基本的に(参考の投稿を足しています)、2010年の2月の前半に行った投稿の再掲で(投稿文は、2010年の2月の前半の投稿を前提としています)、2010年の1月の下旬に、当時、交際していた女性(以下、彼女と書きます)と湘南(syonan)をdriveして来た時の物です。
先々週、湘南(syonan)をdriveして来た時の物です。
東京近郊の、茅ヶ崎(chigasaki)、江ノ島(enoshima)(藤沢(fujisawa))、(以下は、三浦(miura)(半島)areaとして、湘南(syonan)には、含めない考え方もあるが、私は、湘南(syonan)に含めて考えている。このへんは、地元の人も、結構大雑把だと思う)、鎌倉(kamakura)、逗子(zushi)、葉山(hayama)、横須賀(yokosuka)(西海岸の一部)等から成る、湘南(syonan)(東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の南部に位置する)は、東京都心部方面から見て、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)である、大きな港町)の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊のビーチリゾート(beach reort)地となっています。湘南(syonan)は、海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近くある様な気がします。
写真以下5枚。鴨立亭(shigitatsutei)で、紅茶(coffee)を飲みながらケーキ(cake)を食べました。鴨立亭(shigitatsutei)は、大磯(ooiso)に本店があるケーキ(cake)店ですが、私は、もっぱら、この葉山(hayama)の支店の方を利用しており、大磯(ooiso)の本店の方は、まだ利用した事がありません(店の前は、何度か通った事はあるのですが、何か、(本店の方は)、駐車場が無さそうで。。。)。大磯(ooiso)の本店の方も、おそらく、そうだと思いますが、葉山(hayama)の支店は、店内で、紅茶(coffee)を飲みながらケーキ(cake)を食べる事が出来ます。この店のケーキ(cake)は、美味しいと思います。




私が食べた、オレンジ(orange)系のケーキ(cake)。

彼女が食べたシブースト(chiboust)。
今回、葉山(hayama)にある、山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館を訪れました。山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館を訪れたのは、今回で2回目です。山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館は、山口 蓬春(yamaguchi housyun)が、1948年から1971年に77歳で亡くなるまで暮らしていた家で、現在は、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の作品を展示する美術館となっています。山口 蓬春(yamaguchi housyun)(1893年生まれ、1971年に亡くなる)は、1920年代から1960年代に活躍した、有名な、近代、日本伝統画家です。我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の近所の私の実家には、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の絵が、1枚あります。山口 蓬春(yamaguchi housyun)は、有名な画家とは言っても、超一流の画家と言う程ではなく、また、有名な画家達の間では、格別な才能や、際だった個性があると言う訳ではないと思いますが(とても秀才な画家ではあったけど、天才ではないと言った感じかな。。。)、実家に絵があるせいか、何となく、昔から、親しみを感じる画家です。ちなみに、山口 蓬春(yamaguchi housyun)は、1920年代後半の一時期、東京の私の街(渋谷(shibuya)区の中北部)に暮らしていた事があります。

もう、大分前の事になりますが、前回、山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館を訪れた時に、購入した、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の画集。

写真左が、山口 蓬春(yamaguchi housyun)。写真右が、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の、(妻の)春子(haruko)夫人です。1920年代、新婚の頃の写真です。
写真以下16枚。絵葉書等の写真で申し訳ありませんが、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の作品例等。当時としては、お洒落で、また、どちらかと言えば、女性が好む様な繊細で上品な絵を描く画家だったと思います。

瓶花(1923年から1924年)。

佐保村の初夏(1924年)。
写真以下3枚。「現代風俗絵巻」からゴルフ(golf)(1928年)。




扇面流し(1930年)。

松原図(1932年)。
1932年7月、山口 蓬春(yamaguchi housyun)は、韓国を旅行し、慶州(Gyeongju)やソウル(Seoul)に、約1ヶ月滞在し、写生(sketch)を行いました。

韓国で、写生(sketch)をする、山口 蓬春(yamaguchi housyun)(写真左)。モデル(model)となっている3人の女性の内、真ん中の女性は、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の妻の春子(haruko)夫人。
写真以下2枚。市場(1932年)。韓国の市場を描いた物です。



南嶋薄暮(1940年)。台湾(Taiwan)の田舎を描いた作品です。
1945年4月、第2次世界大戦末期の空襲の激化に伴い、戦時中の混乱の中、山口 蓬春(yamaguchi housyun)は、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区。当時は、比較的都心に近い東京の西部郊外の新興住宅地と言った感じ)にあった家(1939年に、吉田五十六(yoshida isoya)(近代日本伝統建築の設計で、当時有名だった建築家) の設計により、新築したばかりであった)を手放し、疎開(sokai)(下の補足説明参照)の為に、東北地方の山形(yamagata)県に引越しました。
疎開(sokai):戦争の空襲を逃れる為、空襲の標的となり易い、大都市・中都市(中規模程度の人口の都市)の都心部等を離れ、比較的空襲の危険性が少ない、近郊や田舎に、一時的に滞在、若しくは、引っ越す事。
吉田五十六(yoshida isoya)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、すぐ上でリンクを付けた投稿の関連投稿。
日本の近代の船の歴史後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3877760?&sfl=membername&stx=nnemon2
日本の近代の船の歴史後編(韓国語)→
https://www.kjclub.com/kr/board/exc_board_11/view/id/3877760?&sfl=membername&stx=nnemon2
山口 蓬春(yamaguchi housyun)は、第2次世界大戦後、東京近郊の海沿いの保養地、葉山(hayama)を、一生を過ごす場所として定め、1971年に77歳で亡くなるまで、そこで、暮らしました。写真以下5枚は、山口 蓬春(yamaguchi housyun)が、1948年から1971年に77歳で亡くなるまで暮らしていた、(山口 蓬春(yamaguchi housyun)の)葉山(hayama)の家(現在の、山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館)で、山口 蓬春(yamaguchi housyun)が描いた、作品の例です。

榻上の花(1949年)。

夏の印象(1950年)。

望郷(1953年)。

秋(1961年)。

静物(1971年)。山口 蓬春(yamaguchi housyun)の最晩年(77歳の時)の作品です。
写真以下7枚。東京近郊の海沿いの保養地、湘南(syounan)の葉山(hayama)にある、山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館。山口 蓬春(yamaguchi housyun)が、1948年から1971年に77歳で亡くなるまで暮らしていた家です。現在は、山口 蓬春(yamaguchi housyun)の作品を展示する美術館となっています。山口 蓬春(yamaguchi housyun)記念館を訪れたのは、今回で2回目です。今回(先々週)、丁度、敷地内では、梅の花が咲き始めていました。葉山(hayama)と、その隣りの逗子(zushi)は、海沿いの別荘地となっています(葉山(hayama)や逗子(zushi)に別荘を保有する人は、比較的裕福な人達が多いです)。







写真以下2枚。葉山(hayama)のビーチ(beach)。



前にenjoyでアップ(upload)した写真の再利用。たまに利用する、眺めの良い、イタリア料理レストランから。。。向こうに見える島は、湘南(syonan)の江ノ島(enoshima)areaにある小さな島、江ノ島(enoshima)。江ノ島(enoshima)と陸(江ノ島(enoshima)の街・ビーチ(beach))は、橋で結ばれています。江ノ島(enoshima)は、中世の頃(12世末頃)からの行楽地で、特に、17世紀から現在に至るまで、庶民の行楽地として栄えて来ました。
写真以下3枚。江ノ島(enoshima)の、海産物(seafood)日本料理食堂で食べた夕食。この店は、今回初めて利用しました。前から気になっていて、1度利用してみたいと思っていた店です。

サザエの刺身。2人で、分けて食べました。おそらく地元で採れた、新鮮な物です。美味しかったです。
写真以下2枚。伊勢(ise)海老丼。2人共、同じ物を食べました(写真は、一人分)。まあ、美味しかったけど(完全に満足と言う訳ではない)、伊勢(ise)海老が、思ったよりも、小さくて、ちょっと、がっかりだったし、2回目は無いかな。。。伊勢(ise)海老(イセエビ。Japanese spiny lobster)は、日本及び、その周辺の、温暖な海に暮らす、大型の海老です。伊勢(ise)海老は、食用の海老で、日本で、よく食べられています(高級海老扱いとなっています)。


この日は、夕焼けも綺麗でなかったし、江ノ島(enoshima)に着いた時、既に日が暮れて、真っ暗だったのですが、写真以下3枚、前に撮影し、enjoyでアップ(upload)した写真。江ノ島(enoshima)から見た海と夕焼け空。綺麗でしょう?



写真以下5枚。夕食後は、去年の9月の末に閉店した、逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(denny’s)の跡地にオープン(open)した店で、お茶(coffee)を飲みました。

跡地にオープン(open)した店とは言っても、建物は、旧デニーズ(denny’s)の建物を改装した物(上の写真)なので、ちょっと古いです。
逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(dennys’)は、売上は、良かったみたいですが、土地の賃貸契約期間の満了に伴って閉店した様です。私は、昔から生活圏が限られているし(学校も職場も、東京の我が家の近所の実家及び我が家から近距離)、遊ぶ場所も、だいたい決まっているので、今まで生きてきた中で、そう多くの、デニーズ(denny’s)に行った事がある訳ではないですが、逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(denny’s)は、葉山(hayama)の海沿いのデニーズ(denny’s)と並んで、私が今まで行った事のあるデニーズ(denny’s)の中では、1番雰囲気が好きなデニーズ(dennys’)だったので、閉店は、惜しかったです。
さて、閉店した、逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(denny’s)の跡地にオープン(open)した店、今回初めて利用したのですが、逗子(zushi)のCANTINA(下の補足説明参照)や平塚(hiratsuka)のシルスマリア(下の補足説明参照)を運営している会社が経営する店だそうです。軽食のメニュー(menu)はありますが、デニーズ(denny’s)の様なファミリーレストラン(family restaurant)ではなく、ファミリーレストラン(family restaurant)の様な大衆的な雰囲気のコーヒーショップ(coffee shop)です。
CANTINA(逗子):湘南(syonan)の、逗子(zushi)の海沿いにある、規模の大きなイタリア料理レストラン。別荘族が行く、高級レストランではなく、地元の家族連れや、湘南(syonan)にdriveしに来る、学生や20代の若いカップル(couple)等が、主な利用者の、大衆的なイタリア料理レストラン。個人的には、最近、ちょっと、ご無沙汰していますが、少し前までは、よく利用していました。分かり易い場所にあり、味が中々で、値段が手頃です。
シルスマリア:湘南(syonan)の、平塚(hiratsuka)にあるチョコレート(chocolate)・西洋菓子店。地元では、生チョコレート(chocolate)で有名な店。ちなみに、この店(シルスマリア)は、元々は、この会社(CANTINA(逗子)等を運営する会社)の経営ではなく、色々と込み入った事情がある様ですが、この店を創立した、(この店の)元のオーナー(owner)兼チョコレート(chocolate)・西洋菓子職人は、比較的最近、茅ヶ崎(chigasaki)に、Bunzooと言う、小さなチョコレート(chocolate)・西洋菓子屋をオープン(open)し、そこの、オーナー(owner)兼チョコレート(chocolate)・西洋菓子職人をやっています。
写真以下4枚。逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(denny’s)の跡地にオープン(open)した、コーヒーショップ(coffee shop)、「なぎさ橋珈琲」にて。。。逗子(zushi)の海沿いのデニーズ(dennys’)の後にオープン(open)した店、どんな店だろうと気になっていたのですが、今回初めて入りました。跡地にオープン(open)した店とは言っても、前述の通り、建物は、旧(かつての)デニーズ(denny’s)の建物を改装した物なので、ちょっと古いです。内装は、デニーズ(denny’s)の時の華やかさは、失われ、地味な物となりました(まあ、何でもありのメニュー(menu)の、家族連れや、若いカップル(couple)を主な顧客とした、ファミリーレストラン(family restaurant)から、比較的大人を対象とした?、コーヒー(coffee)を売りにした、落ち着いたコーヒーショップ(coffee shop)に変わったので、この内装の変化は、当然の事と言えるかもしれませんが。。。)。改装されたとは言っても、所詮は、元、ファミリーレストラン(family restaurant)(デニーズ(denny’s))の建物を使った店であり、また、ファミリーレストラン(family restaurant)同様、大衆的な値段の店なので、表面上は、大人向けの落ち着いた内装にしていても、安っぽさが感じられます(これならば、個人的に、デニーズ(denny’s)の時の、安っぽさは、感じられるが、華やかな内装の方が、良かったです)。個人的に、食後の、お茶(coffee)ならば、甘い食べ物のメニュー(menu)が、もっと充実した、デニーズ(denny’s)やロイヤルホスト(royal host)(両方共、ファミリーレストラン(family restaurant)のchain店)に行った方が良いと思ったし(coffeeの質は、ファミリーレストラン(family restaurant)のchain店よりも、「なぎさ橋珈琲」の方が高い様ですが、私達は、coffeeの質よりも、甘い物の方が重要なのでw)、軽食のメニュー(menu)も、あまり来る物が無かったので、2回目は無いかも。。。と言った感じです。場所は、良い場所ですし、今後、メニュー(menu)が変わる様な事があったら、また別の話ですが。。。(オープン(open)したばかりだからなのか、まだ、店のコンセプト(concept)が、今一つ、定まっていない様な印象を受けました(この会社は、コーヒーショップ(coffee shop)経営は、この店が、初めてなのかな。。。))。まあ、長い年月をかけて、熟成し、前のデニーズ(denny’s)の様に、地元の人々や、湘南(syonan)の訪問者達に、愛される店になると良いでしょう。。。とか何とか言っていたら、意外と、あっさり潰れて、他の種のレストランになったりしてw。

私が飲んだ、ニルギリ(Nilgiri)紅茶。

彼女が飲んだ、コーヒー(coffee)。この店のコーヒー(coffee)は、水出しコーヒー(coffee)(水で抽出するコーヒー。カフェイン等の刺激成分が少なく、飲み口が良いが、深いコクがあり、酸化もしにくい。wikiより)だそうです。

私が食べた、フレンチトースト(french toast)。

彼女が食べた、シルスマリアのチョコレート(chocolate)入りチョコレート(chocolate)ソフトクリーム(soft serve)載せワッフル(waffle)。ソフトクリーム(soft serve)で、チョコレート(chocolate)味で、気前良く、たっぷり盛ってくれているのは、分かるのですが、何となく、ウXコに見えてしまいましたw。まあ、外国の店ならば、こう言う盛り付けも有りかもしれませんが、日本人の、繊細な美的感覚からすると?、??な感じかな。。。まだ、盛り付けが、小慣れていない感じです。。なお、チョコレート(chocolate)ソフトクリーム(soft serve)は、美味しいと言っていました。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
車山スキー場他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4091876?&sfl=membername&stx=nnemon2