2018.8.15 14:30更新
【WOMEN】
京阪の“路面電車”で奮闘 3歳児育てるママ運転士
「周りの方に協力してもらって、運転士の仕事を続けることができています」という渡邊有紀子さん
大津市の琵琶湖岸を走る京阪電車石山坂本線と大津-京都を結ぶ京津線の一部は、いわゆる路面電車のように、道路上に線路が設けられた「併用軌道」となっている。風情があるが、乗用車や歩行者との距離が近く、運転にも細心の注意が必要だ。同社大津営業部の運転士、渡邊有紀子さん(30)は、会社の制度を利用し、同僚の協力を得て、子育てをしながらこの路線で勤務を続けている。
安全が最優先
8月7日、大津市の年間最大イベントの一つ「びわ湖大花火大会」が行われ、約35万人もの観客が詰めかけた。車両が2両の石山坂本線、4両の京津線ともにフル稼働で、渡邊さんも4回運転台に座った。
「特に併用軌道では、電車が来ると思わずに走っている車や、道路を横切る歩行者の方に気をつけています。夏休みは、特に滋賀以外からも多くの車が来ているので注意が必要です」
途中に産休と育休を経ているので、運転士として実際のキャリアは4年あまり。毎回走る路線は同じでも、たとえば天候や気温によって、状況は大きく変わるという。
「今年、台風の後に走ったとき、車輪がすべる『滑走』を初めて経験しました。木の葉がたくさん線路に落ち、葉の油が影響したと思います。また夏には気温が上がり、ブレーキが少しかかりにくくなります」
分刻みの運転ダイヤだが、すべてにおいて優先するのは、当然、乗客と周囲の車、歩行者の安全だ。「私が運転している路線はカーブも多く、何よりも安全が大切です」
東日本大震災の年に試験突破
バイクが好きで、将来運転士になることも考えて、京阪電車の大津営業部に就職。はじめの1年半ほどはステーションスタッフ(駅員)として働いていた。
京阪電車の大津営業部で運転士になるには、まず社内の登用試験に合格し、研修所で学科教習を受けて学科試験に合格後、大津線で実技教習を受ける。その後国家試験を受け、合格すると“晴れて”運転士になれる。運転士の免許を取得後も、約3週間は指導員が横につき、指導を受けながら運転する。
渡邊さんが試験を受けたのは平成23年。宮城県出身の渡邊さんにとって、東日本大震災が発生した特別な年だった。自宅は半壊。応援してくれる家族に「自分が最後までがんばってやりきれたら、地元の人たちも勇気づけることができるんじゃないかと思いました」。大津営業部内でも1度に2、3人しか合格しない試験を突破した。
育休を経て再び
努力して試験に合格したり、資格を取得したりしても、女性の場合、結婚や出産(産休)、その後の育休を経てもとの職種に戻ることが難しい場合もある。渡邊さん以外にも女性運転士はいたが、育休を経て運転士に戻ってきたのは、渡邊さんが初めてだった。
通常なら、2カ月半ほどのローテーションで、泊まり勤務や早朝からの勤務をこなさないといけないが、渡邊さんは28年4月に現場に復帰後、日勤の固定勤務のみに就いている。
「会社とほかの運転士の方の協力を得て、3歳の長女の、保育園への送り迎えをしながら働いています。子供が熱を出したら、ほかの運転士の方に業務を代わってもらわないといけません。家族も、家事の分担に協力してくれています」
大津営業部の内田武志・運輸係長は「電車の運転士は女性が少なく、まだまだ『男社会』だが、今後も女性が働ける職場にしていかないと、社会から取り残されていく」と話す。渡邊さんは、運転士を目指す女性に向けて「希望があるのなら、あきらめなければ、乗り越えられる」とエールを送っている。
キーワードは「感謝力」
京阪電車に限らず、現在も、電車の女性運転士はかなり少ないという。渡邊さんの話を聞いていると、「新たな道を切り開いた」というイメージよりも、「会社や周囲の男性運転士の協力のおかげで仕事を続けられる」という“感謝の力”を強く感じた。一方、京阪電車大津営業部の担当者からも「女性が働きにくい職場は社会から取り残される」という言葉が聞かれた。働く人と企業、それぞれが互いを理解し、協力し合えば、感謝できるいい職場環境が生まれるはずだ。(広瀬一雄)
https://www.sankei.com/west/news/180815/wst1808150031-n1.html
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併用軌道を運転するのは恐ろしいべな。
鉄道の方は扱える舵がないんだから。
(;´・д・)