以下、おまけ。興味の有る方だけ、ご覧下さい。
1928年頃撮影された学天則(gakutensoku)(写真は、借り物)。学天則(gakutensoku)は、大阪で作られた、日本(東洋)初のrobotです。以下、『』内、wikiより。。学天則(gakutensoku)は、『巨大な机に人形が座ったような形で、高さ約3.5m、幅約3m。肌は金色、頭に緑葉冠をかぶり、顔は様々な人種を掛けあわせた感じの容姿であった。右手に鏑矢型のペン、左手に霊感灯と呼ばれるライトを持っていて、ゴムチューブによる空気圧変化を動力に、腕を動かしたり、表情を変えたりでき、全体の制御は突起の付いた回転式ドラムによって行われた。上部に告暁鳥と言う機械仕掛けの鳥が付属していて、この鳥が鳴くとは瞑想を始める。そしてひらめきを得ると霊感灯(インスピレーション・ライト)が光を放ち、それを掲げ、鏑矢型のペンでひらめきを文字に起こしたという。』学天則(gakutensoku)は、1928年に作られた後、各地の博覧会を周り、その後、ドイツに渡ったりましたが、行方不明となった為、現存していません。大阪市立科学館(下の補足説明参照)が復元した学天則(gakutensoku)の動画→
http://www.youtube.com/watch?v=lb7Ai8j_rx8&feature=related 何となくWalt Disney Imagineeringによって開発され、Disneyland等で使われている、Audio-Animatronicsに似ていますが、Audio-Animatronicsが登場したのは、1960年代の事です。
大阪市立科学館:前身は、1937年開館の大阪市立電気科学館。ここに、アジアで初めてプラネタリウム(planetarium)が、設置されました。大阪市立電気科学館の建物(現存しない)は、1930年代に建てられた当時は、先端を行く現代的な建物だった様です。→
http://www.sci-museum.jp/server_sci/top/70kinen.html
大阪市立科学館は、大阪市立電気科学館の後を継ぐ形で、1989年に開館した科学博物館です。世界で5位のドーム(dome)直径の大きさのプラネタリウム(planetarium)を有しています。→
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E7%AB%8B%E7%A7%91%E5%AD%A6%E9%A4%A8
私は、まだ訪れた事が有りません。ちなみに、2006年時点で、プラネタリウム(planetarium)を最も多く保有している国はアメリカで、その次に日本の約300基が続き、また施設のドーム(dome)直径の大きさは世界5位までが全て日本の物だそうです(wikiより)。世界で最も大きなドーム(dome)直径のプラネタリウム(planetarium)を有する(1994年以来、ずっと世界一の座にいる)のは、日本の四国(shikoku)の愛媛(ehime)県に有る、愛媛(ehime)県総合科学博物館です→http://www.i-kahaku.jp/guide/index.html
1970年代は、第2次世界大戦後の復興と高度経済成長が、一段落し(落ち着き)、(東京夏季オリンピック(Olympics)開催され、1961年に設立されたOECDに、日本が加盟した、1964年は、「もはや戦後では無い=第2次世界大戦による荒廃からの復興は終った」と言われました)、日本が成熟した先進工業国としての道を歩き始めた年代です。それまでの、経済発展最重視の政策から、公害や環境に対する取り組みが本格的に行われるようになり(これにより、1970年代を通じて、日本の環境は、ずいぶん改善された)、1975年に発足したサミット(summit。(主要)先進国首脳会議。1990年代後半にロシア(Russia)が参加してからは、主要国首脳会議)には、日本は、アメリカ、イギリス、西ドイツ、フランス、イタリアと供に、G6として、発足当初のメンバー(member)として参加しました。
この様に、日本が成熟した先進工業国としての道を歩き始めた1970年代の幕開けを飾った、日本で行われた、大きな国際的な催しの一つが、1972年に、北海道(hokkaido)の札幌(sapporo)で開催された札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics)(下の補足説明参照)で有り、もう一つは、その2年前の、1970年に大阪の郊外で開催された、大阪万国博覧会(Expo "70)(下の補足説明参照)です。
札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics):1972年開催。日本で行われた最初の冬季オリンピック(Olympics)。元々、1936年に開催された、ベルリン(Berlin)夏季Olympicsに続いて、1940年に開催される予定であった、東京夏季Olympics(戦争の影響により中止)同様、札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics)も、元々、1936年にドイツのガルミッシュ=パルテンキルヒェン(Garmisch-Partenkirchen)で行われた冬季Olympicsに続いて、1940年に開催される予定であったが、戦争の影響により中止された。
大阪万国博覧会(Expo "70):1970年開催。日本で開かれた最初の万国博覧会(Universal Exposition)。約860,000坪と、東京disneylandの5倍を軽く超える敷地に、110以上のパビリオン(展示館)が建ち並んだ。
1972年の、Andrei Arsenyevich Tarkovskyの映画、Solarisから。1971年頃の東京の首都高速道路風景→http://www.youtube.com/watch?v=rswYl7RLRNE 首都高速道路は、1964年の東京オリンピックに合わせて整備された、東京中心部と郊外を走る、総延長320km程の自動車専用道路。もっとも、1964年の東京オリンピック開催時に、開通していたのは、東京中心部の32.6km。この映画が撮影された1971年頃開通していたのは、東京中心部の76.8kmと、東京の羽田(haneda)空港と横浜の間12.8kmの、合計89.6km。
以下、『』内、wikiより(一部翻訳を考慮して修正)。『Solarisの未来都市の風景として東京の首都高速道路が使われているが、「Tarkovsky日記」によれば、この場面を大阪万国博覧会(Expo "70)会場で撮影することを計画していたものの、許可が中々下りず、来日したときには既に大阪万国博覧会(Expo "70)は閉会。跡地を訪ねたもののイメージどおりの撮影はできず、仕方なしに東京で撮影したとのことである。』 すなわち、Tarkovskyは、本来ならば、映画Solarisの未来都市風景の撮影を、1970年の大阪万国博覧会(Expo "70)の会場で、行う予定であったそうです。
写真以下10枚(借り物写真)。以前近所の実家から持って来た古い本から。。。大阪万国博覧会(Expo "70)の建物等の例。。。
写真以下2枚。日本政府館。桜(下の補足説明参照)の花を模って、5つの建物に分けてありました。
桜:(おそらく)総合的に日本人に最も好まれている花で有り、菊(皇室(天皇家)の紋章(coat of arms)となっている花)と並んで、実質的に日本の国花と言える花(日本の場合、法定の国花は、存在しない)。
イサム・ノグチ(Isamu Noguchi。1904年生まれ。1988年に亡くなる。1940年代から1980年代にかけて活躍した有名な彫刻家、画家、デザイナー(designer)。日系アメリカ人。アメリカ生まれだが、2歳から13歳まで日本で過ごした(wikiより))が設計した噴水。右下に見える大きな建物は、日本政府館の建物。
フランス館。
インド館。
カナダ館。
写真以下2枚。スイス館の飾り木。
ソビエト(Soviet)連邦館.。
日本庭園の池。
大阪万国博覧会(Expo "70)の際に建てられた建物・建造物は、ほとんど取り壊されてしまいましたが、大阪万国博覧会(Expo "70)の跡地は整備され公園となっています(万博記念公園)。
写真以下6枚(写真は借り物)。大阪郊外、万博記念公園に残されている太陽の塔。1970年に開催された大阪万国博覧会(Expo "70)の会場に、芸術家の岡本 太郎(okamoto tarou)が制作した芸術作品であり建造物です(wikiより)。高さは、65m有ります。岡本 太郎(okamoto tarou。1911年生まれ。1996年に亡くなる)は、1930年代から1990年代半ば(主として1950年代から1980年代)に活躍した、日本の有名な現代美術artistです。太陽の塔は、未来的なデザイン(design)のExpo Tower(菊竹 清訓(kikutake kiyonori。日本の有名な建築家)が設計。高さ127m)と供に、大阪万国博覧会(Expo "70)を象徴する建物でした。私は、太陽の塔を、近くで、じっくりと見た事は無いのですが、いつかは、近くで、じっくり見たいと思っています。


世界最長の営業距離(路線距離21.2km)を持つモノレール(monorail)である、大阪モノレール(monorail)(写真は、借り物)。
私の父と母は、結婚前、二人で、大阪万国博覧会(Expo "70)を見に行ったそうです。この頃(1970年頃)は、まだ、日本の一般庶民にとって、海外旅行は、一生に1度、行くか、行かないか位の珍しい時代(日本が、島国では無く、ほとんどの西ヨーロッパ国々同様、外国と陸で国境を接していたならば、また事情が異なったかもしれませんが)、企業のパビリオン(展示館)よりも、外国のパビリオン(展示館)が人気を博していた様です(特に、アポロ12号(Apollo 12)が地球に持ち帰った月の石を展示していたアメリカ館や、ソビエト(Soviet)連邦館が人気を博していた様です)。
ちなみに、大阪万国博覧会(Expo "70)や札幌(sapporo)冬季オリンピック(Olympics)が開催された1970年代初め頃の一人当りの国民所得(単位$)は(以前近所の実家の本棚を物色し、我が家に持って来た古い本の一つw、世界便利事典 講談社 1973年によると)、圧倒的に豊かな超大国であったアメリカ4,274、中立国として、第2次世界大戦の被害を受けなかった上に、第2次世界大戦後も順調に経済発展し、世界で最も豊かな国の一つであったスウェーデン(Sweden)が3,695、同じく、中立国として、第2次世界大戦の被害を受けなかったスイスが2,859、西ヨーロッパの先進工業大国を見てみると、元々、第2次世界大戦以前から世界最高水準の科学技術力、(高速道路(Autobahnen)や世界最高水準の緻密さを誇る鉄道網等の)世界最高水準のインフラ(infrastructure)を有していた等の蓄積があった上に、日本と同様、第2次世界大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、やはり、日本と同様、第2次世界大戦後、奇跡の高度経済成長を遂げ、見事に復活を遂げた(日本と同様、1970年代初め頃は、経済の発達にのみ集中する時代から抜け出しつつあると言われていた様です)西ドイツが2,698(もっとも、この高目の一人当りの国民所得は、1970年代初めのマルク切り上げが反映された数値だと思います)、かつて多くの植民地を有し、豊かな大国として富の蓄積が有った上に、第2次世界大戦後も、著しい経済成長を遂げたフランス(フランスは、この後、停滞の時代に入った)が2,606、没落途上にあった(所謂イギリス病(The British disease)と呼ばれた)、かつて世界を席捲した、過去の超大国イギリスが1,993、日本と同様、資本主義工業国の中では後進的な国に属していたが、やはり日本と同様、第2次世界大戦後、奇跡の経済成長を遂げたイタリアが1,587と言った感じでした。また、西ヨーロッパ先進国の小国の例を幾つか見てみると、ルクセンブルク(Luxembourg)が2,162、オランダが2,156、オーストリアが1,728と言った感じであり、西ヨーロッパ先進国の中では、後進的で貧しいグループ(group)に属する(アイルランド(Ireland)については、当時)国々を見てみると、アイルランド(Ireland)が1,248、スペインが889、ギリシア(Greece)が891、ポルトガル(Portugal)が610と言った感じでした。アジアの国々を見てみると、(資本主義工業国の中では後進的な国に属していましたが)第2次世界大戦前から大国(列強)且つアジアで唯一の資本主義工業国で有ったと言う蓄積を有し、且つ、第2次世界大戦時に壊滅的な被害を受けたものの、第2次世界大戦後、奇跡の高度経済成長を経ながら見事に復活を遂げ、1960年代後半に、西ドイツを抜いて、アメリカに次いで、西側先進工業国の中で、第2位の経済規模となった日本(一人当りの国民所得は、西ドイツよりも低かったが、人口が西ドイツよりも多かった為(1970年代初め頃で、日本の人口は、西ドイツの約1.7倍、日本の国土面積は、西ドイツの約1.5倍、ちなみに現在は、日本の人口は、ドイツ(かつての西ドイツ+かつての東ドイツ)の1.5倍位、日本の国土面積は、ドイツよりも、やや大きい位))が1,656、シンガポール(Singapore)が921、香港が434、マレーシアが302、韓国が241、北朝鮮が216と言った感じでした。台湾は、手元に資料が無いので、よく分かりませんが、シンガポール(Singapore)や香港の様な都市国家・地域では無く(フランス、日本、韓国等と同様、相当の農村(田舎)地域を抱える)、また商工業の発展度合いも、当時の香港と比べて同水準以下であったと考えられる事から、香港よりかは低かった(300台位?)と思われます。この後、韓国は、1990年代半ば位までにかけて、漢江の奇跡と呼ばれる奇跡の経済成長を遂げる(実は、もう、この頃、漢江の奇跡は、既に始まっていましたが)事になりますが(1970年代の経済成長が、特に凄かった)、現在の韓国の経済の発展ぶりと比べてみると、いかに韓国の経済成長が目覚しい物であったかと言う事が分かります。マレーシア(Malaysia)の元首相であるマハティール(Mahathir)が、ルックイースト(Look East)政策において、学ぶ対象として、日本と供に韓国を挙げていた理由が、よく分かる気がします。世界の発展途上国にとって、真の希望となるのは、日本でもシンガポール(Singapore)でもなく韓国なのかもしれません。
国民一人当りのGNPにおいて、日本がアメリカを追い抜かした1980年代から、まだバブル景気(economic bubble)の余韻が残っていた1990年代半ば頃にかけては、おそらく、歴史上、日本の経済が、最も勢いが有り、且つ、最も世界に影響力が有った時期だと思います。この時期は、このまま行けば、(日本は、アメリカよりも、人口が、ずっと少ないのにも関わらず)、日本経済規模がアメリカを上回り、世界一になるのではないかと、少なからぬアメリカの知識人達が日本に対して脅威を感じていました(日本の国民一人当りのGDPが、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス等の2倍程に達し(確か)、ルクセンブルク(Luxembourg)、スイスと並んで、世界最高水準だった時期も有ります。これは、人口5,000万人以上の先進工業大国としては、異例の事です。第2次世界大戦後においては、他は、全盛期のアメリカ位かな。。。)。1985年に、東京area(東京圏)の北東部に位置する中都市、筑波(tsukuba)で開催された筑波(tsukuba)国際科学技術博覧会(Expo "85)は、当時勢いのあった日本の、世界最高水準の競争力を有する企業達が、それぞれの有する世界最先端技術を見せびらかす場となり(見せ方も、工夫が凝らして有った)、大阪万国博覧会(Expo "70)と異なり、外国のパビリオン(展示館)よりも、日本の企業のパビリオン(展示館)の方が、より注目や人気を集めました。私は、子供の頃、それぞれ、父と親戚のおじさん(はとこの、お父さん)に連れられて(母は、一緒に行った記憶が無いけど、興味が無かったのかなw)、2回、筑波(tsukuba)国際科学技術博覧会(Expo "85)を見に行ったのですが、やはり、日本の企業のパビリオン(展示館)を主に見て廻りました(外国のパビリオン(展示館)も、見たと思うけど、ほとんど記憶に残っていない。。。)。ちなみに、日本で、一番最近開催された、万国博覧会(Universal Exposition)で有る、名古屋(nagoya)の郊外・近郊で開催された愛知(aichi)万国博覧会(Expo 2005)(私は、結局行かなかった)は、自然と人間の共存がテーマで有り、環境(技術?)に関する展示が主の博覧会(expo)だった様です。
かつて、イギリスが経済の停滞期にあった頃、イギリスの知識人の間で、このままで行ったら、イギリスは、過去に蓄積した富を食いつぶしながら、徐々に衰退して行き、西ヨーロッパの国々の間で最貧国、さらには、ヨーロッパの中で最貧国にまで、落ちぶれて行ってしまうだろうと言う悲観論が囁かれたと言う話を、どこかで聞いた事が有りますが、日本は、現在、調度イギリス病(The British disease)の頃のイギリスの様に、経済が長期に渡って停滞中です。日本は、果たして、国際的な産業競争に乗り遅れたり、適切な産業転換を図れなかったりして、このまま、過去に蓄積した技術や富を食いつぶしながら、徐々に衰退して行き、終には、発展途上国並の経済水準になってしまうのでしょうか、それとも、イギリスの様に復活を遂げるのか。。。
下は、IMFが予測した、未来の、物価を考慮した、一人当りの実質(PPP )GDP(それぞれの国・地域の物価の違いを考慮している為、それぞれの国や地域の人々の実質的な生活水準を比較する指標の一つともなっています)です(単位は、$。小数点以下は、四捨五入。wikiを参考にしました)。あくまで、予測なので、これが当るとは限りませんが、(国民のほとんどが17世紀以降に世界中から移民して来た人々や、その子孫で有り、古くからの価値観や慣習・しきたりに、あまり縛れない)アメリカを除く、成熟した先進大国(イギリス、ドイツ、フランス、日本、イタリア)の成長の頭打ち(限界)が感じられます。これ等の国々(イギリス、ドイツ、フランス、日本、イタリア)は、先進国で有ると同時に、古くからの文化や伝統、しきたりを有している国々で有り、また、人口の少ない、北欧諸国やシンガポール(Singapore)と異なり、人口が、とても多い大国であり、柔軟性が欠ける国々です(例えて言うならば、小さな船に比べて、大きな船は、方向を変えるのに時間が、かかる)。ちなみに、シンガポール(Singapore)と香港の一人当りのGDPが高目に出ている事に関して、シンガポール(Singapore)と香港が都市国家・地域で有ると言う点を考えに入れる必要が有ります(日本やイギリスも、金融機関や多くの企業の事務所が集中し、経済活動が非常に活発な、東京都市圏やロンドン都市圏のみで、一人当りのGDPを算出すれば、非常に高く出ます)。また、中国は、都市部の発展は、目覚しい物が有りますが、人口の多数派を占める、貧しい農村部に暮らす人々の生活水準の向上が、課題と言えるでしょう。
Country 2010 2011 2012 2013 2014 2015
Singapore 52,840 55,476 58,317 61,157 64,091 67,061
U.S.. 47,702 49,159 50,753 52,506 54,272 56,092
HongKong 44,840 47,115 49,571 52,229 55,020 57,963
U.K. 35,083 36,237 37,708 39,240 40,807 42,388
Germany 34,905 36,078 37,511 38,974 40,396 41,726
France 34,250 35,195 36,374 37,675 39,053 40,496
Taiwan 33,831 35,649 37,729 39,967 42,398 44,976
Japan 33,478 34,676 36,071 37,482 38,975 40,507
Spain 29,649 30,267 31,182 32,225 33,371 34,508
Greece 29,420 29,508 30,057 30,892 31,597 32,621
S.Korea 29,351 31,182 32,950 34,847 36,814 38,895
Italy 29,347 29,913 30,716 31,550 32,378 33,223
Portugal 22,027 22,450 22,996 23,708 24,477 25,269
Malaysia 14,275 14,960 15,766 16,617 17,501 18,413
China 7,240 8,032 8,932 9,930 11,039 12,255
ちなみに、各国・地域の物価の違いを考慮せず、単純に、実際の、お金で表した一人当りの経済水準・豊かさの指標で有る、一人当りの名目(nominal)GDPは、新興の先進国・地域(シンガポール(Singapore)、香港、韓国、台湾)に比べて、やはり、古くからの先進国が、高い傾向に有ります。以下は、IMFによる、2009年の一人当りの名目(nominal)GDPです(wikiを参考にしました)。
アメリカ46,381、フランス42,747、ドイツ40,875、日本39,731、シンガポール(Singapore)37,293、イタリア35,435、イギリス35,334、スペイン31,946、香港(Hong Kong)29,836、ギリシア(Greece)29,635、ポルトガル(Portugal)21,408、韓国1,7074、台湾16,392、マレーシア6,897、中国3,678。
以下、おまけの、おまけ。。適当に。。。
写真以下8枚。先週の月曜日は、夜遅くまで、職場(事務所)で仕事をしていました。夕食は、コンビニのパンや、お握りで済ませたのですが、深夜、腹が減ってしまって、ちょっと、気分転換に、散歩がてら、夜食を食べに、周辺の店へ。。。東京の都心部、青山(aoyama)に有る、小じんまりとした、24時間営業のレストラン、「Sara」で、食べました。この店は、若い頃に、よく利用していました。高校から大学に入ると、個人的に、夜遊びの拠点が、渋谷(shibuya)から、六本木(roppongi)、麻布(azabu)、青山(aoyama)辺りに移動したのですが(まあ、六本木(roppongi)辺りは、高校生の頃から、よく行っていましたが)、この店は、青山(aoyama)界隈のclubで、夜遊びした際に、よく利用していました。深夜、腹が減った時、ふっと思い立って、家(この頃は、実家暮らしだった(もっとも、我が家は、実家の近所で、我が家も実家も、同じ渋谷(shibuya)区の中北部に有る))から、自動車で、食べに行く様な事も有りました(夜中に、ふっと腹が減って、この店に、自動車で食べに行ったら、安室 奈美恵(amuro namie)とSAMが、食べていた、何て事も有りました)。しゃべり声の大きい客がいる場合を除いて、居心地の良い店です。全般的に、どれも普通の味と言った印象があるのですが(厳しく評価すれば、並の味)、メニュー(menu)の種類が、非常に豊富な店です。メニュー(menu)の種類が、非常に豊富で有ると言う点と、24時間営業で有ると言う点と、ファミリーレストラン(family restaurant)のchain店よりも、趣も雰囲気も有ると言った点が、この店の良い点かな。。。この店は、しばらく、御無沙汰していました(この店の界隈(青山(aoyama))のマンション(アパート)に小さな事務所を構える様になってから、逆に、一度も、行っていなかったw(まあ、その前も、さらに、しばらく行っていない状態だったけど。。。))。
写真以下6枚。店の外観と中の雰囲気。私の若い頃と基本的に変わっていない印象です。この店は、相当古くから、この地にある様です。
写真以下2枚。先週の月曜日(厳密には、既に火曜日になっていたけど)、この店で食べた夜食。ビールを飲みたい所だったけど、まだ、仕事が残っていたし、そもそも、この日は、自動車で通勤していたので、仕方なく、飲み物は、ジンジャーエール(ginger ale)。
焼き蕎麦。
チョリソ(chorizo)。
この日は、自動車で通勤していたので、地下鉄の終電の心配は無かったのですが、夜食後、事務所に戻り、少し残っていた、この日の仕事を済ませた時には、十分に始発電車の時間になっていました。。。
我が家は、居住床面積30坪(100平方m)程の、小さな、(地価が高い東京中心部(東京23区内)の)典型的な庶民向け一戸建て住宅なのですが、4つ有る寝室の内、1部屋は、実質的に仕事場(事務所)と化して、1部屋は、実質的に業務用(仕事用)の倉庫と化しています(したがって、寝室の内、自由に使えるのは、実質的に2部屋となっています)。先週の土曜日は、我が家の部屋の内、実質的に業務用(仕事用)の倉庫と化してる部屋を、ほぼ、1日、整理していました。昼食は、私の街(東京中心部(東京23区)の西部に位置する渋谷(shibuya)区の中北部)の、お気に入りの中国料理食堂の内の一つで食べました。
私の街に、新しく蕎麦屋がオープン(open)して、全メニュー(menu)半額キャンペーンをやっている(この時)と言う事で、親しい、近所の友人夫妻と、偵察&散歩がてら、ぶらぶらと食べに行って見たのですが、食べるのに並んでいました。並んでまで食べる気はしないと言う事で、結局、同蕎麦屋の近くに有る、お気に入りの中国料理食堂へ。。。
結局、お気に入りの中国料理食堂食べた昼食。我々(4人)は、翡翠麺と、おかずの組み合わせメニュー(menu)を2つと、海鮮(seafood)サラダ(salad)麺(麺は、翡翠麺と同じ物)を2つ頼みました(写真は、それぞれ一人分)。
私が食べた翡翠麺と、おかずの組み合わせメニュー(menu)。写真左上の、おかずは、牛のハラミと野菜の炒め物。このクロレラ(Chlorella)入り翡翠麺は、この店でディナー(dinner)を食べる時に、締めに出される(最後に出される)食べ物でも有ります。
こちらは、海鮮(seafood)サラダ(salad)麺(麺は、翡翠麺と同じ物)。私も、この店の海鮮(seafood)サラダ(salad)麺は、まだ食べた事が無かったのですが、いくらなんでも、味付けが薄過ぎると、不評でした。
食後、彼女は、この日、半日、仕事だったので、そのまま出勤。私は、ぶらぶら散歩をしながら、我が家に帰り、我が家の部屋の内、実質的に業務用(仕事用)の倉庫と化してる部屋の整理を続け、夜は、仕事関係の人達との夕食に出ました。
写真以下8枚。新緑(先週の土曜日)の私の街の風景。
私の街の北端を東西に横断する遊歩道(歩行者専用の散歩道)。
写真以下2枚。先週の木曜日、仕事から帰って来て食べた甘い物。びっくりどら焼き(dorayaki)。どら焼き(dorayaki)は、庶民的な甘い和菓子(日本伝統菓子)で、日本では、昔から人気が有ります。ちなみに、漫画・アニメ(anime)のドラえもん(doraemon)の好物が、どら焼き(dorayaki)です。餡子が多くて、さすがに甘党(甘い物好き)の私でも、1個、一人で食べたら、ちょっとクラクラしましたw
写真以下2枚。これは、普通のどら焼き(dorayaki)。私の街の、和菓子(日本伝統菓子)屋さんの内の一つの物。この和菓子(日本伝統菓子)屋さんは、個性の乏しい和菓子(日本伝統菓子)屋さんですが、結構古くから有る店なので、実家が、お得意さんとなっている店の一つとなっています。私は、この店は、あまり利用しませんが、この、どら焼き(dorayaki)は、先日、久々に、この店で和菓子(日本伝統菓子)を購入した際に買った物です。
この中に、甘い餡子が、入っています(挟まっています)。上の、びっくりどら焼き(dorayaki)は、ちょっと餡子が多過ぎですw
東京の北部郊外(埼玉(saitama)県)に有る鉄道博物館から。。。北海道(hokkaido)の開拓に使われた蒸気機関車の一つです。1880年にアメリカから輸入された物です(製造も、1880年)。以前私が、kjでアップ(upload)した写真の再利用。何故、いきなり、この写真かと言うと、下の、お菓子が、北海道(hokkaido)の、西洋菓子なので、思いつきで。。。
写真以下3枚。今週の月曜日、仕事から帰って来て食べた甘い物。私が、好きな、お菓子、マルセイバターサンド。北海道(hokkaido)の中央部寄りの東部に位置する中都市、帯広(obihiro。日本有数の農業・酪農地帯で有る十勝(tokachi)平野の中心都市)の、お菓子会社、六花亭(rokkatei。1933年創業)の、西洋菓子です。これ系の、お菓子は、他に、私が知る限り、東京・鎌倉(kamakura)の小川軒(ogawaken。1905年創業)のレイズン・ウィッチ、横浜のかをり(kawori。1969年創業)のレーズンサンドが有ります。私は、これ系の、お菓子が好きです。
写真以下2枚。マルセイバターサンドの包装(package)デザイン(design)は、マルセイバターサンドを製造する六花亭(rokkatei)の地元、北海道(hokkaido)、帯広(obihiro)市の依田(yoda)牧場が発売していたバター(butter)の包装(package)のデザイン(design)(1905年頃のデザイン(design))を取り入れた物となっています。
六花亭(rokkatei)のホワイトチョコレート(white chocolate)。六花亭(rokkatei)は、日本で最初にホワイトチョコレート(white chocolate)の製造を開始した会社です(wikiより)。
写真以下2枚。今週の火曜日、仕事から帰って来て食べた甘い物。アメリカの、お菓子。ピーナッツバター(peanut butter)を固めた様な、いかにもアメリカ人が好きそうなw、お菓子です。私は、嫌いでは有りませんw。