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駅は一宮七夕祭が7月23日から26日まであるとかで、仙台に比べて小振りの飾りが舞っていた。
今回はピーチライナーも含め、廃線の旅を行うはずだった。その起点として尾張一宮を選んだ。
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尾張一宮駅にはバスセンターがあり、ちょうど起(Okoshi)行きのバスが止まっていた。これが60年以上前に廃止された名古屋鉄道起線(Okoshi Line)の代替バスなのかなと思った。
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とりあえず、豪華な喫茶店のモーニングセット発祥の一宮で朝食を済ませ、バスセンターからではなく、駅の東側から出発する岩倉駅行きのバスを撮影。
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このバスも、名古屋鉄道一宮線(Ichinomiya Line)が50年前に廃線後、代替バスとして用意されたもの。

ここからバスに乗り込むのではなく、一宮線の起点となった東一宮駅があったところまで、徒歩で移動。
50年前に廃止された駅跡には真新しい15階建てと18階建てのマンションが並んで立っていた。
Webの情報として、その駅跡の東側に流れる川に線路の橋脚の跡が今も残っているというので、探索。

戦争中に複線から単線に減らされた影響からか、橋脚跡は単線の幅しかない。

そして、一宮線の事を記した看板が立てられていた。

バスに乗って岩倉駅へ。複線であった線路は片道一車線の道路となっており、犬山線と分岐する部分は変に曲がった踏切となっていた。

岩倉駅は駅ビルもなく、こじんまりとした駅だ。駅の改札は地下にあり、エレベータ専用の改札があるのが特徴だ。
もし、名古屋と岐阜を結ぶ名岐本線や小牧線がなかったら、3線に分かれる岩倉駅は主要駅として、大いに発達した駅になっていたことだろう。

駅の東側から小牧駅までつながっていた岩倉支線(Iwakura Branch Line)の代替バスが出ているのだけど、3経路あり、
廃線跡を経由するのは、その中の1つで、1時間間隔の運行。

時間まで、近くの由緒ある神社を参拝。鳥居の前を横切る道路に線路があって、電車が走っていたはずなのだが。

いつもは、シャッターが降りて中が見みれないはずだが、氏子の人達だろうか作業のために飾りの付いていない祭りの山車を見ることが出来た。

駅に戻り、引き込み線に退避する普通電車を撮影するときに事件発生。デジカメのプレビューが出来なくなった。
長年使ってきたSDカードを格安の台湾メーカーに最近変えたのが思い当った。プレビューできなければ、撮影できていなかった時の後遺症が嫌だ。
そもそも今まで撮影してきたデータが駄目になっているかもしれない。
駅前で取りあえず、急きょSDカードを売っているところを探したが、なかったので、名古屋方面に帰宅した(撮影したデータはすべて無事だった)。
まだ午前中だったので、午後から再開と思ったが、気温が上昇したので、結局、旅の継続は断念。
予定では、岩倉支線の代替バスで小牧駅まで行き、そこからピーチライナーの代替バスで桃花台まで行き、帰りは、瀬戸線の地下化で廃線となった部分を探索するつもりだった。瀬戸線の廃線箇所は、今も名鉄が保有して、名古屋都心の中で、緑多い箇所となっているらしいのね。
あと、未成線となる南方貨物線の高架橋が、今もかなり残っているのがGoogle mapから見れるので、見に行きたかったな。
これらのリベンジだが、仕事の終了を持って名古屋を離れることになりそうなので、出来なさそうなのよ。