
羅州. 普通地名あげく州(州)が付くということはその所が過去に地方行政の中心だったということを言ってくれる. 全羅道という名前も前週と羅州が中心地だから生じたのだ. 慶尚道は慶州, 常住があって忠清道は忠州, 清州があるように.
今の出てくれる人口 10万がまだできない小さな都市だが朝鮮時代の羅州性はソウルのように四大門を取り揃えて東軒と客舎を取り揃えた行政の中心地だった. そして 肥えたナジュ平野で 豊かな 農産物を得ることができたし栄山浦の波路に沿って西南海のあらゆる物産が集結する豊かな故障だった.

海と地のあらゆる物産が集結する所なので羅州市場も 人々に混んだ. 今もこの前だけできないが今も市場が立つ 4日と 9日には活気があふれる. このように行政の中心地として多くの受領が経て行った由緒のある地元にしよう周辺村の多くの人々が集まって来る活気に満ちたゴザングイオッドン位その歴史の中で大様な両班文化と活気に満ちた庶民文化がお互いに一団となりながら繁栄して来た所だ.
昔の官庁と市場が会う所にコムタンスープ路地がある. 古くから模様は前週, 味はあってくれなさいという話があるほどに羅州コムタンスープは深い味を誇る.
羅州人々は市場ではなければコムタンスープ店にイッナする気がするほどに お昼になったコムタンスープ集は人々ににぎやかだ. ナイマンイ召し上がった方も, 若い人も, 市価はママ手 つかまえて来た子供も熱い 延期がモラックモラックナはコムタンスープ器をおいしく留守にしている. 他の国者だけでなく羅州人たちも鍋ごと持って来てコムタンスープを私邸期もする.
羅州コムタンスープは地域色が強く付け出す. 派手で味付けが濃い全羅道らしく黄色いたまご焼きをあげてごまと唐辛子粉を振り掛け出す. 他のコムタンスープとは違うように上に高名をあげておしゃれをした姿は 朝鮮時代ヤングバンがで食べた食べ物のように大様で気品あったように見える. そしておつゆの色は顔が映るほどに透明で清い. 六字排気のジルポンハムのように味がのんべんだらりと座りこんでいながらもさっぱりして香ばしい.
羅州コムタンスープ味の秘密はまず牛の脚の骨である四骨でおつゆを作るのにある. 四骨とともに脊筋もおつゆ味に一役する. 四骨でおつゆをがっくり巻き上げるのにさっぱりする味がして小骨はさっぱりする味をつけると言う. ソルロンタンは骨で染み出る味ならコムタンスープは肉で染み出る味だ.
羅州コムタンスープはヤジモリと事態, くびの肉が味の源泉だ. 20年間 置いて 苦みのする看守が抜けた 天日塩は深くてさっぱりする味をつける同時にこの家お婆さんの歴史を反映している. そしてギダリムの歳月が味を加えれば肉水色が濃くなって搖れを打つ.
他のコムタンスープと同じく肉を引き上げ出す. 肉がしんなりとするように半日を冷やす間上に浮び上がる油をいちいち取り除ける手数が必要だ. 油が多ければおつゆが脂っこくてさっぱりする味もしない. 取り除けた油は化粧品会社で持って行くと言う.
羅州コムタンスープの上げた肉も他の地域と確実に差がある. 内臓や雑肉が全然 まじない赤身をさくりさくりと切って厚くてふんだんだ. 豊かな羅州人の性分が現われる.
羅州コムタンスープは肉がすべて冷えればすぐトリョムしないで初めて沸かした肉水に入れてもう一度じっくり煮こみ出す. それでこそおつゆはますます透明になって柔らかくて香ばしい羅州コムタンスープ固有した味がすると言う. また 2時間半意待つことを加えてご飯と肉を器に入れてトリョムしてトッベギに盛り出せば慶尚道のヒョンプングシックコムタンスープとは違う羅州式コムタンスープになる.
数十年目行き付けである年寄りたちはその味を忘れることができなくて毎度尋ねて来るのにその方たちに羅州コムタンスープの歴史をかんで見る. 羅州とその周辺で集まって来る人々が好んで食べた地方食べ物だった羅州コムタンスープが知られるようになった時は 60年代以後経済開発が加速化されてからだ. 湖南, 南海高速度でが開通してナソブトで交通が便利になって観光文化が形成されながら 70年代後半に全国的に知られ始めたと言う.
そしてもうちょっとさかのぼればコムタンスープ一杯には悲しい歴史の盛られた息は話がある. 日帝時代に羅州に日本人たちが缶詰め工場を建てた. そして 日中戦争の時の兵站品で牛肉, 豚肉 缶詰めを作って供給したが自ずから蘇我羅州で流れこむようになって缶詰めをし終わることは骨と内臓は自ずから朝鮮人が食べるようになりながらたとえ少義副産物だが これをコムタンスープにも使うようになりながら羅州のコムタンスープ文化はもっと深く根付くようになる.
このように歴史の中で人間が 生を引き続くためにした 熾烈な闘いの跡は 文化になってまたつながって再創造される.
農耕社会で一番大事な財産だった牛. そうだからコムタンスープは両班たちもよく食べることができなかった補身食べ物だ. しかし誰も好きな食べ物だったし身を補身するために朝鮮両班たちはたびたびコムタンスープを楽しんだ. これらが食べたコムタンスープは 唐辛子粉や千切にしたなが葱, 塩を全然使わなかった. の間も朝鮮醤油で合わせたし清いおつゆを好んだ.
しかし庶民たちに牛肉は 高根の花だった. それで庶民たちは両班たちが食べない牛の骨を利用してソルロンタンで食べることができた.
朝鮮時代王は先農壇で農業を勧奨して豊作を祈った祭祀である先農祭を執り行なって 直接畑を耕す親敬意式を 行った. 儀式を終えれば 民を慰めるために儀礼後残った肉と牛の骨を煮こんで沸かして分けてやったがこれがソルロンタンだ.
ソルロンタンは庶民たちが簡単にさっさと荒くご飯に湯をかけたお汁であることだ. 口当たりによって辛い唐辛子粉やニンニクなどを思う存分入れて食べた. どこにでも大きい釜かけておつゆ煮こんでご飯に湯をかけた.
しかし伝統あるヤングバンがではソルロンタンを遠ざけた. 味はあるが下層階層たちが作った食べ物だと思った. しかし直接ソルロンタン家に行く事はできないが人知れず配達させて食べた両班たちが多い位にソルロンタンの味は人気あった. そうするうちに徐徐にソルロンタンは世代と地位高廈を問わず国民の好んで食べる食べ物になった. 余暇文化が発達することができなかった数十年の前だけでも冷麺やソルロンタンに外食することが一般的なコースだった. キム・ヨンサム大統領集権の時も青瓦台でカルグッスと一緒にソルロンタンを食べる姿をよく TVで見られた.
ソルロンタンが生まれたソウルでコムタンスープを会ってみる. ソウルにはソルロンタンすればネノ−ラする家が多いがコムタンスープすれば断然こちら, 誰でもチォッソンに指折るソウルコムタンスープの至尊がある. その所は明洞に位した河東官だ.
歴代大統領たちが好んで食べたと言うのに特に朴正煕大統領はこの家コムタンスープが好きで青瓦台に配達させて食べたりしたし済州島を現場訪問した時もヘリに空手したりしたと言う.
またこの家が有名なことは早く門を閉めたからなのにその日割位だけ準備してすべて八面門を閉めたと言う. 12時半に門を閉める時もあったと言うのに今も盛んに営業する時間の 4時半なら間違いなく門を閉めて翌日の営業を準備する.
食事時間がずっと経ったのに食堂の中は一杯だ. 若い人々もたくさん尋ねるが古い行き付けたちもずっと捜す. こちらでは 10年になった行き付けは名刺も出す事ができない. 食卓も古くて器も古風である真鍮器に渡す. 真鍮器は管理するのが気難しい方なのに今は機械にするがこの前には稲のわらに瓦を碎いたパウダーをつけて来た家族と従業員たちが顔が映るほどにすべすべするように磨いたと言う.
河東官のコムタンスープはおつゆが羅州コムタンスープのように清くて透明だ. この清くて透明中に凉しくてきれいで深い味がひそんでいる. 今人々は肉特有のにおいが嫌だが昔の人々は肉においが好きだったし肉おつゆの油をのどの時をはがすと飲んだりした. 河東官のちょっと肉においがしながらも適当に油っこい味は 昔のソウル両班たちの好んで食べたソウル式コムタンスープの原型を見るようだ.
キッチンの底は油が染みこんですべすべだ. その日その日磨いても毎日毎日油仕事をするから生じたのだ. この家のお婆さんは ソウルブックチォンが両班出身の姑に受け継いだ腕前で昔の両班集の清くて淡泊なコムタンスープ味を引き続いている.
河東官コムタンスープに入って行くコッチャンと大腸は特別なおつゆ味を出す. も肉質が柔らかくて, 告訴して, 本当に肉おつゆ味をつけることができるヤジモリ, 事態, チァドルベギをすべて等しく使って, タングバブはそのままご飯を巻いてはよくかまなくて消化のうまくできない数があるから, 必ず乾かした殖やしたご飯を暖かくトリョムしてお客さんお膳に出す.
ソウル式コムタンスープの上げた肉はこぎれいに陽地獣肉と 内臓だけだ. 数十年の間まな板の上で踊ってから擦れて消えた刀は数え切れない位に毎日毎日多くの羊の肉を切る. 堅い鉄も 2年しかならない時間の間こんなに擦れた.
肉によって切る部屋食餌他の内臓の場合は斜めに切って陽地はきちんと垂直で切る. 両班集では肉を何番(回)かまなくても良いだけ薄く切り出して部位別でいちいち選んできちんとご飯の上に上げる. 肉水をトリョムしてトッベギではない真鍮器に盛ったら両班加衣コムタンスープ姿そのままだ. その昔たまに一度ずつ食べた深くて香ばしい味を思い浮かんで年寄りたちは数十年の間コムタンスープを食べて思い出を何度もじっくり考える.
お婆さんは一日もおかないでカクテギを盛る. コムタンスープやソルロンタンには違う すごいおかずが必要なしにおいしいカクテギさえあれば万事 OKなのにコムタンスープやソルロンタンがおいしい家にしてカクテギのまずい家がほとんどない. コムタンスープがおいしくてもカクテギがまずければがっかりするようになるほどにカクテギはコムタンスープを食べるのに非常に重要だ. こちらのカクテギは蛇足ないソウル式なのにソウル式カクテギは他の塩辛を入れないであみの塩辛一つだけ入れて凉しくてこぎれいな味が特徴だ.
毎日カクテギを盛る理由もこの家コムタンスープ味にカクテギが非常に重要だからだ. おつゆが重たくて濃いコムタンスープとやや酸っぱくよく熟れたカクテギは幻想の相性を見せる. コムタンスープ味を楽しんでここにカクテギおつゆを入れて飲んだら優に芸術だから割ばかりする. 歳月が変わりながら人々は両班たちのコムタンスープを自分たちの口に合うように変えてコムタンスープを身分の区別がない庶民の食べ物で作った.
行き付けが多い位この家でばかり通じる言語があるのにまずカクテギおつゆはカックグックだと言う. 従業員にカックグックをくれと言えばやかんにいっぱい盛られたカクテギおつゆを趣向どおり注いでくれる. カクテギおつゆはちょっと脂っこいかも知れないおつゆをさっぱりしてくれる.
また生卵を売るのにこれをコムタンスープの中で入れれば水炊きコムタンスープになる. 卵がコムタンスープの中に入ればニワトリ一匹になるのだ. 夢より夢合せが良い. 昔には栄養が不足だったからどこにでも卵一つさえ入れれば栄養満点の心強い食べ物になったりした.
この家には呼び次第に価格と量を調節して食べることができるし肉も内臓多く, 陽地たくさんすればお客さん趣向どおり油量までも調節して作ってくれる. そして冷や水一杯くれと言えば大きいコップに焼酒を盛ってくれるのに焼酒を冷や水だと言うことがおもしろい.
コムタンスープを作る人はばか正直な性分がコムタンスープとそっくり似ている. 人生を楽しむよりコムタンスープ一つを眺めて最高のコムタンスープを作るために数十年間骨を埋めて一杯の中にしゅうと精神を盛り込んだ. その味は代代孫孫つながって記憶の中に刻印された味になってその味は文化になった.
韓国文化だと呼ぶ大きな壁はこれらが作っておいた煙瓦一枚が集まって成り立ったことで大きな碧桃小さな煙瓦たちがなくては成り立つことができないものだ.
行商人の道によって伝わって伝わった味, 両班と庶民の身分高廈を問わずハンソッに一団となった香ばしくて濃い味, キョキョイ積もった歳月によって加わって加わった味. コムタンスープの濃い味と誠実な人を得るために長年の時間真心を注ぐお母さんの心は今も相変わらずもっと濃く染み出ている.