ウクライナ(Ukraine)情勢が、大変な事になっていますね。ロシア(Russia)の人々は、本当に、戦いを望んでいるのか? プーチン(Vladimir
Putin)は、暴走し過ぎですね(スターリン(Joseph Stalin)の様にならないと良いですが)。
ウクライナ(Ukraine)に、早く、平和が訪れる事を祈っています。
ボルシチ(borscht)は、ロシア(Russia)にも広まり、ロシア(Russia)料理の一部となっている感じですが、ウクライナ(Ukraine)発祥の料理です(元々は、ウクライナ(Ukraine)料理です)。
以下、基本的に(芙葉亭(fuyotei)に関する参考のsiteを入れ替えました)、一昨年の4月の下旬に行った投稿から抜粋して来た物です。
吉祥寺(kichijyoji)(東京の西部郊外最大の繁華街。東京中心部(東京23区)に近い、東京の西部郊外に位置する。吉祥寺(kichijyoji)は、仕事の用事で、よく訪れる場所の一つです)の、たまに利用している、芙葉亭(fuyotei)という、33年の歴史を有する、フランス料理レストランが、おそらくコロナウイルスの影響で、5月6日に閉店してしまうようです→
https://kichijoji.keizai.biz/headline/2910/
不要不急だからと言った、シャレを言っている場合ではありません。じわりと影響が出て来ていますね。
おそらく、コロナウイルスの影響だけに、芙葉亭(fuyotei)、しれっと、場所を変えて、再オープン(open)なんてなる事は、難しいだろうな。。。残念です。
ちなみに、以下で、「前述の通り、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)は、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の再開発に伴う、建て替えの為、もうすぐ(3月22日をもって)、閉館しますが、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の閉館に伴い、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の食堂街に入っている、ロゴスキー(Rogovski)も、もうすぐ(3月22日をもって)、(一時)、閉店します。ロゴスキー(Rogovski)の経営者は、レストランの移転先を探している様ですが、まだ、良い移転先が見つかっていない様で、このまま、ロゴスキー(Rogovski)が、完全に、閉店してしまう(無くなってしまう)可能性も、ある程度あると思います。」、「(前述の通り、私は、ロゴスキー(Rogovski)は、馴染みのあるレストランと言う訳では、全くないのですが)、この日は、ロゴスキー(Rogovski)の、(一時)、閉店が近いと言う事と、ロゴスキー(Rogovski)が、もうすぐ、消滅してしまうかもしれないと考える人々が少なくないと言う事で、予約席は、満席。ロゴスキー(Rogovski)を惜しむ人々、ロゴスキー(Rogovski)を、懐かしむ人々が、たくさん食事をしに来ている感じでした(古くから、ちょっと、特別な日の、家族での食事を、ロゴスキー(Rogovski)でと言う家族もいた事でしょう。この日は、ロゴスキー(Rogovski)の、(一時)、閉店を惜しむ、家族での食事客も、少なくない感じでした)。」とありますが、その後、程なく、ロゴスキー(Rogovski)は、いけ
しゃあしゃあと(まあ、いけ しゃあしゃあは、ちょっと言い過ぎですがw)、銀座(ginza)で、再オープン(open)しました。
以下、「」内。参考に、私の前の投稿文より。。。
「ちなみに、私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
私の今の彼女は、私の事を、「酒癖の良い男」と呼んでいます。何故ならば、彼女と二人きりで飲んでいて、私は酒に酔えば酔う程、彼女を賛辞する言葉・彼女の対する甘い言葉が、臆面もなく、どんどん飛び出て来るからです(彼女は、それは、まんざらではないようですw)。私は彼女よりもずっと年上の大人ではあるのですが、そうです、二人共馬鹿なんですw
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
以下、基本的に、2015年3月に行った投稿から抜粋して来た物で、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、2015年3月に、渋谷(shibuya)のロゴスキー(Rogovski)で夕食を食べた時の物です。投稿文は、2015年3月の投稿を前提とした物です。ちなみに、この時、私は、まだ、30代後期、彼女は、20代初めの大学生でした。
この日は、仕事を終えた後、彼女と待ち合わせて、汐留(shiodome)(200m級の超高層ビルが建ち並ぶ、東京都心部のビジネス(business)・商業地区。東京都心部でも中心的な地域の南東部に位置する)の、Panasonic、汐留(shiodome)museumで、現在、開催中の、パスキン(Jules
Pascin)の展覧会(exhibition)を見ました。
写真以下。展覧会(exhibition)を見た後は、地下鉄で、渋谷(shibuya)(電車の渋谷(shibuya)駅周辺)に移動し、この日の夕食は、早目の時間に、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)で食べました。
渋谷(shibuya)区の中央部に位置する、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、私が暮らす、渋谷(shibuya)区(東京都心部の西部に位置する区)で、最大の繁華街、且つ、中心繁華街であると共に、銀座(ginza)・有楽町(yurakucho)、新宿、池袋(ikebukuro)(東京都心部の北西部に位置する。第2次世界大戦後に急成長した、新興の大繁華街)と並ぶ、東京最大級の繁華街となっています(銀座(ginza)・有楽町(yurakucho)、新宿、渋谷(shibuya)、池袋(ikebukuro)は、東京の、四大繁華街となっています)。
渋谷(shibuya)区の中部(中心部)にある、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、新宿(新宿駅周辺)(東京都心部の西部に位置する新宿区の最大の繁華街)と共に、1930年代頃には、東京の新興主要繁華街の一つとしての地位を確立しましたが(渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、1934年に、東横(toyoko)デパート(現在の、東急(tokyu)デパート、東横(toyoko)店)が開店しました)、1960年代、1970年代を通じて、銀座(ginza)・有楽町(yurakucho)(第二次世界大戦前と後を通じて、現在に至るまで、東京を代表する繁華街(東京のフラッグシップ(flagship)繁華街)且つ東京最大級の繁華街。東京中心部の中でも、中心的な地域に位置する)と肩を並べる、東京最大級の繁華街の一つへと発展して行きました。
渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、東京最大級の繁華街(東京の、四大繁華街(銀座(ginza)・有楽町(yurakucho)、新宿、渋谷(shibuya)、池袋(ikebukuro)))の中で、特に、若者に人気が高い繁華街で、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、東京の、主要な、若者文化の流行の発信地の一つとなっています。渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)は、個人的に、高校生の頃、ディスコやクラブ(disco・club)で、よく、夜遊びしていましたが、(我が家及び、(我が家の近所の)実家からは、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)も、新宿(新宿駅周辺)も、距離的には、同じ位であるものの)、我が家及び、(我が家の近所の)実家からは、交通の(電車の)便は、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)よりも、新宿(新宿駅周辺)の方が便利である為、渋谷(shibuya)区で生まれ育ち、渋谷(shibuya)区で暮らしながらも、個人的に、昔から、新宿(新宿駅周辺)と渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)を、比較すると、新宿(新宿駅周辺)の方が、比較的、馴染みがあります。
渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)(様々な店舗が入る商業ビル。実施的に、デパートの様な物)が、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の再開発に伴う、建て替えの為、3月22日をもって、閉館する事から、この日の夕食は、東急(toyoko)プラザ(plaza)の食堂街に入っている、歴史のある、ロシア(Russia)料理レストラン、ロゴスキー(rogovski)で食べる事にしました。
渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)(様々な店舗が入る商業ビル。実施的に、デパートの様な物)の建物。改装が施されながら使われて来ていますが、今から、約50年前の、1965年に建てられた建物です。渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の再開発に伴う、建て替えの為、もうすぐ(3月22日をもって)、閉館します。奥に見える、超高層ビルは、セルリアンタワー(Cerulean
Tower)(高さ184m。2001年完成)。下層階は、オフィス(office)、上層階は、ホテルとなっています。渋谷(shibuya)駅周辺の、超高層ビルの中では、比較的、新しいビルです。渋谷(shibuya)駅周辺では、最も、背の高いビルであり、現在は、渋谷(shibuya)を象徴するビルとなっていると言っても、良いでしょう。
写真以下18枚。この日の夕食は、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の食堂街(東急(tokyu)プラザ(plaza)の9階(最上階))に入っている、歴史のある、ロシア(Russia)料理レストラン、ロゴスキー(Rogovski)で食べました。
ロゴスキー(Rogovski)は、1951年に創業した、ロシア(Russia)料理レストラン(元々、渋谷(shibuya)駅周辺の別の場所に、1951年に開店した)で、1965年に、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の開業に伴い、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の9階(最上階)の食堂街に移転し、その場所で、現在まで、営業を続けて来ました。ロゴスキー(Rogovski)は、(東京に、他に、もっと、ずっと古い、ロシア(Russia)料理レストランがあったら、申し訳ありませんが)、おそらく、現在、営業している(現在も、営業を続けている)、ロシア(Russia)料理レストランとしては、東京で、最も古いレストランの一つであると思います。
前述の通り、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)は、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の再開発に伴う、建て替えの為、もうすぐ(3月22日をもって)、閉館しますが、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の閉館に伴い、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)の食堂街に入っている、ロゴスキー(Rogovski)も、もうすぐ(3月22日をもって)、(一時)、閉店します。ロゴスキー(Rogovski)の経営者は、レストランの移転先を探している様ですが、まだ、良い移転先が見つかっていない様で、このまま、ロゴスキー(Rogovski)が、完全に、閉店してしまう(無くなってしまう)可能性も、ある程度あると思います。
私は、この時まで、ロゴスキー(Rogovski)では、数回(夜に、一回、昼に、2回。昼に、食事をしたのは、近年の事ですが、夜に食事をしたのは、とても前の事でした)食事をした事があっただけで、ロゴスキー(Rogovski)は、馴染みのあるレストランと言う訳では、全くないのですが、もしかしたら、東京の、歴史のある、ロシア(Russia)料理レストランの一つ(ロゴスキー(Rogovski))が、もうすぐ、消滅してしまうかもしれないと言う事で、この日は、夕食を、ロゴスキー(Rogovski)で食べる事にしました。ちなみに、私は、東京の、歴史のある、ロシア(Russia)料理レストランでは、1956年創業の、新宿の(新宿駅周辺の)、ロシア(Russia)料理レストラン、スンガリー(Sungari)が、お気に入りとなっています(スンガリー(Sungari)は、新宿東口本店と新宿西口店、2店舗、レストランがあるが、新宿西口店の方が、より、お気に入り)。
(前述の通り、私は、ロゴスキー(Rogovski)は、馴染みのあるレストランと言う訳では、全くないのですが)、この日は、ロゴスキー(Rogovski)の、(一時)、閉店が近いと言う事と、ロゴスキー(Rogovski)が、もうすぐ、消滅してしまうかもしれないと考える人々が少なくないと言う事で、予約席は、満席。ロゴスキー(Rogovski)を惜しむ人々、ロゴスキー(Rogovski)を、懐かしむ人々が、たくさん食事をしに来ている感じでした(古くから、ちょっと、特別な日の、家族での食事を、ロゴスキー(Rogovski)でと言う家族もいた事でしょう。この日は、ロゴスキー(Rogovski)の、(一時)、閉店を惜しむ、家族での食事客も、少なくない感じでした)。
ロゴスキー(Rogovski)の、店内の窓から見える景色の例。写真左端に見える、超高層ビルは、渋谷(shibuya)駅周辺にある超高層ビルの一つ、クロスタワー(Cross
Tower)(高さ131m)。1975年に完成したオフィス(office)用の超高層ビルです。クロスタワー(Cross
Tower)は、渋谷(shibuya)駅周辺で、最初に建てられた超高層ビルです。写真中央に見える、目立つ、超高層ビルは、六本木(roppongi)areaにある、住商複合地区、六本木ヒルズ(roppongi
hills)の中心となっている超高層ビル、森(mori)towerです(2003年に完成)。高さは、約240mですが、その床面積は、Empire
State BuildingやOne World Trade Center(去年完成した、アメリカで、一番、(Taipei
101を抜かし)、世界で、3番目に、背の高いビル)を、遥かに上回り、Taipei 101(世界で4番目に背の高いビル)、Shanghai
World Financial Center(中国(香港を含む)で、最も背の高いビル。世界で5番目に背の高いビル)、上海タワー(Shanghai
Tower)(今年中に完成予定。完成したら、Shanghai World Financial
Centerを抜かし、中国(香港を含む)で、最も背の高いビルになると共に、One World Trade Center等を抜かし、Burj
Khalifaに次いで、世界で2番目に高いビル、Burj Khalifa、東京sky
treeに次いで、世界で3番目に高い建造物となる予定)と、ほぼ同規模です。ちなみに、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)から、六本木(roppongi)area(東京都心部の中でも中心的な地域の南西部に位置する。長年、東京の、ナイトライフ(nightlife)の中心地としての地位を確立して来たが、ここ十数年の間、洗練された、ビジネス(business)・商業地区としても、注目を浴びる様になった)までは、だいたい、直線距離で3km弱から4km位(六本木(roppongi)areaにある、森(mori)towerは、あまりに巨大なビルなので、もっと近くに見えますがw)、大学生の頃は、よく、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)のバー(bar)等で、友人や友人達と、待ち合わせ、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)を)飲んでから、バス(bus)で、六本木(roppongi)areaの、クラブ(club)等に、夜遊びに繰り出しました(大学生の頃は、六本木(roppongi)area及び、その周辺では、小規模なクラブ(club)等も、よく訪れていましたが、今は無き、Velfarre(1994年に、当時、最新の設備を備えた、世界最大級のディスコ・クラブ(disco・club)として、六本木(roppongi)に開業。2007年閉店。おそらく、私が大学生の頃(1990年代)が、Velfarreの絶頂期でした)も、よく訪れていました)。
写真以下17枚。ロゴスキー(Rogovski)(1951年に創業した、渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)のロシア(Russia)料理レストラン)で食べた、この日の夕食等。
私は、この夕食時は、飲み物は、主に、ウオッカ(vodka)を、ストレート(straight)で飲んだのですが、写真(写真左)は、この時、私が飲んだ、ウオッカ(vodka)の一つ。スタルカ(starka)(アルコール(alcohol)度数は、43%)。ウオッカ(vodka)に、林檎と梨の葉の浸し酒、ポートワイン(port
wine)、ブランデー(brandy)等を混ぜて熟成させた、琥珀色の、ウオッカ(vodka)です。写真右側は、口直しの、紅茶。
写真以下16枚。ロゴスキー(Rogovski)で食べた、この日の夕食。これに、パンが付きます。全般的に、美味しかったです。
写真以下3枚。前菜。それぞれの皿に共通する前菜以外は、概ね、二人で分けて食べました。
写真以下2枚。彼女が食べた、前菜、盛り合わせ。
私が食べた、前菜、盛り合わせ。
彼女が食べた、ビーツ(beetroot)とポテト(potato)の、サラダ(salad)。
私が食べた、シベリア(Siberia)風、ペリメニ(pelmeni)(ロシア(Russia)式の、餃子(dumpling))。
彼女が飲んだ、ウクライナ(Ukraine)風の、ボルシチ(borscht)。
私が飲んだ、田舎の家庭風の、ボルシチ(borscht)。
彼女が食べた、メイン(main)料理。スラブ(Slavs)風、牛肉のヒレ肉(fillet)、鍋焼き。
写真以下2枚。私が食べた、メイン(main)料理。コーカサス(Caucasus)風の、羊肉の、串焼き。
写真以下4枚。壺焼きシチュー(stew)(クリーム(cream)煮)。パンの蓋が付いた、シチュー(stew)(クリーム(cream)煮)です。日本で、ロシア(Russia)料理として、古くから、人気がある、メニュー(menu)です。
彼女が食べた、シーフード(seafood)の、壺焼きシチュー(stew)(クリーム(cream)煮)。
写真以下2枚。私が食べた、茸と鶏肉の、壺焼きシチュー(stew)(クリーム(cream)煮)。
デザート(dessert)。ロシア(Russia)風、洋梨(西洋梨)のババロア(bavarois)。一人一皿ずつ。
デザート(dessert)と共に出される、ロシア(Russia)紅茶(ジャム(jam)入りの紅茶)。
写真以下。ロゴスキー(Rogovski)で、夕食を食べた後は、ロゴスキー(Rogovski)が入る、渋谷(shibuya)(電車の渋谷(shibuya)駅周辺)の、東急(tokyu)プラザ(plaza)(様々な店舗が入る商業ビル。実施的に、デパートの様な物。1965年に開業。渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)駅周辺)の再開発に伴う、建て替えの為、もうすぐ(3月22日をもって)、閉館する予定)で、現在、行われている、渋谷(shibuya)(電車の渋谷(shibuya)駅周辺)の、歴史に関する展示を見てから、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)に帰りました。
以下、展示物の例。ちなみに、私は、子供の頃から、鉄道を含めた、乗り物に、広く浅く興味があります。
写真以下。今から、50年程前の、1964年頃の、渋谷(shibuya)駅の周囲の景色を再現した模型です。模型の、端のビルは、模型では、一部を残して切れてしまっていて、模型では、ビルの、極、一部しか、再現されていません。渋谷(shibuya)駅周辺の景色は、この頃(1964年頃。今から、50年程前)に比べて、今は、変わったと言えば、変わったとも言えると思うし、基本的に、あまり変わっていないと言えば、基本的に、あまり変わっていないとも言えるとも思います。もっとも、渋谷(shibuya)駅周辺の景色は、大規模な再開発計画により、今後、10数年の間に、大きく変わる事が予想されます。
模型では、建物の、極、一部しか、再現されていませんが、写真上部の、上に、ドーム(dome)がある建物(ビル)は、東急(tokyu)文化会館(bunka kaikan)。1956年に、渋谷(shibuya)駅周辺に建てられた、文化施設の建物です。東急(tokyu)文化会館(bunka kaikan)の建物の上部にあるドーム(dome)は、東急(tokyu)文化会館(bunka kaikan)の最上階にあった、五島(gotou)プラネタリウム(planetarium)と言う、プラネタリウム(planetarium)施設の、ドーム(dome)です。私は、小学校は、私の街の、渋谷(shibuya)区が運営する、公立の小学校に通っていたのですが、五島(gotou)プラネタリウム(planetarium)は、小学校の授業の一環でも、訪れました。東急(tokyu)文化会館(bunka kaikan)は、ビルの老朽化と、再開発計画により、2003年に閉館し、取り壊されました。現在、跡地には、商業施設(渋谷(shibuya)ヒカリエ(hikarie)。実質的には、デパートの様な物)、文化施設(劇場等)、オフィス(office)等が入る、超高層ビル(高さ約180m。2012年に完成)が、建っています。
写真以下。東急(tokyu)東横(toyoko)線の、渋谷(shibuya)駅。東急(tokyu)東横(toyoko)線の、渋谷(shibuya)駅は、比較的最近(2013年の3月)まで、基本的に、この模型の姿(1960年代半ばの姿)と、あまり変わらない姿のまま、運用されていましたが(もちろん、電車の車両は、新しい物になっています)、2013年の3月に、(東急(tokyu)東横(toyoko)線の、東京都心を走る地下鉄路線の一つへの乗り入れの為)地下化された、新しい、東急(tokyu)東横(toyoko)線の渋谷(shibuya)駅へと切り替えられ、この地上の駅は、廃止されました。