新型の国産ロケット夏に打ち上げ 効率性で新時代を開拓
継承された「糸川精神」
新型の国産ロケット「イプシロン」の初号機が8~9月、鹿児島県肝付(きもつき)町の内之浦宇宙空間観測所で打ち上げられる。日本が独自に開発を重ねてき た固体燃料ロケットの系譜を継ぐ小型機で、国産ロケットの新顔は大型主力機のH2A以来、12年ぶり。効率性を重視した画期的な設計思想は、ロケット開発 の新時代の象徴として注目されそうだ。
「これまでのロケット開発は性能向上の一点張りだった。だが、50年後のロケットは今の飛行機のように頻繁に打ち上げられ、宇宙が身近になるだろう。将来に向け、シンプルな打ち上げを目指した」
開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の森田泰弘教授は、イプシロンの“未来志向”を強調する。
イプシロンは、旧文部省宇宙科学研究所が科学衛星用に開発したミュー(M)5の後継機。M5は固体燃料ロケットとして世界最高水準の性能を誇ったが、75億円にのぼる打ち上げ費用が問題視され、2006年に廃止に追い込まれた。
M5の責任者だった森田教授は“雪辱”を期し、イプシロンで低コスト化と効率化を徹底的に追求した。1段目を新規開発せず、H2Aの固体ロケットブースターを転用することで、打ち上げ費用を38億円(定常運用時)に半減させた。
パソコン数台で管制作業をできるようにしたことで、M5で100人規模だった打ち上げ時の管制員はわずか5人ほどに。打ち上げ前にロケットが自動で機体点検を行うシステムも取り入れた。

衛星の正確な軌道投入は一般に、H2Aのような液体燃料ロケットが有利とされる。しかしイプシロンは、M5の上段で使用した液体燃料エンジンを搭載可能としたことで、液体燃料並みの高い軌道投入精度を実現できる。
従来の固体燃料ロケットの概念を覆す革新性が、イプシロンの最大の特徴といえるだろう。
「不利を有利に」
戦後の国産ロケット開発は1955年、東大生産技術研究所の糸川英夫博士が主導した全長23センチの「ペンシルロケット」の水平発射で幕を開けた。 57年からの国際地球観測年に、独自のロケットで参加することを目標に掲げての成功だった。58年には後継機のカッパ6で高層大気の気象データを取得。開 発スピードの速さは世界を驚かせた。糸川博士がペンシルの水平発射実験を思いついたのは、当時の日本は上空まで追跡するレーダーがなかっ たからだ。糸川氏に師事した的川泰宣(やすのり)JAXA名誉教授は「ロケットは打ち上げるものという常識を覆した。奇想天外の発想で、不利を有利に転換 する精神の持ち主だった」と話す。
ペンシル以降、固体燃料を使った“日の丸ロケット”の開発は脈々と受け継がれた。70年にラムダ4Sが 日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げ、日本は旧ソ連、米国、フランスに続く自力での衛星打ち上げ国に。85年にはM3S2がハレー彗星(すいせい)の 探査機を打ち上げ、固体燃料で世界初となる地球重力圏からの脱出に成功した。
小型衛星が潮流
イプシロンの打ち上げ能力はH2Aの1割程度で、大型衛星は搭載できない。しかし、的川氏は「人工衛星は小型が世界の潮流。今後は中小企業などでも小型衛星の開発や利用が拡大するだろう」とみる。
小型衛星は、大型衛星と一緒に大型ロケットで打ち上げることも可能だが、その場合は大型衛星の都合が優先され、軌道や打ち上げ時期の制約を受ける。自由度の高い小型ロケットは宇宙開発の裾野を広げる上で不可欠だ。
イプシロンは、発想力を武器に世界を驚かせた「糸川精神」を継承した開発陣の知恵の結晶といえる。日本の固体燃料ロケットの新潮流は、世界にじわりと影響を与えていきそうだ。
山腹の発射場「内之浦」 50年の歴史と伝統
イプシロンを打ち上げる内之浦宇宙空間観測所(旧内之浦町)は、日本の宇宙開発を草創期から支えてきた伝統ある発射場だ。近年はH2Aの種子島宇宙センターにお株を奪われたが、今年は7年ぶりの打ち上げ再開で脚光を浴びそうだ。
日本のロケット打ち上げは当初、秋田県南西部の道川海岸が拠点となった。しかし、到達距離が次第に伸び韓国領海に迫ったため、糸川博士らが代替地を探し歩き、太平洋岸で赤道に近く、打ち上げに有利な内之浦を選んだ。
M5などの固体燃料ロケットで多くの衛星や探査機を宇宙に運び、小惑星探査機「はやぶさ」は国民的な人気に。高層大気を調べる全長10メートル弱の観測ロケットも多数打ち上げている。
昨年11月、開所50周年と糸川氏生誕100年を記念し、所内に糸川氏の銅像が建てられた。永野和行肝付町長は「効率性重視のイプシロンで管制員など滞在者の減少が懸念されるが、打ち上げ回数は増えていくのでは」と期待を寄せる。
商業打ち上げ参入は苦戦か
イプシロンは小型の科学衛星や観測衛星の打ち上げが主な目的だが、将来は商業衛星の打ち上げも視野に入れている。ただ市場は米欧露が激しく争っており、道のりは険しそうだ。
商業打ち上げの世界市場では、大型ロケットは欧州のアリアンとロシアのプロトンが首位争いを展開。小型ロケットは、大陸間弾道ミサイルを転用した米露の機 体が受注価格の安さで圧倒的な競争力を持つ。欧州のベガの打ち上げ費用はM5に匹敵する70億円程度とみられるが、公的支援で実際の価格はもっと安い。
イプシロンは2017年度に打ち上げ費用を30億円以下に抑えるのが目標。森田教授は「コストでは世界のどのロケットにも負けない」と自信を示すが、受注 獲得のカギを握る信頼性は未知数。市場の評価を得るには打ち上げ成功を重ねることが重要だが、科学衛星などで安定した打ち上げ回数を確保できるかは不透明 だ。
H2Aは昨年5月、初の商業衛星である韓国衛星の打ち上げに成功。悲願だった市場参入を果たしたが、初号機から11年、21回の打ち上げを要した。成功率は世界最高水準の95%に達したものの、受注競争は苦戦が続いている。
名前の由来、成功後に公表
イプシロンの名称はギリシャ文字のイプシロン(E) に由来する。歴代の固体燃料ロケットがカッパ、ラムダ、ミューとギリシャ文字を使ってきた伝統を受け継いだ。英語の革命(エボリューション)▽優秀(エク セレンス)▽探検(エクスプロレーション)▽教育(エデュケーション)の頭文字であることも理由だ。しかし森田教授は「これらは由来の半分ほど。まだ大事 な点があるが、それは打ち上げ成功後に話します」。旧宇宙開発事業団が開発したH2Aなど液体燃料ロケットの名称は、燃料に使う水素の元素記号Hに由来す る。
http://sankei.jp.msn.com/science/news/130107/scn13010708000001-n1.htm