5月の初旬に、東京の我が家から自動車で2時間半程の、長野(nagano)県の中南部の高原地帯(避暑地)にある別荘(別荘とは言っても、比較的裕福な人々が保有する様な典型的な別荘ではなく、庶民的な中古の一戸建て住宅です)に滞在してきた時の物です。この時についての投稿は、当初、3回に分けて投稿する予定でしたが、4回に分けて投稿する事にしました。1回と2回は、それぞれ、「伊那(ina)drive&食べ物前編」、「伊那(ina)drive&食べ物後編」と言うタイトル(title)で投稿しましたが、3回は、「高原の桜の寺&食べ物」、4回は、「白州(hakusyu)の道の駅&食べ物」と言うタイトル(title)で投稿しようと思っています。
以下、伊那(ina)drive&食べ物後編からの続き。。。この投稿からは、伊那(ina)は出て来ません(伊那(ina)は関係ありません)。
以下、3日目からです。3日目(以下、この日と書きます)は、夕方頃まで天気が悪く、昼過ぎまで雨でした。この日、別荘で食べた朝食は、普段、東京の我が家で食べている朝食と基本的に同じでした。
写真以下6枚。この日は、まず、諏訪(suwa)湖周辺(諏訪(suwa)湖畔)を訪れました。私の別荘の有る長野(nagano)県中南部areaは、大きく、諏訪(suwa)湖周辺の盆地エリア(area)と、高原エリア(area)に分かれ、私の別荘は、高原エリア(area)の方に有ります。尚、諏訪(suwa)湖周辺の盆地エリア(area)と高原エリア(area)の間は、自動車で簡単に行き来出来、両者の経済的・文化的な繋がりも強いです。諏訪(suwa)湖は、長野(nagano)県中南部に有る大きな湖で、諏訪(suwa)湖周辺の盆地エリア(area)の中心に位置する湖です。諏訪(suwa)湖の周辺は、湯量豊富な温泉保養地となっています。
この日は、まず、主として、東京の、我が家の近所の実家と近所の人達に配る(あげる)為の味噌を買う為に、諏訪(suwa)湖周辺にある、タケヤ(takeya)味噌(日本の主要な味噌の会社の内の一つ)の本社の売店を訪れました。長野(nagano)県は、味噌の主要な産地の一つで有り、その中(長野(nagano)県の中)でも、さらに、私の別荘の有るエリア(area)(長野(nagano)県中南部)は、主要な産地の一つとなっています。
買い物ついでに、タケヤ(takeya)味噌の本社の売店で飲んだ、豚汁(豚肉の味噌汁(miso soup))。一人一杯ずつ。
写真以下5枚。タケヤ(takeya)味噌の本社の売店を訪れた後は、ほんの少し気になっていた、諏訪(suwa)湖畔に、比較的最近(2010年に)、オープン(open)した、養命(yomei)酒製造(下の補足説明参照)が手掛けた、小規模な商業施設を訪れました。
養命(yomei)酒製造:養命(yomei)酒(14種類の、薬草等の生薬が入った、薬用酒。おそらく、日本で、最も多く販売されている薬用酒)を主力製品とする会社。1923年に、長野(nagano)県南部の塩沢(shiozawa)家(1602年から養命(yomei)酒を製造していた)から、養命(yomei)酒の事業を継承して、長野(nagano)県南部で創業(要するに、1602年から養命(yomei)酒を製造していた塩沢(shiozawa)家が、養命(yomei)酒の事業を、1923年に、しっかりとした会社組織にしたと言うだけで、現在も、養命(yomei)酒製造は、塩沢(shiozawa)家が、オーナー(owner)の様です)。養命(yomei)酒製造は、近年、20代から60代位まで(特に30代から50代位まで)の女性向けの、13種類の東洋ハーブ(herb)を使った、ハーブ(herb)酒製品を、養命(yomei)酒(中高年(特に、高年齢層の男性)が飲む物と言うイメージ)に次ぐ、主力商品に育てようとしている等、企業イメージ(企業製品)の幅を広げよう(若返りを図ろう。40代以下の人々の市場を、新たに開拓しよう)としている感じです。
写真以下5枚。諏訪(suwa)湖畔にある、養命(yomei)酒製造が手掛けた、小規模な商業施設。中には、レストラン、パン屋、売店等が入っています。この他(この長野(nagano)県の中南部の諏訪(suwa)湖畔の施設の他)、養命(yomei)酒製造は、長野(nagano)県南部の駒ヶ根(komagane)にも、一般客向けの施設を有している様です。
写真以下3枚。この施設の建物の外観と、内装例。現代的な建物です。
写真以下2枚。この日の昼食は、この施設に入っているパン屋で食べました。この施設に入っているパン屋には(と言うか、パン屋が入っている、この施設の1階の、パン屋の隣には)、フードコート(food court)の様な感じで席があり、又、パン屋では、飲み物や、出来立てのホットドッグ(hot dog)等を注文する事が出来、買ったパンを、その場で(店内で)食べられるようになっています。尚、この施設は、信州(長野(nagano))十四豚(養命(yomei)酒製造が、安心・安全な徹底した衛生管理の下、薬用酒用の生薬を飼料化した物を与えて育てた、高品質な豚肉)を使用した食べ物を、売り(自慢)としており、売店では、信州(長野(nagano))十四豚を使ったソーセージ(sausage)・ハム(ham)等が売られている他、パン屋では、信州(長野(nagano))十四豚のソーセージ(sausage)を使ったホットドッグ(hot dog)等が売られており、また、レストランでは、信州(長野(nagano))十四豚を使った料理が食べられる様になっています。
写真以下2枚。この施設に入っているパン屋で食べた、この日の昼食。このパン屋は、長野(nagano)県産の野菜や果物、信州(長野(nagano))十四豚のソーセージ(sausage)等を使ったパンを売っており、また、前述の通り、買ったパンを、その場で(店内で)食べられるようになっています。
左上、季節野菜のパン。一人一つずつ。写真左下、信州(長野(nagano))十四豚のソーセージ(sausage)と季節野菜のピザ(pizza)。一人一つずつ。写真右上、デザート(dessert)(おやつ)パンで、苺デニッシュ(danish)(左側)と、生地に林檎が練りこんであって(長野(nagano)県は、林檎の主要な産地となっています)、中にカスタードクリーム(pastry cream)が、たっぷりと(ふんだんに)入ったパン(右側)。両方共、二人で分けて食べました。写真右下、サンドイッチ(sandwich)。ツナ(tuna)サンドイッチ(sandwich)(左)とBLT サンドイッチ(sandwich)(右)。私は、ツナ(tuna)サンドイッチ(sandwich)を、彼女は、BLT サンドイッチ(sandwich)を食べました。
私が食べた、信州(長野(nagano))十四豚の豚カツ(tonkatsu)を使った、豚カツ(tonkatsu)バーガー(burger)。大きさは、小さかったです。信州(長野(nagano))十四豚のソーセージ(sausage)を使ったホットドッグ(hot dog)と、どちらか迷いましたが、ホットドッグ(hot dog)にした場合、量的に、食べ切れない可能性があったので、より、量が少なそうな、豚カツ(tonkatsu)バーガー(burger)の方にしました。
このパン屋の、パン等は、見かけは、中々美味しそうなのですが、味は、どれも今一つと言った感じでした。少なくとも、この施設のパン屋は、もう利用しなくても、いいかなと言う感じです(この、施設のレストランは、また、気が向いたら、利用してみようかと思います。まあ、いつになるか分かりませんが。。)。後で、売店で、信州(長野(nagano))十四豚の、ちゃんとしたソーセージ(sausage)を試食したら、中々、美味しかった事から、豚カツ(tonkatsu)バーガー(burger。)にしないで、(パンの量を少し減らして)、ホットドッグ(hot dog)にすれば、良かったかな。。。と思いました。
写真以下36枚。この施設で食事をし、少々買い物をした後は、別荘周辺(長野(nagano)県の中南部の高原地帯)に戻り、別荘に帰って、雨が止むまで少し休んでから、再び、別荘を出て、別荘周辺の、桜の花が有名な寺を散歩しました。
写真以下36枚。別荘周辺の、桜の花が有名な寺。この寺は、歴史が浅い、仏教の寺で、1970年に創建されました(寺の建物も、1970年に建てられた物です。おそらく。。。)。この寺は、トヨタ(toyoya・豊田)自動車(日本最大の自動車会社であると共に、世界最大級の自動車会社)が、交通安全祈願、交通事故遭難者の慰霊、交通事故負傷者の早期回復の祈願の為に創建した、仏教の寺です(おそらく。。)。したがって、この寺は、1960年代の日本における、自動車と言う近代的・現代的な機械の急増(急速な増加)及び大衆化の結果として、(1970年に)新たに誕生した、仏教の寺であると言う特徴を有していると言えるでしょう。。。
写真以下3枚。寺の本堂(メイン(main)の建物)。
寺の本堂に置いてあった、無料の甘茶(植物から作った、植物の自然の甘味の、甘い、お茶)。
ちなみに、別荘周辺(長野(nagano)県の中南部の高原地帯)には、トヨタ(toyoya・豊田)自動車及びトヨタ(toyoya・豊田)自動車の関係会社の、経営者・従業員の為の、保養施設が、たくさんあります。トヨタ(toyoya・豊田)自動車は、名古屋(nagoya)都市圏(東京圏、大阪都市圏に次ぐ、日本第3位の人口を有する都市圏。トヨタ(toyoya・豊田)自動車を中心として、製造業が強い)を拠点とする会社です(本社は、名古屋(nagoya)の東部近郊の中都市、豊田(toyota)市にある。ちなみに、豊田(toyota)市は、名古屋(nagoya)都市圏にある都市であり、大都市(名古屋(nagoya))の衛星都市的な性格を有する中都市でありながら、面積は、日本の787の市の中で、26番目に広く、918.47平方kmと、蔚山広域市(約1,059平方km)よりは小さいですが、Singaporeの国土面積(約710平方km)、東京中心部(東京23区)(約622平方km)、ソウル特別市(約605平方km)等を上回ります)。長野(nagano)県の中南部areaの高原地帯は、東京及び名古屋(nagoya)から、だいたい、同じ位の距離にある保養地・避暑地です(名古屋(nagoya)は、長野(nagano)県が属する中部地方の最大都市且つ中心都市で、長野(nagano)県は、中部地方の県の中で、東京に比較的近い場所に位置する県の内の一つです)。
写真以下19枚。この日の温泉は、別荘周辺の、お気に入りの温泉の一つである、別荘周辺のリゾート(resort)ホテルの一つの温泉に入りました。このリゾート(resort)ホテルの温泉風呂は、このリゾート(resort)ホテルの宿泊者以外でも利用出来ます。
このリゾート(resort)ホテルは、(おそらく)1967年に開業したリゾート(resort)ホテルで(現在のホテルの建物(現代建築の、コンクリート(concrete)作りの建物)は、調べたら、1967年に建てられた物なので、おそらく1967年開業です(それ以上に、歴史が古いホテルとは、思われない為。。。))、1977年に、東京のタクシー(taxi)会社の所有(経営)となり、去年の9月までは、その東京のタクシー(taxi)会社が経営していました。このリゾート(resort)ホテルは、タクシー(taxi)会社が経営していた時は、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館を併設したホテルでした。そのマリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館は、世界で唯一のマリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館で、個人(実業家。このリゾート(resort)ホテルを経営していた、1952年創業の東京のタクシー(taxi)会社の創業者で有り、会長)が趣味で収集したマリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品(個人コレクション(collection))を基に、500点余りのマリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品(おそらく、世界最大且つ世界で最も質の高い、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品コレクション(collection))を有する美術館でした。このリゾート(resort)ホテルは、(おそらく、長引く、不況(経済停滞)の影響等で)、去年の9月いっぱいで、一時閉館し、それに伴い、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館も閉館しました。このリゾート(resort)ホテルは、バタバタしながら、ぎりぎりで、新しい所有者(経営者)が決まり、当初、去年の10月中を目安に営業を再開する予定であった様ですが、営業の再開は、かなり遅れ、今年の4月に営業を再開しました(おそらく、このリゾート(resort)ホテルの新しい所有者(経営者)は、そのままの状態で営業を再開するよりも、少し改装を施してから、営業を再開する方が、良いと考えた様です)。尚、このリゾート(resort)ホテルが、新しい所有者(経営者)の下で、営業が再開されても、予定通り、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館の営業は、再開されませんでした(このリゾート(resort)ホテルの、前の所有者である、東京のタクシー(taxi)会社(まあ、実質的には、その会長かな。。。)は、ホテルは売却しても、世界最大級のマリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品コレクション(collection)は、売却したくなかった様で、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品は売らずに、持ち出すか、又は、ホテルの敷地の内、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)専門の美術館の部分だけは、売却せず、その中で、引き続き、(公開はしていませんが)、マリー・ローランサン(Marie Laurencin)の作品コレクション(collection)を収蔵・保管している様です)。ちなみに、このリゾート(resort)ホテルは、タクシー(taxi)会社が経営していた時代から、野外彫刻美術館(野外彫刻美術館の敷地内の遊歩道(作品を見て廻る道)は、全長2kmにもなります)を併設していましたが、野外彫刻美術館の方は、ホテルの所有者(経営者)が変わっても、存続しています。
このリゾート(resort)ホテルの温泉風呂は、(このリゾート(resort)ホテルの所有者(経営者)が変わって)、このリゾート(resort)ホテルが営業を再開してからは、この時初めて利用しましたが、(このリゾート(resort)ホテルの温泉風呂は)、ホテルの所有者(経営者)が変わっても、入浴回数券(回数券の方が、一回当りの入浴料が、大分安い)を買って、相変わらず、お気に入りの温泉風呂となっています。尚、このリゾート(resort)ホテルの所有者(経営者)が変わって、このホテルの感じの良い従業員達は、どうなってしまうのだろうと心配していましたが、どうやら、このリゾート(resort)ホテルの、新しい所有者(経営者)は、従業員も、そのまま引き継いだ様で、安心しました。
写真以下6枚。ホテルの内装は、それ程コスト(経費)をかけない感じで、改装されたのですが、このホテルの新しい所有者(経営者)は、在日ネパール(Nepal)人資本の会社だからか、東アジア以外のアジア風(南アジア・西アジア・東南アジア風?)に改装されました。このホテルは、(以前は、中級classのリゾート(resort)ホテルでしたが)、新しい経営会社の下、もしかしたら、宿泊費と質を、以前よりも下げて、大衆classのリゾート(resort)ホテルになるかもしれないと思っていたのですが、(新しい経営会社の下)、宿泊費は、若干下がった様ですが(少し大衆化した様ですが)、依然として、何とか、中級classのリゾート(resort)ホテルの水準を保っている様です。
このリゾート(resort)ホテルの温泉共同風呂は、二つあり、以前は、男女別の共同温泉風呂で、男用共同温泉風呂、女用共同温泉風呂、それぞれに、室内温泉風呂と、温泉露天(野外)風呂が、一つずつ有り、男用共同温泉風呂も、女用共同温泉風呂も似た感じでしたが、このリゾート(resort)ホテルが、新しい所有者(経営者)の下で、営業を再開するのに先立って、改装されました。具体的な変更点は、以下の通りです。まず、このホテルの共同温泉風呂の内、以前の男用共同温泉風呂については、温泉露天(野外)風呂の浴槽が、少し拡張される(岩風呂(石風呂)と言う形式は、前のままです)と共に、休憩の為の、南アジア風の椅子が置かれました。次に、このホテルの共同温泉風呂の内、以前の女用共同温泉風呂については、温泉露天(野外)風呂の形式自体が変わり、以前の男用共同温泉風呂に似た温泉露天(野外)風呂は廃止され、代わりに、三種の樽風呂(樽温泉風呂)が設置されました。尚、以前の男用共同温泉風呂も、以前の女用共同温泉風呂も、室内温泉風呂については、以前と、全く変わっていません。
このリゾート(resort)ホテルが、新しい所有者(経営者)の下で営業を再開した後も、(このリゾート(resort)ホテルの)温泉共同風呂が、男女別の共同風呂である事は、以前と変わらないのですが、風呂の施設面での改装に伴って、若干方式が変更され、以前の男用共同温泉風呂は、基本的には、男用共同温泉風呂、以前の女用共同温泉風呂は、基本的には、女用共同温泉風呂なのですが、朝は、男用共同温泉風呂と、女用共同温泉風呂が、入れ替わる様になりました(以前は、男用共同温泉風呂も、女用共同温泉風呂も似た感じだったので、入れ替える必要がなかったのだと思います)。もっとも、朝は、このリゾート(resort)ホテルの温泉風呂は、宿泊者以外利用出来ないので、宿泊者は、男女共、(このリゾート(resort)ホテルの)2種類の共同温泉風呂に入る機会がありますが、宿泊者以外の者(私達の様に、このリゾート(resort)ホテルの温泉だけを利用する者)にとっては、結局は、前と変わらず、以前の男用共同温泉風呂は、男用共同温泉風呂、以前の女用共同温泉風呂は、女用共同温泉風呂と言う事になります。
写真以下13枚。このリゾート(resort)ホテルの共同温泉風呂の一つで、男用共同温泉風呂(尚、前述の通り、朝は、女用共同温泉風呂と入れ替わり、この共同温泉風呂が、女用共同温泉風呂、このリゾート(resort)ホテルの、もう一つの共同温泉風呂が、男用共同温泉風呂となりますが、宿泊者以外の者(私達の様に、このリゾート(resort)ホテルの温泉だけを利用する者)は、朝は、このリゾート(resort)ホテルの温泉を利用する事は出来ないので、結局、宿泊者以外の者にとっては、この共同温泉風呂が、男用共同温泉風呂となります)。室内温泉風呂と温泉露天(野外)風呂が、一つずつあります。
写真以下5枚。室内温泉風呂。室内温泉風呂は、改装されずに前と同じままです。
写真以下8枚。温泉露天(野外)風呂。温泉露天(野外)風呂は、前述の通り、このリゾート(resort)ホテルが、新しい所有者(経営者)の下で、営業を再開するのに先立って、改装され、浴槽が、少し拡張される(岩風呂(石風呂)と言う形式は、前のままです)と共に、休憩の為の、南アジア風の椅子が置かれました。尚、このリゾート(resort)ホテルの温泉は、源泉かけ流しです。
写真以下13枚。入浴後、晴れたので、再び、別荘周辺の、桜の花が有名な寺(1970年にトヨタ(toyoya・豊田)自動車が創建した寺)を散歩。
写真以下5枚。この日の夕食は、別荘周辺の、蕎麦・鰻料理食堂で食べました。この蕎麦・鰻料理食堂は、この時、初めて利用しました。この蕎麦・鰻料理食堂は、しょっちゅう(頻繁に)通る道沿いにあって、前から、目に付いていた(その存在は、認識していた)のですが、気になっていた(ちょっと利用したいと思っていた)店と言う訳ではありませんでした。しかしながら、しょっちゅう(頻繁に)通る道沿いにあるので、一度は、利用してみてもいいかなと、この日に思い、利用してみました。ちなみに、この店は、開業してから、40年以上経つ店の様です。
この店の内装例。
写真以下4枚。この店で食べた、この日の夕食。
写真以下2枚。私が、食べた、蕎麦と鰻重(鰻丼)。腹が、パンパンになりましたが(かなり一杯になりましたが)、この時は、(この店は、蕎麦・鰻料理食堂と言う事もあってw)、蕎麦も鰻重(鰻丼)も、しっかりと食べたい気分だったので、両方食べました。
冷たい蕎麦。まあ、蕎麦は、基本的に、(天麩羅付きの蕎麦にでもしない限り)軽食なので、これは、前菜代わりと言う事で。。(ちょっと重たい前菜だったけど。。。w)。ちなみに、蕎麦は、長野(nagano)県で、昔から、よく食べられている、長野(nagano)県の名物料理の一つで、長野(nagano)県には、蕎麦屋(蕎麦食堂)が、たくさん有ります。
鰻重(鰻丼)。この店の、鰻重(鰻丼)の鰻は、蒸さずに焼く形式でした。ちなみに、鰻料理は、長野(nagano)県中南部area(特に、諏訪(suwa)湖周辺の盆地エリア(area))の名物料理の一つとなっています。
彼女が食べた、蕎麦と、ご飯(rice)と、鰻を含む、おかずの組み合わせメニュー(menu)。写真右下は、鰻。刺身に見えるのは、鯉の洗い(刺身の一種)。
山菜(山、森等で採れる食用植物)の天麩羅。二人で分けて食べました。
この店、小綺麗な店ではありましたが、残念ながら、蕎麦も、鰻も、今一つでした。この店は、もう利用する事はないと思います(これで、値段が安いのならば、納得の味なのですが、まあ、値段は、普通なので。。。)。この店、保養客・観光客の自動車が、よく通る道沿いにあり、結構、混んでいる事が多いイメージなのですが、この辺りに、あまり、保養・観光に来ない保養客・観光客がdriveしていて、適当に、この蕎麦・鰻料理食堂が目に付いて入ったならば、ちょっと可哀想な気がしました。
夕食後、別荘周辺の、よく利用するマートの一つ(とにかく、売っている品物が安い)での買い物ついでに、同マートに入っている、31アイスクリーム(Baskin-Robbins)で、アイスクリーム(ice cream)を買って食べました。写真は、私が食べた物。いくら、アイスクリーム(ice cream)は、別腹と言っても、私は、蕎麦と鰻重(鰻丼)で、腹がパンパンに(かなり一杯に)なっていたので、小さなサイズ(size)の物にしました。この時、私が食べた、アイスクリーム(ice cream)の種類は、イースターエッグハント(Easter egg hunt)(芝生の庭をイメージした、メロン(melon)牛乳アイスクリーム(ice cream)と、白い綿菓子(cotton candy)アイスクリーム(ice cream)に、青色、ピンク(pink)色、黄色の、三色の、イースターエッグ(Easter egg)型のチョコレート(chocolate)が隠れているアイスクリーム(ice cream))とフルーツフュージョン(fruit fusion)(マンゴー(mango)、苺、パイナップル(pineapple)、キーウィ(kiwifruit)の果実をマンゴー(mango)アイスクリーム(ice cream)に混ぜたアイスクリーム(ice cream))です。ちなみ、私は、31アイスクリーム(Baskin-Robbins)のアイスクリーム(ice cream)の中では、ポッピングシャワー(popping shower)と言うpopping candy入りのアイスクリーム(ice cream)が、お気に入りです。
写真以下10枚。翌日撮影した、別荘周辺の風景。
次回の投稿、「白州(hakusyu)の道の駅&食べ物」に続く。。。