1月の下旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、横浜を散歩して来た物です。
この日、我が家で食べた昼食は、普段、働いている日に食べている朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と同じでした。
写真以下11枚は、おまけと言った感じの物で、横浜とは関係ありません。
写真以下10枚。この日、電車(地下鉄・通勤電車)で、横浜に向かう途中、表参道(omotesando)・青山(aoyama)areaに寄って、撮影した、「子供の城(castle)」の建物の写真等。
写真右側の建物は、「子供の城(castle)」の隣にある、国際連合大学(United Nations University)の本部の建物。設計は、丹下 健三(tange kenzo)。国際連合(United Nations)の機関の一つの、本部の建物ですが、(何か、重要な事をしていたら、申し訳ありませんが)、まあ、日本の税金の、無駄遣いの様な、イメージの建物ですw
写真以下8枚。「子供の城(castle)」の建物。「子供の城(castle)」は、青山(aoyama)area(東京の代表的な、高級商業地の一つ)にある、1985年に開館した(建物も、1985年に建てられた物です)、日本の、国立(国営)の、子供の為の、遊戯・その他の施設です。建物・施設の老朽化、(少子化に伴い、又、東京disney resort等の、私営の遊戯施設に押されて)利用者が減少した事、国の予算削減等を理由として、国は、2月1日に、「子供の城(castle)」を閉館しました。跡地の利用は、まだ決まっていない様ですが、何れにしても、(元)「子供の城(castle)」の建物は取り壊されてしまう可能性は、ある程度、高いと思います。子供の頃、訪れていた施設・建物がなくなってしまうのは、少し寂しいですね。
写真以下8枚。「子供の城(castle)」の建物。1985年完成。設計は、山下(yamashi・ta)設計(日本の、建築設計会社(建築設計事務所))。「子供の城(castle)」の閉館に伴い、近い将来、取り壊されて、別の建物が建つ可能性は、ある程度、高いです(まあ、改装されて、別の用途の建物をして利用される可能性も、少しはあると思いますが。。。)。
写真左側。「子供の城(castle)」の建物。
写真以下7枚。「子供の城(castle)」の建物。
写真以下4枚。「子供の城(castle)」の建物の前にある彫刻。岡本 太郎(okamoto taro)(下の補足説明参照)の、現代美術作品、「こどもの樹(子供の樹)」(1985年)。
岡本 太郎(okamoto taro):1911年生まれ。1996年に亡くなる。1930年代から1990年代半ば(主として1950年代から1980年代)に活躍した、日本の有名な現代美術artist。
写真右側。「子供の城(castle)」の隣にある、国際連合大学(United Nations University)の本部の建物。
ちなみに、「子供の城(castle)」の建物と、国際連合大学(United Nations University)の本部の向かいには、東京の、比較的、有名な、私立大学の一つ、青山学院(aoyama gakuin)大学(19世紀後期に創立)があります。「子供の城(castle)」も、青山学院(aoyama gakuin)大学も、青山(aoyama)areaにありますが、私が暮らす、渋谷(shibuya)区(東京都心部の、西部に位置する区)に位置しています(青山(aoyama)areaは、基本的に、港(minato)区(東京都心部でも、中心的な地域の南部に位置する区。渋谷(shibuya)区の中部から南部の東部に隣接している)の北西部(渋谷(shibuya)区の中部の東部に隣接している)に位置していますが、渋谷(shibuya)区の中部の東部(港(minato)区の青山(aoyama)areaに隣接する地域)の一部も、青山(aoyama)areaに含まれます)。私の実家(元々、私の母方の祖父母の家。現在は、両親が、引き継いで暮らしている)は、我が家の近所にあるのですが、私の母方の祖母と、私の母は、青山学院(aoyama gakuin)大学を卒業しています。もう一つ、ちなみに、この辺りには、(現在は、建物が建替えられて、前と、雰囲気が、変わってしまいましたが)、紀ノ国屋(kinokuniya)(1910年創業。東京圏に店舗を展開する、日本の、高級マート)の本店があります。私の、実家は、裕福な家庭では、全くなく、普通の、中流の家庭なので、紀ノ国屋(kinokuniya)の本店は、極、日常的には、利用していませんでしたが(と言うか、極、日常的には、利用出来ませんでしたが)、私の母は、ちょっと、質の良い物を、食べたい時・買いたい時には、紀ノ国屋(kinokuniya)の本店に、買い物に行っていました(今は、私の母は、紀ノ国屋(kinokuniya)の本店は、前程は、利用していないんじゃないかな。。。(前程は、利用していないのではないのかな。。。)。よく分からないけど。。。)。

これは、参考に、借り物写真ですが、東京都心部でも、中心的な地域の、南西部に位置する、赤坂(akasaka)areaにある、赤坂(akasaka)prince hotelの、先代の、新館の建物(1982年完成)。設計は、丹下 健三(tange kenzo)(下の補足説明、参照)。この、赤坂(akasaka)prince hotelの、先代の、新館の建物は、建物の老朽化による、競争力の低下を理由として(ビルの建物に、欠陥があった訳では、全くなく(全く、正常な、超高層ビルの建物であった)、単純に、ホテルを経営する会社が、赤坂(akasaka)prince hotelの建物を、補修・改装しながら使い続けるよりも、建て替えてしまった方が、儲かると考えた為)、2011年3月31日に閉館し、その後、取り壊されてしまいました(現在、赤坂(akasaka)prince hotelは、建物の建て替え工事中です。建て替え後の、イメージ図を見る限り、個人的には、新しい建物よりも、この、既に取り壊されてしまった、丹下 健三(tange kenzo)が設計した、赤坂(akasaka)prince hotelの、先代の、新館の建物のデザイン(design)の方が、個性的で良いと思いますし、好きです)。完成してから、わずか、30年程で、取り壊されてしまった、赤坂(akasaka)prince hotelの、先代の、新館の建物、同様、「子供の城(castle)」の建物も、完成してから、わずか30年程で、取り壊されて、別の建物が建つ可能性は、ある程度、高いです。まあ、資金力がある場合や、(大きな、お金が動く)東京都心の一等地の場合等は、経済(利益)を考えれば、老朽化した建物を、補修・改装しながら使い続けるよりも、より、効率の良い、利益を生み出す、最新の建物に建て替えてしまった方が、効率が良い(より、利益を生み出す)のかもしれませんが、地球規模での資源を考えた場合、何だか、無駄なような気がします。
丹下 健三(tange kenzo):日本の世界最高水準の建築家の一人。1950年代から、亡くなる近くまで活躍。日本人建築家の中で、初めて世界に名が知られた建築家であると供に、1960年代に、日本を、現代建築設計の分野において、世界最高水準の国の一つに、引き上げた人物として知られています。1913年に生れ、90歳以上生きて、2005年に、亡くなりました。
以上で、おまけは、終わり。。。以下、投稿の本文(「横浜散歩&食べ物」)に入ります。
横浜は、東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です。私は、横浜は、仕事の用事でも、よく訪れますが、横浜の港町の雰囲気が好きで、休日にも、よく遊びに行きます。
この日の昼食は、KIHACHI(東京圏を拠点に店舗を展開する、熊谷 喜八(kumagai kihachi)(1946年生まれ。日本の有名なシェフ(chef)の一人)のレストラン・西洋菓子店)の、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の、レストランで食べました。
写真以下4枚。横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の風景例。。。前に、kjで、アップ(upload)した写真の、再利用。みなとみらい(minatomirai)地区は、横浜の都心部の海沿いの地区の一つで、横浜の都心部で、最も、新しく開発された(1980年代から開発された(本格的な開発は、1980年代後半から))、横浜の都心部の新しい住商複合地区です。
写真の建物は、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にある、横浜美術館。横浜美術館(1989年開館)は、横浜市が運営する、美術関連施設の一つで、規模の大きな、公立の美術館です。
写真以下3枚は、参考に。。。横浜美術館で、現在開催中の、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)(下の補足説明参照)の、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。この展覧会(exhibition)は、去年の9月から11月にかけて、京都(日本の西部にある大都市で、794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都で有った大都市。日本の伝統文化の中心都市であると共に、日本の、芸術・文化・教育の中心都市の一つ)の、京都国立近代美術館(京都にある、日本の国立の、博物館・美術館の一つで、近代美術を中心とした美術館)で行われていた、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の展覧会(exhibition)が、横浜美術館に巡回して来た物です。この、京都国立近代美術館と横浜美術館の、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の展覧会(exhibition)は、日本では、27年ぶりの、世界では、20年ぶりの、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の展覧会(exhibition)である様です。
ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler):
ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)(1834年生まれ。1903年に亡くなる)は、イギリスの、ロンドンと、フランスの、パリ(Paris)を拠点に、19世紀後半に活躍した、アメリカ出身の有名な画家です。歴史的に、世界的に有名な画家ですが、ピカソ(Pablo Picasso)、ゴッホ(Vincent van Gogh)、ルノワール(Renoir)、セザンヌ(Paul Cezanne)、マネ(Edouard Manet)、モネ(Claude Monet)と言った画家達よりかは、有名ではありません。ちなみに、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)は、他の、同時代の、多くの、西洋の、有名な画家達と同様、日本の、浮世絵(ukiyoe)(日本の17世紀から19世紀の、大衆向けの版画・大衆向けの絵)に影響を受けており、浮世絵(ukiyoe)は、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の画風に、強い影響を与えた物の一つとなっています。
この展覧会(exhibition)は、この週の、前の週に、(個人的に休みであった日に)、横浜に、遊びに訪れて、見ました。
この日の昼食は、前述の通り、KIHACHI(東京圏を拠点に店舗を展開する、熊谷 喜八(kumagai kihachi)(1946年生まれ。日本の有名なシェフ(chef)の一人)のレストラン・西洋菓子店)の、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の、レストランで食べました。ちなみに、熊谷 喜八(kumagai kihachi)は、元々、湘南(syonan)(東京都心部方面から見て、横浜の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊のビーチリゾート(beach resort)地)の、葉山(hayama)の、フランス料理・西洋料理レストランで、料理長を、務めていた方です。
KIHACHIの、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の、レストランは、Queen’s Square(みなとみらい(minatomirai)地区にある、shopping mallの一つ)に入っています。
写真以下4枚。Queen’s Square(みなとみらい(minatomirai)地区にある、shopping mallの一つ)の、風景例。ちなみに、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区には、私が、知る限り、Queen’s Squareを含み、5つのショッピングモール(shopping mall)があります。
写真以下2枚。地下鉄駅付近。
写真以下2枚は、前に、kjでアップ(upload)した写真の、再利用。
写真以下6枚。KIHACHI(東京圏を拠点に店舗を展開する、熊谷 喜八(kumagai kihachi)(1946年生まれ。日本の有名なシェフ(chef)の一人)のレストラン・西洋菓子店)の、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の、レストランで食べた、この日の昼食。横浜美術館で、現在開催中の、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の、展覧会(exhibition)に因んだ、ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler)の、白いドレス(dress)を着た女性を描いた絵画作品をイメージした、昼食メニュー(menu)を食べました。全て、一人一皿ずつです(写真は、一人分)。これに、レストラン自家製の、フォカッチャ(focaccia)が付きます。
写真以下2枚。前菜。鶏のササミ肉(鶏肉の、胸肉に近接した、脂肪が少ない部位)の、フリット(揚げ物)。トマト(tomato)味噌ソース(sauce)。
写真以下2枚。パスタ(pasta)。蟹(タラバ蟹)と、マッシュルーム(mushroom)と、カリフラワー(cauliflower)の、ペペロンチーノ(aglio, olio e peperoncino)。
写真以下2枚。デザート(dessert)。黒豆のティラミス(tiramisu)、ミルク(milk)ジェラート(gelato)添え。抹茶(緑茶・green tea)の、香り。
この日は、元々、まだ訪れた事がなく、前から、ほんの少し気になっている、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館(下の補足説明参照)を訪れようと思っていたのですが、昼食を食べている間に、気が変わり、横浜の、中華街(chinatown)に移動し、中華街(chinatown)の、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)で、のんびりと、中国茶を飲む事にしました。
三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館:横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にある、三菱(mitsubishi)重工業(日本の、大規模、重工業会社の一つで、旧(かつての)三菱(mitsubishi)財閥系の会社の一つ)が運営している、科学技術をテーマとした、展示館・博物館。
写真以下9枚。横浜の中華街(chinatown)の、風景例。前に、kjで、アップ(upload)した写真の再利用。横浜の中華街(chinatown)(横浜の都心部に位置する)は、19世紀中期頃からの歴史を有し、600以上の店舗を有する、世界最大級の中華街(chinatown)となっています。
横浜の中華街(chinatown)の、一風景。この日、撮影した写真(この日は、昼頃までは、天気が良かったのですが(晴れていたのですが)、昼食を食べている時から、どんどん、曇りとなって行き、天気は、今一つ(曇り)となってしまいました)。横浜の中華街(chinatown)には、多くの、中国系の人々が暮らしています(おそらく。。。)。
写真以下9枚。横浜の中華街(chinatown)の、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)の一つで、のんびりと、中国茶を飲みました。この、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)を利用したのは、この時で、2回目でした。中々、良い感じの店です。前回、この店を利用した時は、彼女が、店内を見渡せる側の席に座ったので、この時は、彼女は、私を、店内を見渡せる側の席に座らせてくれました。
写真以下2枚。この、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)の、店内の、内装例。。。
写真以下2枚。この、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)で、この時、飲んだ中国茶。何れも、お湯を注ぎ足して、何杯も(まあ、何杯もと言っても、限度がありますが、結構)、飲む事が出来ます。
私が飲んだ、花茶(工芸茶)。
彼女が飲んだ、白芽奇蘭(White bud chelan tea)と言う、お茶。高級な烏龍茶(oolong tea)の一種です(おそらく。。。)。
写真以下3枚。この時、この、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)で食べた、お茶菓子等。何れも、二人で分けて食べました。
おまけの(無料の)、お茶菓子(二人分)。
仙草ゼリー(grass jelly)等が入った、中国風、パフェ(parfait)。
ドライフルーツ(dried fruit)、盛り合わせ。
写真以下2枚は、おまけ。。。前に、kjでアップ(upload)した写真の、再利用。横浜の中華街(chinatown)の、別の、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)の、中国茶と、お茶菓子等。。。
花茶と、お茶菓子。
デザート(おやつ)。団子の中には、ピーナッツ(peanut)の餡が入っています。
横浜の中華街(chinatown)の、茶館(中国式の、cafe・喫茶店)で、中国茶を飲みながら、のんびりとした後は、横浜マリンタワー(marine tower)を訪れ、横浜マリンタワー(marine tower)の、展望台に上りました。
写真以下25枚。横浜マリンタワー(marine tower)。横浜マリンタワー(marine tower)は、横浜の都心部の海沿いに建つ、1961年に完成した、高さ106mの塔です。横浜を象徴する建物の一つとなっています。神戸(kobe)のポートタワー(port tower)と供に、1950年代から1960年代初めにかけての、日本の大都市における、高層タワー(tower)建設ブーム(boom)の末期に建てられたタワー(tower)です。かつては、灯台としての機能を持っていて、ギネスブック(Guiness book)に、世界一の高さの灯台として記載されていました。
写真以下2枚(前に、kjで、アップ(upload)した写真の、再利用)。昼間に見た、横浜マリンタワー(marine tower)の外観。

(2)(3).jpg)
写真以下4枚。夜の、横浜マリンタワー(marine tower)の外観。
写真以下2枚。横浜マリンタワー(marine tower)の、レストラン。パンフレット(leaflet)より。。。
写真以下6枚は、おまけ。。。前に、kjに、アップ(upload)した写真の、再利用。横浜マリンタワー(marine tower)の、レストランの食事例。写真以下4枚は、全て、一人一皿ずつです。これに、パンが付きます。
一皿目の前菜。兎肉。
二皿目の前菜。秋刀魚を使った前菜。金美(kinbi)人参(日本の沖縄(okinawa)原産の人参の一つ)と葡萄のサラダ(salad)と共に。。。
スープ(soup)。茸とブイヨン(bouillon)のスープ(soup)。
メイン(main)料理。ローストビーフ(roast beef)(小さなサイズ(size)の物)。
写真以下2枚。デザート(dessert)。
サツマイモ(sweet potato)のアイスクリーム(ice cream)等。
ガレット(galette)を使ったデザート(dessert)。
写真以下3枚。横浜マリンタワー(marine tower)の、バー(bar)。パンフレット(leaflet)より。。。
写真以下8枚。横浜マリンタワー(marine tower)の展望台から眺めた、横浜の港の夜景等。この時、横浜マリンタワー(marine tower)の展望台に上ったのですが、横浜マリンタワー(marine tower)の展望台に上ったのは、非常に、久しぶりでした。
向こうの橋は、横浜bay bridge。横浜bay bridgeは、1989年に完成した、大きな斜張橋(cable-stayed bridge)です。
写真以下2枚。写真左側の船は、氷川丸(hikawamaru)です。氷川丸(hikawamaru)は、1930年代に、日本と、北米を結ぶ太平洋航路で活躍した、約11,600トン(GT)の豪華客船(1930年完成and使用開始)です。現在は使用されておらず、横浜の港に永久保存され、文化財に指定されると供に、一般公開されています。第2次世界大戦前、日本は、世界第3位の海運(marine transportation)国でしたが、氷川丸(hikawamaru)を保有、運行していた日本郵船株式会社は、日本の三大海運(marine transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船株式会社は、日本の三大海運(marine transportation)会社の内の一つです)。1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船株式会社も、当時、太平洋航路では、氷川丸(hikawamaru)を含め6隻の豪華客船を保有し、日本の横浜と北米を結んでいました。氷川丸(hikawamaru)を含む日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、比較的、小さな豪華客船3隻と、日本と、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ、比較的、大きな豪華客船3隻です。この6隻の中で、代表的な、1929年に完成し、営業を開始した、横浜とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ浅間丸(asamamaru)は、現存していませんが、他の同社の日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ豪華客船同様に、氷川丸(hikawamaru)よりも、一回り大きく、約17,000トンあり、また、船内の豪華さにおいては、氷川丸(hikawamaru)を、はるかに上回るものであり(食堂の内装には、ふんだんにイタリア産大理石が使われ、客室内には当時最先端の設備が使われていた。wikiより)、「太平洋の女王」と呼ばれました。横浜の港に、保存されている、氷川丸(hikawamaru)は、日本郵船株式会社の、他の日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ豪華客船2隻と同じで、同社の日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ豪華客船3隻よりも小さく、また、豪華さにおいても、劣っていましたが、喜劇俳優チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)が、1932年に来日した際、アメリカに帰る際に、使用しました(Chaplinは、1932年に1回、1936年に2回と、第二次世界大戦前に、3回、来日しています)。
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参考に。。。前に、enjoyでアップ(upload)した写真の再利用。氷川丸(hikawamaru)の、内装例で、氷川丸(hikawamaru)の、一等(first class)喫煙室(smoking room)。
写真以下8枚。この日の夕食は、横浜マリンタワー(marine tower)の、割と近くにある、1963年に、開店した、まあまあの歴史のある、イタリア料理・洋食(日本で、近代以降、日本に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)レストランで食べました。このレストランは、長年、地元(横浜)の人々に、愛されている感じのレストランです。
写真以下7枚。この、イタリア料理・洋食(日本で、近代以降、日本に合う様に、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)レストランで食べた、この日の夕食。ちなみに、この夕食時は、私は、飲み物は、(この日の昼食時と同様)、主に、白ワイン(wine)を飲みました。
前菜。和牛(日本原産の高級牛肉)の、たたき(軽く火を通した)、カルパッチョ(carpaccio)。一人、一皿ずつ(写真は、一人分)。
付け合せ(side dish)の、サラダ(salad)。一人、一皿ずつ(写真は、一人分)。
メイン(main)料理の、地中海(Mediterranean Sea)をイメージした鍋物料理に、浸して食べる、クルトン(crouton)(二人分)。
写真以下3枚。メイン(main)料理。地中海(Mediterranean Sea)をイメージした鍋物料理。一人、一皿ずつ(写真は、一人分)。このレストランの、自慢のメニュー(menu)です。鍋の、スープ(soup)の中に、(写真で見えるよりも)、たくさんの(ふんだんな)魚介類(seafood)の具と、パスタ(pasta)が入っています。このレストランの、地中海(Mediterranean Sea)をイメージした鍋物料理は、中々、美味しいと思います(寒い時期に食べると、体が、暖まります)。
デザート(dessert)。アイスクリーム(ice cream)。一人、一皿ずつ(写真は、一人分)。
おまけ。この日、横浜から、我が家に帰って来た後、我が家で、軽く、一杯(まあ、厳密には、軽く、一杯ではなく、軽く、一本ですが)、飲んだビール。この日、横浜で買った物で、サンクトガーレン(SanktGallen)(下の補足説明参照)の、チョコレート(chocolate)風味のビールの一つ。アルコール(alcohol)度数は、6.5%と、通常のビールよりも、若干高目。。。
サンクトガーレン(SanktGallen):神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県。中心都市は、横浜)の中部(東京の南西部近郊)に位置する、中都市、厚木(atsugi)市の、ビール会社。
以下、雑多な、おまけ。。。投稿の本文(「横浜散歩&食べ物」)とは、全く、関係がありません。
写真以下3枚。一昨日、仕事から我が家に帰って来て、一人で食べた、一昨日の夕食(一昨日は、土曜日でしたが、個人的に仕事でした。また、夜は、一人でした)。全て、マートの物です(マートで買った物です)。結構、腹が一杯になりました。
寿司。普段働いている日の、一人で食べる夕食は、私の街の、お気に入りの居酒屋等で、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)を)飲みながら、食べる事も、多いですが、我が家で、マートの寿司等で、簡単に済ませてしまう事も多いです。
鍋物。スープ(soup)と共に、温めて食べます。マートや、コンビニの、この様な、一人用の鍋物は、チープで(安くて)、中々、美味しく、体が暖まり、良いと思います。
ヒレ肉(fillet)の豚カツ(tonkatsu)。
写真以下2枚。仕事の、出先の、吉野家(yoshinoya)の店舗で食べた、昨日の昼食(昨日は、日曜日でしたが、個人的に、仕事でした)。吉野家(yoshinoya)は、日本の、三大牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)の一つとなっています(日本では、おそらく、吉野家(yoshinoya)、すき家(sukiya)、松屋(matsuya)が、三大、牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)となっています)。
日本の三大牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)(吉野家(yoshinoya)、すき家(sukiya)、松屋(matsuya))も、そうですが、日本において、牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)は、通常、チープな(安い)、ファーストフード(fast food)の牛丼(牛肉丼)のチェーン(chain)となっています。その事から、日本人にとっての、牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)の牛丼(牛肉丼)等の存在は、例えて言うならば、アメリカ人にとっての、マクドナルド(Macdonald’s)等の、チープな(安い)、ハンバーガー(hamburger)に近い存在と言えます(もっとも、日本には、マクドナルド(Macdonald’s)等の、ファーストフード(fast food)のハンバーガー(hamburger)の、チェーン(chain)も、たくさんありますが。。。)。
私は、牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)は、大学生から20代の半ば位までの間に、よく利用していました(子供の頃、親に連れて行ってもらった記憶も無いし、高校生の時は、何となく、格好悪いと思っていたのかw、それ程利用しませんでした)。現在は、牛丼(牛肉丼)食堂のチェーン店(chain)は、総合的に見れば、たまに利用していると言った感じです(利用しない時は、結構長い間、全く利用しない一方、利用する時は、結構、続けて利用する時もある)。
写真以下2枚。仕事の、出先の、吉野家(yoshinoya)の店舗で食べた、昨日の昼食。すき焼き(sukiyaki)。すき焼き(sukiyaki)は、日本の牛肉料理です。吉野家(yoshinoya)の、すき焼き(sukiyaki)は、チープな値段の割に(安い値段の割に)、中々、頑張っていると思います(中々、美味しいと思います)。吉野家(yoshinoya)のメニュー(menu)の中では、個人的に、牛丼(牛肉丼)よりも好きです(もちろん、牛丼(牛肉丼)も、悪くはないですが。。。)。
世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端部に位置する区。(私が暮らす)渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の西部等に隣接)の、中東部の、自然・健康志向の、手作りパン店&カフェ(cafe)のパン。一部は、朝食として食べ、残りは、冷凍し、保存します(保存食用にします)。
Glico(日本の大規模菓子会社の一つ。1922年創業)の、Pocky。Pockyは、1966年に販売が開始された、お菓子で、長い間、日本で、人気の、お菓子となっています。これは、抹茶(緑茶・green tea)チョコレート(chocolate)の、Pocky(大人向けの、Pockyと言った感じです)。
「茸の山」。「茸の山」は、日本で、結構、古くから販売されている、明治(meiji.。日本の大規模食品会社の一つ。菓子部門(旧明治製菓)は、1916年創業)の、茸の形をした、チョコレート(chocolate)菓子(茸の傘の部分が、チョコレート(chocolate)、柄の部分が、クラッカー(cracker)となっている)です。これは、苺とチョコレート(chocolate)味の、「茸の山」です。