以下、しばらく、おまけで、前に、kjの、「生活/文化」掲示板に行った、「からすのパンやさん」と言う投稿の中から、一部を、抜粋して来た物です。
IE等で、この投稿の写真が見られない場合は、FireFoxで、ご覧下さい。
私の母は、チャラチャラした所があり、現代に若者時代を過ごしていたら、ギャルになったような気もしますw
私の母は、昔から(私が子供の頃から)、「母親である前に女」であるような女性ですw
私の母は、昔から(若い頃から)、自分の脚線美に自信があるらしく(今は、さすがに、母は、もう、おばあさんなので、それはない(自分の脚線美に自信があるという事はない)と思いますが。。。ちなみに、母は、身長は、163cm位と、私の母の世代の女性にしては、割と高く、また、痩せの大食い体質で(ちなみに、私は母の痩せの大食い体質を受け継いでいますw)、年を取っても相変わらず痩せています)、私の母は、今はさすがにそれはしませんが、60代の初め頃までは、(もちろん、カジュアルな服装として)、ショートパンツに、生足で、お出掛けする事もありましたw
我が家の近所の私の実家での話なのですが、私は、中学生だか高校生だかの頃(どちらか忘れた)、両親が夫婦二人で一緒に風呂に入る日は、両親がエッチ(sex)をする日であると、勘づいた時、何だか、恥ずかしいような、気まずい様な、複雑な気分になりましたw
私の母は、私の父の事を、少なくとも私が物心ついた時から(私が記憶が遡れる限りから)、ずっと、「お父さん」とは呼ばすに、父の下の名前に、さんを付けて呼んでいます。また、母は、夫から(私の父)から、「お母さん」と呼ばれる事が嫌いで、父は、母に教育されてw、少なくとも私が物心ついた時から(私が記憶が遡れる限りから)、基本的に、ずっと、母の事を、「お母さん」とは呼ばすに、君(きみ)と呼んでいます。父は、たまに、うっかりと、母の事を、「お母さん」と呼んでしまう事があったのですが、母は、その都度、「私は、あなたの、お母さんではない」と言い、父の事を叱って来ましたw
まあ、他の家族の家族関係に関しては分かりませんが、うちの家族に関しては、母本人にとっても、父(母の夫)にとっても、子供達(私と弟)にとっても、今思えば、昔から、親と子の関係も、変に湿ったお互いに依存するような重たいような関係ではなく、お互いに、さばさばした、からっとした(明るい)楽しい関係と言った関係で、それはそれで良いのではないかと思いますw(子供の頃から思春期の頃、理想の自分の母親像として、母性丸出しの母を持つ事に、少し憧れたりもしましたがw)。
うちの家族は(私は独身なので、両親・弟との関係について話しますが)、うちの家風は、もちろん、いざとなったらの家族間の愛情に関しては、人並みかそれ以上にあると思いますが、普段は、少し極端に言えば、昔から、お互いに、親子・兄弟というよりも、お互いに過干渉しない独立した人間(独立した個人)としてみる傾向があります。まあ、私と弟が、小学生以下の時の親子関係とか、私が大のおばあちゃん子であった(我が家の近所の実家は元々母方の祖父母の家で母方の祖父母が同居していた)というのは話が別ですが。
私は、顔は、母よりも、父に似ており、私の弟は、父と母、両方に似ているとも言えるし、父と母、どちらにも似ていないとも言える顔です。
私と、私の母との関係は、私の母にとって、私は、昔から、自分の好みのタイプのルックス(外貌)の(私は、顔は、母よりも父に似ているのですが、私の父と母は、父の顔を見て、一目惚れした私の母が、父に対して、猛烈にアプローチ(誘惑)しての、バリバリの恋愛結婚ですw)、何でも、気楽に話せる、気の合う男友達と言った感じで、私の母は、昔から、自分の恋愛話でも何でも、自分の事は、何でも、バンバン私に話して来ていますw これに対して、私の母は、私の弟に対しては、昔から、態度を使い分けて来ていると言った感じで、弟に対しては、自分の話を、何でもすると言う訳ではなく(弟に対しては、自分の、女性である面を見せようとせず)、昔から、相対的に、母親の顔をしようとして来ている感じです。
私は個人的に少なからぬ女性経験はありますがw(済みません。私は昔は(若い頃は)、ワルでした)、前述の通り、母自身、何も考えていないと言うか、母自体がチャラチャラしている面があり、男の子は、ある程度、遊んだ方が良い・やんちゃした方が良い位に、思っていた節があり、又、変な話かもしれませんが、私の母は、私に関して、自分が惚れた男性との間に産んだ自分の息子(私)の女性関係・女性遍歴に関して、昔から、まんざらでもないと思って来た・誇りに思って来たような面もある感じもしますw
私の父は、私が子供の頃・若い頃は、典型的な、仕事人間・会社人間と言った感じで、土・日・祝日や休暇時期に、子供(私及び弟)を積極的に遊びに連れていったり・子供(私及び弟)と積極的に遊んだりして、子供(私及び弟)の思い出作りには、出来るだけ協力するが、子供(私及び弟)の教育に関しては、妻である私の母に全て任せて、自分は(私の父は)、子供(私及び弟)の教育に関して、一切、関与する事はなく、(父は、私及び私の弟が子供の頃は、子供(私及び弟)の事は好きで、一緒に遊ぶのは楽しいが)、子供の教育に関しては面倒くさいので何も考えないと言った感じの、ある意味、子育てに関して自己中心的な面があった男性でした。
父は、私が幼い頃・子供の頃、私と、よく遊んでくれましたが、父は、私の弟に関しては、長男である私と遊ぶので、子供と遊ぶのは飽きてしまったと言った感じもありましたw(前述の通り、私の父は、ある意味、子育てに関して自己中心的な面があった男性です)。これに対して、弟は、幼い頃・子供の頃は、甘えん坊で(今でも、私の弟は、性格に甘えん坊な面がある様な気がします)、私の母に、べったりと言った感じで、(弟が、幼い頃・子供の頃は)、私の母に、よく甘えており、母も、弟が、幼い頃・子供の頃、弟に対して、よく甘えさせて、相対的に、しっかりと母親をしていた感じですw
以下、参考の投稿。
家族の関係(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2609011?&sfl=membername&stx=jlemon
家族の関係(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2609011?&sfl=membername&stx=jlemon
前述の通り、私の父は、子供の教育に関しては面倒くさいので何も考えないと言った感じの、ある意味、子育てに関して自己中心的な面があった男性でしたが、父の、私と弟が、幼い頃・子供の頃の、子供(私と弟)に関する教育方針の中で、個人的に、例外的に、評価出来ると思う事の一つにw、以下の事があります。
それは、私と私の2歳年下の弟が、幼い頃・子供の頃、父の主導により、私の両親は、子供に、多くの絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)を買い与えると共に、多くの絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)を読み聞かせる主義であった事です。
父は(又は父の主導により)、私が幼い頃、私は、父(又は両親)に、多くの絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)を買い与えられました。それ等の、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)は、私に買い与えられた物ですが、父(又は両親)は、当然、それ等の、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)が、私の、お古として、弟が、読み聞かせられる・読む事も想定していました。
私が、幼い頃・子供の頃、実家には、多くの絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)がありました。少し、大袈裟に言えば、私が幼い頃の当時、日本国内外の、名作と呼ばれていた、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)の、ほとんどは、家(実家)にあったと思います。また、アメリカ・ヨーロッパの(たぶん。。。具体的に、どの国の物であったのか、憶えていないと言うか、幼かったので意識していませんでした)、飛び出す絵本等も、家(実家)に、たくさんありました。
絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)を、私に読み聞かせていたのは、母、及び、父で、弟に読み聞かせていたのは、母、父、弟よりも先に絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)の字が読めるようになってからの子供の頃の私です。私は、子供の頃、弟の為に、自分の絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)等の読み聞かせの音をカセットテープに録音したりもしていました。
前述の通り、私が、幼い頃・子供の頃、実家には、多くの絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)がありましたが(その内の、一部は、まだ、我が家の近所の、私の実家に、眠っていると思います)、写真以下は(写真は、全て借り物です)、幼い頃・子供の頃、実家にあった、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)の中で、印象に残っている物の例です。
加古 里子(kako satoshi)(1926年生まれ。最近(2018年5月2日に)92歳で亡くなる)は、日本の、工学博士・有名な、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)作家です。
写真以下6枚。加古 里子(kako satoshi)の、おはなしの本(ohanashi no hon)シリーズより。。。加古 里子(kako satoshi)の、おはなしの本(ohanashi no hon)シリーズの本は、全部、持っていました。
写真以下4枚。「からすのパンやさん」。





「からたちばやしのてんとうむし」

「にんじんばたけのパピプペポ」

「すてきな 三にんぐみ」

「よかったね ネッドくん」

「はらぺこあおむし」
写真以下4枚。「げんしじん ヘーデンホス」シリーズ。「げんしじん ヘーデンホス」シリーズは、大好きでした。





「ねこのサムソン」シリーズ。私が幼い頃・子供の頃、持っていた物は、おそらく、他の出版社から出版されていた物ですが、内容は、ほとんど同じであると思います。

「月おとこ」

「コーギビルの村まつり」
この他、幼い頃・子供の頃、実家にあった(持っていた)、絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)の中で、バーバパパ(Barbapapa)の絵本(子供向けの絵の多い、お話の本)シリーズ等も、印象に残っています。
以下、参考の投稿。
幸福な王子(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2611312?&sfl=membername&stx=jlemon
幸福な王子(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2611312?&sfl=membername&stx=jlemon
J-pop:Miracle Vell Magic(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2586864/page/3?&sfl=membername&stx=jlemon
J-pop:Miracle Vell Magic(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2586864/page/3?&sfl=membername&stx=jlemon
スカートめくり(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_50/view/id/2601669?&sfl=membername&stx=jlemon
スカートめくり(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_50/view/id/2601669?&sfl=membername&stx=jlemon
The Goonies(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/2607466?&sfl=membername&stx=jlemon
The Goonies(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_5/view/id/2607466?&sfl=membername&stx=jlemon私が大学を選んだ基準前編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561951/page/6?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2561949/page/6?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準前編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561951/page/6?&sfl=membername&stx=jlemon
私が大学を選んだ基準後編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2561949/page/6?&sfl=membername&stx=jlemon
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2542677/page/7?&sfl=membername&stx=jlemon
私の弟について(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2542677/page/7?&sfl=membername&stx=jlemon
以下、投稿の本文、「slide guitarの魅力」に入ります。
この投稿の、動画・曲は、全て、you tubeから借りて来た物です。
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The Allman Brothers Band-「Melissa」(1972年)。
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The Allman Brothers Band-「Blue Sky」(1972年)
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The Allman Brothers Band-「Jessica」(1973年)
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The Allman Brothers Band-「Ramblin" Man」(1973年)
以下、おまけ。。。少し前に、「生活/文化」掲示板に行った、「大韓航空の思い出&アメリカ人のいい加減さ」と言う投稿の、再投稿。
この投稿は、「大韓航空の思い出」と、「アメリカ人のいい加減さ」と言う投稿の、2本立てです。
まずは、「大韓航空の思い出」話。
学生時代、大韓航空を利用した際、成田で飛行機降りる時、他の日本人の乗客は、韓国人スチュワーデスに日本語で挨拶されているのに、何故だか私だけ英語で挨拶されましたw 隣の席に座った韓国人の中年男性は、片言の英語と大きなジェスチャーで、靴を脱いだら寛げるよだとか、色々と話しかけて来て、やたらと愛想が良く親切でしたw それだけw
次に、「アメリカ人のいい加減さ」話。
中学生の時、私の両親、私、私の弟、私の母方の祖母でハワイに家族で旅行に行った際に、父と私が二人で行動していた時、何故だか、アメリカ本土から旅行に来ていた見知らぬ白人系のアメリカ人の家族に、フランス人旅行客の父と息子に間違われましたw。アメリカ人は、地理だとか国際感覚だとかアバウト(いい加減)だからなぁw。
私の父に関しては、以下の投稿を、参照して下さい。
私の父について前編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2604608/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私の父について後編(日本語)→
http://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_8/view/id/2604607/page/1?&sfl=membername&stx=jlemon
私の父について前編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2604608/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私の父について後編(韓国語)→
http://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_8/view/id/2604607/page/2?&sfl=membername&stx=jlemon
私は、大学時代、1年間、アメリカの大学に留学していました。私は、会社員の父の仕事の関係で、小学校低学年の時の約2年間(当時、日本のアニメ等は母方の祖母(東京都心部西部の静かで落ち着いた住宅地にある我が家の近所の私の実家は、元々、私の母方の祖父母の家(ちなみに母は、一人っ子です)。現在は、母方の祖父母とも亡くなり、実家は両親が引き継いで暮らしている)が私の為にマメにビデオに録画してくれましたw)、中学1年と2年の間の約1年間、アメリカに暮らしていて、小学生の頃はL.A.、中学の頃は、サンフランシスコに暮らしていたのですが(休みの日に、現地で親に色々遊びに連れて行って貰ったり、良い(楽しい)思い出として残っています)、大学時代、1年間、アメリカの大学に留学した際の留学先は、大都市よりも田舎に興味があったので、あえて、アメリカの田舎の大学を選びました。
私は、大学時代、1年間、アメリカの田舎の大学に留学した際、現地では、日本人留学生を含めた留学生とはほとんど絡まず、ほとんど現地の白人系の男女の学生ばかりとつるんで遊んでいました。
ちなみに欧米の人々は、日本文化に興味がある人は、日本の特定の分野について、妙に詳しかったりするけど、(まあ、日本の田舎の人々の外国に対する認識も似たような物だと思いますが)、一般的な人々は、(日本に仕事や観光で訪れた事や暮らしていた事がある人を除いて)、普段、日本製品を使っていたり、子供の頃、日本製のアニメ等を見ていたり、日本映画の、一、二本は、見た事があったりしても、日本に対する認識は、何となく、自分達の国から遠い国位の認識しかありませんw そして、個人的には、その方が、人付き合いにおいて楽な部分も多いです(日本人と言うよりも、1人の個人(私は私)として見て貰えるので)。
大学時代、1年間、アメリカの田舎の大学に留学した際の、ある時、現地で(アメリカの留学先の大学で)知り合った、現地の白人系のアメリカ人の男子大学生の友人4人と(私を含めて5人で)、遊んでいた(と言うか、大学の寮の1室に集まって話をしていた)際に、会話が何となく、それぞれのルーツの話となり、その際に、私は、皆に、「俺は、何人に見える?」と聞いたら、4人の内の3人が、私が何人に見えるかどうか発言したのですが、その内の1人は、「お前は、東ヨーロッパ人(東欧人)に見える」と発言し、1人は、「お前は、何となく、南ヨーロッパ人(南欧人)に見えると発言し」、1人は、「お前は、やっぱり、日本人に見えるよ」と発言し、3人とも、発言が、バラバラでしたw
ちなみに、大学時代、1年間、アメリカの田舎の大学に留学した際の寮のルームメイト(白人系の18歳から19歳。地毛が茶色の、可愛い系のイケメンと言った感じで、背は、私とほぼ同じか、私よりも若干高い位で、178cmから180cm位だったかな?)は、一緒に暮らすようになって、しばらくしたら髪を黒く染めて来て、「どうしたんだ?」と聞いたら「お前の真似をしたんだ」と言ってましたw そのルームメイトが交際していた白人系の女性は、30代の(当時34才くらいだったかな?)金髪の、女優系の顔の美人さんで既婚者(要するに不倫)(二人(ルームメイトとその女性)が知りあったきっかけはアル中のカウンセリング)。そのルームメイトの交際相手の女性(私とも割と仲が良く、私のルームメイト、その女性、私の3人で、その女性の旦那不在時に、その女性の家で、一緒に夕食を食べた事もあります)は、旦那との仲が冷え切っており、旦那からの誕生日プレゼントが、自動車のタイヤでしたw(ちなみに、その女性が乗っていた車は、ボルボでした)。