以下、「以下、湘南(syonan)滞在&食べ物前編からの続き。。。」と言う文までは、前回の投稿と、ほぼ同じ文です。
9月の前半に、(両親が旅行中に)、両親の、湘南(syonan)areaの別荘を利用させて貰って、滞在し、仕事をしたり、のんびりしたりしていた時の物です。
両親は、東京都心部の我が家の近所の実家(元々、母方の祖父母の家。現在は、両親が引き継いで暮らしている)に暮らしているのですが、15年程前に、湘南(syonan)areaに、父が仕事を引退したら暮らす為の別荘(別荘とは言っても、典型的な別荘ではなく、普通の一戸建て住宅です)を購入しました。父が、半分、定年退職状態になってからは(父は、会社員です)、両親は、基本的に、一週間の内の、半分を、東京都心部の我が家の近所の実家(元々、母方の祖父母の家。私の母にとっては、元々両親の家。ちなみに、母は、一人っ子です)、もう半分を、保養と気分転換に、湘南(syonan)areaの別荘で過ごしています。
東京近郊の、茅ヶ崎(chigasaki)、江ノ島(enoshima)(藤沢(fujisawa))、(以下は、三浦(miura)(半島)areaとして、湘南(syonan)には、含めない考え方もあるが、私は、湘南(syonan)に含めて考えている。このへんは、地元の人も、結構大雑把だと思う)、鎌倉(kamakura)、逗子(zushi)、葉山(hayama)、横須賀(yokosuka)(西海岸の一部)等から成る、湘南(syonan)は、東京都心部方面から見て、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)である、大きな港町)の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊のビーチリゾート(beach resort)地となっています。湘南(syonan)は、海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近く有る様な気がします。
以下、湘南(syonan)滞在&食べ物前編からの続き。。。
以下、この時の2日目(以下、この日と書きます)からです。この日(2日目)、朝寝坊をし、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で食べた、遅い朝食兼昼食は、普段、東京の我が家で食べている朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と基本的に、同じでした。この時、両親の、湘南(syonan)areaの別荘に滞在中に食べた、朝食(遅い朝食兼昼食)は、何れも、普段、東京の我が家で食べている朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と基本的に、同じでしたが、パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt)の他に、目玉焼き(fried egg)等を、食べていました。
この日は、遅い朝食兼昼食を食べた後は、しばらく、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で、(両親の、湘南(syonan)areaの別荘に持ち込んだ)仕事をしたり、のんびりしたりしていたのですが、夕方頃、driveに出ました。
写真以下22枚。湘南(syonan)の(湘南(syonan)の鎌倉(kamakura)の)、海沿いをdrive。
写真以下5枚。ちょっと腹が減っていたので、まず、鎌倉(kamakura)(湘南(syonan))で、お気に入りの、ハンバーガー(hamburger)レストラン(海沿いにあります)に、間食として、ハンバーガー(hamburger)を食べに行きました。このハンバーガー(hamburger)レストランの、ハンバーガー(hamburger)は、小さ目なので、軽く食事をするのに、調度良いです。
写真以下5枚。この時、このハンバーガー(hamburger)レストランで食べた、ハンバーガー(hamburger)。
彼女が食べた、アボカド(avocado)チーズ(cheese)バーガー(burger)。
写真以下4枚。私が食べた、アボカド(avocado)ゴルゴンゾーラ(Gorgonzola)バーガー(burger)。この店の、ゴルゴンゾーラ(Gorgonzola)バーガー(burger)は、お気に入りとなっています。
彼女が、自動車の中から撮った写真。向こうに見える島は、狭義の江ノ島(enoshima)です。狭義の江ノ島(enoshima)は、広義の江ノ島(enoshima)(狭義の江ノ島(enoshima)を含む、狭義の江ノ島(enoshima)周辺のarea)にある、小さな島です(私の投稿においては、単に江ノ島(enoshima)と言う場合、広義の江ノ島(enoshima)の事を意味します)。狭義の江ノ島(enoshima)は、江島(enoshima)神社(shrine)(552年創建と言われている、非常に歴史の古い、神道の神社(shrine)。ただし、建物は、時代に合わせて、建替えられています)を中心とした島で(狭義の江ノ島(enoshima)には、ヨットハーバー(marina)(1964年完成)や、多くの食堂等がありますが、島全体が、江島(enoshima)神社(shrine)の敷地と言った感じです)、古くから、多くの人々の信仰を集めて来ました。狭義の江ノ島(enoshima)は、中世の頃(12世末頃)からの行楽地で、特に、17世紀から現在に至るまで、庶民の行楽地として栄えて来ました。狭義の江ノ島(enoshima)と陸(島の周辺の街・ビーチ(beach))は、橋で結ばれています。狭義の江ノ島(enoshima)の風景は、湘南(syonan)を象徴する(湘南(syonan)を特徴付ける)風景となっています。
写真以下3枚。向こうに見える島は、狭義の江ノ島(enoshima)。
写真以下2枚。向こうに見える島は、狭義の江ノ島(enoshima)。
写真右端に見える島は、狭義の江ノ島(enoshima)。
湘南(syonan)の、海沿いをdriveした後は、八景島(hakkeijima)sea paradise(下の補足説明参照)の、すぐ近くにある、ミネラル(mineral)を多く含んだ海水を使った風呂が特徴の、共同風呂施設に、風呂に入りに行きました。
八景島(hakkeijima)sea paradise:横浜の郊外の海沿いに有る、遊園地を併設した規模の大きな水族館。遊園地部分を含む敷地面積は、約24ha(70,000坪以上)有ります。湘南(syonan)areaに近い、横浜郊外(三浦(miura)半島の東の付け根。ちなみに、鎌倉(kamamura)は、三浦(miura)半島の西の付け根に位置しています)にあります。三浦(miura)半島は、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町。東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の中心都市)と、湘南(syonan)areaの間に位置する半島で、東京area(東京圏)に暮らす人々にとっての、海沿いの保養地となっています。三浦(miura)半島は、横浜市の南端部、鎌倉(kamamura)市の南部(海岸部)、逗子(zushi)市、葉山(hayama)町、横須賀(yokosuka)市、三浦(miura)市によって構成されており、横浜市の南端部は、三浦(miura)半島の東の付け根、鎌倉(kamamura)市の南部(海岸部)は、三浦(miura)半島の西の付け根に位置し、逗子(zushi)市、葉山(hayama)町、横須賀(yokosuka)市、三浦(miura)市が、本格的な、半島部(三浦(miura)半島)を構成しています。
この共同風呂施設は、露天(野外)風呂を含む、様々な風呂(それぞれ、7種類の風呂)とサウナ(sauna)を有する、共同風呂が、二つあり、どちらが、男用共同風呂、どちらが、女用共同風呂と、固定的に決まっている訳ではなく、男用共同風呂と、女用共同風呂が、一週間毎に、入れ替わるようです。この共同風呂施設は、前から、ちょっと気になっていて、一度利用して見ても良いかなと思っていたのですが、この時、初めて利用しました。この共同風呂施設、入浴料金に比べて、あまり大した事ない、共同風呂施設でした(ちょっと期待外れ)。
この共同風呂施設の、風呂の例。
写真以下2枚。この共同風呂施設の風呂の例。この共同風呂施設のパンフレット(leaflet)より。。。この共同風呂施設は、様々な風呂があります。


一番下の風呂は、薬草の風呂です。
写真以下4枚。この日の夕食は、前から、ちょっと気になっていた、横浜の郊外(湘南(syonan)areaに近い、横浜郊外)の、焼き肉レストランで食べました。この焼肉レストランは、この日、利用した共同温泉風呂施設から、両親の、湘南(syonan)areaの別荘に帰る途中(この日、利用した共同温泉風呂施設と、両親の、湘南(syonan)areaの別荘の間に)あります。この焼肉レストランは、山形(yamagata)牛(山形(yamagata)県(日本の東北地方の県の一つ。高品質な牛肉の、有名な産地の一つ)産の、高品質な牛肉(黒毛和牛(日本原産の高級牛肉))や、その他の、国産(日本産)の和牛(日本原産の高級牛肉)の焼肉を、自慢のメニュー(menu)とする、焼肉レストランです。この焼肉レストランは、この時、初めて利用しましたが、美味しかったです。この辺りは、仕事の用事で、よく訪れるので、この焼肉レストラン、今後、お気に入りの、焼肉レストランとなるかもしれません。
写真以下4枚。この焼肉レストランで食べた、この日の夕食。全て、二人で分けて食べました。この他、ご飯(rice)を食べました。
サラダ(salad)。
写真以下3枚。焼肉。全て牛肉です(ちなみに、日本で、単に(単純に)焼肉と言う場合、通常、牛肉の、焼肉の事を意味します)。
和牛(日本原産の高級牛肉)の、盛り合わせ。サーロイン(sirloin)、ランプ(rump)、ササミ(sasami。腹の肉の部位の一つ)。
山形(yamagata)牛(山形(yamagata)県(日本の東北地方の県の一つ。高品質な牛肉の、有名な産地の一つ)産の、高品質な牛肉(黒毛和牛(日本原産の高級牛肉))の、ロース(loin)と、カルビ(galbi)。
和牛(日本原産の高級牛肉)の、カイノミ(kainomi。ヒレ肉(fillet)に近い部位)。
この日の夜と、この翌日の夜、この翌々日の夜は、両親の、湘南(syonan)areaの別荘に置いてある、お酒(spirits)の中から、ウイスキー(whisky)を2本程(2本とも、丸々、一本分の量、飲んだ訳ではありませんがw)、頂いてw、ロック(on the rocks)で飲んだのですが、写真は、そのウイスキー(whisky)(この他にも、この時、両親の、湘南(syonan)areaの別荘に滞在中、夜、ちょこちょこっと(少しずつ)、両親の、湘南(syonan)areaの別荘に置いてある、お酒(spirits)を、幾つか飲みましたw)。左、Nikka(下の補足説明参照)の鶴(tsuru)17年と言うウイスキー(whisky)(Nikkaの最高級classの、ウイスキー(whisky)の一つです)、右、Old Parrの12年。
Nikka:サントリー(Suntory)(1899年創業の、日本の大規模whisky会社。本社は、大阪)と共に、日本を代表するウイスキー(whisky)会社(サントリー(Suntory)と共に、日本の2大、ウイスキー(whisky)会社)。1934年、北海道(hokkaido)で創業。
この日の夜、ウイスキー(whisky)等と共に、食べた、おつまみ。生ハム(ham)、トマト(tomato)、ゴルゴンゾーラチーズ(Gorgonzola)(ちなみに、ゴルゴンゾーラチーズ(Gorgonzola)は、これと同じ製品を、前日の夜も、ワイン(wine)と共に、食べました)。
この翌日(3日目。以下、この日と書きます)は、朝寝坊をし、(両親の、湘南(syonan)areaの別荘で)遅い朝食兼昼食を食べた後は、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で、(両親の、湘南(syonan)areaの別荘に持ち込んだ)仕事をしたり、のんびりしたりして過ごしました。
写真以下5枚。この日の夕食は、ロイヤルホスト(royal host)の鎌倉(kamaura)山店(鎌倉(kamaura)山の店舗)で、食べました。ロイヤルホスト(royal host)は、denny"sの様な、ファミリーレストラン(family restaurant。主に家族客層を想定した(もっとも値段を含めた手頃さ・気楽さから、若者や若いカップル(couple)の利用も多い)大衆レストラン)のchain店で、日本全国に、店舗を展開しています。ロイヤルホスト(royal host)は、ファミリーレストラン(family restaurant)のchain店の中では、比較的、内装や雰囲気等が、落ち着いていますが、ロイヤルホスト(royal host)の鎌倉(kamaura)山店(鎌倉(kamaura)山の店舗)は、ロイヤルホスト(royal host)の店舗の中でも、比較的、落ち着いている方だと思います。ちなみに、鎌倉(kamakura)山は、山では無く、鎌倉(kamakura)市の西部に位置する標高100m程の丘陵地で、1920年代に、高級別荘地として開発され、現在も、高級住宅地・別荘地となっています。
写真以下5枚。ロイヤルホスト(royal host)の鎌倉(kamaura)山店(鎌倉(kamaura)山の店舗)で食べた、この日の夕食。
付け合せ(side dish)のスープ(soup)。一人一皿ずつ。二人共、同じスープ(soup)を選びました。
写真以下2枚。メイン(main)料理。30日以上、熟成させた、アメリカ産、アンガス牛肉(Certified Augus Beef brandの牛肉)の、リブロース(rib・short loin)、ステーキ(beef steak)。二人共、同じ物を食べました(写真は、一人分)。これと、あと、二人共、ご飯(rice)を食べました。
汚くて、申し訳ありませんが、食べている途中の様子。
写真以下2枚。デザート(dessert)。この時は、二人共、軽いデザート(dessert)を食べました。
私が食べた、塩キャラメル(caramel)アイスクリーム(ice cream)と、ベルギー(Belgium)産のチョコレートを使った、チョコレートのアイスクリーム(ice cream)。
彼女が食べた、一口サイズの(とても小さなサイズ(size))の、サンデー(sundae)。
この翌日(4日目。以下、この日と書きます)は、昼食と夕食関連で、外出した以外、基本的、一日中、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で、(両親の、湘南(syonan)areaの別荘に持ち込んだ)仕事をしたり、のんびりしたりして過ごしていました。この日の朝食は、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で食べ、昼食は、ロイヤルホスト(royal host)の鎌倉(kamaura)山店(鎌倉(kamaura)山の店舗)で、カレー(curry)を食べました(彼女は、ブイヤベース(bouillabaisse)カレー(curry)(シーフード(seafood)カレー(curry))を、私は、牛肉のカレー(curry)を食べました。ちなみに、ロイヤルホスト(royal host)の、ブイヤベース(bouillabaisse)カレー(curry)は、私は、何回か食べていますが、美味しいです)。
ちなみに、私の長野(nagano)県の別荘(別荘とは言っても、比較的裕福な人々が保有する様な典型的な別荘ではなく、庶民的な中古の一戸建て住宅ですが。。。)も、そうですが、両親の、湘南(syonan)areaの別荘も、眺めが良く(窓等からの景色が良く)、そこで過ごしているだけで快適です(まあ、長野(nagano)県の、私の別荘に滞在中は、周辺の森をハイキング(hiking)・散歩したり、周辺をdriveしたり、何だかんだ言って、出掛ける事が、多いのですが。。。)。
写真以下6枚。この日の夕食は、宅配(deliver)ピザ(pizza)のチェーン(chain)(Domino’s Pizza)のピザ(pizza)を、自動車で、持ち帰り(takeout)し、両親の、湘南(syonan)areaの別荘で食べました。
写真以下6枚。両親の、湘南(syonan)areaの別荘で食べた、この日の夕食。宅配(deliver)ピザ(pizza)のチェーン(chain)(Domino’s Pizza)で、持ち帰り(takeout)したピザ(pizza)。二人分。この夕食時(この日の夕食時)は、飲み物は、ビール、炭酸飲料(soda pop)等を飲みました。ピザ(pizza)は、何切れか余り、余った分は、翌日の朝食の一部として食べました。
左、イベリコ(Iberian)豚肉の、トマト(tomato)ソース(sauce)ピザ(pizza)。右、色々なピザ(pizza)の組み合わせ。
イベリコ(Iberian)豚肉の、トマト(tomato)ソース(sauce)ピザ(pizza)。
色々なピザ(pizza)の組み合わせ。アンチョビ(anchovy)・オリーブ(olive)・モッツァレラチーズ(mozzarella)・トマト(tomato)のピザ(pizza)、トマト(tomato)・ガーリック(garlic)・モッツァレラチーズ(mozzarella)・トマト(tomato)&バジル(basil)ソース(sauce)のピザ(pizza)、パンチェッタ(pancetta)・ズッキーニ(zucchini)・モッツァレラチーズ(mozzarella)・トマト(tomato)のピザ(pizza)、ペパロニ(pepperoni)・イタリアンソーセージ(Italian sausage)・モッツァレラチーズ(mozzarella)・トマト(tomato)のピザ(pizza)。
イベリコ(Iberian)豚肉の、トマト(tomato)ソース(sauce)ピザ(pizza)。
写真以下2枚。色々なピザ(pizza)の組み合わせ。
この翌日(5日目。最終日。以下、この日と書きます)は、朝寝坊をし、(両親の、湘南(syonan)areaの別荘で)遅い朝食兼昼食を食べた後は、(両親の湘南(syonan)areaの別荘を出発し、我が家に帰る前の)片付け、掃除等をし、午後の夕方近くに、両親の、湘南(syonan)areaの別荘を出発し、鎌倉(kamakura)山の、蕎麦食堂等で、間食・おやつとして、蕎麦等を食べてから、東京都心部の我が家に帰って来ました。
写真以下16枚。鎌倉(kamakura)山にある、元々、個人の別荘であった、蕎麦・日本料理食堂で、間食として蕎麦を食べました。この蕎麦・日本料理食堂を利用したのは、この時で、2回目でした。この、蕎麦・日本料理食堂は、元々、個人の別荘であった物で、敷地面積は、約50,000平方m(約15,000坪)あります。
参考に、以下、鎌倉(kamakura)について、少し説明します。鎌倉(kamakura)は、中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった中都市であり、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くあります(ただし、鎌倉(kamakura)の寺や神社(shrine)の、現在の建物については、(極一部の例外を除き)中世よりも後の時代に、火事等の焼失により、再建された物であったり、時代に合わせて、建て替えられている物です)。その為、鎌倉(kamakura)は、東京近郊の主要な観光地の一つとなっています。鎌倉(kamakura)は、(中世には、日本の政治の中心地でしたが)、15世紀半ば以降衰退し、一時期、基本的に衰退した状態に有りましたが、19世紀頃から、徐々に観光地として発展し始め、また、19世紀後期以降、東京に近い近代別荘地・保養地として発展し、再興しました(wikiを参考にしました)。さらに、鎌倉(kamakura)は、1920年代、1930年代頃から、横浜や東京に通勤する、大学教授や高学歴(大学卒)会社員等の、インテリ(知識人)中流層・中上流層が暮らす、郊外住宅地として発展して行きました。また、鎌倉(kamakura)は、19世紀後期以降、作家や詩人等、多くの文学者が、好んで、居住し、若しくは、別荘を構えて来ており、鎌倉(kamakura)は、現在も、小説家や、画家、文系の大学教授等、文化人達に好まれ、鎌倉(kamakura)及びその周辺には、こうした人々が、多く暮らしているようです。その一方において、鎌倉(kamakura)は、現在は、若者に人気が高い、東京近郊の(東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な)ビーチリゾート(beach resort)地である湘南(syonan)areaの一部としての側面も有しています。
写真以下3枚。鎌倉(kamakura)山の風景例(この蕎麦・日本料理食堂食堂周辺の風景)。鎌倉(kamakura)山は、山では無く、鎌倉(kamakura)市の西部に位置する標高100m程の丘陵地で、1920年代に、高級別荘地として開発され、現在も、高級住宅地・別荘地となっています。
写真以下15枚。この時、間食として、蕎麦を食べた、蕎麦・日本料理食堂。この、蕎麦・日本料理食堂は、元々、個人の別荘であった物で(鎌倉(kamakura)山が、高級別荘地として開発された1920年代から、この蕎麦・日本料理食堂が開業した1969年まで、個人の別荘であった物で)、敷地面積は、約50,000平方m(約15,000坪)あります。この、蕎麦・日本料理食堂は、かつて(近年まで)、現在の敷地の近くに、もう一つ、敷地面積、約50,000平方m(約15,000坪)の、かつて、個人の別荘だった、高級日本料理食堂を経営していて、かつては(近年までは)、その高級日本料理食堂と合せて、約100,000平方m(約30,000坪)の敷地があったようです。その、この蕎麦・日本料理食堂が、かつて経営していた、(この蕎麦・日本料理食堂の、現在の敷地(やはり、かつて、個人の別荘であった)の近接地の)高級日本料理食堂(敷地面積、約50,000平方m(約15,000坪))は、元々、1933年に、岩田 宙造(iwata cyuzou)と言う、日本の弁護士・政治家の、別荘として建てられ、後に、田中 絹代(tanaka kinuyo。日本の有名な女優。1909年生まれ。1977年に亡くなる)の自宅か別荘になっていた物のようです(田中 絹代(tanaka kinuy)が亡くなった後、改装され、高級日本料理食堂となったようです。その高級日本料理食堂は、近年、閉店し、個人の別荘だった時代からの建物は、取り壊され、その敷地は、日本の、ある、有名なテレビ司会者が購入し、自身の(自分の)、自宅又は別荘を、新築した(新しく建てた)ようです)。
向こうに見える門は、この蕎麦・日本料理食堂の門。
写真左側。この蕎麦・日本料理食堂の入り口の門。個人の別荘だった時からの、入り口の門で、鎌倉(kamakura)の寺の、1642年に建てられた門を、同寺が、宮城(miyagi)県に移転する際に、1931年に、移築した物です。
写真以下5枚。この蕎麦・日本料理食堂の敷地の風景例。この蕎麦・日本料理食堂は、鎌倉(kamakura)山が、高級別荘地として開発された1920年代から、この蕎麦・日本料理食堂が開業した1969年まで、個人の別荘であった物で、敷地面積は、約50,000平方m(約15,000坪)あります。
写真以下3枚。この蕎麦・日本料理食堂の建物。1階が、手頃な値段で食事が出来る、蕎麦食堂、2階が、高級日本料理食堂となっています(2階の、高級日本料理食堂の方は、利用した事がありません)。この蕎麦・日本料理食堂の建物は、この蕎麦・日本料理食堂の敷地内にある、この蕎麦・日本料理食堂が、個人の別荘であった時からの建物の一つで、おそらく、個人の別荘であった時の、別荘の、メイン(main)の建物だった物です。この建物は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)に建てられた、現在の横浜郊外の、裕福な農家(裕福な農民の家)の、古い、メイン(main)の建物を、1920年代に、わざわざ移築した物です。この別荘の、オーナー(owner)は、別荘に、派手さよりも、風流を求める人だったようです(日本の近代の金持ちは、その様な人も、多かったようです)。
写真以下5枚。この蕎麦・日本料理食堂の、1階の蕎麦食堂で、間食として、蕎麦を食べました。
写真以下2枚。食堂の席から眺めた、この、蕎麦・日本料理食堂の、敷地。
写真以下3枚。この時、この、蕎麦・日本料理食堂の、1階の蕎麦食堂で、間食として食べた蕎麦。冷たい蕎麦の、天麩羅蕎麦を食べました(二人共、同じ蕎麦(冷たい蕎麦の、天麩羅蕎麦)を食べました)。
この、蕎麦・日本料理食堂の蕎麦は、それ程、美味しくありません(まあ、普通と言った感じ。。。手打ち蕎麦として見た場合は、不味い方。。。)。また、庭園の管理も、少し雑な感じで、従業員のサービス(service)の感じも、場所柄を考えると、雑な感じです。それでも、ゆったり過ぎる位、ゆったりとした環境の中で(敷地面積は、約50,000平方m(約15,000坪)と、食堂・レストランとしては、非常に広い)、気軽な値段で(1階の蕎麦食堂の場合。。。)、蕎麦が食べられる点は、良いと思います。
写真以下。蕎麦食堂で、蕎麦を食べた後は、前に、目に付いてから、ちょっと気になっていた、鎌倉(kamakura)山の、ケーキ(cake)店で、おやつとして、(飲み物と共に)ケーキ(cake)を食べてから、東京都心部の我が家に帰って来ました。このケーキ(cake)店は、店内が、簡易なカフェ(cafe)の様になっていて、店内で、飲み物と共に、ケーキ(cake)が、食べられる様になっています。
写真以下5枚。このケーキ(cake)店の建物及び、このケーキ(cake)店の周辺の景色。
このケーキ(cake)店の店内の席から眺めた景色。このケーキ(cake)店は、店内が、簡易なカフェ(cafe)の様になっていて、店内で、飲み物と共に、ケーキ(cake)が、食べられる様になっています。二人共、外の景色を眺めながら、ケーキ(cake)が食べられる位置に座りました。
写真以下2枚。この時、このケーキ(cake)店で、(飲み物と共に)食べたケーキ(cake)。
彼女が食べた、緑茶(green tea)系のケーキ(cake)。
私が食べた、ケーキ(cake)。
このケーキ(cake)店は、この時、初めて利用したのですが、このケーキ(cake)店のケーキ(cake)、美味しかったです。このケーキ(cake)店、今後、お気に入りのケーキ(cake)店になりそうです。
ケーキ(cake)店で、ケーキ(cake)を食べた後は、東京都心部の我が家に帰りました。この日の、夕食は、自動車で、我が家に、一旦、帰った後、歩いて、私の街のカフェ(cafe)に食べに行き、私の街のカフェ(cafe)で、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)を)飲みながら、食べました。
湘南(syonan)滞在&食べ物、終わり。。。