)
『現行韓国法典』(度支部官房:隆熙4:1910)
『人口から読む日本の歴史』等(鬼頭宏2000他)
『疾病・開発・帝国医療』(見市雅俊・飯島渉他編2001)
総督府統治以前はほぼ統計がない、昭和10年代中期以降はまとまった資料がない(戦時中+戦後の分裂)ので、それ以前(対策があまり取られていなかった時代)・それ以後(朝鮮戦争以降きちっと対策が取られただろう時代※3)がどうか、というかなり重要な部分が欠落したままのお話になりますけど、そこはもうしょうがない。
そして、現在も鋭意資料探索中のために図書館に行くことも多いので、途中で、実はあれは間違ってました、ということも出てくるかもしれませんが、そこは笑ってスルーしてください。また『疾病・開発・帝国医療』については、これはどうなんだろう?という論考がひとつあり、他の部分についてもちょっと懐疑的に見ています。なお伝染病関連、特にその流行を追いかけていくのですが、港湾の防疫法関係は原則スルーです。基本的には伝染病予防規則・予防法に従い、実際どのように船舶を検査するかという事が主になっているからです。また、軍関係もおおむねスルー。この部分まで手を広げると収拾がつかなくなりそうなので。統監府以降やそれ以前(開国後)、民間医療についてものすごい寄与があった事は確かなので、そうした部分は取り上げていく事になると思います。あと、花柳病もスルー。
伝染病の表記がぶれる事がままあるかと思います。特に文献上明治末年位までは漢字表記自体がぶれているとか、自分の中では整理されていため、つい混在して使用してしまうとか。特に天然痘は痘瘡という表現が多くなると思います。ご了承下さい。
※2 台湾にせよ朝鮮にせよ、統計については帝国年鑑を参考にしていることは確か(何についてどう統計を取っているか)ですが、いかんせんその土地の事情により重視されている部分が違うと言うことがありました。特に衛生関係(伝染病などはこの項目に分類されています)では台湾のみ「阿片」関係の記述に大きくページを割いていたことは興味深いものがありました。衛生公布類纂などから明治の始めに日本国内では政府が阿片対策を行っている事は確かですが、日本・朝鮮では阿片に関する統計は重要視されていなかった可能性があります。この辺は台湾では植民地化以前に阿片吸引の風習ができあがってしまっていた事などが、深く関与していると考えています。なお、満州への阿片密輸とか、栽培とかはこれもまた別の話。
なお、関東州では狂犬病に関する記述に紙面が割かれていました。
※3 北鮮の状況は全く不明で、冷戦時代の一時期を除くとかなり遅れた状況ではないかとすら疑っています。戦後の大韓民国の情報については統計のあるだろう場所までは特定できているのですが、米軍の影響でそうなったのか、国家で自立してそうなったのかも分からず、また情報の正確性の検証も私にはできないので省かざるを得ませんでした。ハングルもきちんと読めませんし。
次回から、いよいよそう言うお話。最初ははわりとはっきりしている例、天然痘を取り上げる予定
話があらぬ方に飛んでいきませんように。
孤盲の猫について
元々近在をしめていた野良猫だったのですが、この二年ほど病魔に冒され弱体化し、昨春から通い猫として我が家で保護し、昨夏位からはほぼうちの猫になっていました。本日未明亡くなりました。今週になり全く餌を食べられなくなり立つ事もままならなくなっても、それでも襟を正す如く外回りを試み、這い出そうとする姿は悲しくもあり美しくもあるものでした。最後の三ヶ月ほど、家人に寄り添うようになったのは彼女なりの謝辞だったのかもしれません。

在りし日の猫(通称ニャーゴ:享年推定7-9歳)