去年の12月の後半に、神奈川(kanagawa)県の清川(kiyokawa)村のクリスマスツリー(Christmas tree)を見て、その後、横浜の都心部を、夜景を見ながら散歩して来た時の物です。この日は、昼過ぎまで仕事でしたが、仕事を終えた後、彼女を拾って(この日は、自動車で、出勤して(職場(事務所)に出て)いました)、自動車で、東京都心部から、神奈川(kanagawa)県の清川(kiyokawa)村に向かいました。
神奈川(kanagawa)県は、東京圏の南部を占める県です。神奈川(kanagawa)県の中心都市は、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町)です。横浜は、東京圏において、東京中心部(東京23区)に次ぐ、第2の人口を有する都市となっています。神奈川(kanagawa)県は、東京都心部(及び、横浜都心部)に通勤する人々が、多く暮らす郊外住宅地(基本的に、一戸建て住宅を、主とした(一戸建て住宅が多い)、静かで、落ち着いた、郊外住宅地)であると共に、鎌倉(kamakura)(東京近郊の主要な観光地の一つ。中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった事から、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くある)、湘南(syonan)(東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊の海沿いのリゾート(resort)地。海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近く有る様な気がします)、箱根(hakone)(東京近郊を代表する、観光地・保養地・避暑地)等、東京圏の、代表的な、観光地、保養地を含む、多くの保養地を有しています。
清川(kiyokawa)村は、神奈川(kanagawa)県の中部(中北西部)に位置する、人口3,000人程の村で、厚木(atsugi)(下の補足説明参照)の北西部近郊の、山の中に位置しています。清川(kiyokawa)村は、山の中に有る、田舎の小さな村と言った感じです。
厚木(atsugi):東京の南西部近郊(神奈川(kanagawa)県中部)に位置する中都市。神奈川(kanagawa)県中部の中心都市であると共に、東京の南西部近郊の中心都市。東京都心部から見ると、南西の方角、横浜都心部から見ると、西の方角に位置する。東京及び、横浜の主要な衛星都市(satellite city)の一つだが、郊外には(市街地を、ちょっと離れれば)、豊かな自然が広がり、全般的に、のどかな雰囲気。
写真以下。清川(kiyokawa)村の、クリスマス祭り。
清川(kiyokawa)村では、毎年クリスマス時期になると、湖の辺に有る、巨大な樅の木が、クリスマスツリー(Christmas tree)となり、その周辺で、クリスマス祭りが行われています。清川(kiyokawa)村のクリスマス祭りを訪れたのは、今回で、2回目でした。このクリスマス祭りは、村の人々の、手作りのクリスマス祭りと言った感じで、東京の都心部や、横浜の都心部の、(一流のデザイナー(designer)達によって、緻密に計算し尽くされて)洗練されてはいるが、どこか冷たい感じの有る、クリスマス飾りと違って、良い意味で、田舎っぽく、垢抜け無い、素朴な感じの、とても暖かい感じの、クリスマス飾りが、とても良いです。来ている人々は、とても祭りを楽しんでいて、賑やかな雰囲気の、とても、楽しい感じの祭りです。
クリスマスツリー(Christmas tree)の、この日の、明かりの点灯の瞬間を、大勢の人達と共に、少し、離れた場所から見物。写真右下は、お父さんに、肩車して貰っている(お父さんの、肩の上に載せて貰っている)子供です。
写真以下6枚。蒸気機関車型のバス(bus)が、たくさんの子供達を乗せて、巨大な樅の木のクリスマスツリー(Christmas tree)の近くまで行きます。

写真以下4枚。蒸気機関車型のバス(bus)が、たくさんの子供達を乗せて、巨大な樅の木のクリスマスツリー(Christmas tree)の近くまで行きます。


写真以下。この時、清川(kiyokawa)村の、クリスマス祭りの屋台で買って食べた、間食兼、この日、1回目の夕食(この日の、2回目の夕食(ちゃんとした夕食)は、清川(kiyokawa)村の、クリスマス祭りを楽しんだ後に行った、横浜都心部で食べました)。
焼き蕎麦。二人で分けて食べました。
胡桃、バナナ(banana)、マフィン(muffin)。二人で分けて食べました。

ローストターキー(roast turkey leg)。一人一本ずつ食べました。

私が食べた、クルクル(渦巻き)、ソーセージ(sausage)。
チョコバナナ。チョコバナナは、バナナ(banana)を、チョコレート(chocolate)で包んだ、おやつで、昔から、お祭りの屋台の定番(お祭りの屋台で、よく売られている物)となっています。写真は、私が食べた物。彼女は、ピンク(pink)色のチョコレート(chocolate)で、バナナ(banana)を包んだ、チョコバナナを食べました。
神奈川(kanagawa)県散歩&食べ物後編へ続く。。。
以下、おまけ。神奈川(kanagawa)県とは、関係ありません。
写真以下6枚。巣鴨(sugamo)。先週の金曜日(以下、この日と書きます)の、午後は、仕事の用事で、巣鴨(sugamo)を訪れました。巣鴨(sugamo)は、東京都心部の北部に位置する、下町(旧市街)的な雰囲気の、庶民的な繁華街です(まあ、繁華街と言うよりも、商店街と言った感じかな。。。)。巣鴨(sugamo)は、高齢者の女性(おばあさん)に人気が高い繁華街で、おばあさん達の原宿(harajyuku。東京都心部の西部に位置する。東京の主要な繁華街の一つ。高校生等の10代から、20代初めの位の、若者に人気が高い繁華街)と呼ばれたりもしますw
写真以下2枚。巣鴨(sugamo)の中心となっている、地蔵(jizo)通り商店街。とげぬき(togenuki)地蔵(下で、説明します)を中心に、東西(厳密に言えば、北西と南東)に延びる、庶民的な商店街です。地蔵(jizo)通り商店街は、庚申塚(koshinzuka)商店街(地蔵(jizo)通り商店街と、そのまま一続きとなっており、地蔵(jizo)通り商店街と一体化している商店街)を含めて、1.2kmから1.4km位の長さがあるのではないでしょうか。。。
写真以下2枚。とげぬき(togenuki)地蔵(以下、とげぬき(togenuki)地蔵に関する説明は、wiki等を参考にしました)。とげぬき(togenuki)地蔵は、巣鴨(sugamo)にある、仏教の寺の一つです。正式名称は、高岩(kogan)寺と言いますが、一般的には、とげぬき(togenuki)地蔵の名で知られています。1596年に、東京都心部の別の場所に創建されましたが、1891年に、現在地に移転して来ました。第二次世界大戦末期(1945年)の空襲により、(おそらく)1891年に建てられた、先代の建物が焼失。現在の建物は、1957年に、(現代的な建築材料・建築技術により)建てられた物です。江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)から、病気の治癒・延命に、ご利益がある(祈ると、病気が治る・寿命が延びる)寺として有名で、古くから、高齢者を中心に参拝者が多く、とても、小規模な寺ですが、東京で、比較的、名が知られ、参拝者が多い寺の一つとなっています。
写真以下2枚。この日の昼食は、巣鴨(sugamo)の地蔵(jizo)通り商店街にある、庶民的な食堂で食べました。この食堂は、巣鴨(sugamo)の取引先の会社の一つの方に、教えて頂いた(勧めて頂いた)食堂で、巣鴨(sugamo)に、仕事の用事で訪れた際に、よく利用する食堂です。この食堂は、地元の人々や、巣鴨(sugamo)に訪れた人々に、人気が、高い食堂で、いつも、多くの人々で賑わっています。
写真以下2枚。この食堂で食べた、この日の昼食。豚カツ(tonkatsu)定食(豚カツ(tonkatsu)と、ご飯(rice)の、組み合わせメニュー(menu))。豚カツ(tonkatsu)定食は、この食堂で、個人的に、お気に入りのメニュー(menu)の一つとなっています。
この日は、巣鴨(sugamo)で、仕事の用事を終えた後、直接、我が家に、帰って来て、その後、我が家で、少し、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事をした後、この日の夕食を、私の街の、居酒屋で、お酒(アルコール(alcoholic)飲料)を飲みながら、食べました。
写真以下、この日、巣鴨(sugamo)で、お気に入りの、大学(daigaku)芋(imo)店(巣鴨(sugamo)の地蔵(jizo)通り商店街にあります)で買って来た、大学(daigaku)芋(imo)。この大学(daigaku)芋(imo)店の、大学(daigaku)芋(imo)は、個人的に、お気に入りとなっています。大学(daigaku)芋(imo)は、日本の、主に、東京圏を含む東日本(日本の東半分)で、古くから(古くからと言っても、近代以降の事であり、1910年代頃から)、よく食べられている、庶民的な、サツマイモ(sweet potato)の、甘い、おやつです(基本的に、食事ではなく、おやつ・間食として食べられます)。何故、大学(daigaku)芋(imo)と言う名前で呼ばれる様になったのかは、明らかな事は、判明しておらず、様々な説がある様ですが、何れにしても、元々、東京の大学生の、おやつとして、人気の食べ物であった様です。