前川 國男(maekawa
kunio)(1905年生まれ、1986年に亡くなる)は、世界的な(世界最高水準の)建築家と言う程では、ありませんが、日本の有名な建築家の一人であり、日本の第二次世界大戦後の復興期(1950年代から1960年代初期)の、現代建築界をリード(lead)した、建築家の一人です。前川
國男(maekawa
kunio)は、他の、日本の第二次世界大戦後の復興期(1950年代から1960年代初期)の、現代建築界をリード(lead)した、日本の有名な建築家達と共に、日本の現代建築設計の水準を、世界最高水準に、引き上げる為の基礎を、1950年代に、固めた建築家の一人です。前川
國男(maekawa
kunio)の、戦後の復興期(1950年代から1960年代初期)の代表作には、東京にある、国際文化会館(1955年完成。他の日本の有名な建築家、2人との共同作品。現存)、Expo
58(1958年に、ベルギー(Belgium)の、ブリュッセル(Brussels)で開催された、万国博覧会(Universal
Exposition))の、日本のパビリオン(展示館)(1958年完成。現存せず)、京都(kyoto)の主要なコンサートホール(concert
hall)の一つである、京都(kyoto)会館(1960年完成。現存)、東京にある、国立の図書館の一つであり、日本の国立図書館の本部である、国立国会図書館の本館(honkan)(1961年完成。現存)等があります。
国際文化会館に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
国際文化会館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3907489/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2

写真は、借り物(写真の作者:Kakidai)。1942年に、品川(shinagawa)区(東京中心部(東京23区)の南部に位置する区)に建てられた、前川
國男(maekawa kunio)の自宅(自分の家)の建物です(当然、前川 國男(maekawa
kunio)自身の設計)。1942年と言う、第二次世界大戦中の物資の不足な時代に完成した為か、有名建築家の邸宅と呼ぶには、質素で、小ぢんまりとしています(もちろん、家の建物は、小ぢんまりとしていても、庭を含めた、家の敷地面積は、広かったとは思いますが。。。)。下で、紹介する、いかにも、有名な現代建築家の邸宅と言った感じの、無機質で、非現実的で、生活感の無い、丹下
建三(tange kenzo)の家の建物と比較すると、前川 國男(maekawa
kunio)の家の建物は、邸宅と呼ぶには、小ぢんまりとしており、現実的で、生活感があり、快適に、長い間暮らせる様な、暖かい感じの家です。前川
國男(maekawa kunio)の作品は、何となく、この前川 國男(maekawa kunio)の家と似た雰囲気を持っていると思います。前川
國男(maekawa
kunio)の作品は、一般的に、例え、大規模建築物や、超高層ビルであっても、何となく、暖かく、現実感があり、生活感を感じさせる、人間味のある雰囲気を持っていると思います。なお、前川
國男(maekawa
kunio)は、1942年から1973年まで、この家に暮らし、東京の新しい邸宅が完成した為か、1973年に、この家の建物を解体し、その部材(parts)を、(前川
國男(maekawa
kunio)の)軽井沢(karuizawa)(日本の代表的な避暑地・高原リゾート(resort)地の一つ。内陸部にある長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の東京に近い場所にある。東京圏周辺を、代表する、別荘地の一つとなっており、東京圏に暮らす、比較的裕福な人々の別荘が、たくさんある)の別荘の敷地内に保存して置きました。写真は、前川
國男(maekawa kunio)が亡くなった後、前川 國男(maekawa kunio)の親族の寄付により?、前川 國男(maekawa
kunio)の、軽井沢(karuizawa)の別荘の敷地内に保存されていた、部材(parts)を、江戸(edo)東京建物園(下の補足説明を参照)が引き取り、再び組み立てて、復元し、展示している物です。
江戸(edo)東京建物園:東京都(日本の47の都道府県(prefecture)の一つ。主として、東京中心部(東京23区)と、東京の西部郊外・近郊から成る)が運営する、公立の、博物館の一つで、1993年に開館した、第2次世界大戦前の(一部、例外があり)、東京中心部及び、東京郊外の、住宅や店舗等の建物が、移築・保存されている、野外博物館。東京の西部郊外(東京都心部から近くもなければ、遠くもない、中間位の距離にある東京の西部郊外)にある。
以下、基本的に、かなり古い投稿で、2008年に、enjoyで、行った投稿から抜粋して来た物です。「後から追加した写真です。」と書いている、幾つか追加した写真を除き、全て、2008年の投稿で使用した写真で、古い写真です。投稿の文章については、最新の情報に基づき、更新しています。また、幾つか、参考の投稿を追加しています。
以下、前川 國男(maekawa kunio)の作品の例を紹介します。
写真以下7枚。東京文化会館。東京文化会館は、上野(ueno)公園(東京中心部(東京23区)で、最大級の公園の一つ。東京中心部(東京23区)の東部に位置する)にある、文化施設の一つで、東京を代表するクラシック音楽(classical
music)・バレエ(ballet)等の公演場の一つです。1961年に完成した、名現代建築で、前川 國男(maekawa
kunio)の代表作品の一つです。64年前の建物ですが、それ程は、古さを感じさせません。







東京文化会館に関して、より詳しくは、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
東京文化会館→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3922465/page/5?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下3枚(写真は、借り物)。東京海上ビル。東京都心部でも、中心的な地域にある、1974年に完成した、高さ108.1mの、日本の保険会社の一つの本社ビルです。前川
國男(maekawa kunio)が設計した、超高層ビルです。未来的で、無機質な、丹下 建三(tange
kenzo)の超高層ビル作品に比較して、超高層ビルも、前川 國男(maekawa
kunio)が設計すると、どことなく、暖かみのある、人間味のある物になる感じがします。このビルは、建て替えるのが、少し、早い気がしますが、現在(2025年現在)、建て替え工事中で、既に、解体され、存在していません。



後から追加した写真です。写真の作者:Wiiii

東京都美術館。この写真は、借り物の写真なのか、私が、撮影した写真なのか、忘れてしまいましたw
東京都美術館(規模の、大きな美術館です)は、1926年に開館した、東京にある、公営の美術館で、東京都(日本の47の都道府県(prefecture)の内の一つ。主に、東京中心部(東京23区)と東京の西部郊外・近郊から成る)が、運営する、公立の美術館の一つです。上野(ueno)公園(東京中心部(東京23区)で、最大級の公園の一つ。東京中心部(東京23区)の東部に位置する)にあります。前川
國男(maekawa kunio)が設計したのは、写真の、1975年に完成した、東京都美術館(Tokyo Metropolitan Art
Museum)の2代目の建物(現在の建物)です。
東京都美術館について、詳しくは、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
東京都美術館(若干内容追加)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3967029?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下3枚(写真は、借り物)。前川 國男(maekawa kunio)の遺作となった、1986年完成の、国立国会図書館の新館です。同じく彼が設計した、国立国会図書館の本館(honkan)(1961年完成)の新館(annex)です。国立国会図書館の本館(honkan)は、東京にある、国立の図書館の一つであり、日本の国立図書館の本部となっている図書館です。



以下、第二次世界大戦後の東京の景観の一部を作った建築家、丹下 健三(tange kenzo)。
日本の建築家、丹下
健三(tange
kenzo)は、日本の建築家の中で、初めて世界に名が知られた建築家であると共に、1960年代に、日本の現代建築設計の水準を、世界最高水準に、引き上げた人物として知られています。1913年に生れ、90歳以上生きて、2005年に、亡くなりました。丹下
健三(tange kenzo)の弟子には、磯崎 新(isozaki arata)(2022年に91歳で亡くなる)、黒川 紀章(kurokawa
kisyo)(2007年に73歳で亡くなる)、槇 文彦(maki
fumihiko)(2024年に95歳で亡くなる)等と言った、世界最高水準の、日本の建築家達が、名を連ねています。丹下 健三(tange
kenzo)は、第二次世界大戦前の一時期、上で紹介した、前川 國男(maekawa
kunio)の建築設計事務所で、働いていた事があります。もっとも、当時、前川 國男(maekawa kunio)と丹下 健三(tange
kenzo)の関係は、師匠(先生)と弟子(生徒)と言うよりは、上司と部下、先輩と後輩程度の関係だったのでは無いでしょうか?
写真以下3枚。丹下 健三(tange kenzo)の、初期の作品の例(何れも、日本国内の建物です)。

写真は、借り物。丹下
健三(tange
kenzo)の東京の自宅(自分の家)の建物です。1953年完成(現存せず)。いかにも、有名な現代建築家の邸宅と言った感じの、無機質で、非現実的で、生活感の無い邸宅です。こうした、無機質で、非現実的で、生活感の無く、未来的と言った特徴は、丹下
健三(tange kenzo)の他の作品にも、良く表れていると思います。

写真は、借り物。広島(hiroshima)、子供の家(公共施設)。1953年完成。現存せず。

写真は、借り物。 愛媛(ehime)県民会館(公共施設)。1953年完成。現存せず。
写真以下2枚は、丹下 健三(tange kenzo)の中期作品の内、東京にある物の例です。丹下 健三(tange kenzo)の中期作品は、日本の現代建築設計の水準を、世界最高水準に引き上げました。

後から追加した写真です。写真は、借り物(写真の作者:Kakidai)。東京カテドラル(cathedral)。キリスト教(Catholic)の宗教施設。1964年完成。

国立屋内競技場(国立代々木(yoyogi)競技場)。1964年完成。1964年の東京夏季オリンピック(Olympics)に合わせて、丹下 健三(tange kenzo)は、屋内競技場を設計しました。国立屋内競技場(国立代々木(yoyogi)競技場)は、第一競技場、第二競技場と、2つの、規模の大きな、屋内競技場がありますが、2個とも、丹下 健三(tange kenzo)が設計しました。写真は、第一競技場です。
以下、丹下 健三(tange kenzo)の、東京での、後期作品の例です(ただし、途中のシンガポール(Singapore)の写真1枚の中の物を除く)。
写真以下2枚(写真は、借り物)。赤坂prince ホテル新館(shinkan)。1982年完成。赤坂prince ホテル新館(shinkan)の建物は、既に、新しい、超高層ビルに建て替えられて、現存していません(建て替えられるのが、早過ぎですね)。


後から追加した写真です。写真の作者:Wiiii。
写真以下2枚(写真は、借り物)。 東京都庁。1991年完成。東京都(日本の47の都道府県(prefecture)の内の一つ。主に、東京中心部(東京23区)と東京の西部郊外・近郊から成る)の庁舎です。


後から追加した写真です。写真の作者:Wiiii。

写真は、借り物(この、siteから借りて来た物。http://www.uraken.net/rail/)。1970年代の日本に引き続き、1980年代に入ると、香港(Hong
Kong)とシンガポール(Singapore)でも、本格的に、超高層ビルが建設される様になりました。丹下 健三(tange
kenzo)は、第二次世界大戦後の東京の景観の一部を作った建築家ですが、その後期作品によって、第二次世界大戦後のシンガポール(Singapore)の景観の一部を作った建築家でもあります。写真は、シンガポール(Singapore)の超高層ビル群の写真ですが、写真の真ん中の左の、写真の中では、2番目に高く見える超高層ビル、One
Raffles
Place(1986年に完成。当時アジアで、最も、高いビルであった、韓国のソウル(Seoul)の63ビルを追い抜き、完成当時アジアで最も高いビルでした)、写真の真ん中の右の、写真の中では、一番高く見える超高層ビル、UOB
plaza one(1995年完成)は、何れも、丹下 健三(tange kenzo)の設計であり、280mの高さで、Guoco
Tower(高さ290m)(2016年に完成)に次いで、シンガポール(Singapore)で、2番目に高いビルで、2016年に、Guoco
Tower(高さ290m)が、完成するまで、シンガポール(Singapore)で、最も、高いビルでした。ちなみに、1995年に完成した、republic
plazaと言う、高さ280mの、シンガポール(Singapore)の超高層ビルは、丹下 健三(tange
Kenzo)の弟子であり、世界的に有名な、日本の建築家、黒川 紀章(kurokawa
kisyo)の設計です。シンガポール(Singapore)では、丹下 健三(tange kenzo)の作品であるOne Raffles
Place(1986年に完成)、UOB plaza one(1995年に完成)、丹下 健三(tange kenzo)の弟子の黒川
紀章(kurokawa kisyo)の作品であるrepublic
plaza(1995年に完成)の3本の超高層ビルが、何れも、高さ280mで、Guoco
Tower(高さ290m)(2016年に完成)に次いで、シンガポール(Singapore)で、2番目に高いビルで、2016年に、Guoco
Tower(高さ290m)が、完成するまで、シンガポール(Singapore)で、最も、高いビルでした。ちなみに、シンガポール(Singapore)では、この他、2021年完成した、CapitaSpringと言う超高層ビルが、高さ280mで、One
Raffles Place、UOB plaza one、republic plazaと共に、Guoco
Tower(高さ290m)(2016年に完成)に次いで、シンガポール(Singapore)で、2番目に高い、超高層ビルとなっています。
ちなみに、前に、投稿で、Guoco Towerの高さに関して、約284mと書いていましたが、290mの間違えでした。過去の投稿に関して、順次、修正して行こうと思いますが、修正し切れない投稿もあるかもしれません。

写真は、借り物、新宿park towerビル。1994年完成。下層階は、office。上層階は、高級ホテルpark hyatt hotelとなっています。

写真は、借り物。フジ(fuji)TV(東京圏の、5大、私営、地上波、テレビ放送局の一つ)の建物(1996年完成)。
以上、基本的に、かなり古い投稿で、2008年に、enjoyで、行った投稿から抜粋して来た物(投稿の文章については、最新の情報に基づき、更新しています)でした。
丹下 健三(tange kenzo)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)も参照して下さい。
1937年パリ万国博覧会日本館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3943863?&sfl=membername&stx=nnemon2
黒川 紀章(kurokawa kisyo)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
黒川 紀章・中銀カプセルタワー
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3934853/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、おまけです。
前述の通り、赤坂prince ホテル新館(shinkan)の建物(1982年完成)は、既に、新しい、超高層ビルに建て替えられて、現存していません(建て替えられるのが、早過ぎですね)。
赤坂(akasaka)princeホテルの新館(shinkan)の建物は、大成(taisei)建設(日本の大規模建設会社の一つで、日本の、5大建設会社の一つ)が開発した、粉塵や部材の飛散、騒音や振動を最小限に抑える、新しい工法の、「テコレップシステム(Taisei
Ecological Reproduction System)」により、解体されました。
https://youtu.be/KPTTUGxOHDQ?si=0o3diT0YMknlAHpV
動画は、借り物。大成(taisei)建設が開発した、最新の(世界最先端の)、大規模建築物の解体の工法により、2012年から2013年にかけて解体された、赤坂princeホテルの新館(shinkan)の建物の、解体の過程(定点撮影)。