一年近く前ですが、去年の12月の中旬に、彼女と、横浜に、一泊して来た時の物です。横浜は、東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です。私は、横浜は、仕事の用事でも、よく訪れますが、横浜の港町の雰囲気が好きで、休日にも、よく遊びに行きます。横浜は、東京都心部の我が家から、日帰りで、十分遊んで帰って来る事が出来ますが、たまに、1泊して、ゆったり遊びに行きます。横浜は、東京圏で、東京中心部(東京23区)に次いで、2番目の、人口を有する都市となっており、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)の、中心都市となっています。横浜は、都心部以外は、基本的に、東京の都心部や、横浜の都心部に通勤する人々が多く暮らす、静かで、落ち着いた住宅地となっています。
この時の、初日(以下、この日と書きます)は、朝寝坊をし、遅い朝食、兼、昼食を食べてから、(東京都心部から)横浜に行きました。
この日は、まず、そごう(sogo)デパート横浜店(下の補足説明参照)で、買い物をしました。そごう(sogo)デパート横浜店がある、電車・地下鉄の、横浜駅周辺(横浜の都心部に位置する)は、横浜最大の繁華街であると共に、東京の南部郊外最大の繁華街となっています。
そごう(sogo)デパート横浜店:そごう(sogo)デパートは、元々、大阪(東京に次ぐ、日本第二の都市圏人口を有する都市。日本の商業の中心都市)に拠点(本社及び、本店)を置いていた、日本のデパートのチェーン(chain)です(1830年創業)。1985年に開店した、そごう(sogo)デパートの横浜の店舗(そごう(sogo)デパート横浜店)は、開店当時、アジアで最大、又、おそらく世界でも有数の規模の(アジアで最大、又、おそらく世界でも有数の規模の売り場面積を誇る)、デパートでした。前述の通り、そごう(sogo)デパートは、元々、大阪に拠点(本社及び、本店)を置くデパートのチェーン(chain)であり、そごう(sogo)デパートを代表する店舗(そごう(sogo)デパートを代表するデパート)は、そごう(sogo)デパート大阪店(そごう(sogo)デパートの大阪の本店)でしたが、2009年に、そごう(sogo)デパート大阪店(そごう(sogo)デパートの大阪の本店)が閉店した後は、そごう(sogo)デパートの横浜の店舗(そごう(sogo)デパート横浜店)が、実質的に、そごう(sogo)デパートを代表するデパートと言った感じとなっており、現在は、そごう(sogo)デパートは、どちらかと言えば、東京圏に拠点を置く、デパートと言った感じになっています。そごう(sogo)デパート横浜店(大衆classから中級classの、大規模デパートと言った感じで、あらゆる層に対応したデパートと言った感じです。1985年の開店以来、地元の人々(横浜都市圏に暮らす人々)に親しまれて来ている感じのデパートです)は、そごう(sogo)デパートの、デパートの中で、最大の売上高と、そごう(sogo)デパートの、千葉(chiba)(東京の東部郊外で最大の繁華街)の店舗(そごう(sogo)デパート千葉(chiba)店)に次いで、2番目の規模(2番目の売り場面積)を誇る、デパートとなっています(前述の通り、そごう(sogo)デパート横浜店は、1985年の開店当時、そごう(sogo)デパートの、デパートの中だけでなく、アジアで最大、又、おそらく世界でも有数の規模の(アジアで最大、又、おそらく世界でも有数の規模の売り場面積を誇る)、デパートであったが、そごう(sogo)デパート千葉(chiba)店(1967年開店)が、1993年に規模を拡大した事により、抜かされました)。ちなみに、そごう(sogo)デパート千葉(chiba)店の売上高は、そごう(sogo)デパートの、デパートの中で、そごう(sogo)デパート横浜店に次いで、2番目となっています。
写真以下5枚。この時、そごう(sogo)デパート横浜店では、Star Wars関連の商品の買い物をした訳ではないですが(私も、彼女も、Star Warsは、特別、興味がある訳ではない)、この時、そごう(sogo)デパート横浜店では、「Star Wars: The Force Awakens」の公開に合わせて、Star Wars関連の商品を販売する催しが、行われていました。Star Warsは、好きな人は、好きなのでしょうね。。。ちなみに、この時、そごう(sogo)デパート横浜店で、彼女に買った物の一つとして、香水(perfume)があるのですが、私は、昔から、女性に、香水(perfume)を買う時は、女性と二人で買いに行って、二人の好みが合致した、香の、香水(perfume)を買うのが好きです。
写真以下3枚は、おまけで。。。参考に、そごう(sogo)デパート横浜店の、去年の(2015年の)、クリスマスケーキ(Christmas cake)の広告です。
そごう(sogo)デパート横浜店で買い物をした後は、みなとみらい(minatomirai)地区に移動しました。みなとみらい(minatomirai)地区は、横浜の都心部の海沿いの地区の一つで、横浜の都心部で、最も、新しく開発された(1980年代から開発された(本格的な開発は、1980年代後半から))、横浜の都心部の新しい住商複合地区です。
みなとみらい(minatomirai)地区には、Intercontinental Yokohama Grandホテル、Yokohama Royal Park Hotel、Yokohama Bay Hotel Tokyuと言う、三つの、主要な、準高級classのホテルがあります(何れも、規模の大きなホテルであり、横浜の主要な高級classホテルの一角を構成しています)。この時は、その内の一つ、Intercontinental Yokohama Grandホテルに宿泊しました(ちなみに、現在まで、個人的に、Intercontinental Yokohama Grandホテルと、Yokohama Royal Park Hotelに7回ずつ、Yokohama Bay Hotel Tokyuに、8回、宿泊した事があります(全て、仕事の用事で、横浜を訪れた際の宿泊ではなく、個人的な、宿泊。宿泊する以外にも、これ等のホテルの、レストランだけ利用する事もあります)。Yokohama Royal Park Hotel、Yokohama Bay Hotel Tokyu、Intercontinental Yokohama Grandホテルは、何れも、部屋の窓から眺める、大きな観覧車(Cosmo Clock)と港の夜景が、素晴らしいですが(ただし、部屋に依る)、個人的に、この三つのホテルの中で、部屋からの眺望(ただし部屋に依る)は、Yokohama Royal Park Hotelが、最も良く(客室の窓が、最も高い位置に有り(客室は、全て52階以上(52階から67階))、客室の窓から、最も高い視点から、広く、横浜の港を見渡せる)、標準的な(基本的な)部屋の水準は、Yokohama Bay Hotel Tokyu が、最も良く、ロビー(lobby)の雰囲気は、Intercontinental Yokohama Grandホテルが、最も良いと思います(ただし、後述しますが、Intercontinental Yokohama Grandホテルの、ロビー(lobby)の内装は、時の経過により、くたびれて来ていると言った感じで、かつての様な、輝きは、感じられなくなって来ています)。
横浜landmark tower。1993年完成、高さ約296mの、みなとみらい(minatomirai)地区にある、超高層ビルです。23年前に建てられたビルですが、未だに、日本で、2番目に高い、超高層ビルとなっています。Yokohama Royal Park Hotelは、横浜landmark towerの、主として、上層階を占めている、準高級classのホテル(52階から67階が客室となっています)で、開業してから、23年間もの間、建物としては、日本で最も高い位置にあるホテルとなっています(ちなみに、近年(2014年の3月に)、大阪の都心部に完成した(全面開業した)、超高層ビル、あべのハルカス(Abeno Harukas)(高さ300m)の、主として、上層階を占めている、高級classホテル(準高級ホテル)、Osaka Marriott Miyako Hotel(2014年の3月開業)は、Yokohama Royal Park Hotelと並び、建物としては、日本で、最も高い位置にあるホテルの一つとなっています)。ちなみに、日本で、最も高い場所にあるホテルは、長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の、標高2,612mの場所にある、ホテル千畳敷(senjyoujiki)で、日本で、最も、高い場所にある、高級ホテルは、富山(toyama)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の標高2,450mの場所にある、高級resortホテル、ホテル立山(tateyama)です。

前に、kjで、アップ(upload)した写真の再利用。Yokohama Royal Park Hotelの、ロビー(lobby)。Yokohama Royal Park Hotelは、横浜landmark towerの、主として、上層階を占めている、準高級classのホテル(52階から67階が客室となっています)で、開業してから、23年間もの間、建物としては、日本で最も高い位置にあるホテルとなっています。Yokohama Royal Park Hotelの、客室の窓からの眺め(特に、夜景)は、素晴らしいです。
MARK IS みなとみらい(minatomirai)(横浜美術館の向かいにあるショッピングモール(shopping mall)で、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にあるショッピングモール(shopping mall)の一つ)の、冷蔵ロッカー(locker)に、そごう(sogo)デパート横浜店で買い物をした際に、そごう(sogo)デパート横浜店の食料品売り場で、買った、(ホテルの客室で食べる)ケーキ(cake)を入れて、横浜美術館で、この時、行われていた、中島 清之(nakajima kiyoshi)の、展覧会(exhibition)を見ました。
写真以下2枚。横浜美術館。横浜美術館(1989年開館)は、横浜市が運営する、美術関連施設の一つで、規模の大きな、公立の美術館です。
写真以下3枚。横浜美術館で、この時、行われていた、中島 清之(nakajima kiyoshi)(下の補足説明参照)の、展覧会(exhibition)を見ました。
中島 清之(nakajima kiyoshi):1899年生まれ。1989年に亡くなる。京都(日本の西部に位置する、大都市で、日本の、伝統文化の中心都市)生まれ。1916年に、横浜に移り、1917年から1927年まで、横浜の保険会社(横浜火災保険会社)に勤務した。1920年代半ば頃から、横浜を拠点に活躍した、日本の、有名な近代画家(近代、日本伝統画家)。1970年、横浜市、文化賞、1976年、神奈川(kanagawa)県、文化賞受賞。一見、同じ画家の作品とは思われない程の、多彩な作品を、自由奔放に展開し、「変転の画家」と評されました(この展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)の説明文を参考にしました)。中島 清之(nakajima kiyoshi)は、有名な画家とは言っても、とても有名な画家(一般的に、名が知られている画家)と言う程ではなく、近代・現代の、日本伝統画に興味があり、近代・現代の、日本伝統画に詳しい人のみが知っていると言った感じです。ちなみに、中島 清之(nakajima kiyoshi)は、中島 千波(nakajima chinami)(1945年生まれ。1960年代の終わり頃から活躍している、日本の、有名な、現代、日本伝統画家)の、父親です。
写真以下3枚。この展覧会(exhibition)のチラシ(leaflet)より。。。この展覧会(exhibition)の、展示作品例。全て、中島 清之(nakajima kiyoshi)の作品です。
「花に寄る猫」(1934年)。かつて、大佛 次郎 (osaragi jiro。1897年生まれ。1973年に亡くなる。1920年代半ばから、1970年代初めまで活躍した、日本の、人気、大衆作家)が所蔵していた作品です。
「喝采」(部分)(1973年)。
左上から時計回りに、「若草」(1978年)、「方広会の夜」(1950年)、「銀座(ginza)A」(1936年)、「顔」(1960年)、「雪の子」(1946年)(中島 清之(nakajima kiyoshi)は、第二次世界大戦中、3年間、長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)の、田舎に、疎開(sokai)(下の補足説明参照)していたので、おそらく、それに関連した作品ではないでしょうか。。。(おそらく、当時の(1940年代中期の)、長野(nagano)県の、田舎の、小学生から高校生位の、少女達を、描いた物))、「保土ヶ谷風景」(1924年)。
疎開(sokai):戦争中、空襲の被害から逃れる為、空襲の被害を受け易い、大都市や中都市の中心部を離れ、郊外や田舎に、一時的に滞在、若しくは、一時的に移り住む事で、第2次世界大戦中、空襲の被害が大きかった、日本とヨーロッパでは、盛んに、行われました。比較的裕福な層は、郊外や田舎に、家を購入して移り住んだり、(元々保有していた)郊外や田舎の別荘に滞在する事が可能でしたが、庶民は、(田舎から大都市に出て来ている場合等は)実家を頼るか、若しくは、親戚を頼るか、学校疎開(学校毎の疎開)に、子供を送るしか有りませんでした。
写真以下2枚。前に、kjで、アップ(uplaod)した写真の、再利用。横浜美術館の、収蔵品(collection)より。。。中島 清之(nakajima kiyoshi)の作品で、1930年代の、銀座(ginza)(東京最大級の繁華街、且つ、東京を代表する繁華街。東京都心部でも、中心的な地域に位置する)を、描いた物です。私は、この種の、1920年代から1930年代頃の、日本の、絵・イラスト(illustration)は、個人的に、好きです。

「銀座(ginza)B」(1936年)。

「銀座(ginza)A」(1936年)。
横浜美術館で、中島 清之(nakajima kiyoshi)の、展覧会(exhibition)を見た後は、MARK IS みなとみらい(minatomirai)で、少し、買い物をしてから、(この日、宿泊した)Intercontinental Yokohama Grandホテルに行きました。
写真以下4枚。MARK IS みなとみらい(minatomirai)。横浜美術館の向かいにあるショッピングモール(shopping mall)で、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にあるショッピングモール(shopping mall)の一つです。ちなみに、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区には、私が、知る限り、5つのショッピングモール(shopping mall)があります。
MARK IS みなとみらい(minatomirai)の、ガイド(店舗・レストラン等の案内)。
写真以下2枚。MARK IS みなとみらい(minatomirai)の、去年の、クリスマスツリー(Christmas tree)。
写真以下48枚。この時、私達が宿泊したホテルで、Intercontinental Yokohama Grandホテル。みなとみらい(minatomirai)地区にある、準高級classのホテルです。
写真以下2枚。Intercontinental Yokohama Grandホテルの建物。Intercontinental Yokohama Grandホテルの建物は、ヨット(yacht)の帆の様な形をした、超高層ビルとなっています(1989年に着工し、1991年に完成)。ちなみに、Dubaiのホテル、Burj Al Arabの建物(1994年に着工し、1999年に完成)の形が、このホテルの建物の形に似ています。

前に、kjで、アップ(upload)した写真の、再利用。写真右側に見える橋は、横浜bay bridge。横浜bay bridgeは、1989年に完成した、大きな斜張橋(cable-stayed bridge)です。
写真以下17枚。Intercontinental Yokohama Grandホテルのロビー(lobby)。前述の通り、みなとみらい(minatomirai)地区には、Intercontinental Yokohama Grandホテル、Yokohama Royal Park Hotel、Yokohama Bay Hotel Tokyuと言う、三つの、主要な、準高級classのホテルがありますが(何れも、規模の大きなホテルであり、横浜の主要な高級classホテルの一角を構成しています)、個人的に、この三つのホテルの中で、部屋からの眺望(ただし部屋に依る)は、Yokohama Royal Park Hotelが、最も良く(客室の窓が、最も高い位置に有り(客室は、全て52階以上(52階から67階))、客室の窓から、最も高い視点から、広く、横浜の港を見渡せる)、標準的な(基本的な)部屋の水準は、Yokohama Bay Hotel Tokyu が、最も良く、ロビー(lobby)の雰囲気は、Intercontinental Yokohama Grandホテルが、最も良いと思います。ただし、Intercontinental Yokohama Grandホテルの、ロビー(lobby)の雰囲気が良いと言うのは、ロビー(lobby)の空間の広さ(空間の、ゆとり)が、大きく関係しています。Intercontinental Yokohama Grandホテルの、ロビー(lobby)のインテリア(内装)は、時の経過により、くたびれて来ていると言った感じで、かつての様な、輝きは、感じられなくなっています(前にも、kjで書きましたが、Intercontinental Yokohama Grandホテルの、ロビー(lobby)は、ハード面(空間の広さ(空間の、ゆとり))は、しっかりしているものの、競争力の維持の為には、大規模な、ソフト面(内装)の改装が、必要であると思います)。
写真以下29枚。この時、私達が、Intercontinental Yokohama Grandホテルで宿泊した客室。このホテルで、安いclassの客室です(このホテルの客室の等級を、9つの等級に分けた場合、下から、2番目の等級の客室です。ちなみに、このホテルで、最も、安いclassの客室(最も下の等級の客室)は、主に、会社員等が、出張の際に、一人で、宿泊する際に利用している、手頃な値段の客室です)。Intercontinental Yokohama Grandホテルの、安いclassの客室は、軽快で、カジュアル(casual)な雰囲気です。よく言えば、リゾート(resort)ホテル的、悪く言えば、高級ホテルらしい重厚さは、あまり感じられない部屋となっています。
写真以下6枚。bathroom。
写真以下16枚。客室(この時、私達が、Intercontinental Yokohama Grandホテルで、宿泊した客室)の、窓から見た景色(横浜の、港の夜景)。前述の通り、Yokohama Royal Park Hotel、Yokohama Bay Hotel Tokyu、Intercontinental Yokohama Grandホテルは、何れも、部屋の窓から眺める、大きな観覧車(Cosmo Clock)と港の夜景が、素晴らしいです(ただし、部屋に依る)。写真で見える、大きな観覧車は、Cosmo Clock。かつて、世界最大の観覧車であった、大きな観覧車です。
写真中央。横浜landmark tower。上層階は、Yokohama Royal Park Hotelとなっています。写真右側の高層ビルは、Yokohama Bay Hotel Tokyuです。
写真、中央部の、船は、氷川丸(hikawamaru)(下の補足説明参照)、写真右上に見えているタワー(tower)は、横浜マリンタワー(marine tower)です。横浜マリンタワー(marine tower)は、1961年に完成した、高さ106mの塔で、横浜を象徴する建物の一つとなっています。神戸(kobe)のポートタワー(port tower)と供に、1950年代から1960年代初めにかけての、日本の大都市における、高層タワー(tower)建設ブーム(boom)の末期に建てられたタワー(tower)です。かつては、灯台としての機能を持っていて、ギネスブック(Guiness book)に、世界一の高さの灯台として記載されていました。
氷川丸(hikawamaru):1930年代に、日本と、北米を結ぶ太平洋航路で活躍した、約11,600トン(GT)の豪華客船(1930年完成and使用開始)です。現在は使用されておらず、横浜の港に永久保存され、文化財に指定されると供に、一般公開されています。第2次世界大戦前、日本は、イギリス、アメリカに次ぐ、世界第3位の海運(marine transportation)国でしたが、氷川丸(hikawamaru)を保有、運行していた日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、日本の三大海運(marine transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、日本の三大海運(marine transportation)会社の内の一つです)。1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社も、当時、太平洋航路では、氷川丸(hikawamaru)を含め6隻の豪華客船を保有し、日本の横浜と北米を結んでいました。氷川丸(hikawamaru)を含む日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、比較的小さな豪華客船3隻と、日本と、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ、比較的大きな豪華客船3隻です。この6隻の中で、代表的な、1929年に完成し、営業を開始した、横浜とホノルル(Honolulu),サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ浅間丸(asamamaru)は、現存していませんが、他の同社の日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ豪華客船同様に、氷川丸(hikawamaru)よりも一回り大きく、約17,000トンあり、また、船内の豪華さにおいては、氷川丸(hikawamaru)をはるかに上回るものであり(食堂の内装には、ふんだんに、イタリア産大理石が使われ、客室内には当時最先端の設備が使われていた。wikiより)、「太平洋の女王」と呼ばれました。横浜の港に、保存されている、氷川丸(hikawamaru)は、日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の他の日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ豪華客船2隻と同じで、同社の日本とサンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ豪華客船3隻よりも小さく、また、豪華さにおいても、劣っていましたが、喜劇俳優チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)が、1932年に来日した際、アメリカに帰る際に、使用しました(Chaplinは、1932年に1回、1936年に2回と、第二次世界大戦前に3回来日しています)。
写真右端の、高層ビルは、Yokohama Bay Hotel Tokyuです。Yokohama Bay Hotel Tokyuについては、次回の投稿を、参照して下さい。
写真以下4枚。写真で見える、大きな観覧車は、Cosmo Clock。かつて、世界最大の観覧車であった、大きな観覧車です。
この時、ホテルの客室で、飲んだ、飲み物の一つ。Pepsiの、白いcola(左)。横浜ビール(横浜に拠点を置く、日本の、小規模なビール会社)の、ビール(右)。
Pepsiの、白いcolaの、おまけ(であったと思いますが)、何故か、Coca-Cola(おかしいな。。。w 私の、記憶違いかな。。。)。
写真以下3枚。この時、ホテルの客室で食べた、お菓子の、一部。
レモン(lemon)とマヨネーズ(mayonnaise)風味の、フライドポテト(French fries)をイメージした、スナック(snack)菓子。
写真以下2枚。HAREL(明治(meiji。日本の大規模食品会社の一つ。菓子部門(旧明治製菓)は、1916年創業)の、大人向けの、チョコレート(chocolate)製品)の、苺風味の、チョコレート(chocolate)。
横浜散歩&食べ物2へ続く。。。
以下、おまけ。。。
写真以下18枚。おまけ1。
写真以下18枚。先々週、横浜で、仕事の用事を終えた後、夕方、彼女と待ち合わせて、横浜を、散歩して来た時の物です。ちなみに、この日は、横浜へは、自動車で、出ていました。
写真以下2枚。横浜で、仕事の用事を終えた後、すぐに撮影した、関内(kannai)areaの風景。関内(kannai)areaは、横浜の都心部の古くからの中心ビジネス(business)地区・中心商業地区・官庁街です。この時、関内(kannai)areaの木々は、紅葉し始めと言った感じでした。
彼女と合流した後は、横浜の都心部の、海沿い等を、少しdriveした後、横浜の都心部の海沿いにあるshopping mallの一つ、ワールドポーターズ(world porters)の駐車場に自動車を止めました。
写真で見える、大きな観覧車は、Cosmo Clock。かつて、世界最大の観覧車であった、大きな観覧車です。Cosmo Clockの周囲は、小規模な、遊園地となっています。

前に、kjで、アップ(upload)した写真の再利用。ワールドポーターズ(world porters)。横浜の都心部の海沿いにあるshopping mallの一つで、主として、若者や、小さな子供のいる家族向けの、大衆的・庶民的なshopping mallです(横浜の地元の、10代の利用(女子(女性の)、中学生・高校生、中学生・高校生のcoupleの利用)も、多い、shopping mallです)。
写真以下3枚。ワールドポーターズ(world porters)で買い物をした後、ワールドポーターズ(world porters)に入っている、cafeの一つで、間食を食べながら、のんびりとしました(ちなみに、この日は、待ち合わせた時、私も、彼女も、既に、この日の昼食は、済ませていましたが、二人共、この日の昼食は、軽い物を食べていました(軽い食事で、済ませていました))。このカフェ(cafe)(主として、若い女性・若いcouple、小さな子供のいる家族向けのcafeを言った感じの店です)は、この時、初めて利用しましたが(適当に、目に付いて、入ったcafeです)、店の雰囲気も、料理の味も、中々良く、中々、印象の良い店でした(ワールドポーターズ(world porters)の中では、落ち着いた、比較的、上質なcafeで、若者とは言っても、20代の利用が多いと言った感じのcafeです)。
この時、私が、このcafeで、飲んだ飲み物の一つ。バナナ(banana)スムージー(smoothie)。
写真以下2枚。この時、このcafeで食べた、間食(兼、この日、一回目の夕食)。
エッグベネディクト(Eggs Benedict)。一人、一皿ずつ。二人共、同じ物(エッグベネディクト(Eggs Benedict))を食べました(写真は、一人分)。
果物の、パンケーキ(pancake)。一皿、頼んで、二人で分けて食べました。
写真以下11枚。ワールドポーターズ(world porters)に入っている、cafeの一つで、間食(兼、この日、一回目の夕食)を食べながら、のんびりとした後は、ワールドポーターズ(world porters)の駐車場に、そのまま、自動車を置いたまま、ワールドポーターズ(world porters)周辺の、横浜都心部の海沿いを散歩しました。
写真以下5枚。MARINE&WALK YOKOHAMA。今年の3月に新しく、オープン(open)した、横浜の都心部の、海沿いにある、shopping mallです。横浜は、よく訪れているものの、遅れ馳せながら、MARINE&WALK YOKOHAMAを、個人的に、ゆっくり訪れたのは、今回が初めてでした。MARINE&WALK YOKOHAMAは、落ち着いた、大人向けの(20代の中頃から、30代、40代、50代、60代、お洒落な70代位の老人の夫婦・coupleも似合う様な)、カジュアル(casual)であり(気軽に買い物が出来て)、且つ、上質な、shopping mallです(カジュアル(casual)な、雰囲気で、(高級brandが入る)高級shopping mallではないが、上質な、落ち着いた、大人向けの、shopping mall。おそらく、主要な、想定、顧客層は、20代の中頃から40代位の、比較的、お金に、ゆとりがある、中流層の、男女(男と、女)、夫婦、couple、小さな子供のいる家族層であり、こうした層が(横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区の、高層マンション(高層アパート)や、横浜の都心部や郊外の、静かで、落ち着いた住宅地に暮らす、こうした層等が)、日常的に、気軽に利用する事を想定している、shopping mallです)。MARINE&WALK YOKOHAMAは、雰囲気が良く、入っている飲食店も、中々、魅力的な感じで、今後、利用する事になりそうです(MARINE&WALK YOKOHAMAは、オープン(open)してから、もっと早く、利用して置けば(ゆっくり訪れて置けば)、良かった)。
写真右側の、ヨット(yacht)の帆の様な形をした、超高層ビルは、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にある、Intercontinental Yokohama Grandホテルの建物です。
写真以下5枚。MARINE&WALK YOKOHAMAで買い物をした後は、(適当に、目に付いて入った)、MARINE&WALK YOKOHAMAに入っている、カジュアル(casual)な雰囲気の、パエリア(paella)レストランで、この日の夕食(この日、2回目の夕食)を食べました。この店は、MIGUEL y JUANIの、東京圏の、2つの店舗の内の一つです。MIGUEL y JUANIは、スペイン(Spain)の、バレンシア(Valencia)に本店を有する(バレンシア(Valencia)の本店は、地元、バレンシア(Valencia)では、有名店・人気店の一つとなっている様です)、パエリア(paella)を中心としたレストランで、おそらく、世界で、バレンシア(Valencia)の本店と、東京圏の2店舗の、合計、3店舗、店舗を展開している様です。MIGUEL y JUANIの、オーナー(owner)、兼、シェフ(chef)は、スペイン(Spain)で、有名な(現在、注目されている)、人気、若手シェフ(chef)の一人である様です。MIGUEL y JUANIの、東京圏の、もう一つの店舗は、新宿(東京最大級の、繁華街の一つ。東京都心部の西部に位置する)にあります。MIGUEL y JUANIは、今回、初めて利用しました(新宿は、東京の大規模繁華街の中で、我が家に、最も近い繁華街の一つであり、我が家 の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、新宿駅までは、通勤電車で5分程ですが、MIGUEL y JUANIの、新宿の店舗は、その存在を意識しておらず、利用していませんでした)。
写真以下5枚。この時、MIGUEL y JUANIの、横浜の店舗(MARINE&WALK YOKOHAMAに入っている)で食べた、この日の夕食(この日、2回目の夕食)等。
手前、この時、私が飲んだ、飲み物で、ブラッドオレンジ(blood orange)のジュース(juice)(自動車であったので、この時、お酒(アルコール(alcohol)飲料)は、飲みませんでした)、奥、この時、彼女が飲んだ、スペイン(Spain)産の、炭酸入りの、ミネラルウォーター(mineral water)(彼女は、アルコール(alcohol)は、体質的に苦手です)。
突き出し(居酒屋等で、最初に出される、小さな料理)。二人分。
写真以下3枚。二人で分けて食べました。
オリーブ(olive)と、オレンジ(orange)の、マリネ(marinade)。
写真以下2枚。魚介類(seafood)の、パエリア(paella)。この日は、ワールドポーターズ(world porters)のカフェ(cafe)で、間食(この日の、1回目の夕食も、兼ねていたと言った感じ。。。)を、かなり、しっかりと食べましたが、鍋に、米が、とても、浅く敷いてある事から、簡単に、全部、食べられてしまいました(簡単に、全部、食べる事が出来てしまいました)。ちなみに、私も、私の彼女も、比較的、多く、食べ物を食べる方ですが(そう言っても、標準よりも、若干(ほんの、少しだけ)、多く食べる程度です)、幸いな事に?、(比較的、たくさん)食べても、太らない体質です(私の実家も、彼女の実家も、比較的、たくさん、食べ物を食べる家系(家族)なのですが(そう言っても、標準よりも、若干(ほんの、少しだけ)、多く食べる程度です)、特に、私の母、及び、彼女の母は、(比較的、たくさん)食べても、太らない体質で、私、及び、私の彼女は、体質は、それぞれの、母親に似たのかもしれません)。
以下、おまけ2。
写真以下。kjで、アップ(uplaod)した、2010年から、去年(2015年)までの、我が家で食べた、クリスマスケーキ(Christmas cake)です。

2010年の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。Fauchonのショートケーキ(日本式shortcake)。Fauchonは、1886年創業の、フランスの、パリ(Paris)に本店を有する、高級、食料品店の、チェーン(chain)です。Fauchonは、日本で(日本全国で)、30店舗、店舗を展開しています(札幌(sapporo)(北海道(hokkaido)(日本の最北端の地方)の、中心都市)に1店舗、岩手(iwate)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)に1店舗、宮城(miyagi)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)の、仙台(sendai)(日本の東北地方の中心都市)に1店舗、東京圏に合計11店舗(群馬(gunma)県(東京圏の北西端に位置する県)に1店舗、埼玉(saitama)県(東京圏の北部に位置する県)に2店舗、千葉(chiba)県(東京圏の東部に位置する県)に3店舗。東京都心部に3店舗(内、新宿に2店舗)、横浜に2店舗(都心部と、郊外住宅地に、1店舗ずつ))、静岡(shizuoka)(日本の中部地方に位置する県の一つ)に1店舗、岐阜(gifu)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)に1店舗、名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本、第三の都市圏人口を有する都市)に1店舗、京都(kyoto)に2店舗、大阪(大阪都市圏)に4店舗、和歌山(wakayama)県(大阪都市圏の南に隣接する県)に2店舗、鳥取(totori)県(日本の西部に位置する県)に1店舗、岡山(okayama)県(日本の西部に位置する県)に1店舗、愛媛(ehime)県(四国(shikoku)(日本の南西部)に位置する県)に1店舗、熊本(kumamoto)県(九州(kyusyu)(日本の南部)に位置する県の一つ)に1店舗、大分(oita)県(九州(kyusyu)(日本の南部)に位置する県の一つ)に1店舗)。Fauchonは、世界の20か国に(20の国に)、進出しており、フランス国内を含めて、世界で、76店舗、店舗を展開していますが、Fauchonの世界の店舗の内、約40%(30店舗)が、日本にあり、且つ、日本は、フランス国内を含めた、世界の、Fauchonの売り上げの、約40%を占める、Fauchonにとって、(フランス国内を含めて)、世界で、最も、重要な市場となっています。
写真以下4枚。2011年の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。よく利用する、私の街の西の隣街の、お気に入りのケーキ(cake)店のケーキ(cake)。一人二個ずつ食べました。





2012年の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。よく利用する、私の街の、お気に入りの、ケーキ(cake)店の、パウンドケーキ(pound cake)。

2013年の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。BEL AMER(日本の、高級チョコレート・西洋菓子、会社(店))の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。ケーキ(cake)の内容は、ホワイトチョコレート(white chocolate)を練りこんだクリーム(cream)(生クリーム)を、たっぷり使った(ふんだんに使った)、苺系のケーキ(cake)(ショートケーキ(日本式shortcake))と言った感じです。ケーキ(cake)の中には、苺のコンフィチュール(confiture)と、ホワイトチョコレート(white chocolate)を練りこんだクリーム(cream)(生クリーム)が挟んであります。

2014年の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。Sadaharu AOKI(青木 定治(aoki sadaharu・sadaharu aoki)(日本の、有名な、西洋菓子職人)の経営する、ケーキ(cake)・西洋菓子店)の、抹茶(緑茶・green tea)の、ケーキ(cake)。抹茶(緑茶・green tea)系の、ケーキ(cake)は、青木 定治(aoki sadaharu・sadaharu aoki)が、最も、得意とするケーキ(cake)の一つです。

去年(2015年)の、クリスマスケーキ(Christmas cake)。Sebastien Bouillet(フランスのLyonに拠点を置く、フランスの菓子職人)の、クリスマスケーキ (Christmas cake)。Sebastien Bouilletは、現在、世界で、フランスのLyon都市圏に6店舗、日本の、東京に3店舗、大阪に1店舗の、合計10店舗、店舗を展開している様です。