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Vol.13 日本からすぐのローカル線&廃線の旅
(韓国 釜田~益山)

韓国鉄道
釜山まではLCCが充実してきた。成田空港からエアアジアが釜山に就航した。ほかに韓国のLCCエアプサンも。関空からは、ピーチ・アビエーション、エアプサンなどが就航している。
慶全線のローカル列車は、順天まで行く列車が、1日4本運行している。すいているので、列車の切符は当日で大丈夫だ。順天駅から益山駅までの1~2時間に1本の割合で各駅停車が運航している。
以前、韓国のローカル線に乗ったことがある。釜山駅からソウルをめざし、京釜線を進んでいった。味わい深い旅だったが、次々にKTXという韓国の新幹線に抜かれる列車旅だった。KTXも停車する駅は立派なつくりで、ローカルというイメージとは遠かった。
どの路線を進もうかと悩んでいたとき、気になる路線があった。釜山から西に向かい、光州まで行く慶全線だった。韓国の南海岸に近い山中を進み、ときどき、思い出したように、リアス式海岸の奥にある港町に停車していく。韓国の鉄道のなかでも、ローカル色が強い路線だった。
乗ってみようか。路線地図を眺めながら、「これは大丈夫」とつぶやく。
この路線にはKTXが走っていない。
始発駅は釜山駅ではなかった。釜田駅である。なんだかスタートから、ローカルではないか。
ひょんなことから、この路線には2回も乗ってしまった。2011年の秋と今年(2013年)の冬。いつの写真かは、写真説明の最後に記しておく。金額は取材当時のもの。動画は今年(2013年)の冬に撮影した。

釜田駅に行くために地下鉄を降りた。階段を上がると、そこが市場だった。駅の周りに市場ができる。そのオーソドックスな市場の成立が、たちこめるキムチや魚の匂いと一緒に伝わってくる。市場はこうでなくてはいけない。ひとり満足。(2011年)


釜田駅に切符の自販機はあったがカード専用。窓口で切符を買う。韓国ではこれに苦労する。僕は韓国語が読めず、駅名のアルファベット表記を読んでも、なかなか通じないのだ。しかし職員は親切。心配はいらない。会話は英語で大丈夫。(2011年)

ホームに降りると、順天行きの列車がすでに入線していた。釜田から順天まで1万2500ウオン、約875円。4両編成だった。韓国の列車には、弁当や飲み物、ひとりカラオケまであるカフェ車両が連結されることが多い。しかしそれもないローカル路線だ。(2011年)

かつて韓国にはビドゥルギ号という各駅停車があった。しかし2000年に廃止。それを引き継いだトンイル号も2004年には消えた。いまはムグンファ号が快速や各駅停車として走っている。どの国でも各駅停車の将来は危うい。(2011年)

韓国ではボックスシートの列車はなくなってしまったらしい。各駅停車でも特急型のシートで、すべて座席指定だ。外はマイナス10度近い寒気に包まれていたが、車内は25度を超える。暖かさにほっとして、すぐ眠くなる。カップルは違いますが。(2013年)

はじめてこの路線に乗ったときは秋。やわらかな日射しが、沿線に降り注ぎ、ススキが秋の風に揺れていた。線路は海岸から山を隔てたところにつくられているので、なかなか海は見えないことが残念。のんびりとした列車旅だ。(2011年)

各駅停車だから、近くに遠足に行く幼稚園の子どもも乗ってくる。生意気にひと席ずつに座る。幼い頃から、こういうことを覚えないほうがいいと思うのだが。列車はすいているから、こんなこともできるんでしょうね。車掌公認です。(2011年)

スマホなどの端末のバッテリーが早くなくなるのは、どの国も同じ。ゲームオタクは三つ叉ソケットまで持ち込んで、充電しながら、ゲームに没頭する。やるもんです。韓国のオタクはなかなか図々しい。普通はここまでやりません。(2013年)

釜田駅を出発して約2時間。北川駅に停車した。ここはコスモスの名所。この駅をめざしてやってきた乗客が10人ほど下車した。コスモスは最盛期を過ぎてしまったというが、この写真の通り。北川駅職員の努力が実を結んだ?(2011年)

日本人がこの路線に乗ることはめったにない? そのためか、ある人の計らいで運転席に入ることが許されてしまった。僕らはかなりの鉄道ファンと見られたのだろうか。韓国のローカル線に乗ると、こういうこともある。で、ある人とは? 次の写真で。(2011年)

かたことの日本語を話す車掌さん。親切な女性でした。僕らが日本人とわかると、沿線案内を買って出てくれ、そして運転席に入ることも……。彼女はいま、どこの路線に乗っているかわからないが、運よく出会えば、きっとよくしてくれるはず。(2011年)

順天駅から麗水(ヨス)駅、そこから全羅線を北上する。列車には売店やカラオケのあるカフェ車両が連結されていた。そこで駅弁、7500ウオン、約525円。韓国の弁当らしく、おかずは韓定食のように8種類。手間がかかっています。(2011年)

北上していく途中に、こんな団地も出現した。最近の韓国では、駅周辺の市街地のはずれに、こんな高層アパートが建つようになった。その棟数で、街の規模を予測できるから、きまぐれ列車旅派の人は、参考に。(2013年)

その日は益山駅まで北上した。駅前のモーテルに泊まることにした。時代がかった学生下宿のような部屋。妙に落ち着いてしまう。部屋の鍵は渡されず、宿のおばちゃんに開けてもらうシステム。これで3万5000ウオン、約2450円。安いです。(2011年)
外はマイナス10度近いというのに、車内はぽかぽか。そう、真冬の北海道を走るローカル列車に乗っている感覚でしょうか。ホームに待つ客は寒気を体にまとって乗り込んできます。そんな車内を想像しながらご覧ください。(2013年)
http://doraku.asahi.com/earth/clickdeep/130131.html
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Vol.14 日本からすぐのローカル線&廃線の旅
(韓国 益山~群山)

韓国鉄道
釜山まではLCCが充実してきた。成田空港からエアアジアが釜山に就航した。ほかに韓国のLCCエアプサンも。関空からは、ピーチアビエーション、エアプサンなどが就航している。
慶全線、全羅線、長項線と進み、群山まで出たら、ソウルが近くなる。セマウル号という特急もソウルまで運行している。 ソウルから成田まではエアアジアが就航した。LCCは片道単位で買うことができるので、都合がいい。
廃線の街をめざすことにした。韓国の西海岸に、街なかを廃線が何本も走る街があるのだという。
前回は釜山から慶全線というローカル線に乗った。KTXという韓国の新幹線も走らず、ダイヤには各駅停車しかないローカル線だった。
順天駅で乗り換え、そこから群山駅へ向かう。
かつて、益山駅から群山まで、群山線という路線が走っていた。この線路は錦江という川でその先を遮られていた。乗客は船で川を渡り、その先の長項線の列車に乗り込んでいった。しかし錦江に列車が走る鉄橋が完成。2008年、群山線は貨物専用路線になった。周辺の工場との間を貨物列車が走っていたが、やがてそれもトラック輸送に代わり、群山線は廃線になってしまった。
その線路が群山市内に残っているという。
2011年の秋と今年(2013年)の冬の2回訪ねた。いつの写真かは、写真説明の最後に記しておく。金額は取材当時のもの。動画は今年(2013年)の冬に撮影した。

益山駅からいまは、長項線と呼ばれる線路を群山に向かう。新しい線路になり、高架区間が多くなった。到着した群山駅も高架駅だった。戦前、群山は米の積み出し港として栄え、多くの日本人が住んでいたという。(2011年)

長項線を走り、益山駅とソウルを結ぶ列車が、1時間に1本ほどの割合で走っている。黄海に面した港を結び、大川駅あたりから内陸に入り、ソウルと釜山を結ぶ京釜線に合流する。ムグンファ号の各駅停車に乗った。乗客はあまり多くない。(2013年)

群山駅は市街地から少し離れていた。バスで市街に入り、廃線を探す。と、前方に黄と黒に塗られた支柱。「ん?」。近づくと踏み切り跡だった。いまにも、「カンカン」という音とともにライトが点滅し、遮断機が下りてくるような生々しさが伝わってくる。(2011年)

踏み切りから廃線を歩きはじめた。建ち並ぶ家の裏に線路が続いていた。枕木は痛み、線路には錆(さび)が浮く。線路の周囲は、物置場のようになっているところも多い。枕木の上をとぼとぼ歩く。ちょっと寂しい。(2011年)

線路は草で覆われ、歩くのも大変になってくる。このあたりに、錦江に面した駅があったようだ。ここを進んでいくと、左手に土手のように土を盛った場所が現れた。そこが昔のホーム。線路はそこで終わり、その先は船着き場前の広場に変わっていた。(2011年)

かつて対岸に渡る船が利用した港には、土砂の採掘船や漁船が停泊する港になっていた。群山線に乗ってきた通勤・通学客は、急ぎ足で渡し船に乗っていったのだろう。港の前では、毎日、朝市が立っていたという。(2011年)

錦江に面してかつての税関の建物。2011年に訪ねたときは工事中だったが、修復が終わって、こんな感じになった。近くには古い建物も移築されていた。群山市はこの一画を、レトロな街並みに変えようとしていた。(2013年)


1年3カ月ほどして再び歩いた市場裏。魚を干す設備はますます本格化し、なんだか既得権を得たような広がりを見せていた。途中の線路の上は、駐車場のようになっていた。街のなかの廃線は、市場のエネルギーにどんどん侵食されていく。(2013年)

さらに進む。廃線は立ち入り禁止になっていた。かつての群山線には、京岩洞鉄道、セブン製紙線、ペーパーコリア線など、工場につながる支線がいくつかあった。それらもそっくり廃線になってしまった。(2011年)

廃線脇の市場は、群山市民の胃袋を支えている。港に近い市場だから、魚介類はため息が出るほど豊富。ワタリガニを薬味醤油(しょうゆ)に漬け込んだカンジャンケジャンは、群山の名物とか。それを知らない僕らは……。次の写真で。(2011年)

店の人にすすめられたカサゴのチゲを頼んでしまった。しかしそれがうまい。韓国式の小皿もさすが群山。ゆでイカ、生ガキ、クラゲ、アオヤギ風の貝、そしてカンジャンケジャン……も出してくれた。まさに海鮮オンパレード。これで3万ウオン、約2100円。(2011年)

市街地のなかの駅跡には青空市場が立っていた。駅のホームはこうして再利用。怪しげなおじさんの路上販売や賭博まである。昔の市場は、こんな感じだったんだろうか。廃線をたどっていくと、いろんな世界に出合う。(2011年)

駅跡横で建築中だった市場ビルが完成していた。外はマイナス10度を下まわる寒さ。海に近いから風も強い。しかし館内はほっとするほど暖かい。市場のおばちゃんは、ずいぶん楽になった。廃線の街、群山も少しずつ変わっていく。(2013年)

ソウルに出ることにした。列車は、錦江にかかる鉄橋を越える。川を渡っている時間は、ほんの1分ほど。あっという間だった。渡ると、対岸にも廃線がある。しかしこちらは街ではなく、遊園地が誕生していた。これも再利用?(2013年)
廃線をとぼとぼ歩く気分を体験してください。歩きながら、いろんなことを考えてしまいます。かつてここを列車が走っていたわけですから。ちょっとしんみり? でもこれが鉄道の現実?
http://doraku.asahi.com/earth/clickdeep/130208.html
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一般人を乗務員室に入れて良いのか?
職務規律はどうなっているんだ?
( ゜д゜)b
~ 以上 ~
