ちなみに、私は、スキー(skiing)は、子供の頃から、やっており、得意です(上手です)。私の彼女も、私同様、スノーボード(snowboarding)よりも、スキー(skiing)派で、子供の頃から、スキー(skiing)経験があり、スキー(skiing)が、得意です(上手です)。私は、彼女よりも、スキー(skiing)が、上手なので、彼女に、スキー(skiing)を教えて来ています。
ちなみに、日本は、アメリカに次いで、世界で2番目に、スキー場が多い、スキー場大国です。
以下、基本的に(参考の投稿を足す等しています)、2014年の4月の上旬に行った投稿の再掲で(投稿文は、2014年の4月の上旬の投稿を前提としています)、2014年の3月の前半に、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、車で、鬼怒川(kinugawa)温泉に、1泊の小旅行に行って来た時の物です。ちなみに、この時、まだ、私は、30代の後半、彼女は、20歳の大学生でした。
3月の前半、栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に、一泊2日の、小旅行に行って来た時の物です。栃木(tochigi)県は、(主として、東京圏に暮らす人々の)保養地等となっています。
写真以下4枚。この時の、初日(以下、この日と書きます)、ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場(栃木(tochigi)県にある、スキー場の一つ)で、スキー(skiing)をしました。
ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場のゲレンデ(ski slopes)地図。最長滑走距離は、3kmあります。ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場は、東京圏にあるスキー場の中では、規模の大きなスキー場の一つで、東京圏から、多くの人々が、日帰り又は一泊二日で、スキー(skiing)・スノーボード(snowboarding)をしに訪れます(もっとも、東京圏にあるスキー場の中では、規模の大きなスキー場の一つであるものの、スキー場の規模、雪の質等の、総合面において、東京圏以外から、わざわざスキー(skiing)・スノーボード(snowboarding)に訪れる程のスキー場では、全くありません。東京圏以外から、スキー(skiing)・スノーボード(snowboarding)をしに訪れるのならば、やはり、北海道(hokkaido)(日本の最北端の地方)、長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県の一つ)、新潟(nigata)県(日本の中部地方の北端に位置する県)、東北地方(日本の東北地方)の有名なスキー場を訪れた方が、はるかに良いと思います)。
写真以下2枚。ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場の風景例。この日は、天気は、基本的に悪く(雪の降っている時が、多かった)、非常に寒かったのですが(とても、春スキー(skiing)と言える気温ではなかったw)、雪質は、この時期の、スキー場としては、非常に良かったです。
この日の昼食は、スキー場のレストランで食べたのですが、これは、この時、私が食べた物。ステーキ(beef steak)。率直に言って、質は、低いです。ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場には、スキー場(ski resort)のゲレンデ(ski slopes)にある食堂としては、非常に美味しい、釜焼きピザ(pizza)の食堂があるのですが、ハンターマウンテン(hunter mountain)スキー場(ski resort)の、他のレストランの質も、もっと上がれば良いのにと思います。
この時は、鬼怒川(kinugawa)温泉(栃木(tochigi)県にある、大規模、温泉保養地の一つ)の温泉宿泊施設に宿泊しました。
この時は、自動車で、栃木(tochigi)県を訪れたのですが、参考に、以下、しばらくの間、東武(tobu)鉄道(主として、東京都心部と、栃木(tochigi)県等の、東京圏の北部(東京の北部郊外・近郊)を結ぶ電車路線を運営する、私営の鉄道会社)について、説明します。東武(tobu)鉄道は、鬼怒川(kinugawa)温泉の発展と開発に、大きな影響を及ぼした、鉄道会社です。ちなみに、栃木(tochigi)県は、日光(nikko)(箱根(hakone)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)、那須(nasu)(軽井沢(karuizawa)等と共に、東京圏及び、その周辺を代表する、別荘地・保養地の一つ)と言う、日本全国的に見ても、一流の保養地を擁する(抱える)県ですが、箱根(hakone)(日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)等を擁する(抱える)、神奈川(kanagawa)県(東京圏の南部を占める県)と比べると、(まあ、那須(nasu)を除けば)、全般的に、垢抜けない(洗練さに欠ける)イメージがあります(ちなみに、垢抜けない(洗練さに欠ける)から、悪い、居心地が悪いとは限りませんし、逆に言えば、洗練されているから、良い、居心地が良いとも限りません。。。)。例えば、日光(nikko)と鬼怒川(kinugawa)温泉(日光(nikko)に近い温泉保養地)は、箱根(hakone)(東京圏で、最大級、日本でも有数の、温泉保養地であり、東京圏を代表する温泉保養地の一つでもある)と比べると、全般的に、垢抜けない(洗練さに欠ける)イメージがありますし、また、東武(tobu)鉄道は、何れも、主として、東京都心部と、神奈川(kanagawa)県を結ぶ、電車路線を運営する、私営の鉄道会社である、東急(tokyu)電鉄(dentetsu)(1923年に最初の路線を開業。運営する電車の路線距離の総合計104.9km)、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)(1927年に最初の路線を開業、運営する電車の路線距離の総合計120.7km)と比べると、垢抜けない(洗練さに欠ける)鉄道会社と言うイメージがあります(ちなみに、東急(tokyu)電鉄(dentetsu)は、運賃が安いのは、評価出来ますが、東急(tokyu)電鉄(dentetsu)の電車は、車両の質が悪いのか、線路が悪いのか、乗り心地が、悪いです。東急(tokyu)電鉄(dentetsu)の、通勤電車の車両は、どっしりとしていて(落ち着いていて)、高級感のある乗り心地の、阪急(hankyu)電鉄(dentetsu)(関西(kansai)大都市圏(大阪、京都、神戸(kobe)を中心とする、大都市圏)の、大手(大規模)、私営、鉄道会社の一つ)等の、通勤電車の車両と比べると、比べ物にならない位、乗り心地が悪いです)。
東武(tobu)鉄道(1897年設立。1899年、最初の路線が開業)は、東京圏の9つの、大手(大規模)私営鉄道会社(ちなみに、これには、JR東日本(元(かつての)、日本の国有鉄道)は、含まれていません。前述した、東急(tokyu)電鉄(dentetsu)と小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)は、これに含まれます)の一つで、主として、東京都心部と、東京圏の北部(東京の北部郊外・近郊)を結ぶ、通勤電車・近郊(大都市圏内における都市間輸送)電車・観光電車路線を保有・運営している鉄道会社です。東武(tobu)鉄道は、保有している電車路線の距離の総合計が、約463kmとなっており、東京圏の私営鉄道会社(JR東日本(元(かつての)、日本の国有鉄道)を除く)の中で最大、また、日本の、全ての私営鉄道会社(JR(元(かつての)、日本の国有鉄道))を除く)の中で2番目の鉄道路線規模を持つ会社となっています(元々、保有している鉄道路線の距離の総合計は、日本の私営鉄道会社(JRは除く)の中で、名古屋(nagoya)鉄道(名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市)都市圏を基盤としている私営鉄道会社)に次いで、3位であったが、名古屋(nagoya)鉄道が、2000年以降、相次いで路線を廃止した為、名古屋(nagoya)鉄道は、3位に転落(現在、名古屋(nagoya)鉄道が保有している電車路線の距離の総合計は、約444km)、代わって、東武(tobu)鉄道が2位に浮上した。wikiより。。。)。東武(tobu)鉄道は、歴史的に、東京都心部と日光(nikko)(箱根(hakone)と並ぶ、東京近郊を代表する、観光地・保養地・避暑地。東京圏の北端に位置する栃木(tochigi)県にある)の間の、観光客・保養客の輸送で、長い間、日本の国有鉄道(現在のJR)と競って来ましたが、この競争においては、1960年に、東武(tobu)鉄道が、1720系電車(後で紹介します)を導入して以降、東武(tobu)鉄道が優勢になり、実質的に、東武(tobu)鉄道が勝利しました(現在は、JRは、東京都心部と日光(nikko)の間の、観光客・保養客の輸送に関して、東武(tobu)鉄道と協調する方針をとっています)。
写真以下29枚。東武(tobu)博物館(東武(tobu)鉄道に関する、歴史的資料を保存・展示する、東武(tobu)鉄道が運営する、鉄道博物館。墨田(sumida)区(東京中心部(東京23区)東部に位置する区)にある)の展示等より。。。前に、アップ(upload)した写真の、再利用。
東武(tobu)鉄道は、1899年の、同社の最初の路線の開業に先立ち、1898年に、イギリスのベヤー・ピーコック社(Beyer, Peacock and Company)製の蒸気機関車(1898年製造)を、12両輸入しました。写真以下4枚は、その時に輸入した蒸気機関車の一両で、東武(tobu)博物館に保存・展示してある物です。ちなみに、東武(tobu)博物館では、その時に、輸入した蒸気機関車を、この他に、もう一台、保存・展示しています。




写真以下5枚。東武(tobu)鉄道デハ(deha)1形5号電車(1924年デビュー(debut))。東武(tobu)博物館の保存・展示車両の一つで、1924年に、東武(tobu)鉄道が、路線の一部区間(約10km)を、初めて電化した際に、導入した、国産(日本製)の、通勤電車の車両です。

写真以下4枚。車両の内部。無機質な現代の通勤電車の車両よりも、趣があり、何となく、高級な感じもします。




写真以下2枚。東武(tobu)鉄道が、本格的に電化された際のポスター(poster)(1927年)の、複製。



東武(tobu)トク(toku)500型客車の説明とイラスト(technical illustration)。1929年、東京都心部と日光(nikko)を直結する、東武(tobu)鉄道の日光(nikko)線が開通しましたが(ちなみに、日本の国有鉄道の日光(nikko)線(旧(かつての)日本鉄道日光(nikko)線)は、1890年に開通しました)、東武(tobu)トク(toku)500型客車は、その開通に合わせて、東武(tobu)鉄道が、保養目的・避暑目的で日光(nikko)に滞在する上流階級の輸送を目的として、1929年に導入した車両(客車)です。東京都心部と日光(nikko)を結ぶ、特急電車(express)の最後尾に連結され、(上流階級の家族が、貸切りで利用する等)貸切り利用が、原則でした(定員一人当たりの貸切り運賃は、一般の車両の貸切り運賃に比べ、5倍以上でした)。定員は、20名で、内訳は、上流階級の家族が、貸切りで利用する場合を例に説明すると、貴賓室(上流階級の家族が使用する客室。車両全体の、半分近くの面積を占めていると言った感じかな)の定員が8名、随員室(上流階級の旅行に随行して、上流階級の身近で、上流階級の世話を行う使用人が、乗車する客室。貴賓室に隣接している)の定員が8名、それ以外の、定員が4名でした。車両には、貴賓室、隋員室以外に、料理室(コック(cook)が乗車して料理を行う調理室)、給仕室(給仕(食事を運ぶ係り)が待機する場所)、化粧室、トイレ(toilet)が備わっていました。上の写真の、車内を上から見たイラスト(technical illustration)(写真の真ん中の左側)で説明すると、右から順番に、貴賓室に付属した展望台、貴賓室(オレンジ(orange)色で描かれている部分。上流階級の家族が使用する客室。車両全体の、半分近くの面積を占めていると言った感じかな)、随員室(車両の真ん中辺り。ソファ(sofa)が紫色で描かれている部分。上流階級の旅行に随行して、上流階級の身近で、上流階級の世話を行う使用人が、乗車する客室。貴賓室に隣接している)、料理室(コック(cook)が乗車して料理を行う調理室)、化粧室、給仕室(給仕(食事を運ぶ係り)が待機する場所)(上)とトイレ(toilet)(下)、車掌室(車両の一番左)となっています。車掌への注意事項には、客室(貴賓室・随員室)に入る際には、帽子をとって乗客に敬意を表さなければならない等、実に細かい規定がありました。東武(tobu)トク(toku)500型客車は、1957年に引退しました。
写真以下2枚。東武(tobu)デハ(deha)10系電車(1935年デビュー(debut))の、模型と車内の写真。1929年、東京都心部と日光(nikko)を直結する、東武(tobu)鉄道の日光(nikko)線が、全線電化で開通し、東武(tobu)鉄道は、早々と、東京都心部と日光(nikko)を結ぶ特急電車(express)の運転を開始しましたが、1935年には、特急(express)専用の電車車両、東武(tobu)デハ(deha)10系電車を導入し、東武(tobu)鉄道にとって、本格的な観光輸送の時代が到来しました。東武(tobu)デハ(deha)10系電車は、第二次世界大戦前の、東武(tobu)鉄道の名車として、広く知られていました。東武(tobu)デハ(deha)10系電車は、第二次世界大戦中は、一般的な通勤電車・近郊型電車(大都市圏内の都市間輸送電車)車両に格下げされていましたが、1948年に、再び、特急電車(express)用車両として復活しました。


写真以下3枚。東武(tobu)5700系電車(1951年デビュー(debut))。第二次世界大戦直後の混乱も落ち着いて来た、1951年、戦後の新たな時代における、東京都心部と日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)を結ぶ大衆観光輸送に、ふさわしい特急電車(express)用車両として、東武(tobu)鉄道は、東武(tobu)5700系電車を導入しました。

東武(tobu)5700系電車の模型(写真に写っている模型で、奥にある、一番大きな物)。

東武(tobu)5700系電車の写真。東武(tobu)5700系電車は、車両前面に取り付けられた、独特の飾りから、「ネコひげ(猫の髭)」の愛称で親しまれていました。

東武(tobu)5700系電車は、実物が、東武(tobu)博物館に、保存・展示してあります。上の写真は、私が撮影した物ではなく、「日本の旅・鉄道見聞録」→http://www.uraken.net/rail/と言うsiteから借りて来た物ですが、東武(tobu)5700系電車の車内。真ん中の、小さな椅子は、混雑期に使われる補助椅子です。上流階級が利用する事を前提とした車両ではなく、中産層(一般大衆ではあるが、旅行・余暇に、時間と、お金を使う事が出来た、1950年代当時の、日本の経済状況下においては、一般大衆の中では、ゆとりがあった層)の利用を前提として、設計・デザイン(design)された車両であるので、現在の基準からすれば、全く高級に見えません。
写真以下5枚。東武(tobu)1720系電車(1960年デビュー(debut))。東武(tobu)1720系電車は、東武(tobu)鉄道が、1960年に、戦後の日本の豊かな大衆社会の到来を予見するかの様に、東京都心部と、日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)を結ぶ特急電車(express)用の車両として導入した、(日本の鉄道車両としては初めて、車内のドア(door)に、自動ドア(automatic door)を採用する等)高速で豪華且つ現代的な、観光客・保養客の輸送用の電車車両です。前述の通り、東武(tobu)鉄道は、歴史上、長きに渡って、日本の国有鉄道(現在のJR)と、東京都心部と日光(nikko)の間の、観光客・保養客の輸送で、競って来ましたが、東武(tobu)1720系電車は、この競争において、最終的に、東武(tobu)鉄道が勝利するに至った、大きな要因となった車両です。東武(tobu)1720系電車は、1960年にデビュー(debut)してから、東武(tobu)100系電車が、1990年にデビュー(debut)するまで、長きに渡って、東武(tobu)鉄道の看板(flagship)車両として活躍しました(1991年に引退)。東武(tobu)1720系電車は、個人的に、幼い頃、私の両親及び、私の母方の祖父母と一緒に、日光(nikko)で休暇を過ごした際に、利用した時の事が印象に残っています(それ以降も、この特急電車(express)車両を利用する機会がありましたが、幼い時に、祖父母と一緒に利用した時の事が、一番印象に残っています)。個人的には、子供の頃、物理的に、東武(tobu)1720系電車よりも、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)のロマンスカー(Romancecar。東京都心部と、箱根(hakone)(日光(nikko)と並ぶ、東京近郊を代表する、観光地・保養地・避暑地。東京圏の南西部に位置する)等を結ぶ、観光客・保養客の輸送用、特急電車(express))の方が身近な存在でしたが、東武(tobu)1720系電車は、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)のロマンスカー(Romancecar)よりも、格上(高級)に感じました。車両の前面のデザイン(design)も、(自動車で例えれば、一昔前までのベンツ(Mercedes-Benz)のデザイン(design)の様にw)、美しいか、美しくないかは別としてw、押し出し感があって(迫力があって。何だか凄そうで)、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)のロマンスカー(Romancecar)よりも、高級そうに見えました。また、東武(tobu)1720系電車は、「Deluxe Romance Car」と言う通称を持ち、そもそも、名前からして、小田急(odakyu)電鉄(dentetsu)のロマンスカー(Romancecar)よりも、高級でしたw。

東武(tobu)1720系電車の写真。
写真以下4枚。東武(tobu)博物館は、東武(tobu)1720系電車の先頭車両の一部を切り落とした物を、保存・展示しています。





東武(tobu)1720系電車の車内の写真。ジュークボックス(jukebox)を設置した、サロン室(乗客が、自由に、寛ぐ事が出来る場所)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
特急列車の思い出→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4069426?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下5枚。東武(tobu)100系電車。上の、1720系電車の後継車両として、1990年にデビュー(debut)した、東武(tobu)鉄道の看板(flagship)車両で、中距離旅客輸送用の、特急電車(express)車両です。主として、観光客・保養客を乗せる事を前提として、設計・デザイン(design)された車両で、東京都心部と日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)を結ぶ特急電車(express)の車両として使われています。

東武(tobu)100系電車の模型。東武(tobu)100系電車は、「SPACIA」と言う通称を有しています。東武(tobu)100系電車は、1720系電車の通称、「Deluxe Romance Car」は、引継ぎませんでした。(車両のデザイン(design)もそうですが)、もう少し、すっきりとしたイメージに変えたかったのかな。。。(まあ、時代の流れとして、分かり易い豪華さが好まれる時代は、既に過ぎ去っていたと言う事も、あると思います)。

色々な色の、東武(tobu)100系電車。東武(tobu)100系電車は、既に、デビュー(debut)してから、25年近く経ちますが、先代の、東武(tobu)鉄道の看板(flagship)車両である、東武(tobu)1720系電車が、1960年にデビュー(debut)してから、(1990年にデビュー(debut)した)東武(tobu)100系電車に取って代わられるまで、30年間、運用されていた事を考えると(東武(tobu)1720系電車は、末期の頃は、かなり時代遅れになっていたと思いますが)、おそらく、東武(tobu)鉄道は、東武(tobu)100系電車は、あと5年間は、運用し続けるつもりではないでしょうか。。。。
写真以下3枚。東武(tobu)博物館では、東武(tobu)100系電車の、(追加料金(個室料金)を支払って、家族や夫婦、カップル(couple)等で貸し切って利用する)個室(compartment)が再現してあって、東武(tobu)100系電車の個室(compartment)の席に座る事が出来ます。私は、東武(tobu)100系電車を利用する時は、いつも、通常の客席を利用して、個室(compartment)は、利用した事がありません(たまには、気分転換に、個室(compartment)を利用するのも、悪くはないかなと思いつつ、やっぱり、もったいない(その様な事に、お金を使うのは無駄だ)と思い、結局、いつも、通常の客席を利用しています。なお、東武(tobu)100系電車は、通常の客席でも、十分に、乗り心地が良く、快適です)。なお、東武(tobu)100系電車の内装のデザイン(design)は、銀座(ginza)東武(tobu)ホテルの内装のデザイン(design)を手掛けた、アメリカ人デザイナー(designer)(欧米において、多くの上級・高級ホテルの内装のデザイン(design)を手掛けているそうです)が手掛けています。




東京sky tree(下の補足説明参照)のマスコットキャラクター(mascot)、ソラカラ(sorakara)ちゃん(chan)。ソラカラ(sorakara)ちゃん(chan)のデザイン(design)について、当初、酷評の声も、かなりあった様ですが、私は、悪くないと思います(東京sky treeのデザイン(design)と同じく、保守的で、やや時代遅れな感じもしますが。。。)。東京sky treeは、東京towerに代わり、東京areaにTV電波を送信する為の、主力TV電波塔となった、TV電波塔ですが、東武(tobu)鉄道の本社の隣接地の、東武(tobu)鉄道が保有する土地に、東武(tobu)鉄道(厳密には、東武(tobu)鉄道の子会社)を事業主として建てられた物です。したがって、観光地・商業地としての東京sky treeの開発は、実質的に、東武(tobu)鉄道によって行われたと言えます。東京sky tree及び、東京sky treeに併設された商業施設の開発は、おそらく、東武(tobu)鉄道は、その歴史上、日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)の観光開発に次ぐ意気込みで取り組んだのではないでしょうか。。。東京sky treeに隣接する、東武(tobu)鉄道の、通勤電車の駅、業平橋(narihirabashi)駅は、東京sky treeの開業に伴い、東京sky tree駅と改名されました。
東京sky tree:2012年完成。墨田(sumida)区(東京中心部(東京23区)東部に位置する区)に位置する。東京towerに代わり、東京areaにTV電波を送信する為の、(東京圏の)主力TV電波塔となった、TV電波塔で、東京tower同様、展望台を有し、観光施設の側面も有しています。高さは、634mあり、日本で最も高い、また、世界でも、Burj Khalifaに次いで、二番目に高い建造物であり、世界一高い塔です。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。
鬼怒川小旅行2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4069417?&sfl=membername&stx=nnemon2