以下、「」内、私の前の投稿文より。
「日本は、19世紀後半から、西洋の技術及び一部の文化を取り入れ、近代化を図る様になりました。日本は、それ以来、着実に近代化・工業化を進め、日清戦争(1894年から1895年の間に行われた、日本と中国(清)の間の戦争。兵力的には、圧倒的に優位であった中国(清)に対し、日本は、近代化された軍隊により勝利した)、日露戦争(1904年から1905年の間に行われた、日本とロシア(Russia)の間の戦争。日本の実質的な勝利に終る)等を経て、第一次世界大戦(1914年から1918年。下の補足説明参照)が終る頃には、日本は、名実共に、工業国且つ世界の大国(列強)の一つとなりました。
第一次世界大戦:1914年から1918年。日本は、第一次世界大戦においては、連合国側で、戦勝国であった。日本は、主戦場であったヨーロッパ(Europe)から離れていたので、損害が少なく(国土は、戦火に見舞われなかった)、むしろ、連合国側の他の参戦国からの軍需品の注文を受け、好景気に湧き、高度経済成長を果たした(wikiを参考にしました)。戦後は、日本は、戦勝国且つ資本主義工業国且つ大国として、イギリス、フランス、イタリアと共に、国際連盟(League of nations)(下の補足説明参照)の発足時の常任理事国となりました。
国際連盟(League of nations):1919年から1946年。国際連合(United Nations)の前身。発足時の常任理事国は、イギリス、フランス、日本、イタリア。発足時の加盟国は、42ヶ国。加盟国は、最高で60ヶ国近くに達した(1930年代半ば)。1946年に解散して国際連合(United Nations)に移項(wikiより)。
とは言え、日本と、(日本よりも遥かに前から、強力に工業化やインフラ(infrastructure)整備を推し進めていた)イギリス、ドイツ、アメリカ等との差は、ずっと大きく、また、日本は、途中、第二次世界大戦において、各産業が壊滅的な損害を被った事等もあって、(日本は)、1960年代初め頃まで(特に1950年代頃まで)は、南欧諸国(イタリア、スペイン(Spain)、ポルトガル(Portugal)、ギリシャ(Greece))等と共に、資本主義工業国(若しくは、資本主義的な工業国。第二次世界大戦後は、西側先進工業国)の中では、農業を中心とした第一次産業の比率が比較的高い農業国的な国であり、最も貧しく後進的なグループ(group)に属していました。」
以下、今年の4月の後半に行った投稿から抜粋して来た物です。
日本は、アメリカに次いで、世界で2番目にスキー場(ski resort)が多い国であり、日本には、非常に多くの、スキー場(ski resort)がありますが、北海道(hokkaido)(日本の最北端の地方)は、日本有数の、スキー場(ski resort)地帯であり、日本を代表するスキー場(ski resort)地帯の一つである事は、言うまでもありません(北海道(hokkaido)は、日本の中部地方と並んで、日本を代表する、スキー場(ski resort)地帯であると言えます)。北海道(hokkaido)は、スキー場(ski resort)の数こそ、日本の中部地方(日本最大の、スキー場(ski resort)地帯)に、かなり負けますが(おそらく。。。)、雪質を含めた、スキー場(ski resort)の、平均的な(全体平均の)質は、逆に、中部地方に、かなり勝っていると思います(北海道(hokkaido)の、スキー場(ski resort)の、雪の質は、おそらく、世界でも、最上級であると思います)。
長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)と新潟(niigata)県(日本の中部地方の北端に位置する県)は、日本最大の、スキー場(ski resort)地帯である、日本の中部地方の中で、代表的な、スキー場(ski resort)地帯となっており、何れも、日本を代表する、スキー場(ski resort)地帯の一つです。
札幌(sapporo)は、北海道(hokkaido)の中心都市であり、北海道(hokkaido)で、唯一の、大都市です。
長野(nagano)は、長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の北部に位置する、人口35万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)で(中都市(中規模程度の人口を有する都市)としては人口が多い)、長野(nagano)県で、最大の人口を有する都市、且つ、長野(nagano)県の中心都市となっています。
日本では、今まで、夏季Olympicsが、2回(1964年と2021年(元々、2020年に開催される予定であったが、コロナ禍の影響で、2021年に開催)。何れも、東京で開催されている)、冬季Olympicsが2回(1972年に、札幌(sapporo)で開催、1998年に、長野(nagano)で開催)、開催されています。
ちなみに、夏季Olympicsと、冬季Olympicsを、何れも、複数回開催した事がある国は、世界で、アメリカ、フランス、日本の、三か国しかありません。また、世界で、夏季Olympicsと冬季Olympicsを合わせて、4回以上開催した事がある国は、アメリカ(8回:夏季Olympics4回、冬季Olympics4回)、フランス(6回:夏季Olympics3回、冬季Olympics3回)、日本(4回:夏季Olympics2回、冬季Olympics2回)、イタリア(4回:夏季Olympics1回、冬季Olympics3回)の、四か国しかありません。
1940年に開催予定であった、東京夏季Olympicsは、1936年に開催された、ベルリン(Berlin)夏季Olympics(第11回、夏季Olympics。ドイツで、最初に開催された、夏季Olympics)に続いて、1940年に、東京で、開催される予定であった、アジアで、最初の(且つ、ヨーロッパの国々とアメリカ合衆国以外で、初めての)、夏季Olympics(第12回、夏季Olympics)です。1940年に開催予定であった、東京夏季Olympicsは、戦争の影響により中止となり、結局、アジアで、最初の、夏季Olympicsは、1956年に開催された、メルボルン(Melbourne)夏季Olympics(第16回、夏季Olympics。オーストラリアで、最初に開催された、オリンピック(Olympics)であると共に、ヨーロッパの国々とアメリカ合衆国以外で、初めてのオリンピック(Olympics))、1960年に開催された、ローマ(Rome)夏季Olympics(第17回、夏季Olympics。イタリアで、最初に開催された、夏季Olympics。ちなみに、イタリアで、最初に開催された、オリンピック(Olympics)は、1956年に開催された、冬季Olympics(第7回、冬季Olympics)))に、続いて、1964年に、東京で開催された、東京夏季Olympics(第18回、夏季Olympics。ヨーロッパの国々とアメリカ合衆国、オーストラリア以外で、初めての、夏季Olympics)を待たなければなりませんでした。ちなみに、1936年に、ドイツのガルミッシュ=パルテンキルヒェン(Garmisch-Partenkirchen)で行われた、第4回、冬季Olympicsに続いて、1940年に、札幌(sapporo)(日本の、北海道(hokkaido)の中心都市)で開催される予定であった、アジアで、最初の(且つ、ヨーロッパの国々とアメリカ合衆国以外で最初の)、冬季Olympicsである、札幌(sapporo)冬季Olympics(第5回、冬季Olympics)も、戦争の影響により中止。結局、アジアで、最初の、冬季Olympicsは、1972年に、札幌(sapporo)で開催された、札幌(sapporo)冬季Olympics(第11回、冬季Olympics。ヨーロッパの国々とアメリカ合衆国以外で行われた、最初の冬季Olympics)を待たなければなりませんでした。
以上、今年の4月の後半に行った投稿から抜粋して来た物でした。
日本が、(まだ、先進工業国の、標準的な、平均所得には追い付かないが)、先進工業国の中で、最も、貧しいグループ(group)を脱した(先進工業国の中で、最も、貧しいグループ(group)を飛び出した)のが、1964年の、東京オリンピック(東京夏季Olympics)以降、1960年代中期から1960年代後期にかけてです。
以下、前に行った投稿から抜粋して来た物です。
1940年に、東京で、日本(及び、アジア)で、最初に、万国博覧会(Universal Exposition)が開催される予定でしたが、戦争の影響で中止となり、結局、日本(及び、アジア)で、最初の、万国博覧会(Universal Exposition)は、1970年に、大阪(東京に次ぐ、日本、第二の都市圏人口を有する都市)で開催された、大阪万国博覧会(Expo ‘70)を、待たなければなりませんでした。
1970年代は、第2次世界大戦後の復興と高度経済成長が、一段落し(落ち着き)、(アジアで開催された最初の夏季オリンピック(Olympics)である東京夏季オリンピック(Olympics)開催され、(1961年に設立された)OECDに、日本が加盟した、1964年は、「もはや戦後では無い=第2次世界大戦による荒廃からの復興は終った」と言われました)、日本が成熟した先進工業国としての道を歩き始めた年代です。それまでの、経済発展最重視の政策から、公害や環境に対する取り組みが本格的に行われるようになり(これにより、1970年代を通じて、日本の環境は、ずいぶん改善された)、1975年に発足したサミット(summit。(主要)先進国首脳会議)には、日本は、アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、イタリアと共に、G6として、発足当初のメンバー(member)として参加しました。
この様に、日本が成熟した先進工業国としての道を歩き始めた1970年代の幕開けを飾った、日本で行われた、大きな国際的な催しの一つが、1972年に、北海道(hokkaido)の札幌(sapporo)で開催された札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics)であり、もう一つは、その2年前の、1970年に大阪の郊外で開催された、大阪万国博覧会(Expo ‘70)(下の補足説明参照)です。
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。
ちなみに、日本では、大阪万国博覧会(Expo ‘70)(1970年に、日本(及び、アジア)で最初に開催された万国博覧会(Universal Exposition))、沖縄(okinawa)海洋国際博覧会(Expo ‘75)(1975年に、沖縄(okinawa)で開催された)、筑波(tsukuba)国際科学技術博覧会(Expo ‘85)(1985年に、東京圏の北東部に位置する中都市(中規模程度の人口を有する都市)、筑波(tsukuba)で開催された)、大阪国際花と緑の博覧会(Expo ‘90)(1990年に、大阪で開催された)、愛知(aichi)万国博覧会(Expo 2005)(2005年に、名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市)の郊外・近郊で開催された)、大阪万国博覧会2025(Expo 2025)(去年開催された)と、現在まで、合計6回、万国博覧会(Universal Exposition)が開催されています。
以下、基本的に、2010年に行った投稿から抜粋して来た物です。2010年の情勢を前提とした文です。
ちなみに、大阪万国博覧会(Expo ‘70)や札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics)が開催された1970年代初め頃の一人当りの国民所得(単位$)は(以前近所の実家の本棚を物色し、我が家に持って来た古い本の一つw、世界便利事典 講談社 1973年によると)。。。
圧倒的に豊かな超大国であったアメリカ4,274、中立国として、第2次世界大戦の被害を受けなかった上に、第2次世界大戦後も順調に経済発展し、世界で最も豊かな国の一つであったスウェーデン(Sweden)が3,695、同じく、中立国として、第2次世界大戦の被害を受けなかったスイスが2,859。
西ヨーロッパの先進工業大国を見てみると、元々、第2次世界大戦以前から世界最高水準の科学技術力、(高速道路(Autobahnen)や世界最高水準の緻密さを誇る鉄道網等の)世界最高水準のインフラ(infrastructure)を有していた等の蓄積があった上に、日本と同様、第2次世界大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、やはり、日本と同様、第2次世界大戦後、奇跡の高度経済成長を遂げ、見事に復活を遂げた(日本と同様、1970年代初め頃は、経済の発達にのみ集中する時代から抜け出しつつあると言われていた様です)西ドイツが2,698(もっとも、この高目の一人当りの国民所得は、1970年代初めのマルク切り上げが反映された数値だと思います)。
かつて多くの植民地を有し、豊かな大国として富の蓄積があった上に、第2次世界大戦後も、著しい経済成長を遂げたフランス(フランスは、この後、停滞の時代に入った)が2,606。
没落途上にあった(所謂イギリス病(The British disease)と呼ばれた)、かつて世界を席捲した、過去の超大国イギリスが1,993。
日本と同様、資本主義工業国の中では後進的な国に属していたが、やはり日本と同様、第2次世界大戦後、奇跡の経済成長を遂げたイタリアが1,587と言った感じでした。
また、西ヨーロッパ先進国の小国の例を幾つか見てみると、ルクセンブルク(Luxembourg)が2,162、オランダが2,156、オーストリアが1,728と言った感じであり、西ヨーロッパ先進国の中では、後進的で貧しいグループ(group)に属する(アイルランド(Ireland)については、当時)国々を見てみると、アイルランド(Ireland)が1,248、スペイン(Spain)が889、ギリシャ(Greece)が891、ポルトガル(Portugal)が610と言った感じでした。
アジアの国々を見てみると、(資本主義工業国の中では後進的な国に属していましたが)第2次世界大戦前から大国(列強)且つアジアで唯一の資本主義工業国であったと言う蓄積を有し、且つ、第2次世界大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、第2次世界大戦後、奇跡の高度経済成長を経ながら見事に復活を遂げた、日本が1,656。
シンガポール(Singapore)が921、香港(Hong Kong)が434、マレーシアが302、韓国が241、北朝鮮が216と言った感じでした。
台湾(Taiwan)は、手元に資料が無いので、よく分かりませんが、シンガポール(Singapore)や香港(Hong Kong)の様な都市国家・地域では無く(フランス、日本、韓国等と同様、相当の農村(田舎)地域を抱える)、また商工業の発展度合いも、当時の香港(Hong Kong)と比べて同水準以下であったと考えられる事から、香港(Hong Kong)よりかは低かった(300台位?)と思われます。この後、韓国は、1990年代半ば位までにかけて、漢江の奇跡と呼ばれる奇跡の経済成長を遂げる(実は、もう、この頃、漢江の奇跡は、既に始まっていましたが)事になりますが(1970年代の経済成長が、特に凄かった)、現在の韓国の経済の発展ぶりと比べてみると、いかに韓国の経済成長が目覚しい物であったかと言う事が分かります。マレーシア(Malaysia)の元首相であるマハティール(Mahathir)が、ルックイースト(Look East)政策において、学ぶ対象として、日本と共に韓国を挙げていた理由が、よく分かる気がします。世界の発展途上国にとって、真の希望となるのは、日本でもシンガポール(Singapore)でもなく韓国なのかもしれません。
国民一人当りのGNPにおいて、日本がアメリカを追い抜かした1980年代から、まだバブル景気(economic bubble)の余韻が残っていた1990年代半ば頃にかけては、おそらく、歴史上、日本の経済が、最も勢いがあり、且つ、最も世界に影響力があった時期だと思います。日本の国民一人当りのGDPが、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス等の2倍程に達し(確か)、ルクセンブルク(Luxembourg)、スイスと並んで、世界最高水準だった時期もあります。これは、人口5,000万人以上の先進工業大国としては、異例の事です(第2次世界大戦後においては、他は、全盛期のアメリカ位かな。。。)。
以上、基本的に、2010年に行った投稿から抜粋して来た物でした。
以下、参考の投稿。
007は二度死ぬテーマ曲/Le Samouraïテーマ曲他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/3741217?&sfl=membername&stx=nnemon2
タイムトラベル旅行Expo ‘70/マッハGoGoGoのテーマ他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/3741216?&sfl=membername&stx=nnemon2
タイムトラベル旅行Expo ‘85/Dragon Ballのテーマ他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/3741212?&sfl=membername&stx=nnemon2
007は二度死ぬテーマ曲/Le Samouraïテーマ曲他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_5/view/id/3741217?&sfl=membername&stx=nnemon2
タイムトラベル旅行Expo ‘70/マッハGoGoGoのテーマ他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_5/view/id/3741216?&sfl=membername&stx=nnemon2
タイムトラベル旅行Expo ‘85/Dragon Ballのテーマ他(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_5/view/id/3741212?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、2023年に行った投稿から抜粋して来た物です。
以下、あくまでも、ざっくりと(とても、大雑把に)、日本経済の現況(2022年現在における状況)についてです。
日本は、現在、30年程に渡る経済停滞にあります。日本は、現在、イギリス病と言われていた(イギリス国内において、知識人の間で、このままでは、イギリスが、ヨーロッパで最も貧しい国になってしまうのではないか?、さらには、イギリスが後進国になってしまうのではないかと心配されていた)1970年代のイギリスに似た状態にあります。
日本は、一人当たりの経済的な豊かさにおいて、ほんの数年前までは、イギリス・フランスと同程度の水準を維持していたのですが、現在においては、一人当たりの経済的な豊かさにおいて、韓国に追いつかれつつあり、又、日本は、まだ、一人当たりの経済的豊かさにおいて、イタリアよりも上にありますが、日本は、一人当たりの経済的な豊かさにおいて、イタリア(ヨーロッパの先進国の中で、最も貧しいグループ(group)であり、且つ、先進国の中で、最も、貧しいグループ(group)に属している、南ヨーロッパ諸国(イタリア、スペイン(Spain)、ポルトガル、ギリシャ(Greece))の中では、一人当たりの経済的な豊かさにおいて、最も豊かな国である)に、近づきつつあり、日本が、先進国の中で、最も貧しいグループ(group)に属していた時代と同様の状況に、一歩、足を踏み入れつつあります(まだ、完全に、一歩、足を踏み入れてはいない)。
ちなみに、現在においては、東ヨーロッパの中で、最も、豊かな国々(スロベニア(Slovenia)、バルト三国(Estonia、 Latvia、Lithuania)、チェコ(Czech Republic)、スロバキア( Slovakia))の、一人当たりの経済的な豊かさは、ヨーロッパの先進国の中で、最も貧しいグループ(group)であり、且つ、先進国の中で、最も、貧しいグループ(group)に属している、南ヨーロッパ諸国(イタリア、スペイン(Spain)、ポルトガル(Portugal)、ギリシャ(Greece))と同水準にあり、現在においては、東ヨーロッパの中で、最も、豊かな国々を、先進国に分類する指標もあります。
仮に、世界の自動車市場において、電気自動車が、完全に主流となり、日本の自動車産業の、電気自動車の技術・商品力が遅れ、日本の自動車産業が、日本の、電子・電気産業と同様の衰退の道を辿るならば、今後、日本は、一人当たりの、経済的な豊かさにおいて、スペイン(Spain)と同程度位になる可能性は、十分にあると思います。ただ、日本の、各産業の、技術の底力は、強いので、日本が、一人当たりの、経済的な豊かさにおいて、ポルトガル(Portugal)と同水準位になる可能性は、非常に少ないか、可能性があるとしても、非常に先の事だと思います。
ちなみに、仮に、日本の、一人当たりの、経済的な豊かさが、ポルトガル(Portugal)と同水準位になったとしても、日本人は、幸せに暮らせる・幸せに生きる方法は、十分にあると思います。経済的な豊かさ=幸福とは限らないので。
以上、2023年に行った投稿から抜粋して来た物でした。
前述の通り、日本は、30年以上に渡る経済停滞にありますが、それでも、コロナ禍前までは(2010年代の終わり頃までは)、日本は、国民一人当たりの豊かさにおいて、イギリス、フランスと同水準で、先進国の中では、中位(中くらい)を維持していましたが、コロナ禍中に、イギリスとフランスに差をつけられ、現在においては、イタリアに追い抜かれ、差をつけられています。これは、、コロナ禍による、絶対的な、経済へのダメージ(打撃)は、日本は、他の先進国と比べて、特に、大きいと言う訳ではなかったものの、コロナ禍の前に、日本は、既に、非常に長きに渡る、経済停滞の状況にあった為、コロナ禍による、相対的な、経済的なダメージ(打撃)は、日本は、先進国の中で、最も、大きかったからではないでしょうか?
日本は、(もちろん、未だに、治安やインフラ(infrastructure)、社会の安定性、平均寿命の高さ等、イギリスよりも、しっかりとしている部分・優れている部分も少なくないですが)、現在、経済においては、(イギリス病と言われていたが、見事に復活を遂げた)イギリスとは、対照的な状況にあります。
現在、日本の、国民一人当たりの、世界における、相対的な、経済的な豊かさは、1960年代初め以前の状況に、逆戻りしていると言った感じです。
現在、依然として、「世界の自動車市場において、電気自動車が、完全に主流となり、日本の自動車産業の、電気自動車の技術・商品力が遅れ、日本の自動車産業が、日本の、電子・電気産業と同様の衰退の道を辿っている」と言う状況ではないものの、現在、日本の、国民一人当たりの、経済的な豊かさは、スペイン(Spain)と同水準位にあり、日本は、スペイン(Spain)、韓国、台湾(Taiwan)等と共に、先進国の中で、最も、貧しいグループ(group)の中で、国民一人当たりの、経済的な豊かさが、中位の(中くらいの)、国となっています(日本は、現在、国民一人当たりの、経済的な豊かさにおいて、韓国と、台湾(Taiwan)にも、抜かされています)。また、現在、国民一人当たりの、経済的な豊かさにおいて、近年、経済成長が著しい、ポルトガル(Portugal)が、日本を追い上げています。
後述する、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)において、イギリスから、日本に来ている、交換留学生、Georgeが、日本の物価が高いため、アパートの家賃を滞納していると言う設定が、時代(1990年代初め当時)を感じさせます。現在、コロナ禍を経て、日本は、アメリカや、イギリスを含む西ヨーロッパの国々、北欧の国々、オーストラリア、カナダ等の人々にとって、完全に物価が安い国となっています。
周防 正行(suo masayuki)(1956年生まれ)は、1980年代中期頃から活動を行い、1980年代後期頃から活躍している、日本の映画監督です。
周防 正行(suo masayuki)の代表作の一つである、「Shall we ダンス?(Shall We Dance?)」(1996年の、日本の、大衆的な、コメディ(comedy)映画)は、アメリカを含む、世界、19か国で公開され、アメリカでは、200万人を動員しました。
2004年の、Richard GereとJennifer Lopez主演の、アメリカ映画、「Shall We Dance?」は、「Shall we ダンス?(Shall We Dance?)」(1996年の、日本の映画。周防 正行(suo masayuki)の監督作品)の、リメイク(remake)映画です。「Shall we ダンス?(Shall We Dance?)」(1996年の、日本の映画)は、東京を舞台(舞台設定)としており、「Shall We Dance?」(2004年の、アメリカ映画)は、シカゴ(Chicago)を舞台(舞台設定)としています。
後述する、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の、コメディ(comedy)映画)は、周防 正行(suo masayuki)の監督作品です。
シブがき隊(shibugakitai)は、1980年代に活動を行い、1980年代初めから、1980年代中期頃にかけて、人気があった、コミカル(comical)な(コミック(comic)的な)、日本の、3人組の、男性、アイドル(idol)グループ(group)です(1988年に解散)。シブがき隊(shibugakitai)は、歌は、下手でしたw
動画は、借り物。シブがき隊(shibugakitai)の曲の例。シブがき隊(shibugakitai)-「スシ食いねェ!(寿司を食べなさい!)」(1986年。歌番組等での発表は、1985年12月)。私が、子供の頃の曲で、当時、子供達の間でも、人気が高かった曲です。シブがき隊(shibugakitai)の、3人の、メンバー(member)の中で、最も、ハンサムで、おそらく、当時、若い女性達に、一番、人気が高かったのは、本木 雅弘(motoki masahiro)(1965年生まれ。上の動画のサムネイル画像で、真ん中の男性)です。
本木 雅弘(motoki masahiro)は、シブがき隊(shibugakitai)で活動した後、ハンサムで、演技力も高い俳優として成功しました。
本木 雅弘(motoki masahiro)は、後述する、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の、コメディ(comedy)映画)で、主人公の、秋平(syuhei)の役を演じています。
竹中 直人(takenaka naoto)(1956年生まれ)は、1980年代中期頃から活躍している、日本の演技派俳優で、怪演(普通の演技とは一線を画すような不気味さ・奇妙さ・狂気などが感じられる演技。説明は、実用日本語表現辞典から借りて来ました)も特徴とする俳優です。竹中 直人(takenaka naoto)は、後述する、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)で、青木(aoki)の役を演じています。
清水 美砂(shimizu misa)(1970年生まれ)は、1980年代後期頃から活躍している(特に、1980年代後期から1990年代に活躍していた)、日本の、女優です。清水 美砂(shimizu misa)は、私生活においては、1998年に、FBI職員の、アメリカ人と結婚しています。
清水 美砂(shimizu misa)は、後述する、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)で、ヒロイン(heroine)(女性の主人公)の、夏子(natsuko)の役を演じています。
アメリカや西ヨーロッパの国々では、どの街でも、少なくとも一つの、キリスト教の教会があると思いますが、それと同様に、日本では、どの街にも、一般的には、少なくとも、1つの、神道(Shinto)の神社(shrine)又は、仏教の寺、もしくは両方が存在します。こうした、神道(Shinto)の神社(shrine)と仏教の寺(特に、神道の神社(shrine))は、宗教と言うよりも、生活文化として、街の人々の生活の中に自然と溶け込んでいます。
初詣 (hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。
ほとんどの日本人は、慣習として、初詣 (hatsumoude)をしたりしますが、多くの日本人が、実質的に、無宗教者(信仰する宗教を持たない者)です。私も彼女も、無宗教者(信仰する宗教を持たない者)ですし、私の両親、私の弟(私は兄弟姉妹は、2歳年下の弟が一人います)も、無宗教者(信仰する宗教を持たない者)です。
したがって、一般的に、日本の、キリスト教系の大学に通っている大学生の、ほとんども、キリスト教の信者ではありません。
我が家及び、我が家の近所の、私の実家(元々、私の母方の祖父母の家(私の母の実家)。母方の祖父母共、既に亡くなり、現在は、両親が引き継いで暮らしている。ちなみに、私の母は、一人っ子です)は、渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置している区)の、静かで、落ち着いた住宅地に位置しています。
私の母方の祖母と、私の母は、渋谷(shibuya)区の中部に位置する、青山学院(aoyama gakuin)大学(1874年創立。日本の、東京の、プロテスタント(Protestant)系の、キリスト教系の私立大学で、日本の、名門(有名な)、私立大学の一つ)を卒業していますが、私の母方の祖母(既に亡くなっています)は、プロテスタント(Protestant)系の、キリスト教徒(Christian)でしたが、私の母は、前述の通り、無宗教者(信仰する宗教を持たない者)です。ちなみに、私は、投稿によっては、青山学院(aoyama gakuin)大学の事を、A学院大学と書いたりしています。
以下、参考の投稿。
小津 安二郎(yasujiro)映画「晩春」他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4072018/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
弟の話前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658265/page/58?&sfl=membername&stx=nnemon2
弟の話後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/3658264/page/58?&sfl=membername&stx=nnemon2
立教(rikkyo)大学(1874年創立)は、日本の、東京の、聖公会(Anglicanism)系の、キリスト教系の私立大学で、日本の、名門(有名な)、私立大学の一つです。
立教(rikkyo)大学の中心的な、キャンパス(campus)は、池袋(ikebukuro)(東京中心部(東京23区)の北西部に位置する大きな繁華街。東京最大級の繁華街の一つ)周辺にあります。
池袋(ikebukuro)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
池袋散歩1 SPY ×FAMILY展→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4000528/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2

写真は、借り物(写真の作者:↑PON(ウエポン))。立教(rikkyo)大学の中心的な、キャンパス(campus)(池袋(ikebukuro)周辺に位置する)の、建物の一つ。1918年に建てられた物。
写真以下2枚(写真は、借り物)。立教(rikkyo)大学の中心的な、キャンパス(campus)(池袋(ikebukuro)周辺に位置する)の食堂の一つ。1918年に建てられた物。
写真の作者:ペン太。

写真の作者:Kakidai。
「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)を監督した、周防 正行(suo masayuki)は、立教(rikkyo)大学の、文学部の、フランス文学科を卒業しています。
「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)に出て来る、架空の、東京の、キリスト教系の、私立の大学、教立(kyoritsu)大学は、立教(rikkyo)大学を、モデル(model)としています。
相撲(sumo)は、古代からの歴史を有する、日本の格闘競技です。現代に繋がる、日本の、プロの(professionalの)相撲(sumo)は、17世紀からの歴史を有しています。ちなみに、相撲(sumo)は、格闘競技であると同時に、神道(Shinto)(日本の古来の宗教)の儀式としての側面も持っており、女性の相撲(sumo)も存在するものの、相撲(sumo)は、伝統的に、一般的に、男性が行う物とされ、プロの(professionalの)女性の相撲(sumo)は、存在せず(プロの(professionalの)女性の相撲(sumo)が設立出来ない訳ではありませんが、今の所、選手においても、観客においても、需要が少ない為、プロの(professionalの)女性の相撲(sumo)は、存在していません)、また、男性が、相撲(sumo)の試合を行う、土俵(dohyou)(相撲(sumo)の試合を行う場所。ボクシング(boxing)等で、例えると、リング(ring))には、古くから(伝統的に)、基本的には(特に、プロの(professionalの)相撲(sumo)に関しては、完全に)、女性が上がる事が禁止されています。特に、プロの(professionalの)相撲(sumo)において、土俵(dohyou)に、女性が上がる事が禁止されている事に関しては、日本国内外(日本国内及び日本国外)の、フェミニスト(feminist)の人達やリベラル(liberal)の人達等からの、「時代遅れではないか」との批判の声もあります。もっとも、男性が、相撲(sumo)の試合を行う、土俵(dohyou)に、古くから(伝統的に)、基本的に、女性が上がる事が禁止されているのは、女性差別と言うよりも、神道(Shinto)の宗教上の、男女(男と女の)、役割分担と言う感じで、神道(Shinto)の最高の神は、女性の神であり、神道(Shinto)が、女性差別的な宗教であると言う訳ではありません。
「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)は、教立(kyoritsu)大学(架空の、東京の、キリスト教系の、私立の大学)の、廃部寸前の(廃止される寸前の)、相撲(sumo)部(相撲(sumo)club)を、テーマとした、コメディ(comedy)映画です。
現在、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)が、you tubeで、期間限定で(9月4日の20時から9月18日の19時59分まで)、公式で、公開されています。
現在、you tubeで、期間限定で(9月4日の20時から9月18日の19時59分まで)、公式で、公開されている、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)(フル)→
https://youtu.be/b8P6T0wGSc0?si=IqKr-TOCeyfp5He3
「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)、前に見ていましたが、今週の日曜日に、改めて、彼女と、我が家のテレビで見てみましたが、普通に近い、普通と良作との間と言った感じでした。もう少し、細かい点で、笑える(面白い)場面があっても、良いのになと思います。
以下、「シコふんじゃった(Sumo Do, Sumo Don’t)」(1992年の、日本の映画)の、主要な登場人物の説明とあらすじ(ネタバレを含みます)に関しては、投稿のコメント欄の、投稿の補足を参照して下さい。