ある程度前の事ですが、5月の後半に、彼女と、湯河原(yugawara)の温泉旅館に、一泊して来た時の物です。
ちなみに、私は、温泉が、とても、好きです。
湯河原(yugawara)は、東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の南西端に位置する、歴史の古い温泉保養地です。 湯河原(yugawara)は、万葉集(manyousyu。8世紀頃に編集された、歌集(詩集)。7世紀から8世紀半ば頃までに詠まれた、歌(詩)が、 収められている)の中の歌(詩)にも登場する、東京に近い、歴史の古い温泉保養地です。湯河原(yugawara)は、第2次世界大戦前から、作家等の著名人に愛されて来ました。湯河原(yugawara)は、ビーチ(beach)を有する、海沿いの保養地でも有りますが、温泉地は、主として、緑の多い、 山の方に広がっています。 湯河原(yugawara)には、個人的に、お気に入りの温泉旅館がある事等もあり、よく訪れます。
この時の、初日(以下、この日と書きます)は、のんびりと、東京都心部を出発し、現地(湯河原(yugawara))では、温泉旅館で、温泉に入浴したりしながら、のんびりと過ごしただけと言った感じでした。
写真以下62枚。この時、私達が、 湯河原(yugawara)で、宿泊した温泉旅館。この温泉旅館は、この時、初めて宿泊しました。なお、写真は、投稿文の、便宜上、必ずしも、撮影した順番に、並んでいる訳ではありません。
この温泉旅館は、湯河原(yugawara)(東京圏の南部を占める神奈川(kanagawa)県の南西端に位置する、人口、約2万人の町(町としては、人口は多い)。保養地として知られる)の市街地の、外れ(中心地から離れた場所)の、丘陵地にある、理想郷(risoukyou)と言う、金持ち・富裕層向けの、別荘地にあります。
岩崎(iwasaki)家(下の補足説明参照)は、第二次世界大戦前は、多くの別荘を保有していましたが、理想郷(risoukyou)は、岩崎(iwasaki)家の、湯河原(yugawaera)の、広大な別荘の、跡地に、1920年代から1930年代頃に開発された、金持ち・富裕層向けの、別荘地です。
岩崎(iwasaki)家:三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)で有り、貴族(男爵)でも有った、資本家の家。岩崎(iwasaki)家は、第二次世界大戦前は、たくさんの、とても広い敷地の、邸宅・別荘を保有していた様です。岩崎(iwasaki)家は、元々、侍(samurai)の家柄ではあったが、侍(samurai)の中でも、身分の非常に低い家柄であった為?、いくら財産を築いても、近代貴族としては、男爵(最も、身分の低い爵位。日本の近代貴族の爵位は、身分が高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵)止まりでしたが、おそらく、第二次世界大戦前において、日本で、最も富裕な家族の一つであったでしょう。ちなみに、第2次世界大戦後、貴族、資本家、地主等の日本の上流階級は、貴族制度の廃止、財閥の解体、地主や広い土地を持っている者に、従来よりも不利益となる制度改革等により、かなりの土地と財産を処分せざるを得なくなり、(以前の様に贅沢な暮らしが出来なくなり)、没落しました。
この時、私達が、宿泊した温泉旅館は、(おそらく)、第二次世界大戦後、間もない、1945年頃に、日本の、材木商人(材木を取り扱う商人)が、理想郷(risoukyou)に、開業した、小規模な温泉旅館で(約70年の歴史を有する温泉旅館です)、旅館の建物は、改装・増築等が行われているものの、基本的には、1945年頃の開業時に建てられた建物の様です。(日本は、第二次世界大戦において、各産業が壊滅的な損害を被りましたが)、おそらく、第二次世界大戦後の、混乱期においても(1945年頃にも)、温泉旅館の経営が成り立った(温泉旅館に宿泊する、ゆとりのあった層は、一定程度あった)と言う事で、いつの時代にも、お金は、ある所には、ありますねw。
この温泉旅館は、元々は、小規模な、高級温泉旅館として営業をしていた様ですが、現在は、中級classの温泉旅館となっています。もっとも、中級classの温泉旅館の中では、比較的、高級(上質)な温泉旅館となっています。
この温泉旅館は、この時、初めて宿泊しました。この温泉旅館は、総合的には、お気に入りの温泉旅館をする程の魅力はありませんでしたが、また利用しても良いと思わせる、魅力のある温泉旅館でした。従業員の方達の、サービス(service)の感じも、良かったです。
この温泉旅館は、小規模な温泉旅館で、建物も含めて、個人の別荘(富裕層の、個人の別荘)と言った雰囲気の、温泉旅館です。この温泉旅館は、前述の通り、材木商人(材木を取り扱う商人)が、開業した温泉旅館で、温泉旅館の建物自体も含めて、所々に、木に対する、拘り(思い入れ)が感じられる温泉旅館です。また、内装や、料理に、この温泉旅館の、オーナー(owner)の、センス(taste)の良さが、感じられる温泉旅館でした。
写真以下2枚。この温泉旅館の、パンフレット(leaflet)より。。。
この温泉旅館は、富裕層の、日本伝統式の、個人の別荘と言った感じの雰囲気を持つ、小規模な温泉旅館です。
この温泉旅館の、ロビー(lobby)。
写真以下10枚。この温泉旅館の、ロビー(lobby)。
写真以下5枚。この旅館の、庭(中庭)の、池。池の上に、糸が張られている理由は、分かりません(何か、意味があるのだと思います)。
写真以下3枚。写真で見える、鰭の長い、鯉は、ヒレナガニシキゴイ(hirenaga nishikigoi)と言う、日本で生まれた、鯉の品種で、今の、日本の天皇が、皇太子であった時に、インドネシアの、鰭の長い鯉と、日本の、色鮮やかな、錦鯉(nishikigoi)(下の補足説明参照)を交配して、誕生させた品種です。ヒレナガニシキゴイ(hirenaga nishikigoi)は、日本各地に広まってはいるものの、比較的、数は、少ない、珍しい品種となっています。
錦鯉(nishikigoi):観賞用に、養殖・品種改良された、日本の鯉の、総称。日本では、色鮮やかな、錦鯉(nishikigoi)は、庭園の池等で、多く見られる。錦鯉(nishikigoi)は、日本、及び、日本の美意識を象徴する魚として、日本の、国魚(国の魚)となっている。
写真中央。ヒレナガニシキゴイ(hirenaga nishikigoi)。
抹茶(green tea)は、飲んでいる途中、お菓子は、食べている途中に撮影しましたが、旅館に到着して、すぐに、ロビー(lobby)で出された、無料の、抹茶(green tea)と、お菓子。お菓子は、 湯河原(yugawara)の、菓子店の、お菓子で、胡桃を使った、お菓子です。
写真以下7枚。この温泉旅館の建物の、客室階(客室がある階)の、内部(内装)の例。
この温泉旅館の、パンフレット(leaflet)より。。。この温泉旅館の客室例。写真で出ているのは、この温泉旅館で、宿泊費が、比較的、高いclassの客室の一部(上の写真)と、この温泉旅館で、宿泊費が、比較的、安いclassの客室(下の写真)です。
写真以下4枚。この時、私達は、この温泉旅館で、宿泊費が、最も、安いclassの、客室に、宿泊しました。内装は、単純(平凡)でしたが、小奇麗で、広さも、充分であり、まあ、普通に、快適な、客室でした。
写真以下2枚。客室の風呂。この温泉旅館の客室の、風呂は、温泉とはなっていません。客室の、風呂とトイレ(toilet)は、別々になっています(それぞれ、別の部屋にあります)。日本人は、基本的に、浴槽とトイレ(便器)は、同じ部屋にあるよりも、別々の部屋にある形式を好みますが(ちなみに、日本の家(住宅)は、一般的に、アパートを除き、風呂(浴槽)とトイレ(便器)は、別々の部屋にある形式となっています))、日本の旅館の客室も、一般的に、風呂とトイレ(toilet)は、別々になっています(それぞれ、別の部屋にあります)。
客室(この時、私達が、宿泊した客室)の、窓からの眺め。この辺りは、湯河原(yugawara)の市街地の、外れ(中心地から離れた場所)です。向こうに見えるビルは、おそらく、ほとんどが、東京圏に暮らす人々の、週末の別荘等として使われている、温泉付きのマンション(温泉付きの、アパート・condominium)です。
写真の左側の方の先は(写真の左側の方を、進んで行くと)、湯河原(yugawara)の市街地の中心部と海、写真の右側の方の先は(写真の右側の方を、進んで行くと)、多くの、温泉旅館がある、湯河原(yugawara)の温泉地となります。
湯河原(yugawara)の温泉地については、この投稿を参照して下さい→
http://www.kjclub.com/kr/exchange/photo/read.php?uid=10154&fid=10154&thread=1000000&idx=1&page=21&tname=exc_board_24&number=467&f=a.name&word=jlemon
この温泉旅館は、温泉風呂は、共同温泉風呂が、2つあり、それぞれ、屋内(室内)温泉風呂と、温泉露天(野外)風呂が、一つずつあります。この温泉旅館の、温泉風呂は、、男女別の、共同温泉風呂の形式になっていますが、この温泉旅館の、二つの、共同温泉風呂は、どちらが、男用共同温泉風呂、どちらが、女用共 同温泉風呂と、固定的に決まっている訳ではなく、時間に依って、男用共同温泉風呂と、女用の共同温泉風呂が、入れ替わる形式となっています。この温泉旅館の、温泉の湯は、源泉かけ流しとなっています。この温泉旅館の、温泉の湯の、質は、高く、気持が良い湯でした。
以下、この温泉旅館の、共同温泉風呂の、屋内(室内)温泉風呂の浴槽に関する説明は、この温泉旅館の客室に置いてある、ガイド(旅館案内)の説明文等を参考にしました。この温泉旅館の、屋内(室内)温泉風呂の浴槽は、檜の木の、埋れ木(umoregi)によって造られています。埋れ木(umoregi)は、倒木(倒れた木)が、土砂等に埋没し、酸素が遮断される事で、菌や虫等によって、腐敗する事なく、長い年月をかけて、炭化した(半ば、炭となった)、比較的、珍しい(比較的、希少な)、高価な木材です。この温泉旅館の、屋内(室内)温泉風呂の浴槽に使われている、埋れ木(umoregi)は、樹齢2000年の、檜の木の、巨木(巨大な木)が、標高2000m以上の山に、200年以上埋もれていた物で、珍しい、希少な、木材となっています。檜の木の、埋れ木(umoregi)には、高い、抗菌性の成分が、含まれています。もちろん、温泉には、療養効果(美容、健康、病気等の治療への効果)がありますが、檜の木の、埋れ木(umoregi)も、療養効果(美容、健康、病気等の治療への効果)のある成分が、多く含まれています。この温泉旅館の、屋内(室内)温泉風呂の浴槽は、檜の木の、埋れ木(umoregi)に、何回も、漆(lacquer)を塗り、磨き上げられた、日本でも、とても珍しい、風呂の浴槽となっています。
写真以下2枚。この温泉旅館の、温泉風呂の例。
この温泉旅館の、パンフレット(leaflet)より。。。
この温泉旅館の客室に置いてある、ガイド(旅館案内)より。。。
写真以下4枚は、この時の翌日(この時の、二日目)の、朝に、入浴した際、私、一人で、貸し切り状態の時に撮影した、この温泉旅館の、共同温泉風呂の一つ。
写真以下2枚。屋内(室内)温泉風呂。
写真以下2枚。温泉露天(野外)風呂。
写真以下22枚。この温泉旅館で食べた、この日の夕食等。この温泉旅館の、食事は、部屋出し(食堂(dining room)で食べるのでは無く、ホテルのroom serviceの様に、部屋まで料理が運ばれて来て、部屋で料理を食べる形式。もっとも、基本的に、料理が、一度に運ばれて来るroom serviceと異なり、料理は、夕食の場合、基本的に、一皿ずつ、出来立ての物が、運ばれて来る)の、形式となっています。
この時の夕食時は、飲み物は、私は、主に、日本酒を飲んだのですが、写真は、この夕食時に、私が飲んだ、日本酒の一つ。何れも、青森(aomori)県(日本の東北地方の北端に位置する県)の、西田(nishida)酒造(1878年創業の、日本酒の会社)の、日本酒で、喜久泉(kikuizumi)と言う、日本酒と、田酒(densyu)と言う、日本酒です。
写真以下21枚。この温泉旅館で食べた、この日の夕食。全て、一人、一皿ずつです(写真は、一人分です)。洗練された食事で、美味しかったです。
写真以下2枚。前菜。稚鮎(魚)の、磯部揚げ(海苔を巻いた揚げ物)。蛸の卵の、塩辛。サツマイモ(sweet potato)の、オレンジ(orange)煮。
飲んでいる途中に、撮影しましたが、食前酒。小田原(odawara)(湯河原(yugawara)の周辺)産の、レモン(lemon)ワイン(wine)。
写真以下2枚。アスパラガス(asparagus)と、平貝(貝)。
写真以下2枚。粽、寿司と、細い竹の子(食べる物です)。
ご飯(rice)の上に載っているのは、鮑茸と言う、鮑(貝)の、食感を持つ茸です。
写真以下2枚。ヨモギ(蓬)豆腐。
写真以下2枚。刺身。鰹、ヒラメ(平目)、カンパチ(間八)。
和牛(日本原産の、高級、牛)の、舌。
写真以下2枚。穴子(魚)。
アイナメ(魚)と、ソラマメ(豆)の、焼き物。
写真以下2枚。鱚(魚)の、揚げ物。
新生姜(生姜)と、油揚げの、ご飯(rice)と、味噌汁(miso soup)。記憶が曖昧ですが、新生姜(生姜)と、油揚げの、ご飯(rice)は、(写真は、一杯分ですが)、ふんだんに(たくさん)来たと思います。
漬物。
写真以下2枚。デザート(dessert)。
黒米、おはぎ。
メニュー(menu)(献立)にはなかった、おまけの、デザート(dessert)。記憶が曖昧ですが、確か、湯河原(yugawara)、又は、その周辺産の、蜜柑類を使った、デザート(dessert)であったと思います。
以下、翌日(この時の、2日目。以下、この日と書きます)からです。
写真以下4枚。この温泉旅館で食べた、この日の、朝食。全て、一人、一皿ずつです(写真は、一人分)。記憶が曖昧ですが、他の、通常の温泉旅館同様、ご飯(rice)は、おひつ(ご飯(rice)を入れる容器)に入れられて、ふんだんに(たくさん)、出て来たと思います。
旅館を、のんびりと、チェックアウト(checkout)した後は、自動車を、少し、旅館の駐車場に、そのまま置かせて貰って、この温泉旅館がある、理想郷(risoukyou)を散歩しました(ちなみに、理想郷(risoukyou)を訪れたのは、この時が、初めてでした)。前述の通り、理想郷(risoukyou)は、岩崎(iwasaki)家の、湯河原(yugawaera)の、広大な別荘の、跡地に、1920年代から1930年代頃に開発された、金持ち・富裕層向けの、別荘地です。
岩崎(iwasaki)家(下の補足説明参照)は、第二次世界大戦前は、多くの、別荘を保有していましたが、理想郷(risoukyou)は、岩崎(iwasaki)家(下の補足説明参照)の、湯河原(yugawaera)の、広大な別荘の、跡地に、1920年代から1930年代頃に開発された、湯河原(yugawaera)の市街地の、外れ(中心地から離れた場所)の丘陵地にある、金持ち・富裕層向けの、別荘地です。
岩崎(iwasaki)家:三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)で有り、貴族(男爵)でも有った、資本家の家。岩崎(iwasaki)家は、第二次世界大戦前は、たくさんの、とても広い敷地の邸宅・別荘を保有していた様です。岩崎(iwasaki)家は、おそらく、第二次世界大戦前において、日本で、最も富裕な家族の一つでした。ちなみに、第2次世界大戦後、貴族、資本家、地主等の日本の上流階級は、貴族制度の廃止、財閥の解体、地主や広い土地を持っている者に、従来よりも不利益となる制度改革等により、かなりの土地と財産を処分せざるを得なくなり、(以前の様に贅沢な暮らしが出来なくなり)、没落しました。
写真以下4枚。理想郷(risoukyou)の風景例。理想郷(risoukyou)には、金持ち・富裕層の、別荘が、建ち並んでいます。
湯河原(yugawara)・熱海(atami)散歩&食べ物2へ続く。。。