去年の年末に、箱根(hakone)に、一泊二日の小旅行と言うか、保養に行って来た時の物です。箱根(hakone)は、日光(nikko)と共に、東京近郊を代表する観光地・保養地・避暑地となっています(箱根(hakone)は、日本有数の温泉地ともなっています)。
写真以下2枚。芦ノ湖(ashino湖)。芦ノ湖(ashino湖)(写真で見えているのは、一部)は、箱根(hakone)に有る大きな湖です。
この時は、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔にある、高級classのリゾート(resort)ホテル、箱根(hakone)ホテルに宿泊しました。箱根(hakone)ホテルに宿泊したのは、この時で2回目でした。箱根(hakone)ホテルは、富士屋(fujiya)ホテル(下の補足説明参照)系列のホテルで、(箱根(hakone)の山の中の温泉地にある)富士屋(fujiya)ホテルの、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔の別館として、1923年に開業しました。
富士屋(fujiya)ホテル:箱根(hakone)を代表する、高級resortホテルの一つ。富士屋(fujiya)ホテルは、前身の温泉旅館時代も含めると、14世紀末からの(600年以上もの)歴史を有する(近代的なリゾート(resort)ホテルに変わってからの歴史は、1878年から)、箱根(hakone)を代表する高級リゾート(resort)ホテルです(富士屋(fujiya)ホテルは、箱根(hakone)の仙石原(sengokuhara)地区に、箱根(hakone)で、最も古い歴史を有する(詳しくないのですが、少なくとも、現在営業されている箱根(hakone)のゴルフ場(golf course)の中では、最も古い)、ゴルフ場(golf course)(1917年開業)も有しています)。富士屋(fujiya)ホテルは、第2次世界大戦前には、日本国内のみならず、(日本以外の)東・東南アジア在住の欧米人富裕層の間でも、東洋有数のリゾート(resort)ホテルとして知られていました。富士屋(fujiya)ホテルには、今まで、チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)、ヘレン・ケラー(Helen Keller)、ジョン・レノン(John Lennon)・小野 洋子(ono yoko)夫妻等、世界的な著名人も訪れています。富士屋(fujiya)ホテルには、フランス料理を中心とした西洋料理レストランで有る、広々とした主食堂(main dining room)、「The Fujiya」の他に、カジュアル(casual)な雰囲気の洋食レストラン、日本料理レストラン、バー(bar)、ティーラウンジ(tea lounge)、屋外プール(swimming pool)、(源泉かけ流しの温泉が使われている)室内温水プール(swimming pool)等が有り、また、全ての客室の風呂には、源泉かけ流しの温泉が引かれています。富士屋(fujiya)ホテルは、古い建物が、良く残されており、建物自体、歴史的な価値が高い物となっています。
写真以下8枚。参考に、富士屋(fujiya)ホテルについての説明です。
写真以下4枚。富士屋(fujiya)ホテルのパンフレット(leaflet)から。。。
富士屋(fujiya)ホテルの敷地の地図。地図の左上の大きな建物は、フォレストロッジ(forest lodge)。フォレストロッジ(forest lodge)は、1887年に建てられた、先代のフォレストロッジ(forest lodge)の建物が取り壊された後、1960年に建てられた建物です。富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内に建つ、主な建物の中で、最大級且つ、最も新しい建物で、主に客室として使われています。他の富士屋(fujiya)ホテルの主な建物は、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣の有る近代建築の建物ですが(ただし、菊華荘(kikkaso)を除く。菊華荘(kikkaso)は、日本伝統式の建物)、戦後に建てられたフォレストロッジ(forest lodge)の建物は、現代建築の建物です。地図の下側の建物は、左から順に(地図で色が濃く塗られている建物のみ)、花御殿、西洋館、本館、主食堂(main dining room)の建物、道路を挟んで、菊華荘(kikkaso)です。花御殿は、1936年に建てられた建物で、主に客室として使われています。花御殿の建物は、他の多くの富士屋(fujiya)ホテルの、主な建物と同様、第2次世界大戦前に建てられた、(日本の伝統的な要素も多く取り入れられた)趣の有る近代建築の建物で有る事と、現存する、宿泊可能な、第2次世界大戦前に建てられた、富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、最大規模で有る事から、現在の富士屋(fujiya)ホテルの象徴的な建物として、富士屋(fujiya)ホテルのイメージ写真に、よく使われる建物です。西洋館は、Comfy Lodge、Restful Cottageと言う、二つの建物からなります。1906年に建てられた建物で、客室として使われています。西洋館とは言うものの、建物の外観には、日本の伝統的な要素が、多く取り入れられています。現存する宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、本館(1891年完成)、菊華荘(kikkaso)(1895年完成)に次いで、古い建物です。本館は、1891年に建てられた建物で、主に、ロビー(Lobby)と客室として使われています。富士屋(fujiya)ホテルの玄関の役割を果たしている建物で有ると供に、現存宿泊可能な富士屋(fujiya)ホテル建物の中では、最も古い物です。主食堂(main dining room)の建物は、1930年に建てられた建物で、主に、主食堂(main dining room)の建物として使われています(主食堂(main dining room)の他、カジュアル(casual)な雰囲気の洋食レストラン、バー(bar)が入っています)。菊華荘(kikkaso)は、1895年に建てられた物で、元々は、皇室(天皇の一族)の箱根(hakone)の別荘でしたが、1946年に、富士屋(fujiya)ホテルが敷地と供に譲り受け、富士屋(fujiya)ホテルの一部となりました。主に、富士屋(fujiya)ホテルの日本料理レストランとして使われています。この他、富士屋(fujiya)ホテルの広い敷地内にある、主な建物として、アイリーと言う建物(1884年に建てられた物で、現存する富士屋(fujiya)ホテルの建物の中では、 最も古い物です。昔は、客室として使われていたみたいですが、現在は、文化財として、建物が保存されているだけ?の様です)とカスケードルーム(cascade room)の建物(1920年に建てられた建物で、宴会場のカスケードルーム(cascade room)(元は、ballroomとして使われていた)が入っています)があります。私は、今まで、富士屋(fujiya)ホテルは、本館、西洋館、花御殿に宿泊した事があります。また、菊華荘(kikkaso)(宿泊も可能)は、宿泊はした事がありませんが、食事はした事があります(その時は、富士屋(fujiya)ホテルに宿泊しないで、食事だけした)。
写真左下は、富士屋(fujiya)ホテルの室内温水プール(indoor swimming pool)。花御殿の地下にある、富士屋(fujiya)ホテルの、(源泉かけ流しの温泉が使われている)モダン(modern)な室内温水プール(indoor swimming pool)は、日本で、第2次世界大戦前に作られ、現存し、実際に、まだ使われている、リゾート(resort)ホテルの、室内温水プール(indoor swimming pool)として、貴重な物となっています。この室内温水プール(indoor swimming pool)は、富士屋(fujiya)ホテルの庭園内に有る、屋外プール(outdoor swimming pool)(夏のみ営業)と同様、富士屋(fujiya)ホテルの宿泊者は、無料で利用する事が出来ます。
富士屋(fujiya)ホテルの主食堂(main dining room)。
富士屋(fujiya)ホテルのバー(bar)。
写真以下4枚。前にkjでアップ(upload)した写真の再利用。富士屋(fujiya)ホテルの主食堂(main dining room)。富士屋(fujiya)ホテルの主食堂(main dining room)は、フランス料理を中心とした西洋料理レストランとなっています。ちなみに、富士屋(fujiya)ホテルの、現在の、(西洋料理部門の)厨房(食事を作る調理場)は、1920年に建てられた物で、総ガラス(glass)張りの天井からは、自然光が取り入られ、80年以上経った、現在でも、現役で使われています(ホテルのsiteを参考にしました)。同厨房(富士屋(fujiya)ホテルの、現在の、(西洋料理部門の)厨房(食事を作る調理場))は、完成当時、最新だった、電気式の設備を用いていた為、関東大震災(1923年に東京圏を襲った巨大地震)でも、火事を出す事はなく、当時、「東洋一の厨房」と呼ばれたそうです。
写真以下54枚。この時、私達が宿泊した、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔にある、高級classのリゾート(resort)ホテル、箱根(hakone)ホテル。箱根(hakone)ホテルは、(箱根(hakone)の山の中の温泉地にある)富士屋(fujiya)ホテルの、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔の別館として、1923年に開業しました。
写真以下6枚。箱根(hakone)ホテルに飾ってある、箱根(hakone)ホテルの歴代の建物の写真を利用して、箱根(hakone)ホテルの歴史について説明します。
箱根(hakone)ホテルは、富士屋(fujiya)ホテルが、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの歴史を有していた、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔の旅館、「はふや(hafuya)」を買収し、建物を建替えて、富士屋(fujiya)ホテルの、芦ノ湖(ashino湖)の湖畔の別館として、1923年に開業した、リゾート(resort)ホテルです。
箱根(hakone)ホテルの初代の建物で、1923年6月の、箱根(hakone)ホテル開業時の建物です。日本式の客室と西洋式の客室を有していました。著名人も訪れ、前途洋々でしたが、この、箱根(hakone)ホテルの初代の建物は、3ヶ月後に、関東大震災(1923年に東京圏を襲った巨大地震)により全壊してしまいました。ちなみに、箱根(hakone)の山の中の温泉地にある、富士屋(fujiya)ホテルも、関東大震災(1923年に東京圏を襲った巨大地震)により、ある程度の被害を受け、翌年(1924年)の夏頃まで、営業を休止しました。もちろん、現存している、富士屋(fujiya)ホテルの建物に関しては、現在は、しっかりとした耐震補強がなされていると思います。
1926年に建てられた、2代目の箱根(hakone)ホテルの建物です。この建物は、1930年に、豆相(zosou)地震(下の補足説明参照)により、全壊してしまいました。ちなみに、豆相(zosou)地震における、富士屋(fujiya)ホテルの被害は、軽微だった様です。
豆相(zosou)地震:以下、豆相(zosou)地震に関する説明は、箱根(hakone)温泉旅館協同組合のsiteを参考にしました。関東大震災(1923年に東京圏を襲った巨大地震)の深い傷跡から、箱根(hakone)がようやく立ち直りつつあった、1930年に、伊豆(izu)半島及び箱根(hakone)を中心に起きた、箱根(hakone)直下型の大地震。死者13名。負傷者28名に及んだ。特に、震源地に近い、芦ノ湖(ashino湖)周辺(元箱根(元hakone)・箱根(hakone)町地区)は、大きな被害を受けた。地震直後においては、芦ノ湖(ashino湖)の水位は、1m以上、上昇し、箱根(hakone)ホテルがある、箱根(hakone)町地区では、地震により、150戸の内、120戸が、全壊又は半壊すると言う状態であった。
1931年に建てられた、3代目の箱根(hakone)ホテルの建物(本館)です。短い期間の間に、大地震により、建物が2回も全壊したのに、懲りたのか、地震の損害を受けにくい建物として、地震で、屋根が崩れても、人への衝撃が和らげられるよう、屋根は、三角形の空洞の物とされました。うーん、何もしないよりもましですが、この頃の、地震対策は、まだ幼稚ですね。。。
写真左側は、1934年に建てられた、箱根(hakone)ホテルの新館の建物です。箱根(hakone)ホテルは、日本海軍の斡旋で、ドイツ海軍と、1945年5月1日から、(ドイツ海軍に)ホテルを賃貸する契約を結び、1945年5月から、1947年2月にドイツ海軍が引き揚げるまでの、約2年弱の間、一般の営業を休止していましたが(1947年3月に、一般の営業を再開しました)、その期間中(1946年2月)、ドイツ海軍が使用していた新館が、失火による火災により焼失してしまいました(これにより、1934年に建てられた、新館は、失われてしまいました)。
1951年に建てられた、箱根(hakone)ホテルの、新しい、新館の建物です。スペイン(Spain)風の建物でした(私は、この建物の時代の箱根(hakone)ホテルに宿泊していませんが。。。)。
先代の箱根(hakone)ホテルの姿。奥(芦ノ湖(ashino湖)側)の比較的大きな建物が新館(1951年完成)、手前の比較的小さな建物が、本館(1931年完成)。両建物共、老朽化と、より現代的且つ機能的な建物にしたかった為?、現在の箱根(hakone)ホテルの建物(1992年完成)に建替えられてしまい、現存していません。
写真以下、5枚。ホテルのパンフレット(leaflet)より。。。
現在の箱根(hakone)ホテルの建物。スペイン(Spain)風の先代の建物(新館)とは異なり、1992年完成の、現在の箱根(hakone)ホテルの建物は、現代建築のデザインホテル(design hotel)となっていますが、建物の、全体的な形は、何となく、先代の建物(新館)の形を引き継いでいる様な気もします。もちろん、建物の耐震設計は、きちんと成されていると思います。
ホテルのレストラン等。写真左上は、このホテルの主食堂(main dining room)です。
ホテルの客室。

ホテルのレストラン等。一番大きな写真は、このホテルの主食堂(main dining room)。フランス料理を中心とした西洋料理のレストランです。この時は、夕食、朝食共に、このレストランで食べました。
写真左下、このホテルの温泉共同風呂の、温泉露天(野外)風呂(半露天(野外)風呂)。このホテル(箱根(hakone)ホテル)は、温泉風呂は、共同風呂としては、かなり小さな、屋内温泉風呂と温泉露天(野外)風呂(まあ、半露天(野外)風呂と言った感じかな。。。)が、一個ずつある、共同温泉風呂が一つ(一箇所)しかなく(形式としては男女別の共同温泉風呂だが、共同温泉風呂が、男女別に一つずつ(一箇所ずつ)ある訳ではなく、一つ(一箇所)しかないので、時間交替制になっている)、温泉保養を目的とする人には、不向きの宿泊施設です。共同温泉風呂の温泉露天(野外)風呂(半露天(野外)風呂)は、湯の質は、いいですが、小さいです(貸切り風呂の大きさ位しかなく、三人入れば、一杯と言う感じ。。。)。また、共同温泉風呂の屋内温泉風呂も、四人から五人入れば、一杯と言う感じです。
写真以下14枚。このホテル(箱根(hakone)ホテル)の建物。







写真以下2枚。ホテルにて。。。


写真以下15枚。ホテルの客室(この時、私達が宿泊した客室)。このホテルの客室の中では、安いclassの客室に泊まりました。





写真以下2枚。バスルーム(bathroom)。


写真以下5枚。ホテルの客室(この時、私達が宿泊した客室)から見た景色。初日は、生憎、雲の多さや、空気の湿度の関係から、富士山は、見られませんでした。
写真以下5枚。ホテルのカフェ(cafe)で、おやつを食べました。

写真以下2枚。この時、ホテルのカフェ(cafe)で食べた、おやつ。。。
私が食べた、パンを使った、個性的なティラミス(tiramisu)。富士屋(fujiya)ホテルの食パン(pain de mie)を使用し、食パン(pain de mie)には、苺のリキュール(liqueur)と、エスプレッソコーヒー(espresso)が染み込ませてあるそうです。また、濃厚な味のマスカルポーネ(mascarpone)のクリーム(cream)とココアパウダー(cocoa powder)の組み合わせは、ホテルのカフェ(cafe)の暖炉の前で、寄り添うカップル(couple)をイメージした物なのだそうです。まあ、味は、格別美味しいと言う程ではなく、まあまあ美味しいと言った感じでした。
彼女が食べた、モンブラン(Mont Blanc)(彼女は、結構、モンブラン(Mont Blanc)が好きです)。このカフェ(cafe)で提供されているモンブラン(Mont Blanc)は、おそらく、富士屋(fujiya)ホテルのティーラウンジ(tea lounge)で提供されているモンブラン(Mont Blanc)と同じモンブラン(Mont Blanc)だと思います。
写真以下2枚。おやつを食べた後、少し、ホテルの前を散歩しました。
写真以下3枚。初日、夕食前に、道路を挟んで、ホテルの向かいにある、夕霧荘(yugiriso)と言う、小規模な中級classの温泉旅館の温泉風呂に入りました(前述の通り、箱根(hakone)ホテル(この時、私達が宿泊したホテル)の温泉は、総合的に、魅力的ではありません)。夕霧荘(yugiriso)は、宿泊者以外でも、温泉を利用する事が出来ます。夕霧荘(yugiriso)は、宿泊した事がありませんが、夕霧荘(yugiriso)の温泉を、利用したのも、この時が初めてでした。夕霧荘(yugiriso)は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)の本陣(honji)(下の補足説明参照)の跡に、1923年に開業した温泉旅館です(建物は、時代に合わせて、建替えられている様です)。
本陣(honji):江戸(edo)時代に、地方領主、役人、皇族(天皇の一族)、貴族等が宿泊する場所として指定された家。
夕霧荘(yugiriso)は、全般的に、狭苦しい印象を受けましたが、箱根(hakone)と言う、東京近郊を代表する観光地にあり、温泉旅館の中では、(香港人、台湾人、韓国人、アメリカ・オーストラリア等英語圏の人々の宿泊も多い感じで)外国人への対応が、ある程度慣れている感じで、また、食事も、日本の温泉旅館の食事としては標準的な感じの様なので、韓国の方が、初めて利用する、日本の温泉旅館としては、悪くないかもしれません(ただし、2度目以降は、もっと特徴のある、温泉旅館に泊まってみるのが、個人的には、お勧めですが。。。)。
写真以下3枚。夕霧荘(yugiriso)のパンフレット(leaflet)より。。。
夕霧荘(yugiriso)のロビー(lobby)。
写真以下2枚。夕霧荘(yugiriso)の温泉風呂。夕霧荘(yugiriso)の温泉風呂は、男女別の共同風呂となっており、男用共同温泉風呂、女用共同温泉風呂、それぞれに、屋内温泉風呂と温泉露天(野外)風呂が一つずつあります。小規模な温泉旅館なので、共同温泉風呂は、大きな物ではありません。
男用共同温泉風呂の、屋内温泉風呂(左)と温泉露天(野外)風呂(右)。
女用共同温泉風呂の、屋内温泉風呂(左)と温泉露天(野外)風呂(右)。
夕霧荘(yugiriso)の温泉風呂は、温泉露天(野外)風呂の湯の質が、いい感じでした。
写真以下6枚。ホテルのレストランで食べた、この日(初日)の夕食。全て一人一皿ずつです(写真は、一人分)。これにパンが付きます。
写真以下2枚。小海老と帆立を使った前菜、柚子の香り。
スミレ(viola)色のミネストローネスープ(minestrone)。
魚のメイン(main)料理。富士屋(fujiya)ホテル(又は箱根(hakone)ホテル)の古い(おそらく1930年代以前のメニュー(menu)に載っていた)料理の一つ。鮮魚(新鮮な魚)のグラタン(gratin)、ボンファム(bonne femme)風。オランデーズソース(Hollandaise sauce)。
肉のメイン(main)料理。ステーキ(beef steak)(トゥルヌド(tournedos))、トリュフ(truffle)香る、マルサラ(Marsala)ソース(sauce)。
デザート。
写真以下、翌日、ホテルの部屋(この時、私達が宿泊した部屋)から見た景色。。。翌朝は。富士山が見えました。
正面の山は。富士山。富士山(標高3,776m)は、日本で最も高い山であると共に、その形の美しさから、世界的に名が知られている山です。
箱根(hakone)小旅行&食事後編へ続く。。。