以下、2023年の9月の下旬に行った、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)から抜粋して来た物です。茅ヶ崎(chigasaki)市美術館に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
120年前の別荘跡他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3733514/page/70?&sfl=membername&stx=nnemon2
かなり前の事ですが(投稿の機会を失っていたもの)、去年の10月の上旬に、前日に我が家に泊まった彼女と、湘南(syonan)の茅ヶ崎(chigasaki)に、車で、遊びに出掛けて来た時のものです(以下、この日と書きます)。
この日は、前日に我が家に泊まった彼女と、夜更かしをし、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、車で、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)を出ました。話と気の合う彼女と遊びに出掛けるのは、とても楽しいものです。
ちなみに、この日の、遅い朝食兼昼食は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt))と同じ内容でした。
以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「東京近郊の、茅ヶ崎(chigasaki)、江ノ島
(enoshima)(藤沢(fujisawa))、(以下は、三浦(miura)(半島)areaとして、湘南(syonan)には、含めない考え方もあるが、私は、湘南(syonan)に含めて考えている。このへんは、地元の人も、結構大雑把だと思う)、鎌倉(kamakura)、逗子(zushi)、葉山(hayama)、横須賀(yokosuka)(西海岸の一部)等から成る、湘南(syonan)(東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の南部に位置する)は、東京都心部方面から見て、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)である、大きな港町)の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊のビーチリゾート(beach
resort)地となっています。湘南(syonan)は、海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近くある様な気がします。
ちなみに、湘南(syonan)は、20代半ば頃までは、夏に、海水浴に行ったりしたのですが、現在は、湘南(syonan)は、よくドライブ(drive)しますが、夏の海水浴時期に行く事は、基本的には、あまりありません。」
ちなみに、横浜(神奈川(kanagawa)県の中心都市)・湘南(syonan)は、何れも、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)に属しています。
以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
茅ヶ崎(chigasaki)市美術館は、湘南(syonan)areaに位置する都市の一つである、茅ヶ崎(chigasaki)市が運営する、公立の美術館です。
この日は、茅ヶ崎(chigasaki)市美術館で、この時行われていた、「The
新版画(shinhaga) 版元・渡邊 庄三郎(watanabe
syouzaburou)の挑戦」と言う、新版画(shinhaga)の展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て来ました。この日、茅ヶ崎(chigasaki)市美術館を訪れた目的は、この展覧会(exhibition)を見る事にありました。
茅ヶ崎(chigasaki)市美術館は、前から、ちょっと気になっていた美術館ですが、この時、初めて、訪れました。
川上 音二郎(kawakami otojirou)(1864年生まれ。1911年に亡くなる)は、19世紀後期から、1900年代初めに活躍していた、日本の、俳優・興行師・芸術家です。
川上
音二郎(kawakami otojirou)の妻、川上 貞奴(kawakami
sadayakko)(1871年生まれ。1946年に亡くなる)は、19世紀末から1900年代初めに、国際的に活躍していた(アメリカとヨーロッパで、高評価と高い人気を博した)、芸者(geisha)(下の補足説明を参照)出身の、日本の、舞台女優です。
芸者(geisha):舞踊等で、客をもてなす、日本の、古くからある、伝統的な職業の、女性。外国では、混同される事もあるが、遊女(yuujyo)(日本の、伝統的な、売春婦)とは、あくまで、区別される。遊女(yuujyo)は、売春婦であるのに対し、芸者(geisha)は、宴会(party)の席等で、客をもてなす、日本の、伝統的な職業の、女性(愛人関係等、客と、男女(男と女)の関係等になる事はあるが、それは、芸者(geisha)としての職業の範囲外での話)。
以下、「」内。川上 貞奴(kawakami sadayakko)の、西洋(ヨーロッパ・アメリカ)での人気ついて、基本的に、wikiより。
「1899年、川上
音二郎(kawakami otojirou)の企画で、アメリカで、巡回公演を行い、エキゾチックな(異国的な)川上 貞奴(kawakami
sadayakko)の美貌と写実的な演技が評判を呼び、欧米中(アメリカ・ヨーロッパ)で空前の人気を得た。
1900年、川上
音二郎(kawakami otojirou)と共に、日本通で知られるロンドンのアーサー・ディオシー(Arthur
Diosy)(イギリスの講演活動家)の歓迎を受け、ロンドンで興行を行った後、アーサー・ディオシー(Arthur
Diosy)の友人のロイ・フラー(Loie Fuller)(世界的に有名な、アメリカの、女性、舞踏家(dancer)。モダンダンス(modern
dance)の先駆者)やサラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)(フランスの、世界的に有名な、舞台女優)に紹介され、フラー(Loie
Fuller)の支援を受けて その同年に、パリ(Paris)で行われていた万国博覧会(Exposition Universelle of
1900・1900 Paris Exposition)に招かれ、会場の一角にあったロイ・フラー(Loie
Fuller)劇場において公演を行い、アメリカ興行に続いて人気を博した。7月4日の初日の公演には、彫刻家ロダン(Auguste
Rodin)も招待されていた。ロダン(Auguste Rodin)は川上 貞奴(kawakami
sadayakko)に魅了され、彼女の彫刻を彫りたいと申し出たが、彼女はロダン(Auguste
Rodin)の名声を知らず、時間がないとの理由で断ったという逸話がある。8月には、当時の、フランス大統領エミール・ルーベ(Émile
Loubet)が官邸で開いた園遊会にも招かれた。
翌年、いったん、日本に帰国したあと、再びヨーロッパに渡り、1902年に帰国した。
川上
貞奴(kawakami
sadayakko)の影響で、パリ(Paris)の社交会では、着物(kimono)(日本の伝統衣装)風の「ヤッコ(yakko)ドレス(dress)」が流行。ドビュッシー(Claude
Debussy)やジッド(André Gide)、ピカソ(Pablo Picasso)は、彼女の演技を絶賛した。
フランス大統領エミール・ルーベ(Émile
Loubet)より、官邸のエリゼ宮殿(Élysée Palace)にて、川上 音二郎(kawakami
otojirou)と共に、オフシェー・ド・アカデミー三等勲章(現在の芸術文化勲章(Ordre des Arts et des
Lettres))を授与され、外国人に贈られる最高章(当時)を授章した。」
サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)(1844年生まれ。1923年に亡くなる)は、フランスの、世界的に有名な、舞台女優です。

写真は、借り物。サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)。1864年頃。

日本庭園の中の、サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)。ルイズ・アベマ(Louise Abbéma)(下の補足説明を参照)作。1885年。
ルイズ・アベマ(Louise Abbéma):1853年生まれ。1927年に亡くなる。フランスの、女性、画家。社交界の人々を描いた肖像画で知られる(説明は、wikiから借りて来ました)。
Japonismeとは、19世紀中期から20世紀初頭にかけて(特に、19世紀の後半に)、フランスを中心とした、西洋の国々(ヨーロッパ及び北米)で、浮世絵(ukiyoe)(日本の伝統的な、大衆画・大衆版画)等の日本文化が流行すると共に、当時の(近代の)ヨーロッパを中心とした西洋の芸術・工芸に強い影響を与えた現象の事を言います。
以下、参考の投稿。
Japonisme他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3593602/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2

写真は、借り物。サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)。1881年。
写真以下2枚。写真は、借り物。川上 貞奴(kawakami sadayakko)。

舞台衣装を着た、川上 貞奴(kawakami sadayakko)。1900年。

ヨーロッパ巡回講演中に撮影された、ドイツのベルリン(Berlin)での、川上 貞奴(kawakami sadayakko)。1901年。

川上 貞奴(kawakami sadayakko)(左)。川上 音二郎(kawakami otojirou)(右)。
前述の通り、この日訪れた、茅ヶ崎(chigasaki)市美術館は、湘南(syonan)areaに位置する都市の一つである、茅ヶ崎(chigasaki)市が運営する、公立の美術館です。
茅ヶ崎(chigasaki)市美術館は、小規模な美術館で、1998年に開館した、比較的新しい美術館です。
茅ヶ崎(chigasaki)市美術館の敷地(敷地面積6,577平方m(約2,000坪)。隣接する茅ヶ崎(chigasaki)の市営の図書館の敷地も、川上
音二郎(kawakami otojirou)・川上 貞奴(kawakami sadayakko)夫妻の別荘の敷地であった可能性もあるので、川上
音二郎(kawakami otojirou)・川上 貞奴(kawakami
sadayakko)夫妻の別荘の敷地は、もっと大きかった可能性もあります)は、元々、川上 音二郎(kawakami otojirou)・川上
貞奴(kawakami sadayakko)夫妻が、ヨーロッパから帰って来た、1902年頃に建てた別荘の敷地であったものです。
ちなみに、当時の(川上
音二郎(kawakami otojirou)・川上 貞奴(kawakami
sadayakko)夫妻の別荘であった時の)建物は、現存していません。ちなみに、川上 貞奴(kawakami
sadayakko)が、女優引退後の、60代の初め頃(1933年)に、岐阜(gifu)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の、各務原(kakamigahara)市(岐阜(gufu)市(岐阜(gufu)県の中心都市。人口約40万人)の郊外に位置する)に建てた、萬松園(bansyouen)と言う、川上
貞奴(kawakami
sadayakko)の別荘(敷地面積、約1,000坪)は、建物も含めて、ほぼ、1933年の創建当時のまま残されており、現在は、結婚式場等として活用されています。
https://youtu.be/X63qbrgUosI?si=1Y-AJFNYceFeW3bP
動画は、借り物。参考に、萬松園(bansyouen)。萬松園(bansyouen)は、前述の通り、川上 貞奴(kawakami sadayakko)が、女優引退後の、60代の初め頃(1933年)に、岐阜(gifu)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の、各務原(kakamigahara)市(岐阜(gufu)市(岐阜(gufu)県の中心都市。人口約40万人)の郊外に位置する)に建てた、川上 貞奴(kawakami sadayakko)の別荘(敷地面積、約1,000坪)です。建物も含めて、ほぼ、1933年の創建当時のまま残されており、現在は、結婚式場等として活用されています。
写真以下3枚。茅ヶ崎(chigasaki)市美術館の敷地。前述の通り、茅ヶ崎(chigasaki)市美術館の敷地(敷地面積6,577平方m(約2,000坪)。隣接する茅ヶ崎(chigasaki)の市営の図書館の敷地も、川上
音二郎(kawakami otojirou)・川上 貞奴(kawakami sadayakko)夫妻の別荘の敷地であった可能性もあるので、川上
音二郎(kawakami otojirou)・川上 貞奴(kawakami
sadayakko)夫妻の別荘の敷地は、もっと大きかった可能性もあります)は、元々、川上 音二郎(kawakami otojirou)・川上
貞奴(kawakami sadayakko)夫妻が、1902年頃に建てた別荘の敷地であったものです(別荘の建物は、現存していません)。
以上、前に行った投稿から抜粋して来た物でした。