ちなみに、後述する、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)は、施設の老朽化と入場者数の減少により、残念ながら、2021年の9月30日を以って、閉園してしまいました。ちなみに、以下の投稿文で、三浦(miura)市の人口は、約46,000人と書いていますが、日本全国的な少子高齢化に伴う、日本全国的な人口の減少に加えて、さらに、三浦(miura)市の住人の、日本の全国平均を大きく上回る高齢化により、三浦(miura)市の現在の人口は、約38,000人となっています。
以下、基本的に、2013年の10月の上旬に行った投稿の再掲で(投稿文は、2013年の10月の上旬の投稿を前提としています)、2013年の9月の後半に、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、車で、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)に遊びに行って来た時の物です。ちなみに、この時、彼女と付き合って初期の頃で、まだ、私は、30代後半の初期、彼女は、大学2年生でした。
9月の後半、三浦(miura)半島をdriveして来た時の物です。
三浦(miura)半島は、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町。東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の中心都市)と、湘南(syonan)areaの間に位置する半島で、東京area(東京圏)に暮らす人々にとっての、海沿いの保養地となっています。
東京近郊の、茅ヶ崎(chigasaki)、江ノ島(enoshima)(藤沢(fujisawa))、(以下は、三浦(miura)(半島)areaとして、湘南(syonan)には、含めない考え方もあるが、私は、湘南(syonan)に含めて考えている。このへんは、地元の人も、結構大雑把だと思う)、鎌倉(kamakura)、逗子(zushi)、葉山(hayama)、横須賀(yokosuka)(西海岸の一部)等から成る、湘南(syonan)は、東京都心部方面から見て、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)である、大きな港町)の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊の海沿いのリゾート(resort)地(ビーチリゾート(beach resort)地)となっています。湘南(syonan)は、海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近くある様な気がします。
三浦(miura)半島は、横浜市の南端部、鎌倉(kamamura)市の南部(海岸部)、逗子(zushi)市、葉山(hayama)町、横須賀(yokosuka)市、三浦(miura)市によって構成されており、横浜市の南端部は、三浦(miura)半島の東の付け根、鎌倉(kamamura)市の南部(海岸部)は、三浦(miura)半島の西の付け根に位置し、逗子(zushi)市、葉山(hayama)町、横須賀(yokosuka)市、三浦(miura)市が、本格的な、半島部(三浦(miura)半島)を構成しています。逗子(zushi)市と葉山(hayama)町の海岸は、三浦(miura)半島の西海岸を構成し、横須賀(yokosuka)市と三浦(miura)市の海岸は、三浦(miura)半島の東海岸と西海岸の両方を構成しています。また、三浦(miura)市は、三浦(miura)半島の先端部(南端部)に位置する為、三浦(miura)市の海岸は、三浦(miura)半島の南部(三浦(miura)半島の先端部)の海岸も構成しています。
湘南(syonan)areaと三浦(miura)半島areaの区分は、曖昧で、人によって区分の仕方が違うと思いますが、私は、個人的には、三浦(miura)半島areaの内、三浦(miura)半島の西海岸の半分位が、湘南(syonan)areaにも、含まれると思います。個人的に、鎌倉(kamamura)市は、三浦(miura)半島areaと言うよりも、湘南(syonan)areaと言うイメージであり(三浦(miura)半島の西の付け根の海岸は、鎌倉(kamamura)の海岸と言うよりも、逗子(zushi)の海岸と言うイメージ)、逗子(zushi)市と葉山(hayama)町は、湘南(syonan)area且つ、三浦(miura)半島area(湘南(syonan)areaの内、三浦(miura)半島部分)と言うイメージ、横須賀(yokosuka)市は、基本的に、三浦(miura)半島areaだが、西海岸の一部(葉山(hayama)町に接する辺り)は、湘南(syonan)areaに(湘南(syonan)areaにも)含まれると言ったイメージです。それ以外の三浦(miura)半島area、特に、三浦(miura)市、横須賀(yokosuka)市の東海岸、横浜市の南端部を、湘南(syonan)areaに含めるのは、無理があると思います(ちなみに、横浜市の南端部は、三浦(miura)半島areaと言うよりも、そのまま、横浜の郊外・近郊と言ったイメージです)。
この日は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べてから、東京都心部の我が家を出ました。
この日は、三浦(miura)市(人口約46,000人。三浦(miura)半島の先端部(南端部)に位置する。東京圏に暮らす人々のリゾート(resort)地(ビーチリゾート(beach resort)地)等となっている)にある水族館(public aquarium)、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)へ遊びに行きました。

油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)を訪れる前に、三浦(miura)半島の農産物販売所を訪れ、野菜等を買ったのですが、その際に、農産物販売所で買って食べた、おやつ。メロン(melon)パン、ラスク(rusk)。
写真以下。この日は、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)を訪れました。油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)は、三浦(miura)市(人口約46,000人。三浦(miura)半島の先端部(南端部)に位置する。東京圏に暮らす人々のリゾート(resort)地(ビーチリゾート(beach resort)地)等となっている)の、海沿いにある水族館(public aquarium)です。日本には、100以上の水族館(public aquarium)があり、人口当りの水族館(public aquarium)数は、世界一であると言われていますが(日本が、海に囲まれた島国であると言う事が関係しているのかどうかは、分かりませんが、日本には、水族館が好きな子供や大人が、多いのかな)、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)は、東京圏に、25程ある水族館(public aquarium)の内の一つです。
写真以下。油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)。1968年に開館した、水族館(public aquarium)です。1960年代後半に開館した当時は、(当時としては)最新設備を持った、立派な水族館(public aquarium)で、入場者数も多かったのだろうと想像出来ますが、八景島(hakkeijima)sea paradise(湘南(syonan)areaに近い、横浜郊外(三浦(miura)半島の東の付け根)に位置する)、江ノ島(enoshima)水族館(湘南(syonan)の江ノ島(enoshima)areaにある)と言う、(資金力・集客力のある)周辺の強力なライバル水族館(rivals)の存在、少子化等により、入場者数は、あまり多くない(率直に言って少ない)様です。したがって、(油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)は)、設備投資の為の資金が足りず、基本的に、1960年代後半の開館時から、それ程変わっていない様な感じで、私が幼い頃・子供の頃(1970年代後半から1980年代半ば頃)の水族館(public aquarium)の雰囲気を、(時代に合わせた設備投資・設備更新が出来ていないと言う悪い意味で)、よく残している水族館(public aquarium)と言う感じです。現在は、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)は、八景島(hakkeijima)sea paradiseのような東京圏中から、多くの人々が訪れる水族館(public aquarium)と違って、私達の様に、割と遠くから訪れる様な人々は、割と少なく、主に、三浦(miura)半島が位置する神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県。中心都市は、横浜)在住の、若いカップル(couple)、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)周辺(三浦(miura)半島周辺)住民の子供連れの家族、この辺りの、子供連れの別荘族等が訪れる、のどかな、地域密着型の、ローカル(地域住民の為の)水族館となっている様な感じです。。。
写真以下5枚は、前にアップ(upload)した写真の再利用。
写真以下2枚。油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)から眺めた、周辺の風景。




油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)の水族館のメイン(main)の建物。1960年代後半に出来た当時は、(当時としては)最新設備を備えた、立派な水族館の建物だったのでしょうが、現在は、遠方からも客を呼ぶには、設備投資が必要と言った感じの状態です。


写真以下3枚は、前にアップ(upload)した写真の、再利用。
写真以下2枚。イルカ(dolphin)・アシカ(sea lion)のshow。水族館(public aquarium)の、イルカ(dolphin)等を中心とした海の動物達のshowのメイン(main)会場は、通常は、屋外若しくは、半屋外型になっているのですが、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)の、それは、この様な、完全屋内の、劇場型となっている点が、特徴です。showも、単純に、海の動物達のパフォーマンス(perfo・rmance)を見せると言うのではなく、showが、一つの劇(story)となっていて(劇(story)の内容は、定期的に変わります)、その劇(story)の中で、イルカ(dolphin)とアシカ(sea lion)が、パフォーマンス(perfo・rmance)を行うと言う点が、特徴となっています。


写真以下14枚。油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)の、展示例。

メガマウスシャーク(megamouth shark)の剥製標本。この水族館から、それ程遠くない、神奈川(kanagawa)県の、湯河原(yugawara)の沖で、捕獲されたメガマウスシャーク(megamouth shark)の、剥製標本です。メガマウスシャーク(megamouth shark)は、目撃例・捕獲例は世界でも50例しかなく(日本近海では比較的目撃例と、捕獲例が多く、2011年現在、全世界で50例、その内の13例が日本)、また深海に生息していることからcarcassが漂着するのは極めて稀で、生態が未解明な部分が多いです(wikiより)。これは、世界でも多くない(貴重な)、メガマウスシャーク(megamouth shark)の剥製標本の内、世界最大の物だそうです。メガマウスシャーク(megamouth shark)は、古い形態を保った(原始的な形態を残している)サメで、ネズミザメ目(Lamnifo・rmes)のサメの中では、ミツクリザメ(Goblin shark)と並んで、原始的な形態を残していると言われているようです。
写真以下3枚。バルチックチョウザメ(Baltic sturgeon)等、様々な種類のチョウザメ(sturgeon)。チョウザメ(sturgeon)は、元々、寿命が長い魚ですが、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)で、現在飼育・展示されているチョウザメ(sturgeon)は、飼育され始めてから、40年前後経っているようです。




ラブカ(frilled shark)の標本。ラブカ(frilled shark)は、19世紀後期に、相模(sagami)湾の海(神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の、南部の海。湘南(syonan)・三浦(miura)半島(三浦(miura)半島の西海岸)の海も含まれる)で、世界で初めて発見・捕獲された、サメの一種です。原始的なサメの特徴を、よく残している事から、生きている化石と言われていて、多くの魚類学者や古生物学者が、最も、原始的なサメであるとしているようです。
写真以下2枚。ミツクリザメ(Goblin shark)の剥製標本。ミツクリザメ(Goblin shark)は、19世紀末に、相模(sagami)湾の海(神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の、南部の海。湘南(syonan)・三浦(miura)半島(三浦(miura)半島の西海岸)の海も含まれる)で、世界で初めて発見・捕獲された、サメの一種です。ミツクリザメ(Goblin shark)の学名、「Mitsukurina owstoni D. S. Jordan」は、ミツクリザメ(Goblin shark)の発見者である、イギリス人、Alan Owston、当時の東京大学の理学部の教授、箕作 佳吉(mitsukuri kakichi。日本の動物学者。1858年生まれ。1909年に亡くなる)、ミツクリザメ(Goblin shark)が、全くの新種である事を確認した、アメリカの魚類学者、David Starr Jordan(1851年生まれ。1931年に亡くなる)の、3人の名前から取られています。ミツクリザメ(Goblin shark)は、世界各地から報告がありますが、出現は稀で、これまでの報告は、ほとんどが、日本(日本の中でも、主として、相模(sagami)湾の海等)からの物です(wikiより)。ミツクリザメ(Goblin shark)は、約1億5000万年前に、栄え、既に絶滅してしまった、スカパノリンクス(Scapanorhynchus)と言うサメに、姿・形が、似ている事から、生きている化石と言われてきましたが、現在の研究では、スカパノリンクス(Scapanorhynchus)とは、別種のサメであると言う説が、有力なようです。何れにしても、ミツクリザメ(Goblin shark)は、古代のサメの特徴を、よく残しており、依然として、生きている化石と言われているようです。


写真以下7枚。水族館のメイン(main)の建物の中に有る、ドーナツ(doughnut)型の回遊水槽。日本中の水族館を紹介する、このsite→http://www.web-aquarium.netによると、この形の水槽(ドーナツ(doughnut)型の回遊水槽)としては、1960年代後半の開館以来、現在に至るまで、世界最大規模の物のようです。このsiteに書かれている通り、これだけの円周だと、中の魚達は、どこまでも直線を泳いでいる様な気分になれそうです。







写真以下9枚。イルカ(dolphin)・アシカ(sea lion)のshow。水族館(public aquarium)の、イルカ(dolphin)等を中心とした海の動物達のshowのメイン(main)会場は、通常は、屋外若しくは、半屋外型になっているのですが、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)の、それは、この様な、完全屋内の、劇場型となっている点が、特徴です。showも、単純に、海の動物達のパフォーマンス(perfo・rmance)を見せると言うのではなく、showが、一つの劇(story)となっていて(劇(story)の内容は、定期的に変わります)、その劇(story)の中で、イルカ(dolphin)とアシカ(sea lion)が、パフォーマンス(perfo・rmance)を行うと言う点が、特徴となっています。この様な、劇(story)形式の海の動物達のshowには、照明等の関係で、(この様な)、完全屋内の、劇場型の海の動物達のshowの会場が、よく合っている様な気がします。なお、イルカ(dolphin)とアシカ(sea lion)の、パフォーマンス(perfo・rmance)自体も、(単純ですが)、ちょっとした工夫がしてあって、全体として、ほのぼのとした、楽しい、海の動物達のshowとなっています。










写真右側は、油壷(aburatsubo)マリンパーク(marine park)の、メイン(main)の建物(大きな、ドーナツ(doughnut)型の回遊水槽等が入っていると共に、多くの種類の魚が展示されています)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
油壷マリンパーク9月後編→