6月の初めに、伊豆(izu)半島に一泊二日で、drive小旅行に行って来た時の物です。
伊豆(izu)半島は、東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地です。伊豆(izu)半島の海沿いは、大きく、東伊豆(izu)(東海岸)と西伊豆(izu)(西海岸)に分かれます。この時は、東伊豆(izu)を旅行して来ました。
この時は、伊豆(izu)高原に有る、オーベルジュ(Auberge。宿泊設備を備えたレストラン)に宿泊しました(レストランでの、夕食は、前回の投稿参照)。伊豆(izu)高原は、東京圏及び、その周辺の主要な別荘地の一つとなっています。このオーベルジュ(この時、宿泊したオーベルジュ)は、この時、初めて利用しました。
写真以下3枚(前回の投稿でアップ(upload)した写真の再利用)。このオーベルジュ(この時、宿泊したオーベルジュ)の部屋。私達が、宿泊した部屋です。このオーベルジュで一番安い部屋に宿泊しましたが、何の不自由も有りませんでした。
このオーベルジュは、各部屋に、専用の温泉露天(屋外)風呂が付いています(もちろん、各部屋に、温泉露天(屋外)風呂とは別に、普通のバスルーム(bathroom)も付いています(比較的広めのバスルーム(bathroom)でした))。
写真以下2枚。翌朝撮影した、部屋(私達が、宿泊した部屋)に付いている、温泉露天(屋外)風呂。

翌朝撮影した、部屋(私達が、宿泊した部屋)の温泉露天(屋外)風呂から見た景色。
写真以下2枚。部屋に二つある窓の内の一つから見た景色。
写真以下4枚。朝食は、バスケット(basket)に入れられて、部屋まで運ばれて来ました。
翌日、オーベルジュを、チェックアウト(check-out)した後、まず、伊豆(izu)高原に有る、テディベアミュージアム(teddy bear museum)を訪れました。日本には、幾つかの(「幾つかの」と言うよりも有るかも。。。と思って、ちょっとnetで、軽く調べてみたら、日本全国で、現在、7つ程の、テディベアミュージアム(teddy bear museum)が有る様です)、テディベアミュージアム(teddy bear museum)が有りますが、伊豆(izu)高原のテディベアミュージアム(teddy bear museum)は、今回、初めて訪れました。
写真以下39枚。伊豆(izu)高原のテディベアミュージアム(teddy bear museum)。
カフェ(cafe)。
館内には、たくさんのテディベア(teddy bear)が飾られていましたが、写真以下12枚、その中から、いくつか。。。
このテディベアミュージアム(teddy bear museum)に飾られている、テディベア(teddy bear)の中で、おそらく、最も貴重なテディベア(teddy bear)。テディガール(teddy girl)(1904年)。以下、『』内の文は、このテディベアミュージアム(teddy bear museum)のサイト(site)を参考にしました。『シュタイフ(Steiff)社が、そのごく初期である1904年に世の中に送り出したテディベア(teddy bear)の中で、現存する数少ない1体です。持ち主であった、故ボブ・ヘンダーソン(Bob Henderson)英国陸軍大佐は、テディベア(teddy bear)の収集家(collector)として有名でしたが、その彼が、最も愛していたテディベア(teddy bear)が、幼年時から一緒だった、この「テディガール(teddy girl)」でした。世界中のテディベア(teddy bear)ファン(fan)・収集家(collector)に知られていた、この「テディガール(teddy girl)」は、ロンドンのクリスティーズ(Christie"s)のオークション(auction)で、テディベア(teddy bear)としては、過去に例のない熱のこもった競り合いの後に、テディベア(teddy bear)史上最高の落札価格で競り落されました』。このテディガール(teddy girl)は、史上最高の落札価格を付けたテディベア(teddy bear)として、ギネスブック(Guinness World Records)に掲載されている様です。
写真以下8枚。日本の作家(designer・artist)による、テディベア(teddy bear)です。


伊豆高原のテディベアミュージアム(teddy bear museum)では、この時、宮崎 駿(miyazaki hayao)の長編アニメ(anime)映画、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の、ぬいぐるみの展覧会(exhibition)をやっていました。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」は、私が好きな映画の一つで、宮崎 駿(miyazaki hayao)若しくはスタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画の中で、個人的に、4番目に好きな作品です。個人的に、宮崎 駿(miyazaki hayao)若しくはスタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画の中で、好きな順位は(全ての、スタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画を見た事が有る訳では無いので、見た事の有る中では)、1位、「天空の城ラピュタ(Castle in the Sky)」、2位、「風の谷のナウシカ(Nausicaa of the Valley of the Wind」、3位、「カリオストロの城(The Castle of Cagliostro)」、4位、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」、5位、「耳をすませば(Whisper of the Heart)」、6位、「魔女の宅急便(Kiki"s Delivery Service)」、7位、「紅の豚(Porco Rosso)」(以下省略)と言った感じです。個人的に、スタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画で、評価が低いのは、高畑 勲(takahata isao)の作品です(特に、「平成狸合戦ぽんぽこ(Pom Poko)」)。ちなみに、「ゲド戦記(Tales from Earthsea)」は、私は、まだ見た事が有りませんが、一般的に、評価が低い様ですね。私の彼女(映画の評価に関しては、私よりも辛口の様な気がしますw)は、宮崎 駿(miyazaki hayao)若しくはスタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画の中では、「もののけ姫(Princess Mononoke)」、「ハウルの動く城(Howl"s Moving Castle)」、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」、「耳をすませば(Whisper of the Heart)」の評価が高い様です(中でも、「もののけ姫(Princess Mononoke)」が一番好きな様。。)。私と被っている所と被っていない所が有って、私は、「もののけ姫(Princess Mononoke)」の評価は、宮崎 駿(miyazaki hayao)の長編アニメ(anime)映画の中では、割りと低いです(ちなみに、個人的に、宮崎 駿(miyazaki hayao)の長編アニメ(anime)映画の中で、最も評価が低いのは、「千と千尋の神隠し(Spirited Away)」と「崖の上のポニョ(Ponyo)」。。。とは言っても、宮崎 駿(miyazaki hayao)の映画は、全般的に好きなので、「もののけ姫(Princess Mononoke)」にしても、「千と千尋の神隠し(Spirited Away)」にしても、「崖の上のポニョ(Ponyo)」にしても、絶対的には、嫌いな映画では有りません)。一方、彼女は、「風の谷のナウシカ(Nausicaa of the Valley of the Wind)」と「紅の豚(Porco Rosso)」の評価が割りと低いです(私は、両映画の評価は、割りと高い)。ちなみに、現在公開中(7月17日から公開)のスタジオジブリ(Studio Ghibli)の長編アニメ(anime)映画の最新作、「借りぐらしのアリエッティ(The Borrower Arrietty)」は、今は、まだ、ちょっと混んでいると思うので、9月に入ってからでも(どうせい、上映期間は、長いと思うので)、ゆっくり見に行こうかと思っています。
写真以下19枚。伊豆高原のテディベアミュージアム(teddy bear museum)で、この時行われていた、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の、ぬいぐるみの展覧会(exhibition)の展示例。この展覧会(exhibition)、面白かったです。
トトロ(Totoro)。動きます。写真は、暗く写ってしまいましたが、実際は、もっと明るいです。
写真以下2枚。猫バス。動きます。写真は、暗く写ってしまっていますが、実際は、もっと明るいです。
写真以下5枚。猫バス。
写真以下2枚。トトロ(Totoro)(実物大)。お約束の、トトロ(Totoro)の腹に、しがみついての写真、撮りましたw(自分で、何て、ガキ(子供)何だろう(心だけw)と思います。。。考えたら、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」が、公開された時、私は、既に、子供と言うには、少し無理が有る年齢になっていたんですが。。。ww)。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」が公開された年に生まれた赤ちゃんが、もう21歳か22歳。。。時が経つのは、早いですね。。。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」は、子供の親が、DVDを見せたり、TVで、度々、放映されるので、現在の日本の子供達の間でも、非常に知名度が高いです。ちなみに、以下2枚の写真で、トトロ(Totoro)の、お腹の所の、茶色い染みの様に見えるのは、汚れでは無くて、写真の色の写りが変になってしまっただけです(写真に詳しく無いのですが、トトロ(Totoro)の周り(特に頭の上辺り)も、写真の色の写りが、変になってしまっているので、分かると思います)。


写真以下5枚。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の、サツキ(Satsuki)とメイ(Mei)の家の模型。ちょっと、模型の説明文を、憶えていませんが、もしかしたら、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の構想段階、若しくは、制作段階において、宮崎 駿(miyazaki hayao)の指示の下、製作された模型かもしれません(この展覧会(exhibition)では、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の構想段階において、宮崎 駿(miyazaki hayao)が描いた、デッサン(drawing)、スケッチ(sketch)等も展示されていました)。



「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の、サツキ(Satsuki)とメイ(Mei)の家の様な、基本的には、日本伝統式の一戸建て住宅で有るが、一部西洋式を取り入れた一戸建て住宅の建物は、(日本の)近代化以後、第2次世界大戦前(特に、1920年代から1930年代)の日本の中流階級・中上流階級の住宅の建物として流行し、1920年代から1930年代にかけて、この様な、一戸建て住宅の建物が、日本に、たくさん建てられました。「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」の舞台設定は、1950年代の東京近郊の農村地帯の様ですが、「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」において、東京の大学で、非常勤講師として考古学を教え、生活費を稼ぐため翻訳の仕事もこなしている(wikiより)、サツキ(Satsuki)とメイ(Mei)の、お父さんが、病気の妻(サツキ(Satsuki)とメイ(Mei)の、お母さん)が入院している病院の比較的近くに、引っ越して来た家(サツキ(Satsuki)とメイ(Mei)の家)は、引っ越して来た時点で、既に、古家で有った事から、やはり1920年代から1930年代初め頃建てられた家と言う設定でしょう。
写真以下8枚。私が、kj又はenjoyに過去にアップ(upload)した写真の中から、1920年代から1930年代頃建てられたと思われる、基本的には、日本伝統式の一戸建て住宅で有るが、一部西洋式を取り入れた一戸建て住宅の建物の例を、幾つか。。。
瓦等の葺き替え、壁の塗り替え等、時代に合わせて、随分改装が施されている様ですが。。長野(nagano)県の北部の杏子の里(杏子の村)にて。。私は、ここ7年程、ほぼ毎年、杏子の花の時期に、長野(nagano)県の北部の杏子の里(杏子の村)に、杏子の花を見る為に、訪れています。
写真以下3枚。鎌倉(kamakura)にて。写真以下3枚供、同じ一戸建て住宅。東京近郊にある、鎌倉(kamakura)は、中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった中都市であり、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くあります。その為、鎌倉(kamakura)は、東京近郊の主要な観光地の一つとなっています。私は、鎌倉(kamakura)が好きで、よく鎌倉(kamakura)を散歩します。鎌倉(kamakura)は、1920年代、1930年代頃から、横浜や東京に通勤する、大学教授や高学歴(大学卒)会社員等の、インテリ(知識人)中流層・中上流層が暮らす、郊外住宅地として発展して行きました。
写真以下6枚は、私の街(東京中心部(東京23区)の西部に位置する渋谷(shibuya)区の中北部。基本的に、静かで落ち着いた住宅地)に残る、1920年代から1930年代頃建てられたと思われる、基本的には、日本伝統式の一戸建て住宅で有るが、一部西洋式を取り入れた一戸建て住宅の建物の例です。私の街は、今でこそ、東京中心部(東京23区内)の住宅地ですが、1920年代から1930年代頃に、(当時は)東京の西の郊外(まあ、郊外とは言っても、東京の都心部に比較的近い郊外でしたが)に開発された新興住宅地で、新興住宅地として開発される前は、まだ農村の雰囲気が色濃く残る、のどかな地域だった様です。また、新興住宅地として開発された後も、かなり、しばらくの間は、まだ、のどかな雰囲気が残っていた様で、私の母が、まだ小学生の頃(1950年代初め頃)は、我が家の近所の実家の庭(元々、母方の祖父母の家。現在は、両親が引き継いで暮らしている)では、当たり前の様に、蛍が見られたそうです。
写真以下4枚(写真以下4枚供、同じ一戸建て住宅の建物)は、2008年の9月に撮影し、enjoyにアップ(upload)した写真ですが、この一戸建て住宅は、その時点で、既に、空き家の(もう誰も住んでいない)様でした(ただ、空き家になってから、まだ、それ程建っていない感じでしたが。。。)。現時点でも、まだ、空き家の(誰も住んでいない)ままの様です。結構、しっかりと建てられた住宅の建物で、長い間、補修等も、しっかりされて来た様なので、まだ、傷みも、それ程でもない様に見えるのに、もったいない。。。
写真以下2枚は、今回、初めてアップ(upload)する写真です。建物の一部しか写っていませんが、写真以下2枚供、同じ一戸建て住宅の建物です。この一戸建て住宅も、既に、空き家の(もう誰も住んでいない)様です。
日本では、(日本の建物は、歴史上、長らく、石造りでは無く、木造が基本で有ったと言う事が関係していると思いますが)、古い建物を長く使い続けると言う発想が、乏しく、文化財にでも指定されていない限り、寺や神社(shrine)の建物でさえ、老朽化したと言って、結構、あっさりと建て替えてしまいます(もっとも、現存している、江戸時代(19世紀半ば)以前に建てられた、寺や神社(shrine)の建物に関しては、普通は、文化財に指定されていると思いますが)。住宅の建物は、人が暮らさなくなり、手入れがなされなくなると、傷んで行く一方になります。写真上2枚の、一戸建て住宅の建物も、このまま人が住まないままだと、やがて、(もしかしたら、割りと近い内に)、消え行く運命に有るでしょう。基本的に、古い住宅の建物を取り壊し、新しい住宅の建物を建てる方が、価値が上がり、高く売れるので(少なくとも、日本においては。。。)。寂しい事ですが。。。
伊豆(izu)半島drive&食べ物3へ続く。。。