
Vol.10 フィリピン(1)
フィリピンの列車はぼろぼろである。かつては1000キロを超える路線の長さを誇っていたが、第2次世界大戦で荒廃。その後、約450 キロが復旧したが、そこを台風や洪水、大噴火が直撃。橋は流され、線路の上には火山灰が深く積もってしまった。何度か復旧計画がもちあがったが、それより先に道路網が整っていく。乗客をバスに奪われ、予算も減少。線路脇はスコッターといわれる不法占拠の家々でぎっしりと埋まるしまつ。そのなかを細々と走る列車に乗りにでかけた。

フィリピン国鉄本社の1階が、フィリピン列車の始発駅になっていた。ここから北線と南線が出ているはずだった。意外に立派な建物に、ちょっと期待したのだが……。切符売り場では寂しい言葉が返ってきた。「北線は運休中です」。南線しか残っていなかった。

しかたがないので南線に乗る。始発駅はタユマン駅というが、地元ではトゥトゥバンのほうが通じる。周囲はスラム街。線路ぎりぎりまで迫っていた不法占拠の家々は撤去されていた。フィリピン国鉄も、ちょっとやる気になってきたらしい。

現在の南線はその大半がマニラのコミュータラインとして整備されていた。といっても、アラバン駅までの28.69キロだけ。もちろん各駅停車で、平日は1日19本の列車が走っている。終点まで乗っても20ペソ、約40円という安さのせいか、かなり込み合う。

3両の短い編成だが、冷房も効いている。それが売り物らしく、切符売り場に「エアコン」と書いてあるのがちょっと切ない。終点まで約1時間。警笛を鳴らしっぱなしで進むが、時速は30キロにもならない。とにかく遅い。その理由は次回を見ていただければ……。

ホームは暑い。乗客は、日差しを避け、こんな感じで列車を待つ。駅員は、「列車が来るので後に下がってください」という必要もない。こういうことを計算してホームをつくったとはとても思えないが……。暇なのか、1時間も前から待っている人も。

列車の窓には、太い金網がしっかりととりつけられている。車窓から眺めるマニラも街は、すべて金網越しである。スラムを走る列車の宿命だろうか。マニラ市内には高架電車もあるが、運賃は国鉄の2倍以上。貧しい人たちの乗り物でもある。

列車がコミュータラインの終点、アラバン駅に着いた。ホームの脇には青空食堂が並んでいた。駅の脇にはショッピングモールができあがっていた。マニラ郊外に住む人々にとってのターミナルになりつつある。

1日の最終便だけが、アラバン駅よりさらに南のビナンまで行く。その切符はアラバン駅のこの切符売り場で買った。掘っ立て小屋ではありません。時刻表は壁にマジックで書いてある。こういう切符売り場、僕は嫌いじゃありません。

ホームに立ち、アラバン駅から先の線路を見て、ちょっと怖くなった。犬の少し先までが、コミュータライン用に整備された線路。その先が昔からある線路。轍(わだち)のように見えるかもしれないが、これが線路なのです。列車がここを走ってしまうのです。

やって来たのは幽霊列車のようだった。車内の照明はほとんど壊れて暗く、ストロボをたいてこの写真。乗客も少なかった。そして震度5ぐらいの横揺れ、縦揺れを繰り返しながら列車は進む。脱線……。僕はその瞬間を覚悟するほどだった。

車両は日本から無償で送られたものをまだ使っていた。「昭和52年製造」と日本語が刻まれていた。33年前である。かつて日本の急行などに使われていた車両で、「センヌキ」と書かれたプレートもそのままだった。まだ走っていたことに軽いめまいを起こしそうだった。

車両はさびついていた。車内も破損が激しい。いすは3分の1ぐらいが壊れ、ちゃんと座れるいすを探すのに苦労した。なかにはいすごとなくなっているところもある。廃車寸前。いや、日本だったら、もう廃車になっているだろう。感慨深い列車旅である。

アラバンから40分、終点のビナン駅。途中に3駅あったが、とんでもない揺れに冷や汗続きでほとんど覚えていない。到着時刻は夜の8時をまわっていた。駅はだいぶ古そうに見え、翌朝、見に行くと、廃駅寸前のような趣だった。

ビナン駅周辺は、下町風情が漂っていた。家の前で暇そうな女たちが陽気な声をかけてくる。この洗濯を干して、今日の仕事は終わりなんだろうな……そんなことを考えていた。フィリピンの男と女はやけに明るい。なにも考えていないように見えるほど明るい。

ビナンでは、ドライブインのような店で夕食。おかずを指さし、ご飯を頼むと、バナナの葉にくるんで出てきた。開けると、ご飯の上にゆで卵とミニトマト。ちょっとうれしくなった。フィリピン料理は日本人の口にも合う。

翌日、タユマン駅に戻ると、構内に日本のブルートレインが置かれていた。日本から100台が無償で送られてくる予定で、まず最初に届いた10台とか。しかし夜行を走らせる路線がある? 国鉄職員は、「来月走らせる」という。あの線路で!?
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Vol.11 フィリピン(2)
フィリピン国鉄の線路はとんでもないことになっていた。列車の本数が少ないことをいいことに、もうやりたい放題なのである。だいたいフィリピンの人々は、線路をどう思っているのだろうか。家への近道? 子どもたちの遊び場? 炊事場? 店にしても、線路に面したつくりになっているところもある。人は線路を通らないと買い物もできない。そして極めつきは、「トロリー」だった。線路を使って運行し、運賃までとっていたのだ。庶民のたくましさが、線路の上ではじけていた。

これがフィリピン名物トロリー。竹でできた滑車に人を乗せ、近くの村まで運んでくれる。小さな車輪をつけたトロリーは、男たちに押されて、滑るように線路の上を進んでいく。近くなら1ペソ、約2円の乗り物。これがまた気持ちいいんです。

アラバン駅でトロリーに出合った。使っているのは、古い国鉄の駅。コミュータライン用に新しいアラバン駅ができ、古い駅には1日に1便しか列車が止まらないことに目をつけた。線路も国鉄のものなら、トロリーの基地も国鉄駅。国鉄施設を使い倒している。

僕も乗ってしまいました。これが実に快適。はっきりいって、列車より揺れません。昼間はちゃんと日よけの屋根が付き、吹き込む風が気持ちいい。「どこまでも乗っていたい」。トロリーの上でそんなことを考えていた。すごいものをつくったものだ。

トロリーは荷物も運んでしまう。本来のトロッコ機能も備えているわけだ。ついでにポスターを張って広告塔や政党のPRもしてしまう。この自由さには頭が下がる。庶民に任せると、線路はこんなにも使えるものなんだ……と納得してしまう。

トロリーは竹製だから軽い。男ならひとりで持ち上げられてしまう。ときどき列車がやってくるから、軽くなければならないのだ。動力をつけない理由もそこにある。実に考え抜かれた乗り物である。こういう頭脳を別のところで発揮してほしいものだ。

列車が通過するときは、乗客に降りてもらい、こうして線路脇に退避する。そしてトロリーを立てかけ、車夫たちは迷惑そうな顔つきで列車を見上げる。なんだかここでの主役はトロリーのような気になってくる。元々は国鉄が敷いた線路なんだが……。

単線を走るトロリーの問題は、上下線がぶつかってしまうこと。そこにはルールがあり、駅から村に向かって走るトロリーが優先。村から駅に向かう人たちは、トロリーに出合うたびに降りなければならない。これがちょっとかったるい。

小さいが、かなり滑りのいい車輪をつけている。定員は10人。いっぱいになると発車し、線路の上を滑るように進んでいく。横にはちゃんと脱線よけの補助車輪もついているから、線路がゆがんでいても心配はない。いったいどこでつくられているのだろう。

車夫たちは、一本の線路の上に乗り、けるように進んでいく。ひとりでも10人乗りのトロリーを押すことができるのだ。車夫が足を乗せる部分には、ちゃんとブレーキもついている。簡素だが、必要な機能はすべてそろえているというわけだ。立派です。

アラバン駅には50台近いトロリーがあった。最も遠い村でも1キロほどだから、20分ほどで戻ってくる。運転の順番は、駅に設置されたこの黒板で書き込まれ、しっかり管理されている。フィリピン国鉄も見習ってほしいほど、きちんと運行されている。

フィリピン国鉄のターミナルはスラムに囲まれている。家の前のベンチに座り、前を走り抜ける列車を眺めていると、暇そうな住民が次々に集まってくる。店はどこも、線路に向かってつくられている。列車を見ながら、飯を食い、トランプ博打(ばくち)で遊ぶという寸法。

スラムの家には水道がない。そこで井戸水を運ぶ水屋の需要が生まれるのだが、その輸送にも線路が使われていた。トロリーをつくり、その上に水の入ったバケツを積み、線路に沿った家々に届けていく。線路があって本当によかった、といった職業だ。

線路に沿った食堂の炊事場は線路の上だった。鶏肉を煮込んだおいしいスープも、線路の間に置かれた鍋でつくられる。こんなことを国鉄は許していいのか、と思うのだが、警笛を鳴らし続け、時速30キロにも満たないスピードで進んでくれる。共存関係? そんなことないか。

コミュータラインの新駅ができたが、乗客は、ホームに腰かけて列車を待ってしまう。列車はホームぎりぎりに着くから、本当は危険なんだけどな。近くに駅員がいるが、注意はしない。駅にはのんびりとした空気がいつも流れている。

列車を降りたら、線路の上を歩いて家路を急ぐ。これ、フィリピンでは常識です。子どもも女性も、とにかく誰もが、線路は道だと思っている。こんな扱いされている線路は、世界でもそうないのではないかと思う。日本の線路をフィリピン人に見せてあげたい。

知りませんでした。線路は子ども用のベンチにもなるんですね。フィリピンは少子化などどこ吹く風といった感じで子どもが多い。彼らは皆、線路で遊び、線路で休んで大きくなっていく。フィリピンの線路はそういう存在らしい。
Vol.10 フィリピン(1)
http://doraku.asahi.com/earth/clickdeep/101102.html
Vol.11 フィリピン(2)
http://doraku.asahi.com/earth/clickdeep/101126.html
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引退後も異国の地で酷使され続ける日本の鉄道車両達。
痛々しくて可哀想。
いっそひと思いに・・・
( ´;д;)
それにしても、凄い土地だなぁ。
こんな人がウヨウヨしているところで130km/h車両を走らせたら、
次々に人をはねまくってカルマゲドンの世界だろうな。
その前に、線路が悪くて早々に脱線してお終いか。
(;´・д・)
~ 以上 ~
