上の、投稿(「花見(hanami)&食べ物1」)において、宮崎 駿(miyazaki hayao)(1941年生まれ。日本の世界的に有名な、アニメーション(animation)作家・アニメーション映画(animated film)監督)及び、Studio Ghibli(宮崎 駿(miyazaki hayao)が設立した、アニメーション(animation)制作会社(film studio))の、アニメが好きな韓国の方に、お勧めの、東京areaの、観光場所として、江戸(edo)東京建物園を紹介していますが、宮崎 駿(miyazaki hayao)、及び、Studio Ghibliの、アニメが好きな韓国の方に、お勧めの、東京areaの、他の、観光場所として、参考に、2013年の3月に、「食べ物」掲示板に行った投稿の、再投稿です。
投稿文を修正するのが、面倒であったので、投稿文は、(「おまけ」も含めて)、2013年の3月に行った投稿、そのままとなっています。もし、最新の情報と異なる部分がありましたら、申し訳ありません。
去年の12月上旬、休日を、近場で過ごした時の物です。
以下、12月上旬の東京散歩&食べ物1からの続き。。。
以下、去年の、12月の第一金曜日(以下、この日と書きます)の続きからです。
この日は、個人的に、半日仕事で、吉祥寺(kichijyoji)(東京の西部郊外最大の繁華街。東京中心部(東京23区)に近い、東京の西部郊外に位置する)の取引先を訪れた後、午後1時半頃、彼女と、吉祥寺(kichijyoji)で待ち合わせ 、井の頭(inokashira)公園及び、その周辺を散歩した後、三鷹(mitaka)のGhibli美術館を訪れました。
以下、井の頭(inokashira)公園(下の補足説明参照)及び、その周辺を散歩の続き。。。井の頭(inokashira)公園の散歩については、前回の投稿を参照して下さい。
井の頭(inokashira)公園:東京中心部(東京23区)に近い東京の西部郊外の、吉祥寺(kichijoyji)・三鷹(mitaka)areaにある広大な公園です。日本の近代式の公園の中では、比較的歴史の古い公園で、1917年に開園しました。井の頭(inokashira)公園は、元々(公園になる前は)、御料地(皇室(天皇家)の土地)でしたが、さらに、その前(19世紀半ば以前)は、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家が、鷹狩を楽しんだ、鷹場でした(wikiより。。。)。井の頭(inokashira)公園は、吉祥寺(kichijyoji)の繁華街(東京の西部郊外最大級の繁華街。東京中心部(東京23区)に近い、東京の西部郊外に位置する)にも隣接していますが、吉祥寺(kichijyoji)の繁華街以外の、井の頭(inokashira)公園周辺は、一戸建て住宅を中心とした、静かで落ち着いた住宅地となっています。
写真以下4枚。井の頭(inokashira)公園及び、Ghibli美術館周辺の、住宅地の風景。この辺りは、一戸建て住宅を中心とした、静かで落ち着いた住宅地となっていて、東京中心部(東京23区)に近いながらも、のどかな雰囲気を残す住宅地となっています(東京都心部の、静かで落ち着いた住宅地と比べて、どことなく、のんびり、ゆったりとした雰囲気です)。
1920年代から1930年代にかけて、日本では、東京や大阪等の大都市の中流階級や、新興金持ちの間で(ちなみに、当時の、日本は、現在の、日本よりも、貧富の格差が激しく、庶民層(労働者階級)・低所得者層は、現在とは、比較にならない位、貧しく暮らしていました)、のどかな田園風景や、美しい自然が多く残る郊外に、西洋式住宅を建てて住む事が流行しました(現代の韓国で言えば、調度、田園住宅に当ると思います)。東京圏においては、当時、現在の東京中心部(東京23区)の西側及び南側に当たる地域と、東京の西部郊外・近郊、東京の南部郊外・近郊に、こうした住宅が、特に、多く建てられました。こうした、第二次世界大戦前に建てられた、田園住宅は、ほとんどが、現代的な住宅等に建て替えられたり、取り壊されたりして、現存する物は、少なくなっています(現存する、数少ない、第二次世界大戦前に建てられた、田園住宅の、ほとんどは、子供の頃、その様な家で育った、かなり高齢の、老夫婦か、おばあさん(未亡人)が暮らしており、そうした方々(長生きして欲しいです)が、亡くなると共に、失われる運命にあると言った感じです)。
写真以下26枚は、井の頭(inokashira)公園及び、Ghibli美術館周辺の、静かで落ち着いた住宅地にある、1926年に建てられた田園住宅で(当時の、日本の、典型的な、中上流層(upper-middle class)の西洋式住宅といった感じです)、作家の山本
有三(yamamoto
yuzo)(下の補足説明参照)が暮らしていた家です。敷地面積は、約3,865平方m(約1,170坪)あります。現在は、三鷹(mitaka)市が所有し、山本
有三(yamamoto
yuzo)に関する、資料展示館となっています。この家の近くには、Ghibli美術館がありますが、この家は、いかにも、宮崎 駿(miyazaki
hayao)が好みそうな、古い田園住宅です。この様な、どことなく可愛く、美しく、そして、どこか日本的な雰囲気を持つ、西洋式、田園住宅は、宮崎
駿(miyazaki hayao)が、子供の頃は、まだ多く残っていたでしょうから、現在でも、宮崎 駿(miyazaki
hayao)の想像を刺激している事と思います。
山本 有三(yamamoto yuzo):1887年生まれ。1974年に亡くなる。日本の有名な、劇作家・小説家。人道主義的な社会劇作家として出発し、後に理想主義的な小説を発表(説明文は、大辞泉を参考にしました)。
入口。
写真以下7枚は、前に、enjoyにアップ(upload)した写真。

童話に出てくるような玄関。いかにも、宮崎 駿(miyazaki hayao)が好みそうな感じがします。
居間(living room)。向こうと、この写真を写した時の私の背中側と、暖炉が2個あります。
1階の部屋の窓から、裏庭を眺める。年を重ねたガラス窓は、細かい傷が付き曇っています。したがって、外の景色が、ぼやけて見えるのですが、それも、不思議と心地が良い気がします。
1階の部屋。窓の形も素敵です。晩秋の午後、暖房の効いた暖かい、この部屋で、のんびりと、お茶や、コーヒー(coffee)を飲めば最高でしょう。
2階へ上がる階段。雰囲気があります。
2階にある、和室(日本伝統式の部屋)。
2階の窓から、前庭を眺める。ちなみに、東京は巨大都市でありながら、個人の家の庭の木でも、結構大きな物が見られます。
写真以下6枚。裏庭及び、裏庭側から眺めた家の建物。



家の建物側から、家の前庭、家の入口(門)、家の前の通りを眺める。
写真以下2枚。Ghibli美術館に行く道にて。。。


写真以下57枚。Ghibli美術館(館内(美術館の建物内)は、写真撮影禁止)。Ghibli美術館(2001年開館)は、三鷹(mitaka)市(東京中心部(東京23区)から比較的近い、東京の西部郊外に位置する。基本的に、東京都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで、落ち着いた住宅地となっている)にある、三鷹(mitaka)市が運営する、公営の美術館の一つで、Studio Ghibli(宮崎 駿(miyazaki hayao))の世界観を反映した、Studio Ghibliの作品と、アニメーション(animation)に関する美術館です。基本的に、子供が楽しめる様に設計されている美術館ですが、展示内容は、大人も十分満足出来る内容となっています(子供のみならず、大人(若者・比較的、若い層)も、多く訪れています)。東京西部郊外・近郊及び、東京都心部のみならず、東京圏全体は、もちろんの事(東京圏(特に、東京西部郊外・近郊及び、東京都心部)在住の人々に関しては、特に、宮崎 駿(miyazaki hayao)及び、Studio Ghibliの作品のファン(fan)でなくても(何となく、興味があると言った程度でも)、普段のデート(date)場所と言った感覚で、訪れる若者や、普段の遊び場所として、訪れる、子供連れの家族等も、多い様です)、さらには、日本全国、(韓国、台湾、香港、シンガポール等の)近隣諸国・地域、ヨーロッパ、北米等、世界中から、多くの、宮崎 駿(miyazaki hayao)(1941年生まれ。日本の世界的に有名な、アニメーション(animation)作家・アニメーション映画(animated film)監督)及び、Studio Ghibli(宮崎 駿(miyazaki hayao)が設立した、アニメーション(animation)制作会社(film studio))の作品の、ファン(fan)が訪れます。

Ghibli美術館のパンフレット(leaflet)。Ghibli美術館を、訪れたのは、今回で、2回目でした。
Ghibli美術館の、建物の内部(のイメージ)。Ghibli美術館のパンフレット(leaflet)に載っている、宮崎 駿(miyazaki hayao)による、構想イメージ、スケッチ(大まかな絵)より。。。Ghibli美術館の、建物の内部は、宮崎 駿(miyazaki hayao)のイメージに、(完全に一致する訳ではないものの)、ほとんど忠実に、設計されています。
写真以下4枚。裏から見た、Ghibli美術館の建物。Ghibli美術館の建物は、裏から見ると、比較的大きな、木造の、個人の邸宅の建物の様にも、見えます。
写真以下11枚。表から見た、Ghibli美術館の建物。Ghibli美術館の建物は、表から見ると、また、違った印象で、城(castle)と言うか、砦(fort)と言うか、秘密基地と言うか、何とも、不思議な建物です。








写真以下2枚。天空の城ラピュタ(Laputa: Castle in the Sky)(1986年の、日本の、アニメーション映画(animated film)。宮崎 駿(miyazaki hayao)、原作・脚本・監督)に、出て来る、ロボット(robot)。天空の城ラピュタ(Laputa: Castle in the Sky)は、個人的に、宮崎 駿(miyazaki hayao)の作品の中で、一番好きです。










写真以下5枚。この日の夕食は、Ghibli美術館の、カフェ(cafe)兼レストランで食べました。Ghibli美術館の、カフェ(cafe)兼レストランは、「カフェ(cafe) 麦わら帽子(麦藁帽子)」と言う名前です。
写真以下4枚。Ghibli美術館の、カフェ(cafe)兼レストランで食べた、この日の夕食。
写真以下2枚。私が食べた、「びっくり、パン、シチュー(stew)」。中に、シチュー(stew)(クリームシチュー(cream stew))が入っています。
写真以下2枚。彼女が食べた、カツカレー(豚かつ(tonkatsu)カレー(curry))。豚かつ(tonkatsu)の豚肉は、放牧豚の、ロース肉(loin)。ご飯(rice)は、十種類の穀物を混ぜた、「畑、ご飯(rice)」。
私が、この時(この夕食時に)、飲んだ、飲み物の一つ。「ふわふわ、ミルク(milk)入り、コーヒー(coffee)」。ちなみに、「ふわふわ、ミルク(milk)入り、コーヒー(coffee)」は、彼女も、この時、一杯、飲みました。
Ghibli美術館を出た後、適当に目に付いて入った、Ghibli美術館周辺の、ケーキ(cake)店(このケーキ(cake)店は、店内でも、飲み物を飲みながら、ケーキ(cake)を食べられる様になっています)で、飲み物を飲みながら、ケーキ(cake)を食べました。このケーキ(cake)店は、この時、初めて利用しました。
写真以下2枚。この時、このケーキ(cake)店で食べた、ケーキ(cake)。モンブラン(Mont Blanc)。二人共、同じ物(モンブラン(Mont Blanc))を食べました。このケーキ(cake)店の、モンブラン(Mont Blanc)、中々、美味しかったです。
ケーキ(cake)店で、ケーキ(cake)を食べた後は、吉祥寺(kichijyoji)の繁華街に出て、お酒(アルコール(alcoholic)飲料)を1杯(本当に、1杯だけw)、彼女に、飲むのを、付き合って貰ってから、我が家に帰りました。
写真以下3枚。この日、我が家に帰って来て、彼女と、ハーブティー(herbal tea)等と共に、食べた、甘い物。
写真以下2枚。Le Souffle(西麻布(西azabu。東京都心部でも、中心的な地域の西南部に位置する)にある、スフレ(souffle)を自慢のメニュー(menu)とするフランス料理のレストラン・カフェ(cafe))の、チョコレート。

日本の、山梨(yamanashi)県(東京圏の西部に隣接する県)産の、西洋梨(ラ・フランス)。
12月上旬の東京散歩&食べ物3へ続く。。。
写真以下、おまけ。
昨日、仕事から我が家に帰って来て、一人で食べた夕食の、おかずの一つ。デパートの、手頃な値段の毛蟹。この他、昨日の夕食の、おかずは、鰤(魚)の焼き物等を食べました。
昨日の夕食の、デザート(dessert)。松蔵(matsuzo)ポテト(potato)(日本の、サツマイモ(sweet potato)の、お菓子の専門店の、チェーン(chain))の、スイートポテト(サツマイモ(sweet potato)を用いた、西洋風菓子)。洋食(日本で近代以降、日本人の好みに合う様に、日本で、(日本人の視点からすれば)改良された西洋料理)の一つと言って、いいかな。。。)。頂き物の、松蔵(matsuzo)ポテト(potato)の、サツマイモ(sweet potato)の、お菓子詰め合わせの、(おやつ・間食で)、ほとんど食べてしまった、余りの物。松蔵(matsuzo)ポテト(potato)の、サツマイモ(sweet potato)の、お菓子は、自分でも、時々、買いますが、美味しいと思います。