後述する、上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)は、車両の老朽化により、2019年に運行を休止、2023年に廃止されました。上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)の、後継の乗り物は、今年に建設が着工され、2029年に運行が開始される予定です。
上野(ueno)動物園のパンダ(giant
panda)は、現在、高市 早苗(takaichi sanae)(日本の、女性、政治家。現在の、日本の総理大臣(Prime
Minister))の、台湾(Taiwan)に関する発言の為、日本と中国の外交関係が悪化している為、今年の1月に、2頭のパンダ(giant
panda)が、中国に返還された後、今の所、後継の、パンダ(giant panda)が来る予定がない為、不在となっています。
SOMPO美術館は、元々(2019年まで)、損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビルの、ほぼ最上階を占めていた美術館でしたが、2020年に、損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビルの敷地内に建てられた、新しい美術館の建物に移転すると共に、美術館の名前を、損保ジャパン(sompo
japan)美術館(後述します)からSOMPO美術館に変えました。
SOMPO美術館に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
SOMPO美術館 ゴッホと静物画展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3783480/page/6?&sfl=membername&stx=nnemon2
SOMPO美術館 北欧絵画展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3813592/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
ちなみに、私の今の彼女と、私の元カノは、元々、面識はあり、知り合い同士であったのですが、今は、親しい友人同士となっています。
参考に、以下、「」内。2018年に行った投稿から抜粋して来た物です。
「前述の通り、実は、私の気が多い性格から、私の今までの、恋愛の結末のほとんどが、交際相手の女性にとっては、GO
BANG‘Sの曲の、「BYE-BYE-BYE」の歌詞のような結末で終わらせてしまったのですが(本当に、ごめんなさい)、私が当時、交際していた女性(私の元カノ)と別れた原因も、私が当時、交際していた女性(私の元カノ)には、本当に、申し訳なかったのですが、私が、私の今の彼女の事を、とても好きになってしまった事です(ちなみに、その時、私の今の彼女は、とても若かったのですが、その時、私は、別に、私の今の彼女の、その点に、惚れた訳では全くありませんw)。
私は、私の元カノと、親しい友人として、現在まで、ずっと交流が続いています。ちなみに、私の元カノは、私と別れた後、今、夫となっている男性(結婚した男性)とは違う男性達との交際やデートの経験を経て(ちなみに、私は、その事に関して、よく、その元カノの相談に乗る等していました)、比較的、最近の話なのですが、優しく頼りがいのある素敵な男性(彼女の事を、十分に幸せにしてくれるであろう男性。ちなみに、その男性は、長身でイケメンですw)を見つけて結婚をし、今は、主婦として幸せに暮らしています。
また、私の今の彼女と、私の元カノは、元々、面識はあり、知り合い同士であったのですが、今は、親しい友人同士となっていて、私の今の彼女と、私が当時、交際していた女性(私の元カノ)は、二人きりで遊びに出掛けたりもしています。二人とも、趣味や価値観があって、とても仲が良いようです。それは、もしかしたら、前述の通り、私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになったのですが、その事も、関係しているのかもしれませんw」
以下、基本的に、2011年の12月の上旬に行った投稿の再掲で(投稿文は、2011年の12月の上旬の投稿を前提としています)、2011年の11月に、当時交際していた、私の元カノ(以下、彼女と書きます)と、休日を過ごした時の物です。
11月の第2週の金曜日及び土曜日(個人的に両日共休みでした)等についての投稿です。
写真以下9枚。以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きで、11月の第2週の金曜日(以下、この日と書きます)についての続きです。
岡本太郎記念館・巨大プリン他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4071709?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日は、近場で、ブラブラして来ました。
岡本
太郎(okamoto
taro)記念館を訪れた後(すぐ上でリンクを付けた前回の投稿を参照)、少し、青山(aoyama)areaを散歩した後、新宿(東京最大級の繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)に移動し、新宿にある損保ジャパン(sompo
japan)美術館で、この時行われていた、モーリス・ドニ(Maurice Denis)の展覧会(exhibition)を見て来ました。

損保ジャパン(sompo
japan)美術館のパンフレット(leaflet)。写真(パンフレット(leaflet))左下の超高層ビルは、新宿副都心(1970年代に開発された日本で最初の200m級超高層ビル群)にある損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビル。1976年完成した、高さ200mのビルです。損保ジャパン(sompo
japan)美術館は、このビルの、ほぼ最上階を占める美術館です。損保ジャパン(sompo
japan)は、安田火災海上保険(前身である、東京火災保険は、1888年創業)と日産火災海上保険(1911年設立)と言う二つの損害保険会社が、合弁して2002年に発足した、損害保険会社で、損保ジャパン(sompo
japan)発足前は、損保ジャパン(Sompo Japan)本社ビルは、安田火災海上保険本社ビル、損保ジャパン(sompo
japan)美術館は、安田火災美術館(又は、東郷 青児(togo seiji)美術館)でした。損保ジャパン(sompo
japan)は、安田火災海上保険時代から、日本有数の損害保険会社です(日本で、3本の指に入る損害保険会社)。損保ジャパン(sompo
japan)美術館は、安田火災海上保険が、社会貢献の一環として、安田火災海上保険の新本社ビル(現在の損保ジャパン(Sompo
Japan)本社ビル)が完成した1976年に、同ビルに開館(open)した、私営の美術館です。損保ジャパン(sompo
japan)美術館の収蔵品(collection)の中心は、美術館の設立趣旨に共鳴した、安田火災海上保険と縁のある(下の補足説明参照)、東郷
青児(togo
seiji。1897年生まれ。1978年に亡くなる。日本の有名な、近代・現代画家)が、安田火災海上保険に寄贈した作品となっています。
補足説明:損保ジャパン(sompo
japan)美術館のsiteを参考にしました(ほぼ引用)。歴代の安田火災海上保険(及び、安田火災海上保険の前身の東京火災保険)の社長のお気に入りの画家であった、東郷
青児(togo
seiji)は、1920年代後半、(安田火災海上保険の前身の)東京火災保険の営業案内や記念品等のデザイン(design)を次々に手がけ、特に1935年頃からの、東郷
青児(togo seiji)作の同社のカレンダー(calendar)は、現在も根強いファン(fan)を持っている。
損保ジャパン(sompo
japan)美術館は、おそらく、世界最大級の、東郷 青児(togo
seiji)の作品のコレクション(collection)を有しています。損保ジャパン(sompo
japan)美術館の収蔵品(collection)の中心は、東郷 青児(togo seiji)の作品となっていますが、損保ジャパン(sompo
japan)美術館は、東郷 青児(togo
seiji)以外の、(西洋及び日本の)有名な、近代・現代画家の作品も所蔵しています。上の写真(美術館のパンフレット(leaflet))のゴッホ(Vincent
van Gogh)の、ひまわり(1888年又は1889年)は、その代表的な物の一つです。ゴッホ(Vincent van
Gogh)は、7点の、花瓶に挿された、ひまわり(sunflowers)の作品を制作した事が、広く認められていますが(wikiより)、その7点の作品の内、現存する6点の内の一つです(残りの1点は、第2次世界大戦前に、日本の個人の金持ち(芦屋(ashiya。大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とする関西areaを代表する高級住宅地)に居住していた、大阪の実業家)が所有していましたが、第2次世界大戦中の、アメリカ軍の空襲により焼失してしまいました)。
以下、ゴッホ(Vincent van Gogh)の、7点の、花瓶に挿された、ひまわり(sunflowers)の作品のList(現存する物は、この内、6点)。wikiを参考にしました。
12本の向日葵(1888年。Neue
Pinakothek(ドイツの美術館)が所有)、15本の向日葵(1888年。National
Gallery(イギリス、ロンドン)が所有)、3本の向日葵(1888年。個人所有(アメリカ))、5本の向日葵(1888年。個人所有(日本)。前述の通り、第二次世界大戦中の空襲で消失)、15本の向日葵(1889年。ゴッホ(Gogh)美術館(オランダ)が所有)、15本の向日葵(1889年。損保ジャパン(sompo
japan)美術館(日本)が所有)、12本の向日葵(1889年。フィラデルフィア(Philadelphia)美術館(アメリカ)が所有)。
この日は、損保ジャパン(sompo japan)美術館で、この時行われていた、モーリス・ドニ(Maurice Denis)の作品の展覧会(exhibition)を見ました。
写真以下2枚、展覧会(exhibition)のパンフレット(leaflet)。この展覧会(exhibition)は、モーリス・ドニ(Maurice
Denis)の、「子供」や「家族」を主題とした作品をテーマとした展覧会(exhibition)でした。展示作品は、フランス国内及びフランス国外の美術館(日本国内の美術館を含む)所有の作品、個人コレクター(collector)所有の作品等から成り、ドニ(Denis)の子孫が大切に所蔵してきた作品など、世界初公開作品を多く含んでいました。


写真以下6枚。この日の夕食は、新宿のLumine(商業ビル。実質的にはデパートの様な物)の食堂街に入っている、つばめグリル(tsubame
grill)で食べました。つばめグリル(tsubame
grill)は、1930年に創業した、洋食(yoshoku)(近代以降、日本人の趣向に合う様に、日本で、(日本人の視点から見れば)改良された、西洋料理)レストランです。本店は、銀座(ginza)(東京都心部でも中心的な地域に位置する)にありますが、東京中心部(東京23区)及び神奈川(kanagawa)県(東京の南部の郊外・近郊)に、多くの支店を出しています。私は、普段働いている日にも、出先で、つばめグリル(tsubame
grill)があれば、結構よく利用しています。私は、(この時は、食べませんでしたが)、つばめグリル(tsubame
grill)の定番(おそらく一番人気が高い)menuである、つばめ(tsubame)風ハンバーグ(hamburger
steak)が、お気に入りとなっています。
写真以下6枚。つばめグリル(tsubame grill)で食べた、この日の夕食。

トマト(tomato)の前菜(トマトの詰め物サラダ)。一人一皿ずつ。

前菜4種盛り合わせ。一人一皿ずつ。写真左下から時計回りに、スモークサーモン(smoked salmon)、田舎風パテ(pate)、蛸の酢漬け、鰊の酢漬け。
写真以下2枚。ドイツ鍋。2人で、分けて食べました。つばめグリル(tsubame
grill)のドイツ鍋は、格別美味しいと言う程ではありませんが、寒い時期に食べると体が暖まります(ポトフ(pot-au-feu)に近い料理です)。ドイツに、これと全く同じ様な料理がある訳ではなく、日本人と言うか、つばめグリル(tsubame
grill)が考える、ドイツ風の鍋料理です。まあ、単純に言ってしまえば、これも、洋食(yoshoku)の一つと言った感じかな。。。

アイスバイン(Eisbein)、ロールキャベツ(cabbage roll)、ソーセージ(sausage)、野菜等が入っています。アイスバイン(Eisbein)に立っている、ドイツの旗には、アイスバイン(Eisbein)の豚のシリアルナンバー(serial number)が記されています。ドイツ鍋は、最後に、余った汁に、お米(rice)を入れて、雑炊(粥)にしてくれます。

ドイツ鍋の付け合せ(side dish)のザワークラウト(sauerkraut)。別にザワークラウト(sauerkraut)には、ドイツの旗が立っている訳ではなく、彼女が、遊びで(ふざけて)、アイスバイン(Eisbein)に立っていた旗を、ザワークラウト(sauerkraut)に立てた物ですw。
写真以下2枚。デザート(dessert)。

私が食べた、焼き林檎、アイスクリーム(ice cream)添え。

彼女が食べた、西洋梨のコンポート(compote)、アイスクリーム(ice cream)添え。
写真以下、翌日(11月の第2週の土曜日。以下、この日と書きます)からです。
写真以下3枚。この日、(前日に我が家に泊まった彼女と)、朝寝坊して、遅い朝食兼昼食を軽目に食べ(軽く食べないと、プッチンプリン(Putchin
Pudding)が腹に入らないのでw)、出かける準備をした後(この日は、郊外の動物園に行きました)、彼女と、デザート(dessert)と言うか、おやつと言うかと言った感じで、冷蔵庫で冷やして固めておいた、大きなサイズ(size)のプッチンプリン(Putchin
Pudding)(プッチンプリン(Putchin Pudding)は、プリン(cream caramel)です。プッチンプリン(Putchin
Pudding)及び、このプッチンプリン(Putchin
Pudding)について、詳しくは、上でもリンクを付けましたが、すぐ下でリンクを付けた、前回の投稿参照して下さい)を食べました。上手く出来ました(普通のプッチンプリン(Putchin
Pudding)(普通のプッチンプリン(Putchin Pudding)は、出来た状態で売られている)よりも、美味しい気がしました。。。)。
岡本太郎記念館・巨大プリン他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4071709?&sfl=membername&stx=nnemon2



この日は、彼女と、東京の西部郊外にある、多摩(tama)動物園を訪れました。多摩(tama)動物園は、東京都(主として、東京中心部(東京23区)と東京の西部郊外によって構成される地方自治体。日本の47の県(prefecture)の内の一つ)が運営する公立の動物園で、上野(ueno)動物園と共に、東京都が運営する動物園の中で、代表的な動物園となっています。上野(ueno)動物園も、多摩(tama)動物園も、個人的に、子供の頃、親によく連れて行って貰い、(両動物園共)、子供の頃から、何度も訪れています。
写真以下。多摩(tama)動物園を紹介する前に、多摩(tama)動物園と共に、東京都が運営する動物園の中で、代表的な動物園となっている、上野(ueno)動物園について軽く紹介しておきます。上野(ueno)動物園は、東京中心部東部の下町(旧市街)(東京中心部(東京23区)の東部)の上野(ueno)にある大きな公園、上野(ueno)公園の中にある動物園で、1882年に開園した、日本で最も長い歴史を持つ近代式動物園です。上野(ueno)動物園は、郊外にある、比較的新しい大規模動物園に比べると、規模、施設等の面で劣りますが、都心部にある動物園にしては、まあまあ規模が大きく、また、東京中心部の中で有数の広さを持つ公園の中にあると言う立地条件の良さから、長年の間、東京に暮らす人々に愛されて来ました。
写真以下4枚。前にenjoyでアップ(upload)した写真の再利用ですが、上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)。上野(ueno)動物園は、西園と東園に分かれており、両園の間は、モノレール(monorail)で結ばれています。上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)は、1957年に開業した、日本で最初のモノレール(monorail)です(上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)の開業に続き、1960年代初めから1960年代半ばにかけて、遊園地等、日本全国の娯楽施設に次々とモノレール(monorail)が開業しました。ちなみに、日本で最初の、本格的な公共輸送手段としてのモノレール(monorail)は、東京オリンピックに合わせて1964年に開業した、東京モノレール(monorail)です。日本では、第二次世界大戦前にモノレール(monorail)の計画は、たくさんあったのですが(最も古い計画は1910年代、wikiより)、全て、日照権の問題や、都市景観を破壊する等の理由により、建設許可が降りず、計画は実現しませんでした)。
写真以下2枚は、現在の上野(ueno)動物園のモノレール(monorail)車両。



これは、1957年から1966年まで使われていた、初代車両です。

これは、1967年から使われ始めた、2代目の車両です。この後、3代目車両があり、現在走っているのは、その後の4代目の車両です。
上野(ueno)動物園も、多摩(tama)動物園も、非常に多くの種類の動物を、飼育・展示している点は共通していますが、多摩(tama)動物園を特徴付けているのが、後で(次回の投稿で)紹介する、ライオン(lion)バス(bus)とコアラ(koala)だとしたら、上野(ueno)動物園を特徴付けているのは、モノレール(monorail)とパンダ(giant panda)であると言えるでしょう。上野(ueno)動物園では、1972年以来、パンダ(giant panda)を飼育・展示しており、日本で最も、パンダ(giant panda)の飼育・展示の歴史が長い動物園です(途中、2008年から今年の初めまで、一時期、パンダ(giant panda)の飼育・展示を中断していたが、今年の4月から、パンダ(giant panda)の飼育・展示を再開)。また、東京圏の動物園の中では、唯一、パンダ(giant panda)を飼育・展示している動物園となっています。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
動物園散歩→