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以下の投稿の続きです。

両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化1(「生活/文化」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3057522/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2(「生活/文化」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3057521/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2 



ちなみに、以下の投稿文で、「ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw)」とありますが、それは、謙遜表現である事を汲んで下さい。それに関しては、以下の投稿(「一昨年のGW(等々力渓谷」))のレス欄を参照して下さい。まあ、両親は、両親で、しっかりとした安定した資産を築いている事は、確かですが(以下の投稿(「一昨年のGW(等々力渓谷」))のレス欄を参照)。


一昨年のGW(等々力渓谷)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3063110?&sfl=membername&stx=nnemon2




以下、基本的には(一部、新しい参考の投稿を加える等しています)、2016年の12月に行った投稿から抜粋して来た物で、2016年の2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。投稿文は、2016年12月の投稿を前提としています。ちなみに、その時の、両親の、富士屋(fujiya)ホテルの印象が良かったらしく、両親は、その時から今まで、2回、夫婦で、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊している様です。



ある程度、前の事ですが、2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。

私の2歳年下の弟(東京の西部郊外に暮らしています)は、既に、結婚して、子供がいて、今は、子育てに忙しいので、今の所、こう言う役割は、私と言う事で。。。


実は、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼福住(bansuiro fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした。その時の事は、kjで、アップ(uplaod)しています)、勢いで、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に、繋がりましたw(これから、やや、しばらくの間は、両親を連れて旅行に行くかどうかは、ちょっと分かりませんw)。


ちなみに、去年の12月の初めの、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。



去年の12月の初めに、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊して来た時の事は、以下の投稿を、参照して下さい。

400年近い歴史を有する温泉旅館他1→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975776/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他2→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975775/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他3→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975774/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他4→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975773/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他5→
/jp/board/exc_board_1/view/id/2975777/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2




(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルがある、箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川
(kanagawa)県)の、南西端部に位置します)は、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です。ちなみに、箱根(hakone)は、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地であり、私の両親は、よく、箱根(hakone)に訪れていますし、私も、今まで、たくさん、箱根(hakone)に訪れています。


ちなみに、東京圏、及び、その周辺で、第二次世界大戦前に建てられた、古い建物のままで、現在も、営業を行っている、歴史のある、高級リゾート(resort)ホテルは、富士屋(fujiya)ホテルの他に、日光(nikko。箱根(hakone)と共に、東京近郊を代表する観光地・保養地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)、軽井沢(karuizawa。東京圏周辺を代表する、避暑別荘地・避暑保養地)の、万平(manpei)ホテル(軽井沢(karuizawa)を代表する高級リゾート(resort)ホテルの一つ。1894年開業)、伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の、川奈(kawana)ホテル(1936年開業)があります。


金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)は、私は、子供の頃、私の母方の祖父に連れられて、(私の母方の祖父母、両親、弟と共に)、3回、大人になってから1回(女性と2人での、coupleでの宿泊)の
、合計4回、宿泊した事があります。私の両親は、金谷(kanaya)ホテルは、私が、子供の頃に、私の母方の祖父(私の母方の祖父母)に連れられて、子供と共に(私と、私の弟と共に)、3回、宿泊した事があります。


私の母方の祖父は、田舎に生まれ、東京の、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)を卒業した後、第二次世界大戦までは、技師(技術者)、第二次世界大戦後は、会社員をしていました。私の母方の祖父の実家は、裕福であったと言う話は聞かず、また、かと言って、貧しかったとか、苦学したとか(金銭面で、苦労して、東京の、大学を卒業した)と言う話も聞かなかったので、まあ、中流の農家(中流の農民の家)、若しくは、会社員・公務員等の、家庭であったのではないでしょうか。。。


私の母方の祖父は、保守的で、堅実、真面目で、生活は、つましく、派手な生活をする事は、好みませんでしたが、無趣味と言った訳ではなく、墨絵(ink wash painting)、俳句(haiku)(日本の、伝統的な詩)、短歌(tanka)(日本の、伝統的な詩)、漢詩(中国の、伝統的な詩)、魚釣りを趣味として、風流人的な、一面も持っていました。現在は、昔と違って、我が家の近所の、私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が、引き継いで暮らしている)の、庭の池には、錦鯉(nishikigoi)(下の補足説明参照)しか泳いでいませんが、かつて、私の実家の庭の池には、鯉、金魚の他に、私に母方の祖父が釣って来た、鮒や草魚(grass carp)等がいました。私の母は、子供の頃は、休日に、私の母方の祖父に連れられて、電車に乗って、よく、東京郊外の、多摩(tama)川に釣りに行ったそうです(私の母は、全く、退屈で、つまらなかったそうですw)。ちなみに、私の実家は、(元々、私の母方の祖母の実家が、田舎の裕福な地主の家(第二次世界大戦後は、没落した)であったのですが)、私の母方の祖母が、見合いで、私の母方の祖父と結婚した際に(ちなみに、私の母方の祖母は、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)から東京に出て来ていました。私の母方の祖母は、私の母方の祖父と結婚してから、ずっと主婦をしていました)、私の母方の祖母の父(私の母方の曽祖父)が、当時、東京に保有していた不動産の一つ(敷地面積100坪程(約330平方m)の、庭がある、一戸建て住宅。当時の中流階級の、一戸建て住宅として、小さな方であったと思います)を、私の、母方の祖父母に与えた物です(現在の家の建物は、1960年代初め頃に(私の母が高校生の頃に)、建替えられた物です。現在は、時代に合わせて内装等が改装されて来ており、耐震補強もなされています)。
錦鯉(nishikigoi):観賞用に、養殖・品種改良された、日本の鯉の、総称。日本では、色鮮やかな、錦鯉(nishikigoi)は、庭園の池等で、多く見られる。錦鯉(nishikigoi)は、日本、及び、日本の美意識を象徴する魚として、日本の、国魚(国の魚)となっている。


私の母方の祖父は、東洋的な(日本的な)、風流人である一方で、西洋文化が好きな一面もあり、私の母方の祖父の好みに合わせて、私の実家の朝食は、西洋式でしたし、私の、母方の祖父は、食事は、どちらかと言えば、和食(日本料理)よりも、洋食(yoshoku)(日本で、近代以降、日本人の口に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された、西洋料理)・西洋料理の方が、好きな位でした。また、私の母方の祖父は、ウイスキー(whisky)が、好きで、毎晩、寝る前に、必ず、ウイスキー(whisky)を飲んでいました(前述の通り、私の母方の祖父は、つましかったので、いつも飲んでいたのは、Suntory(nikkaと共に、日本の、2大、ウイスキー(whisky)会社)の、「SUNTORY OLD」と言う、安い、大衆的な、ウイスキー(whisky)でしたが。。。)。


私が、子供の頃、私の母方の祖父は、家族(私の母方の祖母、私の両親、私、私の2歳年下の弟)を連れて、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する。箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県)の、南西端部に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)に宿泊しに行く事もあったのですが、その際には、私の母は、私と私の弟に、フォーマルな服を着せました。

ちなみに、今は、時代の流れとして、昔程、服の使い分けがなされていない事と、リゾート(resort)と言う事もあり、高級リゾート(resort)ホテルに宿泊、又は、高級リゾート(resort)ホテルを利用する際にも、カジュアルな服で(普段着で)と言う場合も、少なくありません。


前述の通り、私の母方の祖父は、普段の生活は、つましかったですが、何故か、家族を(私の母方の祖父にとっては、妻、娘夫婦、孫)を、金谷(kanaya)ホテルに連れて行く事に関しては、気前が良かったです。ちなみに、日光(nikko)は、私の母方の祖父の、お気に入りの場所でした。

以下、参考の投稿。

カツカレーと甘い物(食べ物と家族)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3024524/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2



軽井沢(karuizawa)の万平(manpei)ホテルは、私の両親は、軽井沢(karuizawa)で、ゴルフ(golf)をするついでに、何度か宿泊した事がありますが(ちなみに、私の両親は、ゴルフ(golf)を趣味としていますが、私は、ゴルフ(golf)はしません)、私は、宿泊した事がありません(万平(manpei)ホテルは、別に、今でなくても良いけど(老人になってからでも良いので)、いつか、宿泊したいと思っています)。


伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の川奈(kawana)ホテルは、私の父は、一度、宿泊して、ゴルフ(golf)をした事がありますが、私は、宿泊した事がありません(川奈(kawana)ホテルも、いつか、宿泊したいと思っています)。



(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルは、私は、この時を、含めて6回、宿泊しています(この時、(我が家の近所の私の実家の)両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の、1回を除き、(残りの5回は)、全て、couple(女性と2人)で宿泊しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館に宿泊した事があります。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。


(亡くなった)私の母方の祖父母は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありましたが(母方の祖父母は夫婦で宿泊した事があり、母方の祖母に関しては、結婚前(子供の頃を含む)、母方の祖母の家族でも宿泊した事あり)、私の母は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありませんでした。また、私の父は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルは、会社の研修で、一度、宿泊した事がありましたが、個人的な旅行で宿泊した訳ではないので、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を、ゆっくりと味わう事は、全く、出来なかったそうです。その様な事から、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした)、弾みで(勢いで)、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に繋がりましたw 


ちなみに、前述の通り、上記の、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。


富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)を代表する、高級resortホテルの一つです。富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館時代も含めると(16世紀後半には、韓国では悪名が高い(悪い意味で有名な)、豊臣 秀吉(toyotomi hideyoshi)も宿泊しました)、14世紀末からの(600年以上もの)歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、箱根(hakone)を代表する高級リゾート(resort)ホテルです(富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)の仙石原(sengokuhara)地区に、箱根(hakone)で、最も古い歴史を有する(詳しくないのですが、少なくとも、現在営業されている箱根(hakone)のゴルフ場(golf course)の中では、最も古い)、ゴルフ場(golf course)(1917年開業)も有しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、第2次世界大戦前には、日本国内のみならず、(日本以外の)東・東南アジア在住の欧米人富裕層の間でも、東洋有数のリゾート(resort)ホテルとして知られていました。富士屋(fujiya)ホテルには、今まで、孫文(Sun Yat-sen)(日本に2度、亡命し、亡命中は、日本の、実業家等から支援を受けて、裕福な暮らしをしていた)、チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)、ヘレン・ケラー(Helen
Keller)、ジョン・レノン(John Lennon)・小野 洋子(ono yoko)夫妻等、世界的な著名人も訪れています。



以下、この時の初日(以下、この日と書きます)の続きで、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2」からの続きです。



写真以下7枚(前に、kjで、アップ(uplaod)した写真の、再利用)。富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(leaflet)から。。。



富士屋(fujiya)ホテルの敷地の地図。地図の左上の大きな建物は、フォレストロッジ(forestlodge)。地図の下側の建物は、左から順に(地図で色が濃く塗られている建物のみ)、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館、主食堂(main dining room)の建物、道路を挟んで、菊華荘(kikkaso)です。菊華荘(kikkaso)は、1895年に建てられた物で、元々は、皇室(天皇の一族)の箱根(hakone)の別荘でしたが、1946年に、富士屋(fujiya)ホテルが敷地と供に譲り受け、富士屋(fujiya)ホテルの一部となりました。主に、富士屋(fujiya)ホテルの日本料理レストランとして使われています。この他、富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内にある、主な建物として、アイリーと言う建物(1884年に建てられた物で、現存する富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も古い物です。昔は、客室として使われていたみたいですが、現在は、文化財として、建物が保存されているだけ?の様です)とカスケードルーム(cascade room)の建物(1920年に建てられた建物で、宴会場のカスケードルーム(cascade room)(元は、ballroomとしても、使われていた)が入っています)があります。前述の通り、私は、今まで、富士屋(fujiya)ホテルは、この時を、含めて、6回宿泊していますが、富士屋(fujiya)ホテルの建物の内、本館、西洋館、花御殿(hanagoten)に宿泊した事があります(フォレストロッジ(forest lodge)は、宿泊した事がありません)。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。





写真上。温泉の熱を利用した温室。昔、富士屋(fujiya)ホテルの庭の温室では、ワニ(鰐)を飼っていた事が有るそうです。写真右上。富士屋(fujiya)ホテルの本館の、客室例等。富士屋(fujiya)ホテルの本館は、1891年に建てられた建物で、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物です。




富士屋(fujiya)ホテルのバー(bar)。





写真左下は、富士屋(fujiya)ホテルの室内温水プール(indoor swimming pool)。花御殿(hanagoten)の地下にある、富士屋(fujiya)ホテルの、(源泉かけ流しの温泉が使われている)モダン(modern)な室内温水プール(indoor swimming pool)は、日本で、第2次世界大戦前に作られ、現存し、実際に、まだ使われている、リゾート(resort)ホテルの、室内温水プール(indoor swimming pool)として、貴重な物となっています。この室内温水プール(indoor swimming  pool)は、富士屋(fujiya)ホテルの庭園内に有る、屋外プール(outdoor swimming
pool)(夏のみ営業)と同様、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊者は、無料で利用する事が出来ます。













写真左は、フォレストロッジ(forest lodge)の客室例。フォレストロッジ(forest lodge)は、1960年に建てられた建物です。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、主な建物の中で、最も新しい建物です。フォレストロッジ(forest lodge)は、富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も、宿泊費が、安い建物となっています(おそらく。。。)。写真上は、西洋館の客室例。西洋館は、1906年に建てられた建物です。写真右下の、茶色い現代建築の建物は、フォレストロッジ(forest lodge)です。1887年に建てられた、先代のフォレストロッジ(forest lodge)の建物が取り壊された後、1960年に建てられた建物です。1964年の東京夏季Olympicsによる、箱根(hakone)への、外国人観光客の増加を見込んで(箱根(hakone)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表する観光地)、現代的(より時代に合い)且つ機能的な建物に建て替えられた建物と言う面もあるかもしれません。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、8つの主な建物の中で、最大級、且つ、最も新しい建物で、主に客室として使われています。他の富士屋(fujiya)ホテルの主な建物は、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣の有る近代建築の建物ですが(ただし、菊華荘(kikkaso)を除く。菊華荘(kikkaso)は、日本伝統式の建物)、戦後に建てられたフォレストロッジ(forest lodge)の建物は、どちらかと言えば無機質な(つまらない)、現代建築の建物です。私は、まだ、フォレストロッジ(forest lodge)の客室には、宿泊した事はありません。フォレストロッジ(forest lodge)の客室は、全般的に、富士屋(fujiya)ホテルの他の建物の客室よりも、安く宿泊出来、且つ、享受するサービス(service)は、他の建物の客室に宿泊した場合と全く変わらないでしょうし、部屋の質も、他の建物の客室と比べて、遜色が無く、むしろ快適性においては、上回っている面も有りそうな事から、比較的、気軽な気分で、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を味わいたい場合に、宿泊するのに良さそうです。




富士屋(fujiya)ホテルの本館(1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(Lobby)と客室として使われている。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物であると共に、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物)については、前回の投稿(上でリンクを付けた投稿、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2」)を、参照して下さい。



この時、私達は、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館に宿泊しました。この時、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館と、花御殿(hanagoten)、どちらに宿泊しようかと迷ったのですが、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に宿泊しに行けば良いかなと思い、この時は、西洋館に宿泊する事にしました。ちなみに、西洋館は、私が初めて、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した時に、宿泊した建物です。富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に関しては、次回の投稿(「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4」 この投稿一番下でリンクを付けています)を、参照して下さい。




写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館は、Comfy Lodge、Restful
Cottageと言う、二つの建物からなります。1906年に建てられた建物で、客室として使われています。西洋館とは言うものの、建物の外観には、日本の伝統的な要素が、多く取り入れられています。現存する宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、本館(1891年完成)、菊華荘(kikkaso)(1895年完成)に次いで、古い建物です。ちなみに、前々の投稿(上でリンクを付けた投稿、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化1」)でも書きましたが、皇后美智子(Empress Michiko)(1934年生まれ。現在の、日本の、皇后(天皇の妻)。日本の、大規模食品会社の、創業者の一族(家族)の、家に生まれる。前々回の投稿を参照)は、独身時代、子供の頃から、家族で(両親と共に)、富士屋(fujiya)ホテルに、保養の為、よく宿泊しており、独身時代は、富士屋(fujiya)ホテルに、40回以上も、宿泊されていた様ですが、その際に、家族の、お気に入りで、よく宿泊していたのが、この、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物であった様です。ちなみに、上流階級の人達は、単純に、宿泊と言っても、私達の様な、庶民・中流層の、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、一泊して、ああ良かったと言うのではなく、おそらく、夏の避暑の為等に滞在する時は、一般的に、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、長期に渡って、滞在すると思います。










































写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室で、最も、安いclassの客室に宿泊しました。富士屋(fujiya)ホテルの、客室、全般で見ても、宿泊費が、安いclassの客室です。この時、3人で(私、父、母)で、一つの客室に宿泊しました。私は、補助ベッド(bed)で寝ました(前述の通り、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っていますが、この時の旅行時の、両親は、私にとってのゲストと言う事でw)。まあ、2部屋、取れば、ゆったりと宿泊が出来ますが、そもそも、この時の、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊は、両親を、箱根(hakone)の、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に連れて行った事の、おまけと言った感じであったので、倹約をしました。まあ、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しに行けば、良いかなと思ったので。。。(ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw))。ちなみに、皇后美智子(Empress Michiko)が、独身時代、家族で(両親と共に)、保養で、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館に宿泊する時は、当然、コネクティングルーム(2以上の、客室を繋げた客室)に宿泊するか、複数の客室を取って、宿泊していた様です。





客室の鍵。



















昔の建物なので、天井が高いです。









































写真以下。バスルーム(bathroom)。風呂の湯は、源泉かけ流しの温泉となっています。ちなみに、富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館(16世紀後半には、豊臣 秀吉(toyotomi hideyoshi)も宿泊)時代も含めると、14世紀末からの(600年以上もの)古い歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、宿泊施設となっています。富士屋(fujiya)ホテルは、現在も、温泉の湯量が豊富な宿泊施設で、全ての客室の風呂には、源泉かけ流しの温泉が引かれています。














両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4へ続く。。。


両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4は、以下です。



両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4(「旅行」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_1/view/id/3068393?&sfl=membername&stx=nnemon2




両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化3



Firefox以外で、この投稿の写真が見られない場合は、Firefoxで、ご覧下さい。



以下の投稿の続きです。

両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化1(「生活/文化」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3057522/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2(「生活/文化」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3057521/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2 



ちなみに、以下の投稿文で、「ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw)」とありますが、それは、謙遜表現である事を汲んで下さい。それに関しては、以下の投稿(「一昨年のGW(等々力渓谷」))のレス欄を参照して下さい。まあ、両親は、両親で、しっかりとした安定した資産を築いている事は、確かですが(以下の投稿(「一昨年のGW(等々力渓谷」))のレス欄を参照)。


一昨年のGW(等々力渓谷)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3063110?&sfl=membername&stx=nnemon2




以下、基本的には(一部、新しい参考の投稿を加える等しています)、2016年の12月に行った投稿から抜粋して来た物で、2016年の2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。投稿文は、2016年12月の投稿を前提としています。ちなみに、その時の、両親の、富士屋(fujiya)ホテルの印象が良かったらしく、両親は、その時から今まで、2回、夫婦で、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊している様です。



ある程度、前の事ですが、2月の終わりに、両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の物です。

私の2歳年下の弟(東京の西部郊外に暮らしています)は、既に、結婚して、子供がいて、今は、子育てに忙しいので、今の所、こう言う役割は、私と言う事で。。。


実は、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼福住(bansuiro fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした。その時の事は、kjで、アップ(uplaod)しています)、勢いで、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に、繋がりましたw(これから、やや、しばらくの間は、両親を連れて旅行に行くかどうかは、ちょっと分かりませんw)。


ちなみに、去年の12月の初めの、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。



去年の12月の初めに、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊して来た時の事は、以下の投稿を、参照して下さい。

400年近い歴史を有する温泉旅館他1→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975776/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他2→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975775/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他3→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975774/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他4→
/jp/board/exc_board_11/view/id/2975773/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
400年近い歴史を有する温泉旅館他5→
/jp/board/exc_board_1/view/id/2975777/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2




(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルがある、箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川
(kanagawa)県)の、南西端部に位置します)は、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です。ちなみに、箱根(hakone)は、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地であり、私の両親は、よく、箱根(hakone)に訪れていますし、私も、今まで、たくさん、箱根(hakone)に訪れています。


ちなみに、東京圏、及び、その周辺で、第二次世界大戦前に建てられた、古い建物のままで、現在も、営業を行っている、歴史のある、高級リゾート(resort)ホテルは、富士屋(fujiya)ホテルの他に、日光(nikko。箱根(hakone)と共に、東京近郊を代表する観光地・保養地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)、軽井沢(karuizawa。東京圏周辺を代表する、避暑別荘地・避暑保養地)の、万平(manpei)ホテル(軽井沢(karuizawa)を代表する高級リゾート(resort)ホテルの一つ。1894年開業)、伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の、川奈(kawana)ホテル(1936年開業)があります。


金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)は、私は、子供の頃、私の母方の祖父に連れられて、(私の母方の祖父母、両親、弟と共に)、3回、大人になってから1回(女性と2人での、coupleでの宿泊)の
、合計4回、宿泊した事があります。私の両親は、金谷(kanaya)ホテルは、私が、子供の頃に、私の母方の祖父(私の母方の祖父母)に連れられて、子供と共に(私と、私の弟と共に)、3回、宿泊した事があります。


私の母方の祖父は、田舎に生まれ、東京の、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)を卒業した後、第二次世界大戦までは、技師(技術者)、第二次世界大戦後は、会社員をしていました。私の母方の祖父の実家は、裕福であったと言う話は聞かず、また、かと言って、貧しかったとか、苦学したとか(金銭面で、苦労して、東京の、大学を卒業した)と言う話も聞かなかったので、まあ、中流の農家(中流の農民の家)、若しくは、会社員・公務員等の、家庭であったのではないでしょうか。。。


私の母方の祖父は、保守的で、堅実、真面目で、生活は、つましく、派手な生活をする事は、好みませんでしたが、無趣味と言った訳ではなく、墨絵(ink wash painting)、俳句(haiku)(日本の、伝統的な詩)、短歌(tanka)(日本の、伝統的な詩)、漢詩(中国の、伝統的な詩)、魚釣りを趣味として、風流人的な、一面も持っていました。現在は、昔と違って、我が家の近所の、私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が、引き継いで暮らしている)の、庭の池には、錦鯉(nishikigoi)(下の補足説明参照)しか泳いでいませんが、かつて、私の実家の庭の池には、鯉、金魚の他に、私に母方の祖父が釣って来た、鮒や草魚(grass carp)等がいました。私の母は、子供の頃は、休日に、私の母方の祖父に連れられて、電車に乗って、よく、東京郊外の、多摩(tama)川に釣りに行ったそうです(私の母は、全く、退屈で、つまらなかったそうですw)。ちなみに、私の実家は、(元々、私の母方の祖母の実家が、田舎の裕福な地主の家(第二次世界大戦後は、没落した)であったのですが)、私の母方の祖母が、見合いで、私の母方の祖父と結婚した際に(ちなみに、私の母方の祖母は、大学(まあ、当時は、その前身の高等教育機関でしたが)から東京に出て来ていました。私の母方の祖母は、私の母方の祖父と結婚してから、ずっと主婦をしていました)、私の母方の祖母の父(私の母方の曽祖父)が、当時、東京に保有していた不動産の一つ(敷地面積100坪程(約330平方m)の、庭がある、一戸建て住宅。当時の中流階級の、一戸建て住宅として、小さな方であったと思います)を、私の、母方の祖父母に与えた物です(現在の家の建物は、1960年代初め頃に(私の母が高校生の頃に)、建替えられた物です。現在は、時代に合わせて内装等が改装されて来ており、耐震補強もなされています)。
錦鯉(nishikigoi):観賞用に、養殖・品種改良された、日本の鯉の、総称。日本では、色鮮やかな、錦鯉(nishikigoi)は、庭園の池等で、多く見られる。錦鯉(nishikigoi)は、日本、及び、日本の美意識を象徴する魚として、日本の、国魚(国の魚)となっている。


私の母方の祖父は、東洋的な(日本的な)、風流人である一方で、西洋文化が好きな一面もあり、私の母方の祖父の好みに合わせて、私の実家の朝食は、西洋式でしたし、私の、母方の祖父は、食事は、どちらかと言えば、和食(日本料理)よりも、洋食(yoshoku)(日本で、近代以降、日本人の口に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された、西洋料理)・西洋料理の方が、好きな位でした。また、私の母方の祖父は、ウイスキー(whisky)が、好きで、毎晩、寝る前に、必ず、ウイスキー(whisky)を飲んでいました(前述の通り、私の母方の祖父は、つましかったので、いつも飲んでいたのは、Suntory(nikkaと共に、日本の、2大、ウイスキー(whisky)会社)の、「SUNTORY OLD」と言う、安い、大衆的な、ウイスキー(whisky)でしたが。。。)。


私が、子供の頃、私の母方の祖父は、家族(私の母方の祖母、私の両親、私、私の2歳年下の弟)を連れて、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する。箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県)の、南西端部に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)の、金谷(kanaya)ホテル(日光(nikko)を代表する、歴史のある高級リゾート(resort)ホテル。1873年開業)に宿泊しに行く事もあったのですが、その際には、私の母は、私と私の弟に、フォーマルな服を着せました。

ちなみに、今は、時代の流れとして、昔程、服の使い分けがなされていない事と、リゾート(resort)と言う事もあり、高級リゾート(resort)ホテルに宿泊、又は、高級リゾート(resort)ホテルを利用する際にも、カジュアルな服で(普段着で)と言う場合も、少なくありません。


前述の通り、私の母方の祖父は、普段の生活は、つましかったですが、何故か、家族を(私の母方の祖父にとっては、妻、娘夫婦、孫)を、金谷(kanaya)ホテルに連れて行く事に関しては、気前が良かったです。ちなみに、日光(nikko)は、私の母方の祖父の、お気に入りの場所でした。

以下、参考の投稿。

カツカレーと甘い物(食べ物と家族)→
/jp/board/exc_board_8/view/id/3024524/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2



軽井沢(karuizawa)の万平(manpei)ホテルは、私の両親は、軽井沢(karuizawa)で、ゴルフ(golf)をするついでに、何度か宿泊した事がありますが(ちなみに、私の両親は、ゴルフ(golf)を趣味としていますが、私は、ゴルフ(golf)はしません)、私は、宿泊した事がありません(万平(manpei)ホテルは、別に、今でなくても良いけど(老人になってからでも良いので)、いつか、宿泊したいと思っています)。


伊豆(izu)半島(東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地)の川奈(kawana)ホテルは、私の父は、一度、宿泊して、ゴルフ(golf)をした事がありますが、私は、宿泊した事がありません(川奈(kawana)ホテルも、いつか、宿泊したいと思っています)。



(この時、私達が宿泊した)富士屋(fujiya)ホテルは、私は、この時を、含めて6回、宿泊しています(この時、(我が家の近所の私の実家の)両親を連れて、箱根(hakone)の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊して来た時の、1回を除き、(残りの5回は)、全て、couple(女性と2人)で宿泊しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館に宿泊した事があります。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。


(亡くなった)私の母方の祖父母は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありましたが(母方の祖父母は夫婦で宿泊した事があり、母方の祖母に関しては、結婚前(子供の頃を含む)、母方の祖母の家族でも宿泊した事あり)、私の母は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した事がありませんでした。また、私の父は、その時まで、富士屋(fujiya)ホテルは、会社の研修で、一度、宿泊した事がありましたが、個人的な旅行で宿泊した訳ではないので、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を、ゆっくりと味わう事は、全く、出来なかったそうです。その様な事から、去年の12月の初めに、両親を連れて、箱根(hakone)の、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)と言う、温泉旅館に宿泊して来た時に(その時、両親と旅行したのは、とても久しぶりでした)、弾みで(勢いで)、両親に、今度、富士屋(fujiya)ホテルに連れて行くと言ってしまった事が、この時の、両親を連れた、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊に繋がりましたw 


ちなみに、前述の通り、上記の、私の、両親を連れた、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に宿泊した旅行、及び、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っています。


富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)を代表する、高級resortホテルの一つです。富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館時代も含めると(16世紀後半には、韓国では悪名が高い(悪い意味で有名な)、豊臣 秀吉(toyotomi hideyoshi)も宿泊しました)、14世紀末からの(600年以上もの)歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、箱根(hakone)を代表する高級リゾート(resort)ホテルです(富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)の仙石原(sengokuhara)地区に、箱根(hakone)で、最も古い歴史を有する(詳しくないのですが、少なくとも、現在営業されている箱根(hakone)のゴルフ場(golf course)の中では、最も古い)、ゴルフ場(golf course)(1917年開業)も有しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、第2次世界大戦前には、日本国内のみならず、(日本以外の)東・東南アジア在住の欧米人富裕層の間でも、東洋有数のリゾート(resort)ホテルとして知られていました。富士屋(fujiya)ホテルには、今まで、孫文(Sun Yat-sen)(日本に2度、亡命し、亡命中は、日本の、実業家等から支援を受けて、裕福な暮らしをしていた)、チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)、ヘレン・ケラー(Helen
Keller)、ジョン・レノン(John Lennon)・小野 洋子(ono yoko)夫妻等、世界的な著名人も訪れています。



以下、この時の初日(以下、この日と書きます)の続きで、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2」からの続きです。



写真以下7枚(前に、kjで、アップ(uplaod)した写真の、再利用)。富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(leaflet)から。。。



富士屋(fujiya)ホテルの敷地の地図。地図の左上の大きな建物は、フォレストロッジ(forestlodge)。地図の下側の建物は、左から順に(地図で色が濃く塗られている建物のみ)、花御殿(hanagoten)、西洋館、本館、主食堂(main dining room)の建物、道路を挟んで、菊華荘(kikkaso)です。菊華荘(kikkaso)は、1895年に建てられた物で、元々は、皇室(天皇の一族)の箱根(hakone)の別荘でしたが、1946年に、富士屋(fujiya)ホテルが敷地と供に譲り受け、富士屋(fujiya)ホテルの一部となりました。主に、富士屋(fujiya)ホテルの日本料理レストランとして使われています。この他、富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内にある、主な建物として、アイリーと言う建物(1884年に建てられた物で、現存する富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も古い物です。昔は、客室として使われていたみたいですが、現在は、文化財として、建物が保存されているだけ?の様です)とカスケードルーム(cascade room)の建物(1920年に建てられた建物で、宴会場のカスケードルーム(cascade room)(元は、ballroomとしても、使われていた)が入っています)があります。前述の通り、私は、今まで、富士屋(fujiya)ホテルは、この時を、含めて、6回宿泊していますが、富士屋(fujiya)ホテルの建物の内、本館、西洋館、花御殿(hanagoten)に宿泊した事があります(フォレストロッジ(forest lodge)は、宿泊した事がありません)。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。





写真上。温泉の熱を利用した温室。昔、富士屋(fujiya)ホテルの庭の温室では、ワニ(鰐)を飼っていた事が有るそうです。写真右上。富士屋(fujiya)ホテルの本館の、客室例等。富士屋(fujiya)ホテルの本館は、1891年に建てられた建物で、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物です。




富士屋(fujiya)ホテルのバー(bar)。





写真左下は、富士屋(fujiya)ホテルの室内温水プール(indoor swimming pool)。花御殿(hanagoten)の地下にある、富士屋(fujiya)ホテルの、(源泉かけ流しの温泉が使われている)モダン(modern)な室内温水プール(indoor swimming pool)は、日本で、第2次世界大戦前に作られ、現存し、実際に、まだ使われている、リゾート(resort)ホテルの、室内温水プール(indoor swimming pool)として、貴重な物となっています。この室内温水プール(indoor swimming  pool)は、富士屋(fujiya)ホテルの庭園内に有る、屋外プール(outdoor swimming
pool)(夏のみ営業)と同様、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊者は、無料で利用する事が出来ます。













写真左は、フォレストロッジ(forest lodge)の客室例。フォレストロッジ(forest lodge)は、1960年に建てられた建物です。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、主な建物の中で、最も新しい建物です。フォレストロッジ(forest lodge)は、富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最も、宿泊費が、安い建物となっています(おそらく。。。)。写真上は、西洋館の客室例。西洋館は、1906年に建てられた建物です。写真右下の、茶色い現代建築の建物は、フォレストロッジ(forest lodge)です。1887年に建てられた、先代のフォレストロッジ(forest lodge)の建物が取り壊された後、1960年に建てられた建物です。1964年の東京夏季Olympicsによる、箱根(hakone)への、外国人観光客の増加を見込んで(箱根(hakone)は、日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表する観光地)、現代的(より時代に合い)且つ機能的な建物に建て替えられた建物と言う面もあるかもしれません。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、8つの主な建物の中で、最大級、且つ、最も新しい建物で、主に客室として使われています。他の富士屋(fujiya)ホテルの主な建物は、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣の有る近代建築の建物ですが(ただし、菊華荘(kikkaso)を除く。菊華荘(kikkaso)は、日本伝統式の建物)、戦後に建てられたフォレストロッジ(forest lodge)の建物は、どちらかと言えば無機質な(つまらない)、現代建築の建物です。私は、まだ、フォレストロッジ(forest lodge)の客室には、宿泊した事はありません。フォレストロッジ(forest lodge)の客室は、全般的に、富士屋(fujiya)ホテルの他の建物の客室よりも、安く宿泊出来、且つ、享受するサービス(service)は、他の建物の客室に宿泊した場合と全く変わらないでしょうし、部屋の質も、他の建物の客室と比べて、遜色が無く、むしろ快適性においては、上回っている面も有りそうな事から、比較的、気軽な気分で、富士屋(fujiya)ホテルの雰囲気を味わいたい場合に、宿泊するのに良さそうです。




富士屋(fujiya)ホテルの本館(1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(Lobby)と客室として使われている。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物であると共に、現在、宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い建物)については、前回の投稿(上でリンクを付けた投稿、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化2」)を、参照して下さい。



この時、私達は、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館に宿泊しました。この時、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館と、花御殿(hanagoten)、どちらに宿泊しようかと迷ったのですが、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に宿泊しに行けば良いかなと思い、この時は、西洋館に宿泊する事にしました。ちなみに、西洋館は、私が初めて、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した時に、宿泊した建物です。富士屋(fujiya)ホテルの、花御殿(hanagoten)に関しては、次回の投稿(「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4」 この投稿一番下でリンクを付けています)を、参照して下さい。




写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館は、Comfy Lodge、Restful
Cottageと言う、二つの建物からなります。1906年に建てられた建物で、客室として使われています。西洋館とは言うものの、建物の外観には、日本の伝統的な要素が、多く取り入れられています。現存する宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、本館(1891年完成)、菊華荘(kikkaso)(1895年完成)に次いで、古い建物です。ちなみに、前々の投稿(上でリンクを付けた投稿、「両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化1」)でも書きましたが、皇后美智子(Empress Michiko)(1934年生まれ。現在の、日本の、皇后(天皇の妻)。日本の、大規模食品会社の、創業者の一族(家族)の、家に生まれる。前々回の投稿を参照)は、独身時代、子供の頃から、家族で(両親と共に)、富士屋(fujiya)ホテルに、保養の為、よく宿泊しており、独身時代は、富士屋(fujiya)ホテルに、40回以上も、宿泊されていた様ですが、その際に、家族の、お気に入りで、よく宿泊していたのが、この、富士屋(fujiya)ホテルの西洋館の建物であった様です。ちなみに、上流階級の人達は、単純に、宿泊と言っても、私達の様な、庶民・中流層の、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、一泊して、ああ良かったと言うのではなく、おそらく、夏の避暑の為等に滞在する時は、一般的に、この様な、高級リゾート(resort)ホテルに、長期に渡って、滞在すると思います。










































写真以下。この時、私達が宿泊した、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室。富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館の客室で、最も、安いclassの客室に宿泊しました。富士屋(fujiya)ホテルの、客室、全般で見ても、宿泊費が、安いclassの客室です。この時、3人で(私、父、母)で、一つの客室に宿泊しました。私は、補助ベッド(bed)で寝ました(前述の通り、この時の、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊した旅行の、宿泊費、食事代等は、両親の分を含めて、全て、私が支払っていますが、この時の旅行時の、両親は、私にとってのゲストと言う事でw)。まあ、2部屋、取れば、ゆったりと宿泊が出来ますが、そもそも、この時の、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊は、両親を、箱根(hakone)の、萬翠楼 福住(bansuiro fukuzumi)に連れて行った事の、おまけと言った感じであったので、倹約をしました。まあ、この時、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊し、両親が、富士屋(fujiya)ホテルが良いと思ったら、両親だけで、ゆっくりと、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しに行けば、良いかなと思ったので。。。(ちなみに、私よりも、両親の方が、遥かに(ずっと)、お金に、ゆとりがあります(お金を、たくさん、持っていますw))。ちなみに、皇后美智子(Empress Michiko)が、独身時代、家族で(両親と共に)、保養で、富士屋(fujiya)ホテルの、西洋館に宿泊する時は、当然、コネクティングルーム(2以上の、客室を繋げた客室)に宿泊するか、複数の客室を取って、宿泊していた様です。





客室の鍵。



















昔の建物なので、天井が高いです。









































写真以下。バスルーム(bathroom)。風呂の湯は、源泉かけ流しの温泉となっています。ちなみに、富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館(16世紀後半には、豊臣 秀吉(toyotomi hideyoshi)も宿泊)時代も含めると、14世紀末からの(600年以上もの)古い歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、宿泊施設となっています。富士屋(fujiya)ホテルは、現在も、温泉の湯量が豊富な宿泊施設で、全ての客室の風呂には、源泉かけ流しの温泉が引かれています。














両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4へ続く。。。


両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4は、以下です。



両親を連れた小旅行&戦前のリゾートホテル文化4(「旅行」掲示板にアップしています)→
/jp/board/exc_board_1/view/id/3068393?&sfl=membername&stx=nnemon2





TOTAL: 282

番号 タイトル ライター 参照 推薦
282 箱根(hakone)富士屋(fujiya)ホテル他 (7) nnemon2 2021-10-04 1008 0
281 日光金谷ホテルの伝統料理 虹鱒のソテー金谷風 (3) nnemon2 2021-10-04 895 0
280 鎌倉 石窯ガーデンテラス他 (1) nnemon2 2021-09-28 973 0
279 箱根 富士屋ホテル 花御殿他 (1) nnemon2 2021-09-28 863 0
278 特急列車の思い出 (1) nnemon2 2021-09-27 990 0
277 湘南(syonan)モノレール(monorail)他 (1) nnemon2 2021-09-27 844 0
276 湯島天神・神田明神他 (2) nnemon2 2021-09-24 852 0
275 熱海 来宮神社他 (1) nnemon2 2021-09-24 730 0
274 東京都心散歩前編 (1) nnemon2 2021-09-21 776 0
273 東京都心散歩後編 (1) nnemon2 2021-09-21 791 0
272 中野(nakano) (5) nnemon2 2021-09-15 884 0
271 桜の花見散歩1 (1) nnemon2 2021-09-09 788 0
270 桜の花見散歩2 (1) nnemon2 2021-09-09 790 0
269 府中市郷土の森博物館2 (3) nnemon2 2021-08-31 742 0
268 府中市郷土の森博物館3 nnemon2 2021-08-31 644 0
267 府中市郷土の森博物館4 (1) nnemon2 2021-08-31 671 0
266 戦前の日本の空の旅他 (5) nnemon2 2021-08-25 854 0
265 高幡不動尊 金剛(kongou)寺1 (5) nnemon2 2021-08-05 1198 0
264 高幡不動尊 金剛(kongou)寺2 (1) nnemon2 2021-08-05 978 0
263 高幡不動尊 金剛(kongou)寺3 (1) nnemon2 2021-08-05 1047 0