
質問者
日帝時代が暗鬱な時代だったという話は毎日のように耳にしますが、実は、日帝時代は祝福の時代であったのではないでしょうか?
我が国のコーヒーの歴史本を読んでみると、旧韓末時代にコーヒーが伝わり、それが日帝時代になって喫茶店として朝鮮に広がったとしています。しかし、朝 鮮 人がどれだけ貪欲だったのか、喫茶店には詐欺師があふれ、退廃的な文化が導入されたとしています。この状況を見かねた朝鮮総督府は、そのようなことが行われないよう対処します。例えば、喫茶店で働く女性は、スカートの長さ数cm以下のものは着てはならないなどの基準を設けました。朝鮮の連中がどれだけスケベだったら、朝鮮総督府が直接このような形で関与するのでしょうか?
この朝 鮮 人の詐欺気質が未だに引き継がれているのか、我が国の人たちは塩の塊であり、唐辛子粉の塊であるキムチをたくさん食べれば長生きできるとし、健康にも良いと詐欺まがいなことを言っています。キムチをたくさん食べれば、心臓病、糖尿病、高血圧などのリスクを誘発する恐れがあることは既に判明しています。常識的に考えても、当然のことでしょう。塩の塊であり、唐辛子粉の塊であるキムチをたくさん食べて病気にならないと思いますか?これは医学の常識を少しでも理解していれば分かることです。しかし、韓国人はキムチを食べると体に良いと騙し続けています。
再び本題に戻りまして、19世紀半ばから後半にかけてを考えてみましょう。我々の先祖が馬に乗って生活している時、日本は既に列車を導入していました。未開な先祖たちが弓を引いている時、日本は既に小銃や機関銃を導入していました。未開な先祖たちが亀甲船や板屋船のような木船に乗ってる時、日本は鋼鉄で作られた巡洋艦に乗っていました。
日帝時代のおかげで、我々の先祖たちは軍隊に行かなくても済んだのです。日本のおかげで中国の属国から脱することができました。
これらのことを考えても、日帝時代は明らかに祝福の時代だったのではないでしょうか?私の知る限り、我々の未開だった先祖たちの平均身長は161cmでしたが、日帝時代に豊かな食事にありつき、人口は2倍に増え、平均身長は165cmとなりました。
翻訳元:http://kin.naver.com/qna/detail.nhn?d1id=11&dirId=111001&docId=192258779
質問者に対するコメント
発展しなかったのは朝鮮の閉鎖的な思想のせいであり、植民地統治によって発展したのではありません。このような発展を遂げたのは、朴正煕の時代です。実際、1950年~1960年代までは北朝鮮よりも貧しい国でした。質問者さんは恐ろしく何も知らないのですね。
回答者1タイトルだけ見てもイルベ民。
回答者2泥棒に家を奪われ、自分の家族が奴隷になり、家にあるお金や貴金属が全て奪われ、土地まで奪われたことが、なぜ祝福なのでしょうか?日本が明治維新で近代化に成功したのは、地理的に西欧文明と接触するのに有利な位置にあり、強者に容易く順応し、服従する日本人の特性が生み出した結果物です。
朝鮮の場合、清を通じて間接的に西欧文物に接せねばならない状況であり、且つ、外国に対して強い抵抗がありました。日本は朝鮮に東洋拓殖株式会社を設立し、朝鮮の農民から土地を収奪し、朝鮮産米増殖計画を打ち立て、朝鮮で生産された米を収奪しました。また、第二次大戦では中日戦争と太平洋戦争を引き起こし、数多くの朝 鮮 人を人間の盾にしようとしました。さらに、鉱山や工場で仕事をさせようと徴用し、従軍慰安婦という名前で性の奴隷とし、創氏改名を通じて姓名を日本式に変えさせ、我が国の言葉と文を使えないようにし、日本語を使うよう強制しました。どうしたらこんな時代を「祝福の時代」と呼べるのでしょうか?
・日帝強占期近代化の虚=親日派の言い訳・日帝強占期近代化の実=南北分断、韓国戦争・日帝強占期を祝福と言う人=当時、親日の手先として富を蓄積したから、その時期を祝福と呼ぶ・日帝強占期近代化を主張する人の特徴=親日売国奴・日帝強占期近代化で見た韓国と日本の国民性=韓国→平和的、日本→戦闘的、野蛮的・日本の侵略を美化・歪曲、独島領有権主張=経済的、軍事的強者の余裕・植民地近代論を主張する人たちが得ようとしているもの=何かを得ようとしているのではなく、親日時代に蓄えた富を奪われないようにするため
回答者2に対するコメント1(質問者)泥棒に家を奪われ、お金と貴金属も全て奪われ、土地まで奪われたですと?なぜ嘘をつくのですか?日本が一体いつ奪ったというのですか?
回答者2に対するコメント2(回答者)韓国が植民地にされなかったとしても、時代的な流れを見れば、我々が自力で発展できた可能性もありました。実際、自主的な近代化のための動きもありましたし、西欧文物を受け入れ、開港という主張もありました。日帝強占期が祝福の時代であった場合、独立軍と抗日独立運動家たちが武装闘争をして、義烈活動しながら奪われた国を取り戻そうと、日帝と戦っていたことに矛盾が生じませんか?
回答者2に対するコメント3(回答者)日帝強占期は、教育においても韓国人と日本人に大きな差別がありました。韓国人は小中等教育程度を受け、日本人は高等教育まで受けることができました。光州学生運動で、韓日の学生間の対立を見れば、日帝時代が祝福ではなく、暗黒の時代だったと見ることができるでしょう。
回答者2に対するコメント4(質問者)歴史に"もし"はありません。つまり、日帝時代がなくても、韓国が自力で近代化することができたという話は馬 鹿げた発想です。"もし"、あなたが仮説を歴史と照らし合わせているのなら、あなたは歴史学の勉強を再び学び直す必要があります。
回答者2に対するコメント5(回答者)韓国人は日本人よりも劣った民族なのですか?古代の韓国は、先進文物を伝播する、言わば師匠の役割を担いました。朝鮮通信使を通じて、日本は先進文物を学ぶことができました。あなたのような病 身は問題です。
回答者2に対するコメント6(質問者)韓国人は日本人より劣った民族ですよね。だから日本が近代化時代を迎えた時、朝鮮は中世国家から脱することができなかったのです。そして、日本に先進文物を伝播したというその国が、なぜ日本を一度でも植民地とすることができなかったのでしょうか?むしろ、なぜ韓国は日本の植民地になったのでしょうか?韓国が平和を愛した民族だからですか?そんなに平和を愛する民族なら、庶民の体をバラバラに引き裂き、残忍にころしたりしますか?
回答者2に対するコメント7(回答者)人というのは、根本的に個体差はあるものの似たような存在であり、互いに違う文化と言語を使用するのは、環境の違いと言えます。日本は島国であったために先進文物を韓半島を通じて受け入れなければならず、不足した物資や食糧を解決するためには、交易や略奪をしなければならなかったです。
回答者2に対するコメント8(回答者)人が生きる上で自然と生じる社会文化的な環境の違いから、民族や人種の優劣をつけるというのは、多様性と相対性、普遍性と独自性という側面から見ても話しになりません。相手を武力で征服・支配すれば偉大な民族とはなりません。そして、歴史では、"もし"という言葉で仮説的に考察することもできます。歴史は何のために学ぶのでしょうか?人がより正しく生きるために、人生の教訓と知恵を得るために学ぶのです。過去の祖先が犯した失敗を繰り返さないために歴史を正しく学ばなければなりません。
回答者2に対するコメント9その時代を経験したこともない我々が、当時の話をしたところで、何が真実と言えますでしょうか?重要なのは、日本が我が国の国権を奪い植民地にしたことであり、それは彼らの過ちでした。我々が受けた被害をあなたはまるで、「災い転じて福来る」とでも言うかのように話しています。