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<新撰姓氏録>百済王とは?何者か?

4,435
18242 JA Lv 0

結論からいうと、百済王とは人の苗字のことで、
亡命してきた百済の移民の名前。天皇家とは傍系の遠い親戚の人物である。

<新撰姓氏録の記述>↑は実際の画像。

大原真人 ・出自は、敏達天皇の孫・百済王也。 
        続日本書紀の記述と合う
と・・・書いてある。

これだけ読めば、馬鹿な朝鮮人は、敏達天皇の孫は、百済王だった!

天皇家は百済人NIDA < `∀´>  ホルホルとなるのかも知れない
 
○ここで、他の用例をみると、百済国・○○王のように、書いてあることから
 ”百済王”とは、百済の王様の意味でなく、苗字だと考えられる。

<引用してる、続日本書紀には、なにが書いてあるか?>
 『敏達天皇の孫は、百済王』 という記述はないが、
 関連してるような 記述がある。

AD790年 

   訳) 百済王達は、桓武天皇の 遠い親戚である。

   これは、桓武天皇が、
   百済王氏(日本書記に複数出てくる渡来人の苗字)のことを指して、

   外戚(外の親戚だ)と述べてる。


私は、高野新笠をさすなら、”百済王氏”とも違い、桓武天皇の直系にあたるので
外戚とは述べないと考える。

さらに、この文が続く。
 
  今より、引き立て、彼らに爵位を授けなさい と文章が続くので、
 高野新笠でなく、『百済王等者』=百済氏(苗字)だという事が解る。

==================================
<整理する>

新撰姓氏録に戻って・・・・
      ↓
大原真人が、自分の先祖を 『敏達天皇の孫・百済王也。』と述べた
      ↓
新撰姓氏録の作者は、続日本書記をみて
『天皇の外戚だ』と書いてあるのを確認した。
      ↓ 
これで『続日本書記に合う』・・・と考えたのであろう。

====================================
外戚というのは、
直系の祖先、子孫とは関係ない傍系の血筋をさす。
====================================
              『敏達天皇』                  
 直系  →→→      祖父 → 父→ 天皇 → 子 →孫 →本家のライン
                        ↓   ↓  
                      男子  女子 
                        ↓         
                      女子  
                        ↓                                            
                                       百済の人質と結婚。→ 敏達天皇の孫(百済王)
 
 こんなイメージではないだろうか?
                    
 天皇家の後継ぎに関係ない女子が
 人質できていた、百済の皇太子と結婚でもしていたのだろう。

 中国の古代の習慣でも、日本の戦国時代までの習慣でも、
 同盟国の人質と婚姻する例は、珍しい風習でもない。
 ただ、日本書紀に該当するそれらしき人がいない。
====================================
(実際に人質の例は多い)

三国史記・百済本紀

397年 夏五月 王は倭国と友好関係を結び、太子の腆支を人質として倭に送った。
405年 腆支太子は倭国において訃報を聞き、哭泣しながら帰国する事を請うた

日本書記によると、武寧王も、日本で生まれた人質だったようだし、
最後の百済の皇子、扶余豊璋も、 日本で暮らしていた人質だった。
====================================
日本書記の中には、『百済王 善光』という名前の人物が登場する。

持統天皇(693年)が、百済が滅亡したあとに

百済王家の生き残りに、『百済王』 という
苗字を授けたという記録がある。

元の名は余善光といい、義慈王の王子で、扶余豊璋の弟とされる

この人物のことが、『新選姓氏録にでてくる百済王』
をさすと考えると整合性があるように思う。
====================================

百済は、そもそも白村江の戦いで(AD663年)新羅(朝鮮人の祖先が)滅ぼした王朝。
朝鮮人が、気持ち悪い民族主義で、色々語って欲しくないです。
http://www.kjclub.com/kr/exchange/theme/read.php?uid=8385&fid=8385&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_61&number=1&f=j_subject&word=%95S%8D%CF%82%CD%8A%D8%8D%91%90l%82%C9%8A%D6%8CW%82%C8%82%A2%82%C8%81B

参考)新選姓氏録
    http://homepage1.nifty.com/k-kitagawa/data/shoji.html
    新選姓氏録・原文
    http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/nu03/nu03_04642/index.html
    日本書紀
    http://www.j-texts.com/jodai/shokiall.html
    続・日本書紀
    http://www013.upp.so-net.ne.jp/wata/rikkokusi/syokuki/syokuki.html
 
try { var fAllow=true; var sCLSName=null; var isIE=(document.documentElement.getAttribute("style")==document.documentElement.style); var sCLSXNm="class"; if(isIE) { sCLSXNm="className"; } var aryElsKr=document.getElementsByTagName("font"); for(var vdx=0;vdx
翻訳を見る

<신선 성씨록>(쿠다라)백제왕이란?누구인가?


결론으로부터 하면,(쿠다라)백제왕과는 사람의 성씨로,
망명해 온 (쿠다라)백제의 이민의 이름.천황가와는 방계의 먼 친척의 인물이다.

<신선 성씨록의 기술>↑는 실제의 화상.

오오하라 마사토 ・출자는, 비다쓰 덴노의 손자・(쿠다라)백제왕야. 
        속일본 서기의 기술과 맞는
과・・・써 있다.

이만큼 읽으면, 바보같은 조선인은,비다쓰 덴노의 손자는, (쿠다라)백제왕이었다!

천황가는 (쿠다라)백제인 NIDA < `∀´>  호르홀이 될지도 모르다
 
○여기서, 다른 용례를 보면, (쿠다라)백제국・○○왕과 같이, 써 있는 것으로부터
 ”(쿠다라)백제왕”란, (쿠다라)백제의 임금님의 의미가 아니고, 성씨라고 생각된다.

<인용하고 있다, 속일본 서기에는, 뭐가 써 있을까?>
 『비다쓰 덴노의 손자는, (쿠다라)백제왕』 그렇다고 하는 기술은 없지만,
 관련하고 있는 듯 한 기술이 있다.

AD790년 

   (뜻)이유) (쿠다라)백제왕들은, 간무 천황의 먼 친척이다.

   이것은, 간무 천황이,
   (쿠다라)백제왕씨(일본 서기에 복수 나오는 도래인의 성씨)를 가리키고,

   외척(밖의 친척이다)과 말하고 있다.


나는, 다카노노 니이가사를 가리킨다면, ”(쿠다라)백제왕씨”와도 달라, 간무 천황의 직계에 해당하므로
외척이라고는 말하지 않는다고 생각한다.

게다가 이 문장이 계속 된다.
 
  지금보다 , 닫아 그들에게 작위를 하사하세요 (와)과 문장이 계속 되므로,
 다카노노 니이가사가 아니고, 『(쿠다라)백제왕등 자』=(쿠다라)백제씨(성씨)라고 하는 것이 안다.

==================================
<정리한다>

신선 성씨록으로 돌아와 ・・・・
      ↓
오오하라 마사토가, 자신의 선조를 『비다쓰 덴노의 손자・(쿠다라)백제왕야.』라고말했다
      ↓
신선 성씨록의 작자는, 속일본 서기를 봐
『천황의 외척이다 』라고 써 있는 것을 확인했다.
      ↓ 
이것으로『속일본 서기에 맞는』・・・라고 생각한 것일 것이다.

====================================
외척이라고 하는 것은,
직계의 조상, 자손과는 관계없는 방계의 혈통을 찌른다.
====================================
              『비다쓰 덴노 』                  
 직계  →→→      조부 → 아버지 → 천황 → 자 →손자 →본가의 라인
                        ↓   ↓  
                      남자 여자 
                       ↓         
                      여자  
                        ↓                                            
                                       (쿠다라)백제의 인질과 결혼.→ 비다쓰 덴노의 손자((쿠다라)백제왕)
 
 이런 이미지는 아닐까?
                    
 천황 이에노우시로 계속에 관계없는 여자가
 인질 되어 있던, (쿠다라)백제의 황태자와 결혼에서도 하고 있었을 것이다.

 중국의 고대의 습관에서도, 일본의 전국시대까지의 습관에서도,
 동맹국의 인질과 혼인 하는 예는, 드문 풍습도 아니다.
 단지, 일본 서기에 해당하는 그것 같은 사람이 없다.
====================================
(실제로 인질의 예는 많다)

삼국사기・(쿠다라)백제본기

397년하사츠키 왕은야마토국과 우호 관계를 묶어,태자의전지를인질로서 야마토에 보냈다.
405년전지태자는 야마토국에 대하고 부보를 (들)물어, 고 울음 하면서 귀국하는 일청노래

일본 서기에 의하면, 무령왕도,일본에서 태어난 인질이었던 것 같고,
마지막(쿠다라)백제의 황태자,부여풍장도, 일본에서 살고 있던 인질이었다.
====================================
일본 서기안에는, 『(쿠다라)백제왕요시미츠 』이라는 이름의 인물이 등장한다.

지토천황(693년)이, (쿠다라)백제가 멸망 한 뒤에

(쿠다라)백제 왕가의 생존에,『(쿠다라)백제왕』 그렇다고 한다
성씨를 하사했다고 하는 기록이 있다.

원래의 이름은 여요시미츠이라고 하여, 의자왕의 왕자로, 부여풍장의 남동생으로 여겨진다

이 인물이, 『 신선거성씨록에 나오는 (쿠다라)백제왕』
(을)를 찌른다고 생각하면 정합성이 있다고 생각한다.
====================================

(쿠다라)백제는, 원래 백촌강의 싸움으로(AD663년) 신라(조선인의 조상이) 멸한 왕조.
조선인이, 기분 나쁜 민족주의로, 여러가지 말하기를 원하지 않습니다.
http://www.kjclub.com/kr/exchange/theme/read.php?uid=8385&fid=8385&thread=1000000&idx=1&page=1&tname=exc_board_61&number=1&f=j_subject&word=%95S%8D%CF%82%CD%8A%D8%8D%91%90l%82%C9%8A%D6%8CW%82%C8%82%A2%82%C8%81B

참고) 신선거성씨록
    http://homepage1.nifty.com/k-kitagawa/data/shoji.html
    신선거성씨록・원문
    http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/nu03/nu03_04642/index.html
    일본 서기
    http://www.j-texts.com/jodai/shokiall.html
    속・일본 서기
    http://www013.upp.so-net.ne.jp/wata/rikkokusi/syokuki/syokuki.html
 
try { var fAllow=true; var sCLSName=null; var isIE=(document.documentElement.getAttribute("style") ==document.documentElement.style); var sCLSXNm="class"; if(isIE) { sCLSXNm="className"; } var aryElsKr=document.getElementsByTagName("font"); for(var vdx=0;vdx

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コメント ( 52 )
  • Lv 0

    shellyshelly 2010/04/05 >>>>現

    16年前

  • Lv 0

    古代においては、皇子の名を養育した乳母の氏族名や、その縁の地名に求める例は多い。百済親王も乳母の関係で名付けられたと思われる。

    16年前

  • Lv 0

    百済川など百済と名の付く地名があるので、その地出身の乳母であったと思われれる。

    16年前

  • Lv 4

    kouzukenosuke>百済親王ってのは、(百済王)余善光の子供じゃないですかね。

    16年前

  • Lv 4

    続日本書紀の記述を、そのまま解釈するなら、『百済王達は朕の外戚』 他に解釈しようが無いト思います。

    16年前

  • Lv 4

    新選姓氏録には、百済の実在の王の場合は、○○王と書かれています。従って持統天皇が授けた、『百済王氏』と考えるほうが自然かと思います。

    16年前

  • Lv 0

    いちおう一般的な百済王(皇族)の説は→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E7%8E%8B_(%E7%9A%87%E6%97%8F)

    16年前

  • Lv 0

    事績がよく分からない人だけに、いろいろな説が考えられますが、私は百済王家とは別だと思います。

    16年前

  • Lv 4

    WIKIの説だと、新選姓氏録の<続日本書紀合也>これを引用してませんね。 → 百済王達は、私の(天皇の)外の親戚である(続日本書紀>

    16年前

  • Lv 4

    敏達天皇の孫・百済王也>>この記述は、続日本書紀を引用してるはずなのに、 無いのです。

    16年前

  • Lv 4

    その代わり、『百済王達は、外戚だと』、天皇が述べた事が書かれています。続日本書紀。

    16年前

  • Lv 0

    続日本書紀の「百済王等者朕之外戚也」とは、桓武天皇の母の高野新笠のことではないでしょうか?

    16年前

  • Lv 4

    続日本書紀合也>これに該当するようなことが、他にあれば、その説を信じます( ^-^)

    16年前

  • Lv 4

    百済王者等>>複数形だし、王をさしてると思いますよ。さらに、<敏達天皇の孫・百済王也>これと整合性がなくなりますよ。

    16年前

  • Lv 4

    外戚なので、現代で言えば、娘が半島の人と結婚したが、息子が家を継いだようなものでしょ。 ちょっと嫌な話だけどww

    16年前

  • Lv 4

    この説が正しいとしても、現代の韓国人は、百済を滅ぼした子孫なので、彼らには無関係な話ですしね。( ^-^)

    16年前

  • Lv 0

    「百済王等者朕之外戚也」は、桓武天皇の詔ですので、新撰姓氏録の敏達天皇の孫とは別ものではないでしょうか?

    16年前

  • Lv 4

    事実は、わかりませんが、文献に書いてあるだけですよ。

    16年前

  • Lv 0

    桓武天皇が詔で、母の出自が百済王家だったため「百済王等者朕之外戚也」と、百済王家は外戚だよと宣言した記述ではないでしょうか?

    16年前

  • Lv 0

    なにぶん敏達天皇の孫の百済王に関しての記述は新選姓氏録くらいで、資料が少なすぎですので、仮説の域を出ません。

    16年前

  • Lv 4

    kouzukenosuke >では、新撰姓氏録の、百済王とは何者だと思います?

    16年前

  • Lv 4

    史料がすくなくても、存在する物を認めないには、それなりの論証も必要でしょう。

    16年前

  • Lv 0

    もうやっと理解をするね...

    16年前

  • Lv 4

    dusrothans>何が?( ^-^;; ?

    16年前

  • Lv 0

    地名などから名付けられた百済親王という名の皇族がいても不思議はないでしょう。これも仮説ですが。

    16年前

  • Lv 0

    ここでの百済王は本国(韓半島)で派遣された倭国の百済王だ.

    16年前

  • Lv 4

    敏達天皇の孫・百済王也>これは、大原真人が述べた事で、新選姓氏録の作者が、続日本書紀の『外戚だ』を読んで、理解したという事にはなりませんかね。

    16年前

  • Lv 0

    「百済王等者朕之外戚也」の「朕」とは桓武天皇自身の事で、母親の出自を宣言した詔ですので、敏達天皇の孫とは別の話でしょう。

    16年前

  • Lv 4

    dusrothans >残念ですが、百済王のほかに、実在の、百済・○○王と書かれてる例もあるので、違いますね。

    16年前

  • Lv 4

    桓武天皇自身の事で>それは、理解してます。 ただ、大原真人の身上を 『外戚だ』 を読んだ作者が、一致していると考えた可能性もありますよね。

    16年前

  • Lv 0

    新選姓氏録の記述が、どの部分を述べているのか分かりませんが、後世に抜けてしまった記述なのかもしれません。

    16年前

  • あまり詳しくはありませんが、これって「百済王≠百済国 国王」では?

    16年前

  • Lv 0

    その辺りは想像するしかありませんね。

    16年前

  • Lv 4

    kouzukenosuke>一応、筋は通ってると思うのですけどね・・・。

    16年前

  • Lv 0

    shellyshellyさんの説も一考ありますね。

    16年前

  • Lv 4

    s_3244 >http://homepage1.nifty.com/k-kitagawa/data/shoji03.html この辺りには、そう書いてますね。 百済国・○○王と

    16年前

  • Lv 0

    百済は全国と海外(遼西と 倭国)に 22人の王族を派遣するのに中国の 南斉書を見れば王で表記した.

    16年前

  • Lv 4

    母方の家系は、江戸時代まで武士だったのですが、身上書はそれぞれが述べたのが、藩の記録に残されてます。

    16年前

  • 「春日王」「難波王」「来目王」「殖栗王」「賀陽王」「大友王」…まだまだ沢山の「○○王」がいなすよね?

    16年前

  • Lv 4

    dusrothans >宋書の百済伝の話なら、元々百済が遼西にあったのです。現在の半島から、遼西に派遣したのではありません( ・∀・)

    16年前

  • Lv 0

    やはり、どうしても個人的な解釈になってしまいますので、そのあたりの読解は専門家に、お任せします。

    16年前

  • Lv 0

    王族たちの子孫たちが名誉で百済王だと称するのだ.

    16年前

  • Lv 4

    kouzukenosuke >僕も素人ですので、おき楽に ^-^ 地名由来の件も、可能性は0では無いと思いますけどね・・・・。

    16年前

  • Lv 0

    南西書だなんて... 日本の歴史書かハハハ? 南斉書に百済で派遣された人物たちが王命を書く.

    16年前

  • Lv 4

    dusrothans >余善光という亡命していた、百済の王子が『百済王』という苗字になったの。( ・∀・) 『百済王 善光』と名乗った。

    16年前

  • Lv 4

    南史<南斉書>の間違いだ。失礼。勘違い。

    16年前

  • Lv 0

    百済が亡びたから氏姓で百済王と言った. 自分が百済の 正統という意味で... 氏姓で伝わったかは研究対象だ. 一時的な宣言だった首都ある.

    16年前

  • Lv 4

    百済が亡びたから氏姓で百済王と言った>それで、持統天皇が『百済王』と授けたと日本書紀に書いてますよ。、

    16年前

  • Lv 0

    今日は日本の平凡な学生たちと楽しい話し合った. それではまた会おう. 熱心に歴史勉強するように...

    16年前

  • Lv 0

    そして, いつから倭国で天皇という名称が使われたのか悩んで見てほしい.

    16年前

文化

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