猪瀬直樹の「眼からウロコ」
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100521/227248/?P=1
東京メトロと都営地下鉄を一元化へ
(まずは料金体系などを見直し、利用者の利便性を高める)
2010年5月25日
民営化された東京メトロは、利用者に対して利益を充分に還元していない。同じ地下鉄という公共インフラを土台とする東京メトロと都営地下鉄を一元化して、利用者の利便向上をはからなくてはならない。都では、僕を座長とするPT(プロジェクトチーム)を立ち上げ、検討を始めた。
☆東京の地下鉄が二頭立てになった経緯
東京メトロのルーツは、戦前の私営地下鉄競争にある。大正から昭和にかけて、西武や東武などの私鉄は、山手線沿線のターミナル駅から宅地開発とセットで郊外へどんどん線路を延ばす方針をとった。ところが、東急の五島慶太だけが、山手線の内側に駒を進め、当時、東京随一の繁華街だった浅草を目指して地下鉄を掘り始めた。一方、早川徳次は浅草から地下鉄を掘り始めて、新橋で五島慶太の地下鉄とぶつかった。両者は壁一枚隔てた別々のホームで新橋駅を営業するくらい激しく対立した。その名残が今も、幻の新橋駅として残っている。
五島は、早川の東京地下鉄道を乗っ取ろうとした。そこに仲裁に入ったのは、当時の鉄道省監督局総務課長・佐藤栄作である。佐藤は喧嘩の仲裁をするというより、五島と早川の地下鉄を奪って、1941年に私鉄や国、都が出資する帝都高速度交通営団(営団地下鉄)を設立した(東京メトロの株は、現在、国が53.4%、都が46.6%保有している)。
戦後になると、経済成長にともなって交通需要が急増した。営団地下鉄だけでは新規建設のニーズに対応しきれないため、1958年、国が建設免許を譲渡し、都営地下鉄が地下鉄事業に参入。営団地下鉄と都営地下鉄の二頭立てで地下鉄の早期建設を進めていった。
☆「営団地下鉄」を独り勝ちさせる間違ったスキーム
2002年には完全民営化の方針を明記した東京地下鉄株式会社法が公布・施行され、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)が2004年に発足した。2008年、東京メトロ副都心線が開業したことにより、東京の地下鉄整備は一段落し、新規投資は行われていない。現在の運営路線は、東京メトロが9路線、都営地下鉄が4路線となっている。
営団地下鉄の民営化にあたっては、2001年の年の暮れには特殊法人等整理合理化計画が作られた。163の特殊法人の見直しが列挙され、そこに道路公団民営化といっしょに、営団地下鉄の民営化も入った。
当時、僕は道路公団の民営化に忙殺されていたので、営団地下鉄までは目が届かなかった。気づいてみたら、営団地下鉄は「上下一体」で民営化してしまったのである。
上下分離方式で民営化した道路公団は、リース料という形で民営会社に借金を返させて、コストカットで生み出した利益は料金値下げという形で利用者に還元させた。重い荷物を抱えて45年で借金を返しなさいという、厳しいスキームの民営化を行った。
上下一体方式の民営化では、資産を民営会社が所有する。しかし、地下鉄は税金を投入してつくられた公共インフラだ。インフラただ乗りになるおそれがあり、営団地下鉄を独り勝ちさせる間違ったスキームだった。しまったと思ったが、あとの祭りだった。
☆利用者の経済的負担を軽減して、利便性を向上させたい
東京メトロは、1日あたり乗客数が100万人を超える路線を5つも保有しており、利益剰余金は民営化後1800億円にまで膨れ上がっている。新規投資もなく利益が出ているのであれば、値下げして利用者に還元するのがスジだが、その兆しもない。
東京メトロの新しい中期経営計画には「あらたな経営資源として(略)不動産を取得するなど事業規模の拡大に取り組む」と記されている。公共インフラを民営会社が所有・運営し、獲得した収益を還元することもなく、不動産投資にどんどん使うというのでは、公的企業の責任を果たしたことにはならない。
東京メトロと都営地下鉄の一元化によるメリットとしては、料金体系の見直しによる利用者への還元ということがまず挙げられる。現在、東京メトロと都営地下鉄の料金体系は別々になっている。東京メトロの方が初乗り運賃が安く、乗車区間に応じた運賃上昇カーブも緩やかだ。
東京メトロの初乗り運賃は160円、都営地下鉄の初乗り運賃は170円。28キロ圏では、東京メトロの運賃は300円、都営地下鉄の運賃は410円になる。初乗り運賃の差は10円しかないが、28キロを超えると90円の差がある。
同じように税金を投入してつくられたにもかかわらず、住む場所によって運賃が大きく違うのは不公平である。料金体系を同じにすれば、この差は埋められる。
また、営団地下鉄と都営地下鉄を乗り継ぐ際にも、「二重改札」になっていて、利用者にとっては運賃の二重支払いになっている。乗り換え割引はあるが、割高になる。この割引率をもっと上げたい。運賃の一本化や二重改札の廃止などにより、利用者の経済的負担を軽減して、利便性を向上することができる。
☆2004-2008年度の成長トレンドは同じ
都営地下鉄の赤字経営を理由に、国は一元化をためらってきたが、都営地下鉄は大江戸線開業の効果もあって2006年にすでに黒字転換している。経常損益の推移を見ても、東京メトロと都営地下鉄のあいだに力の差はない。
東京メトロは、2004年度に435億円の経常利益から、2008年度には684億円の経常利益へと、249億円の増益を達成した。都営地下鉄は、2008年度には140億円の経常利益へと、こちらも差は257億円である。5年間の成長のトレンドは250億円前後で同じなのだ。
借金についても、一元化することで、10年で返済することが可能だ。頭の体操をしてみるとわかりやすい。
東京メトロのキャッシュフローは1400億円、都営地下鉄では600億円なので、合計2000億円。両社の長期債務は東京メトロ8000億円に対し、都営地下鉄が1兆2000億円で合計2兆円。両社のキャッシュフローを合わせれば、10年で返済できる計算になる。
☆東京メトロの株を早く売りたい国の思惑
大都市交通のあり方としても、地下鉄の一元化は必要である。都市計画を一元的に進め、世界の都市間競争に勝てるような体制をつくらなければならない。
現在、世界の地下鉄1位(輸送人員)はモスクワ地下鉄公社だ。東京メトロは2位につけている。東京メトロと都営地下鉄が一元化すれば、モスクワ地下鉄を抜いて東京が世界一の地下鉄会社を持つことになる。
東京メトロの設置法である東京地下鉄株式会社法では早期の売却を定めており、国は株式上場を急ごうとしている。今年3月、東京メトロは、10年度から12年度までの次期中期経営計画案に「計画期間中における早期の株式上場を目指す」という文言を入れてきた。3年以内に株式上場をするということだ。
上場すれば一元化の機会を逸してしまう。石原慎太郎知事は「計画期間中における」という文言を削除し、「できる限り早期の株式上場を目指す」と修正させた。一元化の道筋を残したのである。
懐事情の厳しい国はこの株を早く売って、利益を国庫に入れたいと考えている。しかし、東京メトロの国の持ち分の6割を売却するとしているが、せいぜい1500億円程度だと言われている。そういう目先の利益よりも、一元化による利用者の利便性向上を優先させるべきだ。
( 追加 )