
Vol.3 ハルビン
ユーラシア大陸の列車旅は中国に入った。ロシアとの国境を通過し、列車は1時間ほどで緩芬河(スイフンガ)に到着した。中国の入国審査はこの駅で行われた。いつもはスムーズに審査が終わるのだが、ここのチェックは厳しかった。英語を話す審査官はひとりもいない。ただ延々とパスポートに入国印が捺(お)されるまで待ち続ける。その空気が、これまでの中国の旅を思い出させた。
僕らが乗っているのは、1両だけのロシア車両。中国の列車に連結されハルビンへ。
中国の列車旅がはじまった。

ロシアと中国の国境の街、緩芬河。駅から続く急な坂道を登ると、唐突に教会が現れた。が、ロシアの匂いはここまで。その先にはビルが建ついまの中国が待っていた。ロシアから来ると、その物資の豊かさに目がくらむ。僕らの車両は、ここで6時間、ハルビンまで牽引(けんいん)する列車を待ち続けた。

ハルビン到着。その足で北京行き列車の切符売り場に並んだ。そこで発見した横入り防止バー。列をつくることが苦手な中国人。切符売り場の窓口前にはひとりしか入ることができない装置だ。中国の個人旅行経験のある人は、このありがたさに涙ぐんでしまう?



ロシア風の建物が並ぶ中央大街は歩行者天国。古い石づくりの建物や、最新ファッションが売り物のショップが混在する。この通りの近くで米の麺。14元、180円ほど。麺の量が多く、食べても、食べても減らない。隣にいたOLは平気でたいらげてしまう。負けじとすすり続けたが……。

ハルビンの郊外に日本軍の七三一部隊の遺跡がある。中国では「侵華日軍第七三一部隊遺址」という。篠突(しのつ)く雨のなかに、その本部建物が残されていた。細菌兵器の研究や人体実験が行われたといわれている。周囲にはハルビンの工場地帯が広がっていた。


終戦直前、七三一部隊は施設を完全に破壊した。本部建物の周りには、その跡が残されている。かえって想像力をかきたててしまう。

ハルビンはロシアの匂いがする街だ。その中心である中央大街には、当時の建物が多く残り、いまでも使われている。建物に記された説明を読むと、ユダヤ系ロシア人が多かったことがわかる。ユダヤ系の銀行もあった。ハルビンの歴史は奥深い。

柵の間隔をじっとみてください。気づきました? 隙間の違い。車道を横切る中国人。公安は柵をつくって横断できないようにしている。律義に守ると、すごい遠まわり。でも、人ひとりが通ることができるこの隙間。こういうことを覚えると、中国の旅はずっと楽になる(ハルビン駅前)。


ハルビンのケンタッキーフライドチキンのデリバリーは自転車。平坦(へいたん)な街だからできること? 中国では自転車デリバリーは珍しくない。自転車大国の中国ならではの発想。上海や北京では電動自転車デリバリーも登場とか。


龍門大廈の貴賓楼は重厚なつくりだ。広い廊下、ステンドグラス……。この写真だけでも、帝政ロシアの建築が味わえる。いまは三つ星クラスの中級ホテルですが。隣には旧電話局や旧東清鉄道の病院もある。それらもすべて満鉄に引き継がれた。


動車組が北京駅に着いた。車がホームに出迎えていた。中国の駅のホームは車の乗り入れ可。でも、こういうことは普通の人はできません。ちょっと不愉快な思いを抱きながら、僕らは改札へ。もちろん徒歩で。
※写真は2010年7月6日~7月9日の取材で撮影したものです
※各国の現在の情勢については、外務省の海外安全ホームページなどでご確認ください
http://doraku.asahi.com/earth/clickdeep/110223.html
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「侵華日軍第七三一部隊遺址」
さすが反日の朝日新聞となると、
このような政治性を絡めることが無粋な旅行記にも、
反日施設を盛り込むことは避けて通れないんだろうか。
( ´-д-)
どうせ展示内容は、
中共がでっちあげた、
『全編フィクションのファンタジーもの』
なんだろうけどね。
( ´・д・) バーカ
横入り防止バー。
日本ではまず考えられないねぇ。
でも、このような物を設置するということは、
やはり支那人にとっても横入りは悪いことなんだろうか。
横入りは支那の文化だろうに。
( ´・д・)b
ビアガーデンのビールが、やかんから注がれる?
そんな飲み方で美味いのかね。
ピッチャーから注ぐ様なものか?
(;´・ω・)
ユーラシア大陸横断の旅、
当然のことながら、
朝鮮半島は華麗にスルーしちゃったのね。
こういう行程に組み込みようがないんだろうけど。
( ´・ω・)b
~ 以上 ~