谷崎 潤一郎(tanizaki jyunichiro)(1886年生まれ。1965年に亡くなる)は、1910年代初め頃から、1965年に、病気により、79歳で亡くなる近くまで活躍していた、日本の小説家です。
谷崎
潤一郎(tanizaki jyunichiro)は、ノーベル文学賞(Nobel Prize in
Literature)の候補には、判明しているだけで1958年と1960年から1964年まで7回にわたって選ばれ、特に1960年と1964年には最終候補の5人の中に残っていました。
また、谷崎 潤一郎(tanizaki jyunichiro)は、最晩年の1964年には、全米芸術院・米国文学芸術アカデミー(American Academy of Arts and Letters)名誉会員に選出されています。
以下、基本的に、2018年の5月に行った、「J-pop:高峰 秀子-「銀座カンカン娘」と言う投稿から抜粋して来た物です。
高峰
秀子(takamine
hideko)(1924年生まれ。2010年に86歳で亡くなる)は、1920年代の終わり頃から(子役の頃から)、1970年代にかけて活躍していた、日本の女優です。高峰
秀子(takamine hideko)は、詳しくないのですが、親しみ易い、妹的な、ルックス(外貌)で、人気を得ていた女優の様です。
ちなみに、前に、交際していた女性を連れて、2人で、田舎の、私の父の実家に遊びに行った際に、私の父方の祖母(私の父方の祖母は、もう100歳近い年齢ですが(私は性格に大雑把な面があり、父方の祖母の正確な今の年齢を把握していませんw)、元気に長生きしています)は、その、当時、私が交際していた女性を見て、(若い頃の)高峰
秀子(takamine hideko)に似ていると言っていましたw
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。
高峰 秀子(takamine hideko)に関して、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
曲&歴史上の人物を笑顔にしてみました他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_5/view/id/3689236/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
花井
蘭子(hanai
ranko)(1918年生まれ。1961年に亡くなる)は、1920年代初め、子役の頃から活動を行い、1930年代初め頃から、1950年代初め頃にかけて活躍していた、日本の女優です。花井
蘭子(hanai
ranko)は、1950年代中期頃から、脳腫瘍の手術等で休養することが多くなり、1961年に、脳内出血のため42歳の若さで亡くなりました。
轟 夕起子(todoroki yukiko)(1917年生まれ。1967年に亡くなる)は、1930年代初め頃から、1967年に、病気により、49歳で亡くなる近くまで活躍していた、日本の女優です。
山根 寿子(yamane hisako)(1921年生まれ。1990年に亡くなる)は、1940年代初め頃から1950年代にかけて活躍していた、日本の女優です。
「細雪(sasametuki)」は、谷崎 潤一郎(tanizaki jyunichiro)の小説で、1943年から1949年にかけて、日本の、知識人向けの、総合雑誌・女性向けの雑誌に連載されました。
「細雪(sasametuki)」は、1930年代の(厳密には、1930年代中期から1940年代初めにかけての)、大阪の、没落した(かつては、裕福な商人の家であった)、商人の家の、4姉妹を描いた作品です。
関西(kansai)大都市圏は、大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とする大都市圏で、東京圏に次ぐ、日本第二の人口規模を有する大都市圏です。
大阪は、東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市で、日本の商業の中心都市です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、大阪の商人に関する参考の投稿。
旧小西家住宅史料館→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3961406/page/15?&sfl=membername&stx=nnemon2
京都(kyoto)は、794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった大都市であり、日本の伝統文化の中心都市です。京都(kyoto)は、非常に多くの、文化財や歴史的建造物を有し、日本を代表する、観光都市であると共に、世界を代表する観光都市(世界の代表的な観光都市)の一つともなっています。
神戸(kobe)(日本の西部に位置する大都市)は、関西(kansai)大都市圏(大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とする大都市圏。東京圏に次ぐ、日本第二の人口規模を有する大都市圏)の、海の玄関口(gateway)となっている、大きな港町で、関西(kansai)大都市圏を代表する港湾都市です。
大阪と神戸(kobe)の間(神戸(kobe)の東部郊外。阪神間(hanshinkan)と呼ばれる)の、静かで落ち着いた住宅地地帯は、近代以降、伝統的に、大阪で商売で成功した者、大阪の資本家、
神戸(kobe)の貿易で成功した者、大阪・神戸(kobe)の高収入・エリート(一流)会社員等が、暮らす、高級住宅地地帯となっており、日本で、富裕層が、最も多く暮らす地域の一つとなっています。この、大阪と神戸(kobe)の間の、富裕層・中流層の、20世紀初頭(1900年代から1930年代にかけて)の、近代的・現代的な、芸術・文化・生活様式・住宅地計画・建築等(阪神間(hanshinkan)モダニズム(大阪・神戸(kobe)間
modernism)と呼ばれる)は、東京圏の、富裕層・中流層に、大きな影響を与えました。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、阪神間(hanshinkan)モダニズム(大阪・神戸(kobe)間 modernism))に関する参考の投稿。
阪神間(hanshinkan)モダニズム→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3939758/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、神戸(kobe)に関する参考の投稿。
神戸→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4043192/page/6?&sfl=membername&stx=nnemon2
「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)は、「細雪(sasametuki)」(谷崎 潤一郎(tanizaki jyunichiro)の小説)を原作とした映画です(ちなみに、原作の小説と異なる部分も少なくありません)。

写真は、借り物。「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)より。左から、妙子(taeko)(四女)の役を演じる、高峰 秀子(takamine hideko)、雪子(yukiko)(三女)の役を演じる、山根 寿子(yamane hisako)、幸子(sachiko)(次女)の役を演じる、轟 夕起子(todoroki yukiko)、鶴子(tsuruko)(長女)の役を演じる、花井 蘭子(hanai ranko)。
現在、you tubeで、「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)が、公式で、期間限定で(7月17日の13時から7月31日の12時59分まで)、公開中です。

写真は、借り物。現在、you
tubeで、期間限定で、公式で、公開中の、「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)のサムネイル画像。左から、幸子(sachiko)(次女)の役を演じる、轟
夕起子(todoroki yukiko)、妙子(taeko)(四女)の役を演じる、高峰 秀子(takamine
hideko)、雪子(yukiko)(三女)の役を演じる、山根 寿子(yamane
hisako)、鶴子(tsuruko)(長女)の役を演じる、花井 蘭子(hanai ranko)。
現在、you tubeで、公式で、期間限定で(7月17日の13時から7月31日の12時59分まで)、公開中の、「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)(フル映画)→
https://youtu.be/tdkxYUgRze8?si=0twsoZXL1LEticlC
「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)、先週の土曜日の夜、彼女と、我が家のテレビで見てみましたが、個人的に、普通と今一つの間と言った感じの映画でした(退屈と言った面もある映画でした)。ちなみに、同じく、「細雪(sasametuki)」(谷崎
潤一郎(tanizaki
jyunichiro)の小説)を原作とした映画の、「細雪(sasameyuki)」(1983年の日本の映画)は、個人的に、最も好きな映画の一つで、若い頃から、何度も見ている映画です。個人的には、「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)よりも、「細雪(sasameyuki)」(1983年の日本の映画)の方が、ずっと(遥かに)、良いと思います。
ちなみに、「細雪(sasametuki)」(1950年の、日本の映画)において、幸子(sachiko)(次女)の、神戸(kobe)郊外の家で、雛(hina)人形が飾ってある場面が出て来ます。日本では、毎年、3月3日は、雛(hina)祭りと言われる、女の子の日で、伝統的に、雛(hina)祭りの時期(3月3日及び、その前後)には、女の子のいる家庭では、一般的に、雛(hina)人形と言う、華やかな人形を飾ります。
以下、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)の、概要、主要な登場人物の説明、あらすじです(一部、wikiから借りて来ました)。ネタバレを含みます。記憶頼りなので、一部、細かい点で、間違っている部分があったら申し訳ありません。
「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)は、大阪の、没落した、古い商人の家(男の子供はいない)の、(両親は、既に亡くなっている)4姉妹の、日常生活の明暗を綴った、1930年代後期の、主に、神戸(kobe)郊外と大阪を舞台とした映画です。
4姉妹の家の、蒔岡(makioka)家は、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの、大阪の商人の家で、かつては、裕福な商人の家だったが、現在は、完全に没落し(財産を失い)、大阪の都心の店舗も、既に、他人の手に渡っており、収入は、全て、銀行員の(大阪で、銀行に勤務する)長女の夫と、次女の夫(次女の夫の職業に関しては、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)では、明確に述べられていませんでしたが、原作の小説によれば会計士)の収入に頼っており、長女の家族(長女、長女の夫、その、6人の子供達)は、大阪の都心の、蒔岡(makioka)家の古くからの家に、次女の家族(次女、次女の夫、その一人娘(一人だけの子供で、女の子供))は、神戸(kobe)郊外の、静かで落ち着いた、新興の住宅地の、一戸建て住宅に暮らしていると言う設定です。
以下、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)の、主要な、登場人物の説明です。
鶴子(tsuruko):蒔岡(makioka)家の長女(一番年上の、女の子供)。主婦。花井 蘭子(hanai ranko)が演じる。
辰雄(tatsuo):鶴子(tsuruko)の夫。大阪の銀行に勤務する、銀行員。
幸子(sachiko):蒔岡(makioka)家の次女(2番目の、女の子供)。主婦。轟 夕起子(todoroki yukiko)が演じる。夫の、貞之助(teinosuke)との間に、悦子(etsuko)と言う、一人娘(一人だけの子供で、女の子供)がいる。
貞之助(teinosuke):幸子(sachiko)の夫。「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)では、職業は、明確に述べられていませんでしたが、原作の小説によれば会計士。
雪子(yukiko):蒔岡(makioka)家の三女(3番目の、女の子供)。山根 寿子(yamane hisako)が演じる。独身。無職。奥手で、非常にshyな性格。元々、大阪の都心の、鶴子(tsuruko)の家族の家(蒔岡(makioka)家の古くからの家)に暮らしていたが、(鶴子(tsuruko)との間に、姉妹同士の愛情はあるものの)、鶴子(tsuruko)夫婦(鶴子(tsuruko)と、辰雄(tatsuo))とは、あまり気が合わず、鶴子(tsuruko)の家族の家は、居心地が悪くなり、神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家に暮らすようになる。
妙子(taeko):蒔岡(makioka)家の四女(4番目の、女の子供)。高峰 秀子(takamine hideko)が演じる。独身。雪子(yukiko)とは、対照的で、活発で、活動的な性格。神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家で暮らしている。生活力があり、人形制作が得意で、幸子(sachiko)の資金援助により、小規模な、人形制作スタジオ(studio)を経営しており、結構、人形が売れている(後に、人形制作は、飽きて?、人形制作はやめ、洋裁(洋服作り)の専門学校に通っている経験を活かして、洋服店(服店)の開店を目指したいと思うようになる)。洋裁(洋服作り)の専門学校に通っている。山村(yamamura)舞(mai)(関西(kansai)大都市圏の、伝統的な、踊りの形式の一つ)を習っている。かつて、交際していて、一緒に、家出騒動を起こした(一緒に、家出した)、奥畑(okubatake)(後述します)と、よりを戻しており(再び、交際しており)、その事に関して(妙子(taeko)が、(いい加減で、遊び人で、不良の)奥畑(okubatake)と、再び、交際している事に関して)、幸子(sachiko)と、雪子(yukiko)は、良く思っていない。
奥畑(okubatake):大阪の貴金属店(jewellery店)の経営者の3男(3番目の男の子供)。妙子(taeko)の恋人(交際している男性)。いい加減で、遊び人で、不良。(大阪の)ダンサー(dancer)の女性との間で、子供が出来たとの噂もある。
板倉(itakura):貧しい家出身。元々、奥畑(okubatake)の親が経営する、大阪の貴金属店(jewellery店)で働いていた。写真館(photo studio)を経営している。妹が一人いる。
以下、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)の、大雑把な、あらすじです。
雪子(yukiko)にあった、多くの縁談を(結婚の紹介話を)、(かつて、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの歴史を有する、歴史の古い、裕福な商人の家であった)蒔岡(makioka)家の誇りから、蒔岡(makioka)家・雪子(yukiko)が、断ってきたために、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)が減ってきており、雪子(yukiko)は、独身のままである。
幸子(sachiko)は、女学校( jyogakko)(下の補足説明を参照)で同窓だった(同じ学年で同じクラス(class)であった)、陣場(jinba)夫人から、雪子(yukiko)の、縁談(結婚の紹介話)を持ち掛けられ、相手の男性は、野村(nomura)と言う、中年の、独身の男性であった。幸子(sachiko)は、野村(nomura)の写真を見て、野村(nomura)の外見が老けていることを心配した。
女学校( jyogakko):第二次世界大戦以前の日本における、女子向けの中等教育機関。ほぼ、現在の小学校と大学の間、即ち、中学校と高校に当たる。第二次世界大戦以前の階級社会の日本において、主として、比較的裕福な、中流階級以上の家庭の娘(中流階級・中上流階級(upper-middle class)・上流階級の、家庭の娘)が通った。
一方、辰雄(tatsuo)は、勤務先の銀行の支店長として東京に赴任することになる。それに伴い、鶴子(tsuruko)の家族(鶴子(tsuruko)と、辰雄(tatsuo)と、その子供達)は、東京に引っ越す事になり、鶴子(tsuruko)は、住み慣れた、大阪を離れて、東京に引っ越さなければならない事を、とても悲しんだ。妙子(taeko)は、人形制作がある為、引き続き、神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家に暮らし続ける事になったが、雪子(yukiko)は、東京に行くのは、嫌だったものの、(鶴子(tsuruko)の、雪子(yukiko)も、一緒に、東京に行って欲しいと言う希望により)、幸子(sachiko)の説得により、鶴子(tsuruko)の家族と共に、東京に行き、東京で暮らす事になった。
野村(nomura)は、関西(kannsai)大都市圏の、私営の鉄道会社の社長の、いとこであり、兵庫(hyogo)県(関西(kannsai)大都市圏の西部を占める県。中心都市は、神戸(kobe))の、職員(公務員)をしており、兵庫(hyogo)県の鮎(食用の川魚)の増産に関する、指導や視察の業務を行っている(野村(nomura)の業務は、半分は、野村(nomura)の趣味のような物)。
雪子(yukiko)は、野村(nomura)との見合いの為に、一時的に、東京から、神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家に帰るが、野村(nomura)は、発達障害の傾向がある癖の強い人物で、雪子(yukiko)は、野村(nomura)との結婚話を断り、再び、東京に戻った。
山村(yamamura)舞(mai)の、生徒の、踊りの発表会が、幸子(sachiko)の家族の家で行われ、妙子(taeko)も出演した(妙子(taeko)も、山村(yamamura)舞(mai)を踊った)。その際、(写真館(photo studio)を経営している)板倉(itakura)が、妙子(taeko)の写真を撮った。板倉(itakura)は、妙子(taeko)の人形の写真を撮っており、妙子(taeko)と知り合いである。
後日、関西(kansai)大都市圏は、大水害に襲われる。妙子(taeko)は、この大水害において、最も被害の大きかった地域にある、洋裁(洋服作り)の専門学校にいたが、板倉(itakura)が、妙子(taeko)を救出した。板倉(itakura)の勇気に感じ入り、妙子(taeko)は、板倉(itakura)に、好意を持ち(妙子(taeko)は、板倉(itakura)の事が好きになり)、妙子(taeko)と、板倉(itakura)は、交際する様になる(板倉(itakura)は、前から、妙子(taeko)の事が好きだった)。
雪子(yukiko)は、(大水害で体調を崩した)妙子(taeko)を見舞いに、東京から来た事をきっかけに、再び、神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家で暮らす様になる。
妙子(taeko)は、板倉(itakura)と結婚したいと言うが、(妙子(taeko)が、(貧しい家出身の)板倉(itakura)と結婚する事を)、幸子(sachiko)と、雪子(yukiko)は、反対した。
また、妙子(taeko)は、洋服店(服店)を開店したいと言い、幸子(sachiko)に、(東京の)鶴子(tsuruko)に、(妙子(taeko)の)洋服店(服店)の開店資金の援助を頼んで欲しいと頼んだが、鶴子(tsuruko)は、妙子(taeko)の、洋服店(服店)の開店を反対し、開店資金の援助も断って来た。
妙子(taeko)は、姉夫婦(鶴子(tsuruko)と、辰雄(tatsuo))を直接説得しに行くと言い、東京に行く(幸子(sachiko)もついて行く)。しかし、妙子(taeko)は、板倉(itakura)の妹からの、板倉(itakura)が深刻な病気になったと言う電報で、すぐに、大阪に戻った。
板倉(itakura)は、急性中耳炎で、手術をした時に黴菌が入り、それが足に回り、亡くなった。板倉(itakura)の死で、妙子(taeko)が、貧しい家出身の男性(板倉(itakura))と結婚するのではという、幸子(sachiko)の憂い(心配と悩み)は、ひとまず消えた。
雪子(yukiko)に、橋寺(hashidera)と言う、ドイツに留学していた医学博士で、大阪の製薬会社の重役(executive)をしている男性(亡くなった妻との間に一人娘(一人だけの子供で、女の子供)あり)との、縁談(結婚の紹介話)が来たが、雪子(yukiko)の、引っ込み思案(shyな性格)のために、橋寺(hashidera)は、縁談(結婚の話)を打ち切ってしまう。
妙子(taeko)は、板倉(itakura)が亡くなったショック(精神的な衝撃)から、酒に溺れるようになり(毎晩、酒を、たくさん飲むようになり)、妙子(taeko)は、その内、三好(miyoshi)と言うバーテンダー(bartender)の男性と交際するようになる。
一方、奥畑(okubatake)は、親の経営する貴金属店(jewellery店)の販売商品を勝手に持ち出していた事が、親にバレて(親に発覚して)、親に絶縁され、家を追い出される。奥畑(okubatake)の実家の老人の女中(maid)が、奥畑(okubatake)の事を可哀想に思い、幸子(sachiko)に、奥畑(okubatake)と、妙子(taeko)を結婚させて欲しいと頼む。
幸子(sachiko)と雪子(yukiko)は、奥畑(okubatake)が、妙子(taeko)に、宝石(jewellery)や高価な服等の贈り物を、たくさんして来た事への義理もあるので、妙子(taeko)に、奥畑(okubatake)と結婚するように言ったが、妙子(taeko)は、それを拒否した。
妙子(taeko)は、三好(miyoshi)との間の子供を妊娠しており、子宮外妊娠で、手術しなければいけなくなった(手術の結果に関しては、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)では明らかにされていないが、原作の小説に従えば、死産)。
(実家を追い出され、生活(金)に困った)奥畑(okubatake)は、今まで、奥畑(okubatake)が、妙子(taeko)に使った分の、お金を、貞之助(teinosuke)に要求しに行き、貞之助(teinosuke)は、奥畑(okubatake)に、お金を支払った。
幸子(sachiko)は、再び、陣場(jinba)夫人から、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)を持ち掛けられ、相手の男性は、御牧(mimaki)と言う、実家は、京都(kyoto)の良い家柄の家で、本人は、長い間、外国で暮らしていて、現在は、日本に戻り、建築士として働いている、独身の男性であった。幸子(sachiko)、雪子(yukiko)、悦子(etsuko)は、御牧(mimaki)に会って、御牧(mimaki)の、気さくな人柄に、好感を持ち、雪子(yukiko)は、御牧(mimaki)と結婚する事にした。
一方、妙子(taeko)は、三好(miyoshi)と、三好(miyoshi)のアパートで暮らす事にした。鶴子(tsuruko)は、妙子(taeko)に、亡くなった母の形見の、大きなダイヤモンドの指輪を贈った。
以上、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)の、概要、主要な登場人物の説明、あらすじでした。
以下、参考に、「細雪(sasametuki)」(谷崎 潤一郎(tanizaki jyunichiro)の小説で、1943年から1949年にかけて、日本の、知識人向けの、総合雑誌・女性向けの雑誌に連載された)の、概要、及び、あらすじです(基本的に、wikiから抜粋して来た物です)。私は、「細雪(sasametuki)」(小説)は、読んでいますが、内容を、ほとんど忘れてしまっているので、一部、細かい点で、間違っている部分があったら申し訳ありません。
「細雪(sasametuki)」(小説)は、大阪の、没落した、古い商人の家の、4姉妹の、1936年の秋から1941年の春までの、日常生活の明暗を綴った、主に、神戸(kobe)郊外と大阪を舞台とした作品です。
以下、「細雪(sasametuki)」(小説)の、あらすじです。
江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの、大阪の商人の家、蒔岡(makioka)家は、大阪の、中流の上(中流階級の上層部)の家である。蒔岡(makioka)家は、かつては、裕福な商人の家だったが、現在は、没落し(財産を失い)、大阪の都心の店舗も、既に、他人の手に渡っている。蒔岡(makioka)家の長女(一番年上の女の子供)の家族は、大阪都心の、蒔岡(makioka)家の、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)から、代々、受け継がれた家に住んでおり、鶴子(tsuruko)(蒔岡(makioka)家の長女(一番年上の女の子供))、その夫の、(銀行員の(大阪で、銀行に勤務する))辰雄(tatsuo)、その6人の子供の、8人家族である。
蒔岡(makioka)家の次女(2番目の女の子供)の家族は、神戸(kobe)郊外の、高級住宅地の一戸建て住宅に暮らしており、幸子(sachiko)(蒔岡(makioka)家の次女(2番目の女の子供))、その夫の、(会計士の)貞之助(teinosuke)、幸子(sachiko)と夫(貞之助(teinosuke))の間の、幼い、一人娘(一人だけの子供で、女の子供)の、悦子(etsuko)の3人家族である。
それぞれ、独身の、雪子(yukiko)(蒔岡(makioka)家の3女(3番目の女の子供))、妙子(taeko)(蒔岡(makioka)家の4女(4番目の女の子供))は、(大阪の都心の)鶴子(tsuruko)の家族の家と、(神戸(kobe)郊外の)幸子(sachiko)の家族の家を、行き来しながら暮らしている。
物語の冒頭では、今まで、雪子(yukiko)にあった、多くの縁談を(結婚の紹介話を)、(かつて、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)からの歴史を有する、歴史の古い、裕福な商人の家であった)蒔岡(makioka)家の誇りから、蒔岡(makioka)家・雪子(yukiko)が、断ってきたために、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)が減ってきており、雪子(yukiko)は30歳にして未婚(独身)であることが語られる。さらに悪いことに、妙子(taeko)が、(交際している男性の)奥畑(okubatake)(大阪の貴金属店(jewellery店)の経営者の3男(3番目の男の子供))と、家出をした際に、妙子(taeko)と間違えられて、雪子(yukiko)の名前が地元の新聞に載ってしまったことがある。辰雄(tatsuo)は、記事の撤回を申し入れたが、新聞は撤回ではなく訂正記事を載せ、雪子(yukiko)に換えて、妙子(taeko)の名を出した。
新聞記事は、地元で、蒔岡(makioka)家の恥となり、雪子(yukiko)のみならず、妙子(taeko)の名前をも汚すことになった。辰雄(tatsuo)の対処に不満を持ち、また、辰雄(tatsuo)の堅実一方の性格が、そもそも気に入らないために、雪子(yukiko)と、妙子(taeko)は、ほとんどの時間を、神戸(kobe)郊外の、幸子(sachiko)の家族の家で過ごすようになった。新聞の事件の後、妙子(taeko)は、人形作りに慰めを見出すようになる。妙子(taeko)は、人形作りが、かなり上手で、人形は、デパートで売られている。妙子(taeko)は、幸子(sachiko)に頼んで、神戸(kobe)郊外に仕事部屋を設け、そこで長時間人形を作って過ごすようになる。
そんな折、井谷(itani)(幸子(sachiko)達が、よく利用している、美容院(beauty salon)の、美容師(hairdresser)兼オーナー(owner)(経営者)。女性)が、瀬越(segoshi)という男性との見合いの話を、雪子(yukiko)(蒔岡(makioka)家)に、持ってくる。井谷(itani)に急かされ、蒔岡(makioka)家は、瀬越(segoshi)について十分な調査が済まないまま、雪子(yukiko)と、瀬越(segoshi)の、非公式な見合いをすることにする。蒔岡(makioka)家は、この縁談(この結婚の紹介話)に乗り気になるが、調べを進めたところ、瀬越(segoshi)の母親が、実子(自分の子供)の判別もつかないという精神病を患っていることが判り、(これが遺伝性の疾患ではないかと考えた)蒔岡(makioka)家では、最後には断らざるを得なくなる。
数か月後、幸子(sachiko)は、女学校(jyogakko)(下の補足説明を参照)で同窓だった(同じ学年で同じクラス(class)であった)、陣場(jinba)夫人から、雪子(yukiko)の、縁談(結婚の紹介話)を持ち掛けられ、相手の男性は、野村(nomura)と言う、中年の、(妻が亡くなり)独身の男性であった。
女学校(jyogakko):第二次世界大戦以前の日本における、女子向けの中等教育機関。ほぼ、現在の小学校と大学の間、即ち、中学校と高校に当たる。第二次世界大戦以前の階級社会の日本において、主として、比較的裕福な、中流階級以上の家庭の娘(中流階級・中上流階級(upper-middle class)・上流階級の、家庭の娘)が通った。
幸子(sachiko)は、野村(nomura)の写真を見て、外見が老けていることもあり特に良いとは思わなかったが、一応調査をすることにし、決めるのに1、2か月の猶予を、陣場(jinba)夫人に求めた。その話の一方で、辰雄(tatsuo)は、勤務先の銀行の支店長として東京に赴任することになる。鶴子(tsuruko)の家族(鶴子(tsuruko)と、辰雄(tatsuo)と、その子供達)は東京に転居することになり、未婚の(独身の)雪子(yukiko)と、妙子(taeko)も一緒に来てほしいと、幸子(sachiko)を介して告げられる。妙子(taeko)は、雪子(yukiko)を盾に、また人形作りの忙しさを口実に、幸子(sachiko)の家族の家へ留まったが、雪子(yukiko)は、すぐに行かなくてはならない。
雪子(yukiko)は、上辺では何事もないように振る舞うものの、東京では元気が無く、鶴子(tsuruko)は、しばらく、雪子(yukiko)を大阪に帰らせようと提案する。幸子(sachiko)が、雪子(yukiko)を呼び寄せる口実を考えているところに、野村(nomura)について催促の手紙が、陣場(jinba)夫人から届く。この縁談(結婚の紹介話)に乗り気ではないものの、幸子(sachiko)は、神戸(kobe)郊外の自分の家に、雪子(yukiko)を連れ帰る口実として、雪子(yukiko)と野村(nomura)の見合いに同意する。
その見合いの直前に、幸子(sachiko)が流産したため、雪子(yukiko)と野村(nomura)の見合いは延期されるが、1週間後、幸子(sachiko)、貞之助(teinosuke)、そして、雪子(yukiko)は、ようやく、野村(nomura)と会う。幸子(sachiko)は、野村(nomura)があまりに老けて見えることに驚き、一方で、貞之助(teinosuke)は、(流産後の体調がすぐれない)幸子(sachiko)を気遣う素振りを見せない、野村(nomura)に苛立つ。夕食後、一行は、野村(nomura)の家に招かれるが、そこで、野村(nomura)は、家の中を、隅々まで案内するが、その中で亡くなった妻と子供達の仏壇(butsudan)(日本の、伝統的な、亡くなった家族や先祖を祀る家具)を見せる。雪子(yukiko)は、野村(nomura)の外見や身の上に対して何も不満を感じることはなかったが、この事から、その無神経さに嫌気がさし、結婚できないと言う。こうして、蒔岡(makioka)家は、野村(nomura)の、雪子(yukiko)に対する求婚(結婚の申し込み)を断り、雪子(yukiko)は、また東京に送り返される。
妙子(taeko)は、人形作りに飽き、洋裁(洋服作り)と、山村(yamamura)舞(mai)(関西(kansai)大都市圏の、伝統的な、踊りの形式の一つ)に精を出すようになる(夢中になり、熱心に取り組むようになる)。山村(yamamura)舞(mai)の、生徒の発表会が幸子(sachiko)の家で行われ、妙子(taeko)も出演する。板倉(itakura)という、感じの良い、若い、写真家が、写真を撮っている。板倉(itakura)は、妙子(taeko)の人形の写真を撮っており、妙子(taeko)と知り合いである。
1か月後、関西(kansai)大都市圏は大水害に襲われる。妙子(taeko)は、この大水害において、最も被害の大きかった地域にある、洋裁(洋服作り)の専門学校にいたが、板倉(itakura)が、妙子(taeko)を救出した。板倉(itakura)の勇気に感じ入り、妙子(taeko)は、板倉(itakura)に、好意を持ち、妙子(taeko)と、板倉(itakura)は、交際する様になる。やがて、妙子(taeko)と板倉(itakura)の関係は、幸子(sachiko)に知られるが、幸子(sachiko)は、板倉(itakura)が、貧しい家の出身の男性の為、2人の交際に反対する。それでも、妙子(taeko)は、板倉(itakura)と結婚するつもりでいる。
妙子(taeko)は、洋裁(洋服作り)の先生と共に、フランスに行って、洋裁(洋服作り)の勉強をしたいと思い、幸子(sachiko)に、鶴子(tsuruko)への口添えを頼む。洋裁(洋服作り)の先生が、フランス行きをやめることになると、妙子(taeko)は、洋服店(服店)を開くことに決める。妙子(taeko)は、鶴子(tsuruko)に資金援助を依頼するため東京に行くが、板倉(itakura)が病気になり、すぐに大阪に呼び戻される。
板倉(itakura)は、乳様突起炎( mastoiditis)のため入院していたが、手術の合併症からくる壊疽のために亡くなる。板倉(itakura)の死で、妙子(taeko)が、貧しい家出身の男性と結婚するのではという、幸子(sachiko)の憂い(心配と悩み)は、ひとまず消えた。
6月、辰雄(tatsuo)の姉が、幸子(sachiko)に、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)をもたらす。雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)の男性は、沢崎(sawasaki)と言う、名古屋(nagoya)(日本の中部地方で、唯一の大都市であり、日本の中部地方の中心都市。東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市)の、良い家柄の出身の男性であった。幸子(sachiko)、雪子(yukiko)、妙子(taeko)、悦子(etsuko)は、辰雄(tatsuo)の姉を訪ねて、大垣(oogaki)(下の補足説明を参照)に行き、そこで、雪子(yukiko)が、沢崎(sawasaki)と見合いをすることになった。見合いは、上手く、行かなかった。幸子(sachiko)は、沢崎(sawasaki)に、良い印象を持たなかったが、結局、沢崎(sawasaki)の方から、雪子(yukiko)との結婚を断ってきた。蒔岡(makioka)家が縁談(結婚の紹介話)を断られたのは、これが初めてだった。
大垣(oogaki):大垣(oogaki)は、日本の中部地方の西端部(岐阜(gifu)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の西端部)に位置する、人口、15万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)で、古くから、東日本(東京(日本の政治・経済の中心都市)を中心とする)と西日本(大阪(東京に次ぐ日本第二の都市圏人口を有する都市。日本の商業の中心都市)・京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)を中心とする)の間の、交通の要衝として、東日本と西日本の文化の接点として、経済・文化が発展して来た都市です。
幸子(sachiko)は、妙子(taeko)が、(不良の男性の)奥畑(okubatake)と、縒りを戻した(再び、交際するようになった)と聞く。二人の(幸子(sachiko)と、奥畑(okubatake)の)交際が、だんだんとあからさまになり、貞之助(teinosuke)は、鶴子(tsuruko)に報告する。鶴子(tsuruko)は、妙子(taeko)に東京に来るよう申し渡すが、妙子(taeko)は、拒否し、妙子(taeko)は、鶴子(tsuruko)(蒔岡(makioka)家)に、絶縁される。
井谷(itani)が、また、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)を持ち込む。この縁談(結婚の紹介話)の男性の、橋寺(hashidera)は魅力的な相手だったが、再婚の決心がついていないようだった。貞之助助(teinosuke)は、雪子(yukiko)を連れて、橋寺(hashidera)に会い、話を纏めようと奔走するが、雪子(yukiko)の、引っ込み思案(shyな性格)のために、橋寺(hashidera)は、縁談(結婚の話)を打ち切ってしまう。
その後、幸子(sachiko)は、妙子(taeko)が、奥畑(okubatake)の家で重い病気になっているとの知らせを受ける。妙子(taeko)は、赤痢と診断される。病状は次第に悪くなり、姉達は、妙子(taeko)に、良い治療を受けさせたい一方、妙子(taeko)が、奥畑(okubatake)の家にいることを、人に知られたくないために悩む。結局、妙子(taeko)は、蒔岡(makioka)家の友人の病院に移され、そこで緩やかに回復する。
一方で、幸子(sachiko)は、妙子(taeko)が、鶴子(tsuruko)(蒔岡(makioka)家)から絶縁されて以来、奥畑(okubatake)に頼って暮らしていたことを知る。また、妙子(taeko)は、三好(miyoshi)と言う、バーテンダー(bartender)の男性とも、関係があるらしい(交際しているらしい)と言う話を聞く。幸子(sachiko)は驚くが、今や、妙子(taeko)は、奥畑(okubatake)と結婚するしかないと考える。妙子(taeko)が回復した後、幸子(sachiko)は、奥畑(okubatake)が、家族から、満洲国(Manchukuo)(中国東北部地域。日本の、傀儡国家(操り人形国家・実質的には、日本の植民地国家)(1932年から日本の敗戦により第二次世界大戦が終結する1945年まで存在)に移住する事を勧められていると知る。幸子(sachiko)と雪子(yukiko)は、妙子(taeko)が、奥畑(okubatake)と一緒に、満洲国(Manchukuo)に行くべきだと考えるが、妙子(taeko)は同意しない。雪子(yukiko)は、妙子(taeko)は、奥畑(okubatake)から多くの物を貰っており借りがあると説得する。妙子(taeko)は、泣きながら家を出て2日間帰らなかった。奥畑(okubatake)は、結局、満洲国(Manchukuo)へは行かないことにする。
井谷(itani)が、経営する美容院(beauty salon)を売って、アメリカに移住する予定だという知らせが、蒔岡(makioka)家に届く。出発前に、井谷(itani)は、幸子(sachiko)に、もう一つ、雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)があると告げる。雪子(yukiko)の縁談(結婚の紹介話)の男性は、御牧(mimaki)と言う、貴族(子爵)の家の当主の庶子(妻以外の女性との間の子供)の、45歳の男性だという。姉妹(幸子(sachiko)、雪子(yukiko)、妙子(taeko))が、東京に行って、御牧(mimaki)に会ってみると、その気さくな人柄に、たちまち魅了される。東京滞在中に、妙子(taeko)は、三好(miyoshi)の子を妊娠しており、4か月だということを、幸子(sachiko)に告げる。幸子(sachiko)と、貞之助(teinosuke)は、妙子(taeko)が、有馬(arima)温泉(下の補足説明を参照)で、秘密に、出産するよう手配する。
有馬(arima)温泉:有馬(arima)温泉(神戸(kobe)市内にある)は、関西(kaisai)(大阪、京都(kyoto)、神戸(kobe)を中心とする大都市圏。東京圏に次ぐ、日本第二の人口を有する大都市圏)にある大規模温泉保養地で、関西(kaisai)を代表する温泉保養地の一つです。有馬(arima)温泉は、神戸(kobe)の都心から、電車(通勤電車)で、30分程の場所にあります。
蒔岡(makioka)家の、家の名誉を守るため、貞之助(teinosuke)は、奥畑(okubatake)に、妙子(taeko)の行動について、他人に言わないように求める。奥畑(okubatake)は、奥畑(okubatake)が、妙子(taeko)に使った金銭を補填することを条件に同意し、貞之助(teinosuke)は、2000円(現在の貨幣価値に換算すると700万円位(7千万won位))を、貞之助(teinosuke)に支払う。結局、妙子(taeko)は、死産し、三好(miyoshi)と同棲する(一緒に暮らす)事になる。蒔岡(makioka)家は、御牧(mimaki)から、雪子(yukiko)への求婚(結婚の申し込み)への返答を求められる。雪子(yukiko)は、それを受け入れ、貞之助(teinosuke)は、鶴子(tsuruko)に同意を求める手紙を送る。御牧(mimaki)と、雪子(yukiko)の、結婚式の日程と場所が決まり、新居(2人が、新たに暮らす家)も決まった。
以上、「細雪(sasametuki)」(小説)の、あらすじでした。
「細雪(sasameyuki)」(1983年の日本の映画)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。ちなみに、「細雪(sasameyuki)」(1983年の日本の映画)も、「細雪(sasameyuki)」(1950年の、日本の映画)と同様、原作の、「細雪(sasametuki)」(小説)と異なる部分も少なくありません。
75年の歴史を有するホテル・映画の話他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3848815/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
犬神家の一族・120年近く前に建てられた住宅の建物他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3848816/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2