8月の1日から10日まで、ほぼ(途中7日に仕事の用事が入っている等した事から、6日の夜に、東京の我が家に帰ってきて、7日の夜、仕事を終えた後に、再び長野(nagano)県の別荘に戻った)、東京の我が家から自動車で2時間半程の、長野(nagano)県の高原地帯(避暑地)にある別荘(別荘とは言っても、比較的裕福な人々が保有する様な典型的な別荘ではなく、庶民的な中古の一戸建て住宅です)に滞在していたのですが(もっとも、1日の午後出て、10日は、早目に帰って来た事から、1日は、夜だけ、10日は、朝だけの滞在と言った感じ)、この時の別荘滞在、1日の夜から6日までを前半、7日の夜から10日の朝までを後半としたら(前半の方が長いですが。。。)、前半(1日の夜から6日)についての投稿です(後半の方は、面倒になってしまって写真を撮らなかったので投稿を省略)。
写真以下2枚。初日、行きに、中央高速道路(motorway)の双葉(futaba)S.A.(rest area)にて休んだ時に、売店で買って食べた物。二つ共、二人で分けて食べました。双葉(futaba)S.A.(rest area)は、山梨(yamanashi)県の、比較的、長野(nagano)県の中南部に近いareaにあります(ちなみに、山梨(yamanashi)県は、中部地方(東京圏と大阪・京都等を中心とする関西(kansai)大都市圏の間に跨る広い面積(面積は、韓国の70%位)を有する地方。最大都市は、名古屋)の県の内、東京圏に隣接する県の内の一つで、東京の我が家から、長野(nagano)県中南部の別荘に行く場合、高速道路(motorway)で、東京中心部西部→東京の西部郊外・近郊→山梨(yamanashi)県→長野(nagano)県中南部と自動車を走らせます)。双葉(futaba)S.A.(rest area)は、中央高速道路(motorway)のみならず、日本の全ての高速道路(motorway)のS.A.・P.A.(rest area)の中で、個人的に、談合坂(dangouzaka)S.A.(rest area)と並んで、最も、利用する頻度が高いS.A.・P.A.(rest area)です。通常、高速道路(motorway)のS.A.・P.A.(rest area)で休憩した際に食べる物については、写真を省略してしまうのですが、この時は、気が向いたので。。。
ほうとう(houtou)饅。一見、肉饅の様に見えますが、中に、ほうとう(houtou)(山梨(yamanashi)県で、昔から、家庭で、よく食べられている、山梨(yamanashi)県の郷土(地方)料理。うどんに似ているが、麺は、通常、平らな物で(すいとん状の物も有り)、汁(soup)は、味噌仕立てで、(通常)具の量が多い所に、特徴が有る)が入っています。ほうとう(houtou)饅は、ほうとう(houtou)と違って、昔から、山梨(yamanashi)県で食べられていた食べ物ではなく、まあ、現代、山梨(yamanashi)県料理の一つと言った感じだと思います。ほうとう(houtou)饅は、この時、初めて食べましたが、今一つでした(あえて、ほうとう(houtou)を、この様にして食べなくても。。。)と言った感じでした。
五平餅(gohei)餅。以下、五平餅(gohei)餅についての説明は、wikiを参考にしました。五平餅(gohei)餅は、長野(nagano)県南部の山間部を始めとする、中部地方南部の山間部の、伝統的な、郷土(地方)料理で、中部地方の高速道路のS.A.(rest area)等でも、売られています。五平餅(gohei)餅は、潰した、ご飯(rice)に、甘いタレ(sauce)(醤油又は味噌に、胡麻、胡桃、砂糖等を加えて作る)をかけ、香ばしく、串焼きにした、素朴な食べ物です。私も彼女も、五平餅(gohei)餅は、結構好きです。
別荘の風呂は、基本的に、シャワー(shower)で汗を流す時位にしか使わず、別荘滞在中、風呂は、全て別荘周辺の温泉を利用しています。別荘周辺には、温泉が、たくさん有りますが、お気に入りの温泉が有り、行く場所は、だいたい決まって来てしまいます。
この時の初日(1日目)に利用した温泉も、別荘周辺で、お気に入りの、温泉施設です。

この温泉施設の向かいにある、この温泉施設の駐車場の一つにて。。。
これは、この時に撮影した物ではありませんが、この温泉の駐車場にある写真を撮影した物。この温泉施設の、温泉露天(野外)風呂の一部の写真です。
この温泉施設のパンフレット(leaflet)から。。。この温泉施設は、男女別の共同風呂形式となっていて、共同温泉風呂が二つ有り、それぞれ、温泉露天(野外)風呂4個(風呂に、よって温度が違う。一つは、水風呂)と室内温泉風呂1個ずつ、これに加えて、サウナ(sauna)又は、洞窟温泉風呂(mist風呂)(温泉露天(野外)風呂の一つと一体化している)が有ります。二つ有る、共同温泉風呂の内、どちらが、男用共同風呂で、どちらが、女用共同風呂と固定的に決まっている訳では無く、日替わり交替で、それぞれの風呂が、男用共同風呂となったり、女用共同風呂となったりします。この温泉施設の、温泉露天(野外)風呂が点在する、森に囲まれた、野外エリア(area)は、ゆったりとしていて、周りの木々を眺めながら、ゆったりと、温泉露天(野外)風呂を楽しむ事が出来ます。わたしは、温度が、ぬるめの温泉露天(野外)風呂に、長時間、ゆっくりと浸かるのが好きです。尚、この温泉施設の温泉風呂は、源泉かけ流しです。
写真以下、6枚。初日の夕食は、別荘周辺の、イタリア料理レストランの一つで食べました。この店は、割と最近オープン(open)した店で、その存在を知ってから、ちょっと気になっていた店なのですが、この時初めて利用しました。このレストランのオーナー(owner)兼シェフ(chef)の奥様(妻)の実家が、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの歴史を持つ古い酒店(liquor store。元々は、造り酒屋(小規模日本酒会社)だった様。。)だった事から、このレストランは、その店舗の土地を再利用?した店で、日本庭園を有し、レストランの建物は、(新しく建て替えた物なのか、それとも、古い酒店の建物を大幅に改装した物なのかは、ちょっと分かりませんが、何れにしても)、古い酒店の建物だった頃の、丈夫な柱等の建築材等を再活用した建物となっています。(現在は、オーナー(owner)兼シェフ(chef)の奥様(妻)の実家は、農業を営んでいるのか、あるいは、酒店を経営していた時から、農業も兼業していたのか、あるいは、(オーナー(owner)兼シェフ(chef)の奥様(妻)の御両親は、既に仕事を引退していて)単なる家庭菜園なのかは、よく分かりませんが。。。)、このレストランのオーナー(owner)兼シェフ(chef)の奥様(妻)の実家は、畑を有していて、このレストランでは、オーナー(owner)兼シェフ(chef)の奥様(妻)の実家の畑で採れた野菜も、食材として使用している様です。
写真以下6枚。このレストランで食べた、初日の夕食。。。
前菜、三種。一人一皿ずつ。
水牛(water buffalo)のモッツァレラチーズ(Mozzarella)とラグーソース(Bolognese sauce。肉のsauce)の、パスタ(pasta)。一人一皿ずつ(一人前のパスタ(pasta)が、二皿(半分ずつ)に、取り分けて出されました)。
サラダ(salad)。一人一皿ずつ。
魚料理。一人一皿ずつ。
国産(日本産)豚肉のカツレツ(cutlet)。一人一皿ずつ。
トマト(tomato)とバジル(basil)のパスタ(pasta)。二人で分けて食べました。
このレストラン、美味しかったです。今後、お気に入りのレストランになりそうな、レストランです。
二日目の朝食は、普段、東京の我が家で食べている朝食と、基本的に、同じでした。二日目の午前中は、別荘の庭仕事等をして過ごしました。
写真以下28枚。二日目の昼食は、別荘周辺の、森の中にある燻製料理が自慢のレストランで食べ、その後、少し、のんびりした後、食後の運動程には、全くなりませんでしたがw、レストランの敷地を散歩しました。このレストランは、前は、お気に入りで、よく利用していましたが、今は、ちょっと飽きてきてしまって、たまに利用する程度です(もっとも、好きなレストランの一つである事には、変わりがありません)。
写真以下28枚。このレストランで、この時食べた食事と、このレストランの敷地内にて撮影した写真(このレストランの敷地内の風景例)。このレストランは、広大な敷地を有し、敷地内には、レストランの建物だけでなく、このレストランのオーナー(owner)が、自ら設計・デザイン(design)し、作った、様々な建物が建っています。このレストランのオーナー(owner)の建築のデザイン(design)の趣向は、何となく、縄文(jomon)時代の建物や、藤森 照信(fujimori terunobu)(私の別荘周辺出身の建築史学者・建築家。1946年生まれ)の作品に共通している部分があると思います(もっとも、藤森 照信(fujimori terunobu)が、建物の設計を行う様になったのは(建築家として活動する様になったのは)、このレストランのオーナー(owner)よりも後ですが。。。)。

写真以下5枚。この、森の中のレストランで食べた、二日目の昼食。
石釜で焼いたパンとハーブバター(herb butter)。
スモークサーモン(smoked salmon)。一人一皿ずつ。このレストランのスモークサーモン(smoked salmon)は、美味しいです。
野菜のスープ(soup)。一人一皿ずつ。
私が食べた、燻製(smoked)ステーキ(beefsteak)。
彼女が食べた、ローストチキン(roast chicken)。このレストランの、ローストチキン(roast chicken)は、美味しいです。この時は、食べませんでしたが、このレストランは、ハンバーグ(hamburger steak)も、美味しいです。









写真以下15枚。森の中のレストランで昼食を取り、少しレストランの敷地内を散歩したりした後、自動車で、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校(下の補足説明参照)の農場の販売所に移動し、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場のアイスクリーム(ice cream)を、おやつとして食べました。
八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校:1938年設立。私の別荘周辺にある、農業専門の高等教育機関。
写真以下15枚。八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の販売所の風景等。八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の販売所の建物は、少し個性的で、可愛い感じとなっています。
写真以下2枚。この時食べた、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場のアイスクリーム(ice cream)。
写真左、定番(一番人気の)バニラアイスクリーム(vanilla ice cream)。写真右、有機栽培緑茶(green tea)のアイスクリーム。二個共、二人で分けて食べました。八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場のアイスクリーム(ice cream)は、当然ながら、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の牛から絞られた新鮮な牛乳から作られています。
少し食べてしまってから撮影しましたが、バニラアイスクリーム(vanilla ice cream)。八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場のアイスクリーム(ice cream)は、別荘周辺の、(八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の販売所以外の)、農産物販売所でも売られていますが、やはり、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の販売所で食べる方が、何となく、美味しい様な気がしますw(気のせいかもしれないけど。。。w)。
写真以下2枚。これは、前にアップ(upload)した写真の再利用ですが、八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場の、レトルト(袋のまま、熱湯で温めるか、袋から出して、電子レンジ(microwave)で温めれば完成する、保存食品)の、チーズ(cheese)入りカレー(curry)。もちろん、同農場で作られたチーズ(cheese)が使われています。このカレー(curry)は、私は、結構好きです。

写真以下2枚。八ヶ岳(yatsugatake)中央農業実践大学校の農場周辺の風景。
写真以下2枚。今年の「星空の映画祭」(別荘周辺で、夏の夜に行われる、映画の、屋外上映会。途中、2007年から2009年の間は、休止していた。野外(屋外)映画館としては、日本で、最も標高が高い場所にあるそうです)のパンフレット(leaflet)。この時の別荘滞在時(この日ではない)に、この、「星空の映画祭」で、映画でも見ようかなと思っていたのですが、天気予報により、天気が心配だったので、結局見ない事にしました(雨でも上映するとの事でしたが、雨の中見るのも、ちょっと。。。と言う感じだったので。。。)。


「星空の映画祭」の会場周辺の風景。
写真以下26枚。この日、私の別荘周辺の縄文(jomon)時代の遺跡の一つの資料館を訪れました。私の別荘周辺は、縄文(jomon)時代(約16,000年前から2,300年前)において、日本で、特に、多くの人々が暮らしていた地域の一つであり、私の別荘周辺には、縄文(jomon)時代の遺跡が点在しています。この遺跡は、私の別荘周辺の縄文(jomon)時代の遺跡の一つで、縄文(jomon)時代中期(約5;000年前から4,000年前)を中心とした、集落遺跡(村の遺跡)です。この遺跡の資料館は、私の別荘周辺の縄文(jomon)時代の遺物の資料館の中で、代表的な資料館で、展示物の量については、どうか分かりませんが、少なくとも、縄文(jomon)時代の遺物の展示の施設面においては、私の別荘周辺の縄文(jomon)時代の遺物の資料館の中で、最も、しっかりしていると思います(公立の資料館で、私の別荘がある長野(nagano)県中南部の高原地帯(茅野(chino)市、原(hara)村、富士見(fujimi)町)の、中心都市(中心都市と言っても、小都市ですが。。)である、茅野(chino)市が運営しています)。
この資料館(この遺跡)の周辺は、よく散歩していますが、この資料館に入ったのは、久しぶりでした。日本の縄文(jomon)人が使っていた土器は、縄文(jomon)式土器と言います(ちなみに、縄文(jomon)人は、世界で最も早く土器を使い始めた人々の一つです(新たな発見があれば、話は別だが、少なくとも、現在(現時点)において、日本の縄文(jomon)人の使っていた土器(縄文(jomon)式土器)は、土器として世界最古の物の一つとなっている)。私は、前から、縄文(jomon)式土器の造形は、悪くないなと思っていたのですが(少なくとも、縄文(jomon)時代の次の時代の、弥生(yayoi)時代(約2,300年前から3世紀半ば)の、実用本位(実用性を最重視した)、弥生(yayoi)式土器よりも、ずっと良いと思っていました(縄文(jomon)式土器よりも、薄くて固い弥生(yayoi)式土器は、実用性においては、縄文(jomon)式土器よりも優れていましたが。。。))、特に、最近、改めて、縄文(jomon)式土器の造形は、(魅力の再発見と言うか)、ちょっと良いなと思う様になりました。

資料館のパンフレット(leaflet)の表紙。
写真以下3枚。この資料館のパンフレット(leaflet)から。。。
展示室の風景例。

写真上部、この資料館の収蔵品の内、この遺跡で出土された、縄文(jomon)式土器の例。。。
縄文(jomon)時代中期(約5;000年前から4,000年前)の遺物の例。一番左の土偶以外は、縄文(jomon)式土器。
写真以下3枚。この資料館の建物。
写真以下12枚。この資料館の展示品の例。。。
写真以下7枚。縄文(jomon)式土器。



この資料館のパンフレット(leaflet)から。。。何れも、この資料館の収蔵・展示品で、(この遺跡から発掘された物では有りませんが)、この遺跡周辺の、それぞれ、別の、縄文(jomon)時代の集落遺跡(村の遺跡)から、発掘された土偶(縄文(jomon)時代の土製の人形)です。写真左の土偶は、縄文(jomon)時代中期(約5;000年前から4,000年前)の土偶で、国宝に指定されています。この土偶は、縄文(jomon)時代の集落(村)の中央広場の跡から、完全な形のまま埋葬された状態で出土しました(パンフレット(leaflet)より。。。)。現在までに出土している土偶は、大半が何らかの形で破損しており、故意に壊したと思われるものも多くなっており(したがって、土偶は、祭祀などの際に破壊し、災厄などをはらうことを目的に製造されたという説もあります)(wikiより。。。)、この土偶の様に、完全な形のまま出土した土偶は、珍しくなっています。写真右は、縄文(jomon)時代後期前半(約4,000年前)の土偶です。
写真以下4枚。上で紹介した土偶。
写真以下2枚。縄文(jomon)時代中期(約5;000年前から4,000年前)の土偶です。この土偶の様に、完全な形のまま出土した土偶は、珍しくなっており、又、この土偶は、この周辺(八ヶ岳(yatsugatake)山麓。長野(nagano)県中南部の高原地帯)の縄文(jomon)時代中期(約5;000年前から4,000年前)の土偶の特徴を、よく表しています(パンフレット(leaflet)の文等を参考にしました)。この土偶は、国宝に指定されています。


写真以下2枚。縄文(jomon)時代後期前半(約4,000年前)の土偶です。


写真以下2枚。これまでの、発掘等を基に、縄文(jomon)時代の生活・文化を、推測し、復元した展示。。。以下、「」内の文は、国立科学博物館の解説を、ほぼ、抜粋した物です。
「日本人の祖先の暮らしは、旧石器時代人(原始的なアジア人)の質素な放浪性の狩猟生活から始まりましたが、縄文(jomon)時代には、狩猟採集生活と初歩的な栽培に基づく豊かな生活が、日本列島の多くの地域に定着しました」。
「縄文(jomon)時代(約16,000年前から2,300年前)、森と海の幸(食物資源)に恵まれた日本列島では、各地で多様な食物資源を利用する、定住性の生活が栄えていました。土器による煮炊きの技術は、食べ物の種類を増やし、栄養バランスの向上に役立ちました。縄文(jomon)犬は、小型の犬でしたが、イノシシ(wild boar)猟等、狩猟には欠かせない、パートナー(partner)でした」
この辺りの縄文(jomon)人は、鹿等を、よく食べていた様です。私は、それについての知識は、あまりないのですが、近年(近年と言っても、もうかなり前位かな。。。)、縄文(jomon)人は、前に想像されていたよりも、装飾品や服等、お洒落に、かなり力を入れていた事が分かって来ている様です。

写真以下5枚。資料館の周辺(資料館の裏)には、当時(縄文(jomon)時代)の、住居(家)が、復元されています。
この日(二日目)は、上の遺跡の、すぐ近くにある、温泉施設の温泉に入りました。この温泉施設の名前は、ずばり、「縄文(jomon)の湯」と言う名前です。この温泉施設は、別荘周辺の温泉施設の一つであり、又、茅野(chino)市(私の別荘がある長野(nagano)県中南部の高原地帯(茅野(chino)市、原(hara)村、富士見(fujimi)町)の、中心都市。中心都市と言っても、小都市ですが。。)が運営する、6つの、公営の温泉施設の内の一つです。
パンフレット(leaflet)から。。。この温泉施設は、男女別の共同風呂で、男用共同風呂、女用共同風呂、それぞれに、屋内泉風呂、温泉露天(野外)風呂、サウナ(sauna)等が有ります。この温泉施設は、前は、お気に入りで、よく利用していましたが、今は、時々利用する程度です。
この日(二日目)、遅目の時間に、別荘で食べた夕食の一部で、野菜サラダ(salad)。この日の夕食のメイン(main)の、おかずは、ステーキ(beefsteak)にしました(量よりも、質と言った感じで、私の別荘がある長野(nagano)県産の牛肉の、ヒレ肉(fillet)のステーキ(beefsteak)を少量、メイン(main)の、おかずとして食べました)。ちなみに、私は、この日は、昼食も、ステーキ(beefsteak)でしたが、牛肉好き(まあ、肉、全般が好きなのですが。。。)なので、全く問題ありません。。。
8月の初めの高原滞在&食べ物2へ続く。。。