以下、参考の投稿。
歴史的建造物・内田有紀他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3890058/page/5?&sfl=membername&stx=nnemon2
国際ビル(歴史的建造物)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864673?&sfl=membername&stx=nnemon2
学士会館(歴史的建造物)他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864672/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
学士会館(歴史的建造物)他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864671/page/5?&sfl=membername&stx=nnemon2
2月(先月)の第4土曜日の夜10時から、テレビの地上波の、テレビ東京で放送された、「新美の巨人たち」は、私は、見ませんでしたが、国際文化会館(下の補足説明を参照)の特集だった様ですね。
国際文化会館:以下、国際文化会館に関しては、wikiを参考にしました。1952年、ロックフェラー財団(Rockefeller
Foundation)を始めとする、日本国内外(日本国内及び日本国外)の諸団体や個人からの支援により設立された。設立委員長は、樺山
愛輔(kabayama
aisuke)(下の補足説明を参照)が務めた。世界の研究者、文化人、芸術家、企業人等が集い、語り合う人物交流プログラムを中心に取り組んでいる。
樺山
愛輔(kabayama
aisuke):1865年生まれ。1953年に亡くなる。日本の、かつての、貴族(伯爵)・ビジネスマン(businessman)・政治家(貴族院議員(1925年から1946年))。第二次世界大戦前から、アメリカの財界と、交流・繋がり・人脈があった。樺山
資紀(kabayama sukenori)(下の補足説明を参照)の長男。
樺山 資紀(kabayama
sukenori):1837年生まれ。1922年に亡くなる。鹿児島(kagoshima)県(九州(kyusyu)(日本の南部)の南部に位置する県)の、侍(samurai)・軍人系の、貴族(伯爵)。鹿児島(kagoshima)県の、侍(samurai)の家に生まれる。日清戦争(First
Sino-Japanese
War)(1894年から1895年にかけて行われた、日本と中国との間の戦争。日本の勝利に終わる)直前に、日本の海軍の軍令部長に就任。1895年に、日本の海軍の大将に就任。日清戦争(First
Sino-Japanese
War)で、日本が勝利した事により、日本の植民地となった、台湾(Taiwan)の初代の総督に就任し、1895年5月から、約1年、台湾(Taiwan)の総督を務めた。
国際文化会館の建物(東京都心部でも中心的な地域の南西部に位置しています)は、1955年に建てられました。国際文化会館の建物には、宿泊施設、会議施設、レストラン、図書室等が入っています。
国際文化会館の敷地は、元々、岩崎(iwasaki)家(下の補足説明を参照)の、東京の邸宅の一つの敷地だった物です。岩崎(iwasaki)家は、多くの、邸宅や別荘を所有していました。
岩崎(iwasaki)家:岩崎(iwasaki)家は、日本最大級の財閥の一つであった、三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)であり、貴族(男爵)でもあった、資本家の家です。岩崎(iwasaki)家は、元々、侍(samurai)の家柄ではあったが、侍(samurai)の中でも、身分の非常に低い家柄であった為?、いくら財産を築いても、近代貴族としては、男爵(最も、身分の低い爵位。日本の近代貴族の爵位は、身分が高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵)止まりでしたが、おそらく、第二次世界大戦前において、日本で、最も富裕な家族の一つであったでしょう。
現在の、国際文化会館の庭園(日本伝統式の庭園)は、岩崎(iwasaki)家の邸宅であった時代の、1930年に造られた物です。
国際文化会館の建物(1955年に完成)の設計は、何れも、日本の第二次世界大戦後の復興期(1950年代から1960年代初期)の、現代建築界をリード(lead)した、建築家であると共に、日本の現代建築設計の水準を、世界最高水準に引き上げる為の基礎を、1950年代に、固めた建築家である、前川
國男(maekawa kunio)(1905年生まれ。1986年に亡くなる)、坂倉 準三(sakakura
jyunzo)(1901年生まれ。1969年に亡くなる)、吉村 順三(yoshimura
jyunzo)(1908年生まれ。1997年に亡くなる)の、3人の、日本の有名な建築家が手掛けました。
以下、参考の投稿(前川 國男(maekawa kunio)の名前が出て来るのは、「現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2」、「現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3」、「現代日本様式(建築・インテリア史)前編」)。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758716/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758713/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3874778?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3874777?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、坂倉 準三(sakakura jyunzo)に関する参考の投稿。
1937年パリ万国博覧会日本館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3526665/page/48?&sfl=membername&stx=nnemon2
国際文化会館の建物(1955年に完成)は、現代建築のデザイン(design)と日本の伝統的な建築のデザイン(design)を融合させた、現代建築の建物となっています。

写真は、借り物(写真の作者:UE-PON2600 (↑PON(ウエポン)))。国際文化会館の建物。
https://youtu.be/er-oxAuxRL4?si=HNoNF0vR2cV4CNpG
動画は、借り物。国際文化会館の建物。
以下。おまけ。参考に、去年の9月の下旬に行った「桂離宮」と言う投稿の再掲です。
桂(katsura)離宮(rikyu)は、宮家(miyake)(下の補足説明を参照)の一つであった、桂宮(katsuranomiya)家(当時は、八条宮(hachijyonomiya)と呼ばれていた)の、17世紀初期に造られた、京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市。794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)にある、別荘です。
宮家(miyake):宮家(miyake)とは、皇族(天皇の一族(親族))の内、天皇家から独立した生計を営み、且つ、天皇から称号(宮号)を賜り、代々、皇族(天皇の一族)の身分の保持を許された家(家族)で(wiki等を参考にしました)、現在は、宮家(miyake)は、4つしか存在しませんが(2014年に、当主が独身であった宮家(miyake)の当主が、亡くなられた為、それまで、5つであった宮家(miyake)が、4つとなった)、第2次世界大戦が終った直後には、日本には、14の宮家(miyake)が存在していました。
以下、参考の投稿。
旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3735149/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3735148/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
桂宮(katsuranomiya)家は、1881年に、断絶しました。桂(katsura)離宮(rikyu)は、19世紀後期以降、宮内(kunai)庁(cho)(第二次世界大戦以前は、宮内(kunai)省(sho)。天皇・皇族(天皇の一族(親族))を担当する、日本の国家機関)の所有となりました。
桂(katsura)離宮(rikyu)は、日本の伝統建築の、要素・美学を凝縮した様な建物であると共に、日本の伝統建築の、要素・美学を代表する、歴史的な建造物の一つです。
桂(katsura)離宮(rikyu)は、予約制で、見学(観覧)出来る様になっており、職員のガイド(案内・解説)により1時間かけて見学(観覧)する形式となっています(見学(観覧)料金は、1,000円(約9万won)で、1日当たり、多くの、見学(観覧)開始時間が設けられていますが、人気の為、予約は、割と、すぐに、一杯になってしまいます)。
桂(katsura)離宮(rikyu)→
https://kyoto-gosho.kunaicho.go.jp/katsura-rikyu
桂(katsura)離宮(rikyu)は、敷地面積は、約6万9千平方m(約2万1千坪)あります。
以下、桂(katsura)離宮(rikyu)に関する補足説明は、wikiを参考にしました。
桂(katsura)離宮(rikyu):桂(katsura)離宮(rikyu)は、建物は、一時に建てられたものではなく、17世紀初期から17世紀中期にかけて(1615年頃から1662年頃にかけて)、順次、建立されたものである。
創建以来、火災に遭うこともなく、ほぼ完全に創建当時の姿を、現在に、伝えている。
17世紀初期から17世紀中期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の、日本の朝廷文化(天皇・皇族(天皇の一族(親族))・貴族の文化)の粋を、今に伝えている。
ブルーノ・タウト(Bruno
Taut)(下の補足説明を参照)、ヴァルター・グロピウス(Walter
Gropius)(1883年生まれ。1969年に亡くなる。ドイツの、有名な、建築家。ル・コルビュジエ(Le
Corbusier)やフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd
Wright)と共に、歴史上、世界的に最も有名な建築家の一人。バウハウス(Bauhaus)の創設者)と言った、日本国外の建築家も、桂(katsura)離宮(rikyu)を、簡素さの中に美と深い精神性を表した建築及び庭園として高く評価した。
ブルーノ・タウト(Bruno
Taut):ドイツの、有名な建築家・都市計画家。ナチス(Nazi Party)政権下のドイツにおいて、親ソ連(Soviet
Union)派の烙印を押され、職と地位を失い、1933年から1936年にかけて、日本に亡命。1936年に、近代化を目指していたトルコの、イスタンブール(Istanbul)芸術アカデミー(Academy)からの招請により、教授としてイスタンブール(Istanbul)に移住。1938年に、長年患っていた気管支喘息の為に、同地で亡くなる。
桂(katsura)離宮(rikyu)を見学した、ブルーノ・タウト(Bruno
Taut)は、「ここに、繰り広げられている、美しさは、理解を絶する美しさ、即ち、偉大な芸術の持つ美しさである。優れた芸術品に接するとき、涙は、おのずから(自然と)眼に溢れる」と表現しました。

写真は、借り物(写真の作者:Fraxinus2)。桂(katsura)離宮(rikyu)の建物の配置図。
写真以下(写真は、借り物)。桂(katsura)離宮(rikyu)の風景例。

写真の作者:Cyril Bèle

写真の作者:KimonBerlin



写真の作者:alonfloc




写真の作者:KimonBerlin


写真の作者:KimonBerlin

写真の作者:KimonBerlin

写真の作者:KimonBerlin


ちなみに、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)で紹介している、日本の伝統建築・伝統文化と現代建築の、融合・統合を図った、日本の、現代、建築家、堀口
捨己(horiguchi
sutemi)(1895年生まれ。1984年に亡くなる。主として、1920年代から1960年代にかけて活躍)は、桂(katsura)離宮(rikyu)の建築の、熱心な研究者の一人でもありました。
堀口 捨己(horiguchi sutemi)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3858253?&sfl=membername&stx=nnemon2
以上、おまけで、参考に、去年の9月の下旬に行った「桂離宮」と言う投稿の再掲でした。
以下、参考の投稿・関連投稿。
Kim Swoo-geun・京東教会→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3907470?&sfl=membername&stx=nnemon2