2月の上旬に、(前日に、我が家に泊まった)彼女と、車で、東伊豆(東izu)(伊豆(izu)半島の東海岸)に、一泊で、遊びに出掛けて来た時の物です。
静岡(shizuoka)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の東端部(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県の南西部に隣接している)に位置する半島、伊豆(izu)半島は、東京に近い、温暖で、風光明媚な(景色の美しい)リゾート(resort)地です。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
一碧湖他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4063544?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、この時の、2日目(以下、この日と書きます)の続きです。
熱海(atami)の、起雲閣(kiunkaku)を訪れました。
熱海(atami)は、伊豆(izu)半島の東の付け根辺りに位置する、大規模な温泉保養地で、東京方面からの、伊豆(izu)半島の玄関(東伊豆(izu)の玄関)となっています。熱海(atami)は、古くから開発された大規模温泉保養地であり、第2次世界大戦後は、東京から1泊2日で気軽に行ける大衆的な温泉保養地として発展しましたが、第2次世界大戦前は、(中流階級から庶民の夫婦の)新婚旅行のメッカ(mecca)として知られていました。
起雲閣(kiunkaku)は、1919年に、最初の建物が建てられた、熱海(atami)の、別荘建築で、元々、根津(nezu)財閥(下の補足説明を参照)の当主家である、根津(nezu)家の別荘の一つであった物です(1925年から1944年までは、根津(nezu)家の別荘でした)。起雲閣(kiunkaku)の敷地面積は、約3,000坪(約9,900平方m)あります。
根津(nezu)財閥:日本の、かつての中堅財閥(中規模財閥)の一つで、東武(tobu)鉄道(下の補足説明参照)の経営を核とした(中心とした)財閥。
東武(tobu)鉄道:1899年に、最初の路線を開業。東京圏の9つの、大手(大規模)私営鉄道会社(ちなみに、これには、JR東日本(元、日本国有鉄道)は、含まれていません)の一つ。主として、東京都心部と、東京圏の北部(東京の北部郊外・近郊)を結ぶ、通勤電車・近郊電車・観光電車路線を運営している鉄道会社。
根津(nezu)財閥及び、根津(nezu)家に関しては、以下の投稿も参照して下さい。
太田記念美術館 着物に着目した浮世絵展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3738730/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
70年近い歴史を有する梅の名所の公園他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3644070/page/7?&sfl=membername&stx=nnemon2
起雲閣(kiunkaku)は、1947年に、温泉旅館となり、2000年には、熱海(atami)市の所有となり、文化財に指定されて、一般に、公開されています。
起雲閣(kiunkaku)の温泉旅館時代には、日本の多くの、小説家・作家・文学者達(著名な(有名な)、小説家・作家・文学者達を含む)が、好んで(お気に入りで)、よく宿泊していました。
起雲閣(kiunkaku)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)も参照して下さい。
75年の歴史を有するホテル・映画の話他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3848815/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
犬神家の一族・120年近く前に建てられた住宅の建物他(すぐ上でリンクを付けた投稿の関連投稿)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3848816/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。起雲閣(kiunkaku)。
写真以下54枚。起雲閣(kiunkaku)の建物の外観と庭園等。
写真以下4枚。現在は、建物が解体されて(1988年に解体された)、存在しない、かつての、起雲閣(kiunkaku)の建物の一つ。この建物は、1948年3月7日から3月31日にかけて、太宰
治(dazai osamu)(下の補足説明を参照)が滞在し、「人間失格(No Longer Human)」(太宰 治(dazai
osamu)の代表作の一つ。1948年出版)を執筆しました。
太宰 治(dazai
osamu):1909年生まれ。1948年6月に、自殺により、38歳で、亡くなる。日本の有名な小説家の一人で、1930年代半ばから1940年代後半まで、多くの作品を発表しました。太宰
治(dazai
osamu)は、近代日本文学後期の小説家の中で、最も人気の高い小説家の内の一人です。ちなみに、私は、高校生から大学生の初め頃まで、太宰
治(dazai osamu)が大好きで、多くの太宰 治(dazai osamu)の作品の文庫本を、保有していました。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、太宰 治(dazai osamu)に関連する参考の投稿。
アブサン(歴史的な酒)内容追加→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/4031060/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下16枚。起雲閣(kiunkaku)の建物の中で、最も、古い建物の一つ(以下、この建物と書きます)。1919年に建てられた物です。
写真以下2枚。左側の、日本伝統式の建物です。
写真以下11枚。この建物の内装例。
写真以下2枚。この建物の、窓から見た、起雲閣(kiunkaku)の一部。
写真以下。起雲閣(kiunkaku)の内装例。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
起雲閣(kiunkaku)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4063542?&sfl=membername&stx=nnemon2