三月の下旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、自動車で、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県。東京圏の東部から南東部を占める県)に遊びに行って来た時の物です。
この日は、千葉(chiba)県には、東京湾アクアライン(Aqua-Line)を使って行きました。この日、遊びに訪れた、千葉(chiba)県の中南部(南部の北部)に位置する、東京ドイツ村等は、東京都心部の我が家から自動車で行く場合、東京湾の、北部の海岸を、ぐるっと回って行くよりも、東京湾アクアライン(Aqua-Line)を使って行く方が、便利です。
東京湾アクアライン(Aqua-Line)は、神奈川(kanagawa)県の川崎(kawasaki)市と、千葉(chiba)県の、木更津(kisarazu)市を、東京湾を、横断して結ぶ、自動車専用(高速道路(motorway))の海底トンネル(海の底の下を通る、トンネルtunnel)です。
川崎(kawasaki)市は、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の北部に位置する市(大都市)で、東京中心部(東京23区)の南部と横浜市の北部に隣接し(東京中心部(東京23区)と、横浜市の間に位置する)、海岸部は、東京湾の、西側の海岸部の一部となっています。川崎(kawasaki)市は、海岸沿いは、主として工業地帯、内陸部は、主として、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで落ち着いた郊外住宅地となっています(ちなみに、前回及び、前々回の投稿の、読売(yomiuri)ランド(land)の敷地の、ほとんどは、川崎(kawasaki)市の郊外(川崎(kawasaki)市の内陸部)に位置しています)。川崎(kawasaki)市の中心地(中心繁華街)(通勤電車・近郊電車の、川崎(kawasaki)駅周辺)は、海に、比較的近い場所にあります。川崎(kawasaki)市の中心地(中心繁華街)は、横浜(神奈川(kanagawa)県の中心都市)の、通勤電車・近郊電車・地下鉄の横浜駅周辺と並び、神奈川(kanagwa)県最大級の繁華街の一つであると共に、東京の南部郊外、最大級の繁華街の一つとなっています。木更津(kisarazu)市は、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県。東京圏の東部から南東部を占める県。中部から南部は、房総(bouso)半島と言う、大きな半島となっている)の中南部(南部の北部)、房総(bouso)半島(千葉(chiba)県の中部から、南部を占める半島)の中部(東京湾側(西海岸側)の中部)に位置する、中都市です。木更津(kisarazu)市は、人口は、10万人強位と、中都市としては、比較的少ない方で、少し内陸部に入れば、すぐに、のどかな田園地帯と言った風景が広がりますが(内陸部で、近郊農業(都市に新鮮な農畜産物を供給する事を目的とした、大都市の周辺で行われる農業。説明は、wikiを参考にしました)が行われている他、海岸部では、貝と海苔の養殖も行われています)、市の南部の海沿いは、東京圏(特に、千葉(chiba)県)において、工業都市と商業都市として、一定の重要性も持っており、木更津(kisarazu)市は、千葉(chiba)県の中南部及び南部、房総(bouso)半島の中部の中心都市となっています(木更津(kisarazu)市の南部の海岸は、木更津(kisarazu)港と言う港になっており、木更津(kisarazu)港(日本有数の粗鋼生産量を誇る、とても大規模な製鉄所に隣接している)は、東京圏における、重要な工業港の一つとなっています。また、木更津(kisarazu)市の中心地(中心繁華街)(近郊電車の木更津(kisarazu)駅周辺。市の南部の、海に近い場所(木更津(kisarazu)港周辺)に位置する)は、千葉(chiba)県の中南部及び南部、房総(bouso)半島の中部の商業の中心地となっています)。
以下、東京湾アクアライン(Aqua-Line)に関する説明は、wiki等を参考にしました。
前述の通り、東京湾アクアライン(Aqua-Line)は、神奈川(kanagawa)県の川崎(kawasaki)市と、千葉(chiba)県の、木更津(kisarazu)市を、東京湾を、横断して結ぶ、自動車専用(高速道路(motorway))の海底トンネル(海の底の下を通る、トンネルtunnel)です。
東京湾は、東京圏にある、大きな湾で、海岸部の、およそ西半分は、東京中心部(東京23区)の海岸部と神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の東海岸、およそ東半分は、千葉(chiba)県の中部から南部の西海岸(概ね、房総(bouso)半島の西海岸)となっています。
東京湾アクアライン(Aqua-Line)を使うと、東京都心部から、房総(bouso)半島(千葉(chiba)県の中部から、南部を占める半島)に、楽に行く事が出来ます。
東京湾アクアライン(Aqua-Line)(古くから(1960年代から)構想されていたが、1997年に開業した)は、全長、15.1kmで、川崎(kawasaki)市側の、9.6kmが、海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)、木更津(kisarazu)市側の、4.4kmが、海上を走る橋となっており、その境に、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」と呼ばれる、海上の人工島の、PA(rest area)が設けられています。東京湾アクアライン(Aqua-Line)は、当時、世界最先端の技術を用いて建設されました。東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、トンネル(tunnel)部分は、世界最大級(当時、世界最大)の、シールドマシン(tunnel boring machine)を用いて建設され、1997年の開業当時において、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)としては、世界最長で、おそらく、現在においても、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)としては、世界最長である(世界最長の座を維持している)と思います(もし、既に、どこかに抜かされていたら、済みません)。また、トンネル(tunnel)の直径も、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)としては、世界最大級となっています。ちなみに、世界最長の、海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)且つ、世界最長の、交通用の(人間が往来する)、トンネル(tunnel)(世界で最も、深い場所を通る、交通用の(人間が往来する)、トンネル(tunnel)でもある)は、日本の本州(honsyu)(日本最大の島であり、日本の中心的な島。大きさは、イギリスと同じ位。東京圏や大阪都市圏も、本州(honsyu)に位置する)と、北海道(hokkaido)(日本で2番目に大きな島。大きさは、オーストリア(Austria)と同じ位で、デンマークや、オランダの2倍程)を結ぶ、鉄道用の海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)、青函(seikan)トンネル(全長、約53.9km。最深部は、海底から、約100m、地上(海面)から、約240mの深さ。1988年開業)です(ちなみに、本州(honsyu)と北海道(hokkaido)を結ぶ、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)はありません(建設の計画又は構想はあるのかどうか、ちょっと分かりません))。もう一つ、ちなみに、世界で最初の、鉄道用の海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)は、日本の本州(honsyu)と九州(kyusyu)(日本で3番目に、大きな島。大きさは、オランダや台湾(Taiwan)と同じ位)を結ぶ、1942年に開業した、鉄道用の海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)、関門(kanmon)鉄道トンネル(全長、約3.6km)(当時、最先端の技術を用いて建設された)です(ちなみに、本州(honsyu)と九州(kyusyu)の間には、1975年に、新幹線(shinkansen)(日本の、高速鉄道網・高速鉄道system)専用の海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)も、開業しています。また、本州(honsyu)と九州(kyusyu)を結ぶ、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)は、1958年に開業(1937年に工事を開始し、1944年末に貫通したが、戦争の影響により(戦災により)、工事は中断。1952年に工事が再開された。wikiより。。。)、本州(honsyu)と九州(kyusyu)を結ぶ、道路の(自動車用の)橋(開業当時は、アジアで、最も長い、吊り橋(suspension bridge)であった、日本の、別の、道路の(自動車用の)吊り橋(suspension bridge)(1962年開業)を、追い抜き、アジアで、最も長い、吊り橋(suspension bridge)であった)は、1973年に開業しています。さらに、もう一つ、ちなみに、吊り橋(suspension bridge)と言えば、本州(honsyu)と四国(shikoku)(日本で4番目に、大きな島。大きさは、韓国の、江原道(Gangwon-do)よりも、広く、慶尚北道(Gyeongsangbuk-do)よりも、少し小さい位)を結ぶ高速道路(motorway)の一つの、一部である、本州(honsyu)と淡路(awaji)島(日本の西部に位置する島)を結ぶ、道路の(自動車用の)、吊り橋(suspension bridge)、明石海峡大橋(akashi kaikyo ohashi)(1998年開業。主塔の高さは、海面上、約300mもあります)は、世界最長の、吊り橋(suspension bridge)です)。
写真以下13枚。「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」。「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」は、東京湾アクアライン(Aqua-Line)にある、PA(rest area)で、海上の人工島となっています。
写真以下6枚。前に、kjで、アップ(upload)した写真の、再利用。「海ほたる(海蛍)」にある、東京湾アクアライン(Aqua-Line)に関する展示室の展示より。。。
東京湾アクアライン(Aqua-Line)の模型。東京湾アクアライン(Aqua-Line)(1997年開通)は、全長、15.1kmで、川崎(kawasaki)市側(上の模型においては、左側)の、9.6kmが、海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)、木更津(kisarazu)市側(上の模型においては、右側)の、4.4kmが、海上を走る橋となっており、その境に、「海ほたる(海蛍)」と呼ばれる、海上の人工島の、PA(rest area)が設けられています(上の模型においては、右上)。海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)部分の途中の、海面には、「風の塔」と呼ばれる、海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)の換気の為の、人工島が設置されています(上の模型の真ん中辺り)。東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、トンネル(tunnel)部分は、道路の(自動車用の)海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)としては、世界最長の物となっています(おそらく。。。))。東京湾アクアライン(Aqua-Line)は、当時、最新の技術を用いて、建設されました。
写真左は、東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、川崎(kawasaki)市側の換気口。写真右は、「風の塔」(東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、海底トンネル(海の底の下を通るtunnel)部分の途中の、海面にある、トンネル(tunnel)の換気の為の、人工島.)。
東京湾アクアライン(Aqua-Line)の模型の、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」(東京湾アクアライン(Aqua-Line)にある、PA(rest area)。海上の人工島となっている)と、海上を走る、全長4.4kmの橋の部分。
写真以下2枚。東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」(東京湾アクアライン(Aqua-Line)にある、PA(rest area)。海上の人工島となっている)と、海上を走る、全長4.4kmの橋の部分の写真。
「海ほたる(海蛍)・umi hotaru」(東京湾アクアライン(Aqua-Line)にある、PA(rest area)。海上の人工島となっている)の模型。
「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」には、多くの飲食店等の店舗があります。「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」は、海上の人工島ですが、千葉(chiba)県(千葉(chiba)県の、木更津(kisarazu)市)に、属しており、売店では、千葉(chiba)県の産物を多く売っており、また、飲食店には、千葉(chiba)県の特色を活かした料理もあります。
写真以下10枚。この日、行きに、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」(東京湾アクアライン(Aqua-Line)にある、PA(rest area)。海上の人工島となっている)に寄った際(「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」で、一休みした際)に、撮影した写真。なお、この日は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べてから、我が家を出ました。
「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」の窓から、東京湾アクアライン(Aqua-Line)の、木更津(kisarazu)市側(千葉(chiba)県側)の、4.4kmの、海上を走る橋の方面を眺めた写真。ちなみに、前述の通り、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」は、千葉(chiba)県の、木更津(kisarazu)市に属しています。
写真以下2枚。この時、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」の、天上に掛けてあった、手作り風の(手作りかな。。。)、紙?飾り。。。ちなみに、「菜の花」は、千葉(chiba)県の、県花(県の花)となっています。
写真以下4枚。「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」の窓から眺めた、東京湾の海の景色。東京湾は、東京圏にある、大きな湾で、海岸部の、およそ西半分は、東京中心部(東京23区)の海岸部と神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の東海岸、およそ東半分は、千葉(chiba)県の中部から南部の西海岸(概ね、房総(bouso)半島の西海岸)となっています。
写真以下3枚。間食として、「海ほたる(海蛍・umi hotaru)」で、アサリ(浅蜊・貝)饅を食べました(一個買って、二人で分けて食べました)。アサリ(浅蜊・貝)饅は、肉饅の、肉の替わりに、アサリ(浅蜊・貝)が入った様な食べ物(軽食)です。アサリ(浅蜊・貝)は、木更津(kisarazu)及び、その周辺の、伝統的な産物となっています。アサリ(浅蜊・貝)饅は、この時、初めて食べましたが、まあまあ、美味しかったです。
この日、千葉(chiba)県を訪れた、主目的は、千葉(chiba)県の、袖ヶ浦(sodegaura)市(木更津(kisarazu)市の北部に隣接している)にある東京ドイツ村を散歩する事にありました。
千葉(chiba)県は、北部及び中部の西側(東京中心部側)は、主として、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、東京の東部郊外・近郊の、住宅地となっていますが、その一方で、近郊農業(都市に新鮮な農畜産物を供給する事を目的とした、大都市の周辺で行われる農業。説明は、wikiを参考にしました)が盛んな県でもあり、出荷金額(農業産出額)で見れば、日本有数の農業県でもあります。千葉(chiba)県の海岸部は、西海岸(東京湾側)は、工業地帯等、南海岸と東海岸(太平洋側)は、主として、東京圏に暮らす人々が、週末や休日に多く保養に訪れる、海沿いの保養地となっており(九十九里浜(kujyukurihama)(全長約66kmに渡るビーチ(beach)。日本有数の海水浴場地帯。サーフィン(surfing)場所としても有名で、人気が高い)等が、有名)、漁業も、盛んとなっています。また、千葉(chiba)県は、東京圏に暮らす、多くの人々が、週末に、ゴルフ(golf)を楽しむ場所となっており、千葉(chiba)県には、非常に多くの、ゴルフ場(golf course)があります。千葉(chiba)県は、日本の47の都道府県(prefecture)の中で、北海道(hokkaido)、兵庫(hyogo)県(関西(kansai)大都市圏(大阪・京都・神戸(kobe)を中心とする大都市圏)の西部を占める県。中心都市は、神戸(kobe)。大阪を中心とする関西(kansai)大都市圏の人々の、週末ゴルフ(golf)場所として人気が高い)に次いで、3番目に、ゴルフ場(golf course)が、多い県となっています。ちなみに、日本は、アメリカ、イギリスに次いで、世界で3番目に、ゴルフ場(golf course)が、たくさんある国で、日本のゴルフ場(golf course)の数は、イギリスよりも、少し少ない程度で、カナダ、オーストラリアを上回り、ドイツの3.5倍近く、(経済成長が著しい)中国の4.5倍以上、イタリアの10倍近く、ブラジルの20倍以上あります。もっとも、アメリカのゴルフ場(golf course)の数は、日本の6倍以上です(まあ、アメリカは、物質文明の化け物の様な物ですw ちなみに、スキー場に関しては、アメリカのスキー場の数は、おそらく、日本と、だいたい、同じ位で、日本とアメリカで、それ程、差はなく、日本は、アメリカと並び、世界で最も、スキー場が、たくさんある国です(アメリカと日本は、最盛期よりも、スキー場の数が減って来ているが、アメリカの方が、減少の幅が、大きい様です)。
前に、kjでアップ(upload)した写真の再利用。千葉(chiba)県の観光パンフレット(brochure)より。。。写真右端。千葉(chiba)県のマスコット(mascot)、チーバ(chiiba)君。犬の様な見た目で、横を向くと、千葉(chiba)県の形となっています。
この日は、千葉(chiba)県の、袖ヶ浦(sodegaura)市にある東京ドイツ村を訪れました。袖ヶ浦(sodegaura)市は、東京の中南東部近郊、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県。東京圏の東部から南東部を占める県)の中南部(南部の北部)に位置する、人口6万人程の、小都市で、木更津(kisarazu)市の北部に隣接しています。海岸部は、工業地帯、(東京ドイツ村がある)内陸部は、のどかな、田園風景・田舎の風景が広がる、のどかな近郊地帯と言うか、まあ、本当に田舎と言った感じになっていますw。
写真以下43枚。袖ヶ浦(sodegaura)市にある東京ドイツ村。東京ドイツ村は、ドイツをテーマとした、広大な敷地を有する公園です。東京ドイツ村は、東京都心部から、東京湾アクアライン(Aqua-Line)を利用して、楽に、訪れる事が出来ます。園内には、108ホール(hole)ある、規模の大きな、パターゴルフ場(miniature golf course)や、農業の収穫体験を出来る場所等があります。敷地が広大な為、園内は、自動車用の道路が整備されると共に、所々に、駐車場が、設けられており、(もちろん、歩行者に気をつけて、運転する必要がありますが)、園内は、自動車(自家用車)で、回る事が出来る様になっています。東京ドイツ村は、東京都心部を始めとして、東京圏の様々な地域から、人々が遊びに訪れますが(ちなみに、東京ドイツ村は、前回及び、前々回の投稿の、読売(yomiuri)ランド(land)同様、東京圏以外の人々が、わざわざ訪れる程の(価値がある・魅力がある)、テーマパーク(theme park)・遊園地・公園では、全くありません)、地元(袖ヶ浦(sodegaura)市)の人々にも、非常に愛され・親しまれている公園と言った感じです。
写真以下41枚。東京ドイツ村の、風景例。
写真以下20枚。前に、kjでアップ(upload)した写真の、再利用。紫陽花の花の時期に、東京ドイツ村を、訪れた際に、撮影した写真(紫陽花の花の時期の、東京ドイツ村の風景例)。

写真以下2枚。ラベンダー(lavender)の花。
写真以下23枚。この日、撮影した写真。
写真以下4枚。菜の花。菜の花は、(東京ドイツ村がある)千葉(chiba)県の、県花(県の花)となっています。
写真以下4枚。この時、芝桜の花の見頃までは、まだ、もう少しと言った感じでした。
写真以下2枚。この日、東京ドイツ村のレストラン(カフェテリア(cafeteria)方式のレストランとなっています)で食べた、間食。ソーセージ(sausage)盛り合わせ(この時、ソーセージ(sausage)盛り合わせと、アイスバイン(Eisbein)、どちらを食べようかと迷ったのですが、結局、ソーセージ(sausage)盛り合わせを食べました)。一皿頼んで、二人で分けて食べました。屋外席で、食べました。
東京ドイツ村の園内を散歩した後は、一度、自動車に戻り、自動車の中で、おやつの、お菓子を食べたり、話をしたり、昼寝をしたりして、暗くなるまで、のんびりとしてから、東京ドイツ村の冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を楽しみながら、散歩しました(冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)と言っても、この時は、もう春でしたが。。。東京ドイツ村の、今季の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)は、去年の11月8日から、今年の、4月5日まで行われていました)。
千葉(chiba)県散歩&食べ物後編へ続く。。。
以下、適当に、おまけ。。。投稿の本文(「千葉(chiba)県散歩&食べ物」)とは、全く、関係がありません。
写真以下6枚。我が家の新聞の、折込みチラシ広告(定期購読している新聞に挟まれて来る広告)から。。。
写真以下4枚。一週間前程の物ですが、京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)(京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)の子会社の不動産会社)(下の補足説明参照)が開発した、来年完成予定の、京都(下の補足説明参照)の都心の一等地にある、高級マンション(高級アパート)の広告。このマンション(アパート)は、世帯毎に(各世帯が)、自由に、内装を設計する事が出来る形式の、高級マンション(高級アパート)です(広告の写真は、内装の設計の、一例)。広告が、東京の、新聞にも挟まれていると言う事は、この、高級マンション(高級アパート)は、地元の人向けと言うよりは、東京圏や、大阪(東京に次いで、日本第二の都市圏人口を有する都市)、神戸(kobe)(関西(kansai)大都市圏(大阪、京都、神戸(kobe)を中心とする、大都市圏。東京圏に次ぐ、日本、第二の人口を有する大都市圏)の、海の玄関口(gateway)となっている、大きな港町(大都市))に暮らす、富裕層の(ちなみに、おそらく、大阪と神戸(kobe)の間(阪神間(hanshinkan)と呼ばれます)の、高級住宅地・静かで落ち着いた住宅地は、日本で、最も、多く、富裕層が暮らす地域となっています)の、京都の別荘として使われる事を想定している感じです。まあ、大阪は、もちろんの事、神戸(kobe)も、十分、京都に、日帰りで、遊びに行ける距離にあるのですが(京都と大阪の間は、概ね、40km位、大阪と神戸(kobe)の間は、概ね、30km強位)、週末を、京都に滞在して過ごすと言う生活も想定出来ます。
一世帯当たりの、広さが、狭い(一世帯当たりの、広さは、30坪強位(110平方m)位かな。。。)と言うのも、地元の富裕層の、メイン(main)の家として使われると言うよりも、地元以外の富裕層の、別荘として使われる事を想定している、マンション(アパート)と言った感じです(30坪強位(110平方m)と狭くても、まあ、京都に遊びに来る度に、ホテルの、110平方mの、スイートルーム(suite)に滞在すると考えれば、富裕層の別荘としても、納得が出来る感じです)。この様な、不動産開発は、京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)よりも、ブランド(brand)戦略が上手な、阪急(hankyu)電鉄(dentetsu)が行いそうなイメージなのですが、(大阪の私営鉄道会社については、詳しくないのですが)、京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)の方が、阪急(hankyu)電鉄(dentetsu)よりも、京都に重点を置いている(より、京都を拠点としている感じが強い)イメージがある(と言うか、阪急(hankyu)電鉄(dentetsu)と違って、大阪と神戸(kobe)の間の路線を有していない、京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)は、必然的に、京都に重点を置くしかないイメージがある)ので、京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou)が、この様な、不動産開発を行うのも、まあ、自然かなと言う感じもします。
京阪(keihan)電気鉄道(denki tetsudou):主として、京都と大阪を結ぶ、通勤電車路線を運営している、私営鉄道会社。1910年に路線を開業。運営する路線の、総距離は91.1km。関西(kansai)大都市圏(大阪、京都、神戸(kobe)を中心とする、大都市圏。東京圏に次ぐ、日本、第二の人口を有する大都市圏)の、五大、私営鉄道会社(ちなみに、これには、JR西日本(元、日本国有鉄道)は、含まれていません)の一つ。
阪急(hankyu)電鉄(dentetsu):主として、神戸(kobe)、大阪、京都と、その間の、静かで落ち着いた住宅地・高級住宅地を結ぶ、通勤電車路線を運営する、私営鉄道会社。1910年に、最初の路線を開業。運営する路線の、総距離は、143.6km。関西(kansai)大都市圏の、五大、私営鉄道会社(ちなみに、これには、JR西日本(元、日本国有鉄道)は、含まれていません)の一つ。
京都:非常に多くの文化財や歴史的建造物を有する都市で、794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都で有った大都市(日本の実質的な首都は、19世紀後期以降、東京となったが、依然として、現在でも、日本の正式な(形式上の)首都は、京都だとする説も有り)。8世紀末から16世紀までの、ほとんどの間、日本の政治、経済、商業、文化等(即ち、あらゆる面での)の中心都市であった。また、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)には、(江戸(edo)時代に日本を実質的に統治していた徳川(tokugawa)家が、中心拠点を置いていた)東京(当時は、江戸(edo)と呼ばれていた。政治、経済、大衆文化の中心都市)、大阪(商業、経済、流通、大衆文化の中心都市)、京都(天皇家及び、多くの公家(貴族)が暮らす日本の首都、上流文化、工芸の中心都市)が、日本の3大都市でした。京都は、現在においても、大都市で有り(人口100万人を軽く超える)、また、東京が日本の現代文化の中心都市で有るのに対し、京都は、日本の伝統文化(日本の拠り所となる文化)の中心都市です。9世紀末から11世紀頃にかけて、京都では、天皇家(宮廷)や、貴族を中心として、中国大陸や朝鮮半島(韓国)から取り入れられた、それまでの文化を基に、日本の風土や、それによって培われた日本人の美意識や価値観等に合う、日本的な文化が発展し、花開きました(894年に、遣唐使(日本から唐(Tang Dynasty)に派遣された公式の使節(630年から894年)。これにより、唐(Tang Dynasty)の先進的な文化や制度が、日本にもたらされた)が中止され、大陸文化の影響が少なくなった事が、日本的な文化の発展の大きな加速度要因となった)。それ以降も、時には、中国文化等の影響を受けながらも、日本の風土や日本人の美意識に合う、日本の伝統文化・工芸が、京都では、発展し続け、日本全国の伝統文化・工芸に影響を与えて来ました。江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)には、日本的な大衆伝統文化が、東京(当時は、江戸(edo)と呼ばれていた)や大阪の民衆の間で、大いに発展しましたが、やはり文化の中心都市は、依然として、京都で有ったと思うし(東京(江戸(edo))や大阪の民衆は、京都に憧れを抱いていた?。現在でも、私は、大阪人では無いので、大阪の事は、よく分かりませんが、東京の多くの人々が、京都に、ある種の憧れと言うか、幻想を抱いていると思います)、日本の現代文化の中心都市は、やはり、東京だと思いますが、日本の現代文化にしても、例外的な物を除けば、根底には、日本の伝統文化的な物や日本の伝統的な美意識的な物が、何らかの形で流れていると思うので(アニメ(anime)や、現代建築、可愛い(kawaii)キャラクター(character)等にしても、そうだと思います)、個人的には、やはり、現在でも、依然として、日本の文化の中心都市は、日本の伝統文化(日本の拠り所となる文化)の中心都市で有る京都だと思います。ちなみに、京都は、日本を代表する、グルメの都市の一つであると共に、洗練された日本料理の、中心都市でもあります。
京都は、現在においては、日本の大都市の中では、中規模程度の人口を有する都市ですが、人口100万人を軽く超える大都市で、8世紀末以来、一貫して、大都市としての歴史を有しています(大阪(大都市としての歴史は、16世紀から)や東京(大都市としての歴史は、17世紀から)と比べると、遥かに長い大都市としての歴史を有しています)。人口云々は、関係無く、個人的に、都会性(何と言うか、漠然とした印象なので、具体的に何かと聞かれると、困るのですが。。。)と言う面においては、東京は、大都市としての歴史が、遥かに長い京都には、及ばない気がしますし、私は、東京人ですが、京都から見れば、東京は、人口規模云々は関係無く、(粗野とか、垢抜け無いと言う悪い意味で)田舎の様な気がしますw(あくまで、相対的な物ですが。。。)。京都市は、パリと、1958年に友情盟約都市提携を結び、ボストン(Boston)(1959年に提携)、フィレンツェ(Florence、Firenze)(1965年に提携)等と姉妹都市提携を結んでいます(最近では、1996年に、チェコ(Czech)のプラハ(Prague)と姉妹都市提携を結びました)。ちなみに、韓国の慶州(Gyeongju)市と、姉妹都市提携を結んでいるのは、京都市では無く、奈良(nara)市です(1970年に提携)。奈良(nara)は、関西(kansai)大都市圏(大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とした、大都市圏。日本で、東京圏に次ぐ、第二の人口を有する都市圏)に有る中都市で、現在は、のどかな都市と言った感じですが、710年から784年まで、日本の首都で有り、政治、経済、文化の中心で有った都市で(歴史上、朝鮮半島(韓国)との繋がりも深い都市です)、京都の様に、多くの文化財や歴史的建造物を有しており、京都等と供に、日本を代表する観光都市となっています。ちなみに、京都は、大都市ですが、景観に配慮した、建築規制により、都心部でも、超高層ビルは、存在しません。また、京都では、景観への配慮から、派手な広告看板が、規制されています。したがって、繁華街でも、落ち着いた雰囲気となっています。
写真以下2枚。IKEAの広告。
写真右下の、グラス(glass)は、6個で、199円、写真左上の、蝋燭(candle)は、30個で、299円。