東京駅から東北新幹線「やまびこ」に乗り込み、ひたすら北を目指します。何とも言えない、いい声の車掌さんでした。

福島県郡山市付近を走行中、JR東日本仙台支社郡山総合車両センターが見えました。構内には昔懐かしい583系や先日東武鉄道との直通運転から撤退した485系、E501系やE531系が停まっており、その直後には上野へ向けて東北本線を南下する寝台特急「北斗星」の姿も見えました。

一ノ関駅に到着。在来線への連絡改札口には、駅が作成した「歓迎 世界遺産 平泉」の横断幕が飾られていました。

自動改札機を抜け、在来線のホームへ向かいます。今では普通列車ばかりが発着する同駅ですが、東北「本線」の駅だけあって、構内の規模は大きいものです。左に見える高架は新幹線のホームです。

ホームで待っていたのは青紫色の帯をまとった盛岡支社の701系。同時期に設計された209系やE217系と同じ工法で造られており、東北地方を走る電車としては馴染みの顔です。JR東日本の他、IGRいわて銀河鉄道や青い森鉄道など、東北本線を移管した第三セクター路線でも同型の車両が走っています。

一ノ関駅から8分ほどで平泉駅に到着。まだ朝の9時ですが、世界文化遺産に認定されただけあって、大勢の観光客が降りて行きました。

平泉駅の駅名標。一ノ関駅はLED式になっていましたが、こちらはまだ蛍光灯式でした。工事中だから取り換えていないのでしょう。

東北本線の東側にある無量光院跡(Muryoko-in Ato)。藤原秀衡が京都宇治平等院鳳凰堂を模して建立した寺院でした。奥州藤原氏滅亡後、度重なる火事によって建物は全て焼失しましたが、遺構が良好な状態で残っており、現在は岩手県平泉町教育委員会が中心となって、発掘調査を行っています。

ルドベキアの花。夏草や兵どもが夢の跡―

「夏草や 兵どもが 夢の跡」という松尾芭蕉の名句が詠まれたのは、ここ平泉の地です。その石碑は高館義経堂(Takadachi Gikeido)の境内にあります(※現在、アメリカシロヒトリの幼虫が大量に発生しており、15日から入れなくなっています)。

無量光院跡、高館義経堂のある東北本線東側から踏切を渡り、西側へ。何分か歩いて、中尊寺(Chusonji Temple)に到着。境内が広大で、月見坂という急な坂道を登らねばなりません。

でも、高台にあるだけあって、中尊寺境内ではいい景色が楽しめます。真ん中に見えるのは東北本線の線路です。

この覆堂の中に、金色に輝く国宝の金色堂(Konjikido)が・・・しかし、内部の撮影はできません(「くもじいじゃ!」と言えば撮影できたかもしれませんがw)。

毛越寺(Motsuji Temple)。本堂には平安時代に作られた薬師如来像が本尊として安置されています。

夏の空とアヤメの花。このアヤメの花は明治神宮から株分けされたものだそうです。

毛越寺で見られた今回の震災の影響。相次ぐ地震で、800年前に設置されたとされる「立石」の一部が地表から浮き上がったため、このような支えが設置されました。

平泉駅に戻ってきました。駅前で見かけた岩手県交通のバス。国際興業バスから最近移籍してきた車両のようですが、新車時には淡路交通で使用されていたバスだと思われます。

平泉駅は現在、リニューアル工事中。世界遺産の街の玄関口として、今年の秋に生まれ変わる予定です。

一ノ関駅へ戻る列車を待ちます。やって来たのは非電化の北上線から直通してきたキハ100系。4両編成ですが、後ろ2両は回送列車で、締め切りになっています。

新幹線に乗る前に、一ノ関駅で駅弁を購入しました。「三陸海の子」という、ご飯の上にホタテ・イクラ・ウニなどが載っている海の幸づくしの駅弁。1890年開業の一ノ関駅には、開業時から「あべちう」と「斎藤松月堂」という2社の製造業者が駅弁を卸しており、三陸海の子は後者の品です。

一ノ関駅から乗った「やまびこ」も行きと同じE2系0番台でした。

宮城県利府町付近を走行中、新幹線総合車両センターが見えました。E2系やE3系、E4系と並んでE6系が止まっていました。赤い鼻が目立ちます。

仙台駅に到着。旅はDiscover East <後編>へ続きます。