ベトナムに韓国軍慰安所が設置されてた【米公文書で判明】TBSワシントン支局長が発見
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4952週刊文春デジタル 2015.3.26

ベトナム戦争当時、サイゴン(現ホーチミン市)に韓国軍の慰安所が存在したことが、アメリカの公文書によって初めて明らかになった。
日韓間に横たわる慰安婦問題に新たな視点を供する歴史的資料を発見したのは、TBSワシントン支局長の山口敬之氏。山口支局長は2013年9月から、約1年をかけて米国立公文書記録管理局のベトナム戦争に関する膨大な資料を調査。その中から、サイゴンの米軍司令部が、同じくサイゴンの韓国軍最高司令官・蔡命新(チェ・ミュンシン)将軍に送った「書簡」を発見した。
同書簡は1969年に書かれたもので、主題は韓国兵が関与した経済事件。その中で、同事件の舞台となったサイゴン市中心部の「The Turkish Bath」(トルコ風呂)について、以下のように記されていた。
「この施設は、韓国軍による、韓国兵専用の慰安所(Welfare Center)である」
(The Turkish Bath was a Republic of Korea Army Welfare Center for the sole benefit of Korean Troops.)
TBS山口支局長が語る。
「韓国側はこれまで、日本軍の慰安所について国際社会で厳しく糾弾し続けてきました。ベトナム戦争当時、韓国軍の慰安所がサイゴンに存在した事がアメリカの公文書によって明らかになった今、韓国側がこの問題にどう対処していくのかが注目されます」
ベトナム戦争時の韓国軍に関する公文書は全米各地に点在している。そこから判明したのは、当時のアメリカ政府がベトナムにおける韓国兵の行状に、相当手を焼いていたという事だった。戦地での市民の虐殺、強姦から、サイゴンなどの都市部での為替偽造、物資の横流し、麻薬密売に至るまで、ありとあらゆる犯罪記録が大量に残されていた。米軍司令部は韓国軍司令部に対して繰り返し書簡を送り、違反者の訴追と再発防止を求めたが事態は悪化の一途をたどった。70年には、アメリカ連邦議会下院の外交委員会で、韓国軍による残虐行為を追及する特別調査チームが作られる事態にまで発展した。
韓国兵の悪行が問題になっていたなら、犯罪や裁判の記録の中に何らかの手がかりがあるのではないかと考えて、14年の春から、ベトナム駐留米軍の軍政部と軍警察の犯罪記録に手を伸ばし、年代順にコピーして片っ端から読み始めた。そこには、外交文書よりもさらに生々しい強姦、暴行、窃盗、傷害、軍需物資の不正取得など、夥しい数の韓国兵の犯罪が様々な形で記録されていた。
サイゴンの「韓国軍慰安所」
犯罪記録の公文書を一枚一枚剥ぐように読み込んでいると、一通の書簡に行き当たった。その書簡は、サイゴン(現ホーチミン市)のアメリカ軍司令部から、同じくサイゴンの韓国軍司令部に送られたものだった。宛先は、ベトナム駐留韓国軍最高司令官・蔡命新(チェ・ミュンシン)将軍だ。この書簡は69年1月から4月の間に書かれたものと推定された。
書簡の主題は、韓国兵が関与した経済事件に関するもので、不正な通貨を用いて米軍の軍需物資が大量に横流しされていると指摘されていた。その一連の犯罪行為の舞台のうちの一つが、サイゴン市中心部にあったという「The Turkish Bath」(トルコ風呂)だ。
この「トルコ風呂」について書簡は、「売春行為が行われていて、ベトナム人女性が働かされている」と説明している。
そして、主題である通貨不正事件の捜査のために、米軍とベトナム通関当局が共同で家宅捜索を行って、その結果を、次のように記していた。
「この施設は、韓国軍による、韓国兵専用の慰安所(Welfare Center)である」(The Turkish Bath was a Republic of Korea Army Welfare Center for the sole benefit of Korean Troops.)
驚いて何度も読み返したが、米軍司令部がこの施設を「韓国軍の韓国兵のための慰安所」であると捜査に基づいて断定している。
そして、米軍司令部は韓国軍の慰安所と指摘するにあたって、二つの根拠を示していた。
まず、押収資料の中から、韓国兵の福利厚生を担当する特務部次長の任にあった韓国軍大佐の署名入りの書類が見つかり、その書類に韓国軍による韓国兵専用の慰安所であると示されている事。
さらに、家宅捜索でこの施設から押収された物資について、韓国軍幹部がベトナム税関当局に対し返還を求める書類を提出した事実を、軍幹部の実名を示して韓国側に突きつけていた。
その上で米軍司令部は、韓国軍の最高司令官・蔡命新に対して、経済犯罪に関わった疑いのある大佐や中佐など、韓国兵6名の実名を通報した。友軍の司令官に部下の犯罪行為を指摘する書簡だけに、その文章は捜査と証拠に基づいていて隙がない。
今回、米国の公文書によって初めてその存在が明らかになった、サイゴンの「韓国軍慰安所」とは、一体どのように運営されていたのだろうか。
ハンス・イケス氏(70)。60年代後半にアメリカの通信インフラ会社からサイゴンに派遣され、その後数年間にわたってベトナムとアメリカを往復したというイケス氏は、「『トルコ風呂』は、当時サイゴンにいた人の間では、『射精パーラー』(Steam and Cream Parlor)と呼ばれていました。若いベトナム人女性から性的サービスを受けることが出来たからです」と証言してくれた。
別のサイゴン駐在経験のある米軍OBは、匿名を条件に次のように証言した。
「トルコ風呂で働いているのはほとんどが二十歳未満の農村部出身の少女だった。十六歳だと語る人もいたし、もっと若く見える女の子もいた。素朴で華奢な少女達に夢中になる兵士も多く、彼らは周りからYellow Fever(黄熱病)と揶揄されていた」
そして、作業を続けて半年程経った頃、ベトナム戦争を戦った経験のある米軍OBからEメールが送られてきた。
アンドリュー・フィンライソン氏(71)。米海兵隊の歩兵部隊長として六七年から二年八カ月に渡ってベトナム戦争を戦い、サイゴンをはじめ南ベトナム各地を転戦。退役後は紛争地域の軍事顧問団として活躍し、ベトナム戦争に関する著作も発表している研究者だ。早速インタビューを申し込むと、快く応じてくれた。
「休息と回復期間」の兵士
「韓国軍の慰安所は、確かにサイゴンにありました。よく知っています」
「米軍司令官が指摘している韓国の慰安所とは、韓国軍の兵士に奉仕するための大きな性的施設です。韓国兵士にセックスを提供するための施設です。それ以外の何ものでもありません」
フィンライソン氏によれば、問題の施設は、トルコ風呂としてはかなり大規模なものだったという。その後の取材で、施設が入っていた建物が今なお現地に存在する事が確認され、問題の施設が隣接する二つのビルを合わせて一つの施設として一体的に運営されていた事や、通りの向かい側にも別棟があるなど相当な規模で運営されていた事がわかった。しかし、フィンライソン氏によれば、サイゴン市内の別の場所には、これよりもさらに大きい慰安所があったという。これらの施設は、内部が多くのブロックに分かれていて、一区画に二十人前後のベトナム人女性が働かされていたという。
「当時南ベトナムでは性病が深刻な問題になっていて、特に梅毒が蔓延していました。また、韓国兵がベトナム人女性をレイプしたり、個別に性的関係を持ったりするのを防ぎたかったからです。」
先の書簡には、この施設は韓国兵専用の慰安所として設立されたが、米軍など友軍の兵士も特別に利用する事ができ、その場合は一回につき三十八ドルが請求されたと書かれている。
ベトナムに韓国軍の慰安所が存在したことがアメリカの公文書によって明らかになった今、朴槿恵大統領は自ら発した言葉に自ら応える義務を負った。
彼女が慰安婦問題を、反日を煽る内政や外交のツールではなく、真に人権問題として捉えているのであれば、サイゴンで韓国兵の相手をさせられたベトナムの少女に思いを致すだろう。何人の少女が、どのような経緯で慰安婦にされたのか。意に反して慰安婦になる事を強いられた女性はいなかったのか。どんな環境で働かされたのかなど、率先して調査するだろう。韓国の元慰安婦に対して行ったのと同じように。
しかし、もし韓国政府がこの問題を黙殺したり、調査もせず否定したりするなら、彼らこそ都合の悪い事実に背を向け、歴史を直視しない国家である事を、国際社会に対して自ら証明する事になる。
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