伝統文化

イヤー、過疎ってますね。1ページ目がアスコンの妄想小説で埋め尽くされてはそれも納得ですが…。まぁ、気を取り直してEnjoyからサルベージしてきたものを修正して投稿します。

 

1.発掘品:銅鏡
◆狩猟文鏡(径18.1cm)群馬県高崎市八幡原町出土

4−5世紀の古墳時代の遺物と思われる。鏡は古代においては宝器であり、権力の象徴であった。当初は中国からの輸入品がほとんどであったが、国内の需要の増加と、輸入の一時途絶といった事情から、中国の鏡を模倣して国内で鏡が作られるようになった。これが仿製鏡と呼ばれる物である。仿製鏡の中には中国の文様と異なる独自の文様をもった物があり、この狩猟文鏡もその一つである。
内区には4人の人物と、四頭の動物が描写されている。動物は枝角がみえるので鹿と思われる。外区には10人の人物が描かれており、1人は頭を中心に向けて両手を挙げているが、他の9人は縁と平行して剣と盾を持っている。
一般に狩猟の様子を描いた物とされているが、祭りの舞踊と考えた方が良さそうに思われる。

 

 

◆鼉龍鏡(径:38.3cm)出土地不明
こちらも4−5世紀の遺物と見られる。鼉龍(ばんりゅう)とは想像上の動物で、ワニの一種とも言われている。この鏡は主として環状乳神獣鏡を模倣して製作された仿製鏡の一種である。
乳を巡る蟠龍の長く伸びた胴の上に、神像と小獣形がおかれている。神像と蟠龍が頭を共有しているのがこの種の鏡の特徴である。外区の画文帯は本来の飛禽走獣文が変形されて、僧侶の使う払子のような形になっている。
この鏡のように、中国のものより大型でしかも精巧な鏡を鋳造していることから、当時の技術水準の高さが窺われる。 

 

 

 

2.伝世品:正倉院の鏡
古代からの伝世品といえば、正倉院の収蔵物を挙げねばならないであろう。
「国家珍宝帳」によると、正倉院には天平勝宝8年(756)に東大寺に献上された20面の鏡が正倉院北倉に収められていたが、鎌倉時代に2面紛失している。それとは別に、正倉院の南倉には38面の鏡が伝わっており、現在56面の鏡が伝世している。正倉院には国産品から唐、新羅のものまで収められており、古墳から出土する銅鏡とはまた違った趣が味わえる。

 

◆平螺鈿背鏡
平螺鈿背鏡は、北倉に7面、南倉に2面伝わっており、形も円形もあれば八角形もある。
これらの鏡の背面には、螺鈿や琥珀が黒いピッチ状の樹脂の中にはめこまれ、その周囲には様々な宝石が散りばめられている。螺鈿は屋久島の南に生息する夜光貝、琥珀は東南アジア(ミャンマーに産する赤いもの)、中東のトルコ石、アフガニスタンのラピスラズリが埋め込まれている。金属の材質は白銅で、成分分析によると中国の前漢時代から盛唐期の組成に合致する。また文様に見られる獅子や一角犀の図形は西方やインドに由来すること、様々な地方の宝石を使用していることを考え合わせると、鏡の製作地は中国であろうと考えられる。



 

平螺鈿背円鏡(径:27.2cm・重量2.474kg) 

 

平螺鈿背八角鏡(径:29.8cm・重量2.043kg)

 

 

 ◆漆背金銀平脱八角鏡(径:28.5cm・重量2.929kg
この鏡は、八角形の鏡の背面に黒漆を塗り、その上に金と銀の薄板を文様の形に切って乗せ、また漆を塗り、金銀の薄板の部分の漆をはぎ取って製作されたもので、この技法を「平脱」と呼ぶ。類似の金銀平脱鏡は唐代に盛んに作られ、唐では市販されていたとの記録もある。成分分析によると、前述の平螺鈿背鏡と同様の結果が得られており、この鏡も唐からの輸入品であろう。

 

 

◆黄金瑠璃鈿背十¥二稜鏡(径:18.5cm・重量2.177kg)
この鏡は、正倉院に伝わる唯一の十¥二稜形の鏡である。ほかの鏡の本体が白銅であるのに対し、この鏡は銀台で、背面には珍しい七宝の大中小6枚ずつの花弁と三角形の金板が張り付けられている。当時の日本では、七宝を用いた例は数例しかなく、七宝細工が普及するのも中国では明代(14−17c)、日本では近世になってからであるので、この鏡の存在は異例である。近世の技術に比べて拙いことや、8世紀に唐で流行した宝相華文の文様から見て、8世紀に唐で製作されたと思われるが、中国でもこのような完全な形の七宝遺品はなく、世界的に貴重なものである。 

 

 

◆十¥二支八卦背円鏡(径:59.4cm・重量52.8kg)
正倉院の鏡のなかで重量は最大であり、大きさは2番目の鏡である。このような大きな鏡は、正倉院の鏡を除くと、同時代の日本はもとより、朝鮮・中国でも見つかっていない異例の大きさである。中央の鈕は大型の霊獣を伏せており、その外側に四神が、さらにその外側には八卦が、さらに外側には十¥二支が刻まれており、もっとも外側には葡萄唐草文が描かれている。正倉院宝物の中でもとりわけ豪快なものの一つである。 

 

 

◆金銀山水八卦背八角鏡(径:40.7cm・重量7.483kg)
こちらの鏡は、直径・重量とも平均値を少し超える程度のものであるが、白銅製の八稜鏡の背に薄手の銀板を貼¥りつけた銀貼¥鏡と呼ばれるものである。その銀板に様々な文様を蹴彫で線刻し、上に金メッキを施したもので、当時としても大変珍しいものである。中央の鈕を蓬莱山に見立て、その四方に波や山岳があらわされ、山の間に龍や鹿、水鳥、その外側には唐草文や鳳凰、孔雀、さらに外側の外区には八卦文が配され、その間に五言律詩が双鈎体で記されている。 

 

 

◆鳥獣花背八角鏡(径:64.5cm・重量33.6kg)
この鏡は、正倉院のなかで最大の直径であり、重量では2番目に位置する。世界最大の唐式鏡と言われいる。産地については、中国産・国産の両論がある。中国でもこれほどの大型鏡は発見されていないことから、目下のところ日本産との説が有力である。文様は、内区に鳳凰・瑞花・山岳を、外区には走獣と鳥文を配している。 

◆鳥獣花背方鏡(径:17.1cm・重量1.943kg)
正倉院に伝わる唯一の方鏡である。背面の文様はいわゆる海獣葡萄鏡である。化学組成は、中国鏡の標準的化学組成と一致している。中央部の鈕は獣がじっとうずくまるようにしているが、その周りを葡萄唐草文と飛鳥、さらに外側には蜻蛉や蝶、鳥などが飛び交っている図が描かれている。 

 

 

◆鳥獣花背円鏡(径:24.7cm・重量3.707kg)
先の「鳥獣花背方鏡」と同様の文様であるが、こちらは円鏡である。方鏡に比べて大型で、外区には疾走する馬が描写されるなどのびのびとした図案である。 

 

 

◆花鳥背八角鏡(径:33.6cm・重量3.844kg)
北倉の鏡の中には、実に数奇な運命をたどった物がある。鎌倉時代の寛喜2年(1230)10月27日に宝庫に盗賊が入り、鏡八面、銅小壷一口、胴小仏三体が盗難にあったと伝えられている。当初、下手人の正体は不明であったが、犯人の一人が蔵物を売却しようとしたところ、あまりにも安値であったためか売却を断念したらしい。しかし宝庫に返却もできず、東大寺の五百余所社の社殿に埋納したようであるが、「悪事千里を走る」の喩えのように犯行が露見し、下手人として東大寺の僧侶が逮捕されている。かくして埋められた鏡を掘り出すことができたのだが、これらの鏡は10−20片に砕かれていたのである。このため、宝庫に戻されたとはいえ、当時の技術では修復ができず、そのまま保管されていた。
その鏡が修理されたのは600年以上も経った、明治27年(1894)から30年(1897)頃にかけてであった。しかし一面のみは修理不可能¥のまま今日に至っている。
この鏡はその中の一つであるが、実に見事に修復されている。残りの一面も将来修復されることを望みたい。


 

 

 

◆花鳥蝶文背円鏡(径:31.7cm・重量4.075kg)
白銅製の円鏡で、背面の文様は素文円紐の周囲に六葉の花文を巡らして紐座とし、その弁間から湧き出る瑞雲と花模様の中に各一羽の飛鳥を六カ所に配し、その間に蝶が表¥されている。さらに外縁には花卉、飛鳥、蝶文が巡らされている。文様の構¥成は一見統一を見せながらも、同一文様の反復ではなく、細部に自由な変化が見られる。 

 

 

◆槃龍背八角鏡(径:31.7cm・重量4.26kg)
中央部に亀を象った鈕を置き、左右に配された龍が中央上方で組み合わされている。外周に八卦文と山岳文を交互に巡らせており、図柄の表¥現の巧みさ、鋳造技術の優秀性は、螺鈿背鏡とは違った意味で技術の高さを窺わせる。 

 

 

◆漫背鏡(径:23.3cm・重量2.431kg)
文様のない鏡は、多くの場合国産と見られている。ただし天平勝宝4年(752)6月に新羅の使節が来日した折りには、日本の王侯貴族が五.六寸の鏡を購入したとの記録もあり、新羅製の鏡も少なくないのではないかと思われる。文様がなく地味な印象ではあるが、鏡本来の用途を示しているのはこの「漫背鏡」ではなかろうか。 

 

 

しかし、韓国人の投稿は相変わらずの妄想ネタでつまらないですね。それも今更言っても仕方ないのかもしれませんが、今は「KJを閉鎖させる」とか「ここに韓国人が来ないようにする」なんてとても痛いことを言っている青IDが居ますね(自分が来なきゃいいのに)。それでいて自分で必死に投稿・返信し、しかも他の青IDにも無視され馬鹿にされる有様。このような幼稚な行動が最も日本人に軽蔑・嘲笑されますよ。
そのような韓国人には「心の鏡」が必要だと思います。


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ƒCƒ„[A‰



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