基本的に(参考の投稿を足す等しています)、2014年の4月の上旬に行った投稿の再掲で(投稿文は、2014年の4月の上旬の投稿を前提としています)、2014年の3月の前半に、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、車で、鬼怒川(kinugawa)温泉に、1泊の小旅行に行って来た時の物です。ちなみに、この時、まだ、私は、30代の後半、彼女は、20歳の大学生でした。
3月の前半、栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に、一泊2日の、小旅行に行って来た時の物です。栃木(tochigi)県は、(主として、東京圏に暮らす人々の)保養地等となっています。
この時は、鬼怒川(kinugawa)温泉(栃木(tochigi)県にある、大規模、温泉保養地の一つ。日光(nikko)(箱根(hakone)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)の近くにある)の、温泉宿泊施設に宿泊しました。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。
鬼怒川小旅行4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4069421?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、この時の2日目の続きで、この時の2日目(以下、この日と書きます)に訪れた、東武(tobu)ワールドスクウェア(World Square)の続きです。東武(tobu)ワールドスクウェア(World Square)を訪れたのは、とても久しぶりでした。
東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)(1993年開業)は、東武(tobu)鉄道(東京圏の、大規模、私営鉄道会社の一つ)が経営する、鬼怒川(kinugawa)温泉(栃木(tochigi)県にある、大規模、温泉保養地の一つ。日光(nikko)(箱根(hakone)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地)の近くにある))にある、規模の大きな、ミニチュアパーク(miniature
park)です。東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)は、鬼怒川(kinugawa)温泉areaの、主要な観光施設の一つとなっています。
写真以下2枚。東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の園内の地図。東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)のパンフレット(leaflet)より。。。約76,500平方m(約23,000坪)の敷地に、世界遺産(UNESCO World
Heritage
Site)に登録されている、45の建造物を含む、100以上の、世界中の建造物が、実際の大きさの、25分の一の大きさの、とても精巧な模型で、再現されています(世界中の、有名な建造物が、再現されていますが、国別で見れば、日本の建造物が圧倒的に多く、全体の半分近くが、日本の建造物となっています)。模型の一部には、動く仕掛けがあります。
東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の園内は、エジプトarea、ヨーロッパarea、アメリカarea、(日本を除く)アジアarea、日本(日本の伝統的な建築物を中心とした)area、現代の日本(近代・現代の日本建築物を中心とした)areaと、6つのarea(地区)に分かれています(この中で、再現されている建造物の数が、最も多いのは、日本(日本の伝統的な建築物を中心とした)areaと、ヨーロッパareaです)。
写真以下43枚。東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の風景例の続きで、東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の、現代の日本(近代・現代の日本建築物を中心とした)areaの風景例。東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の、日本(日本の伝統的な建築物を中心とした)areaの、風景例に関しては、上でリンクを付けた前回の投稿を参照して下さい。
写真以下5枚。赤坂(akasaka)離宮(rikyu)の、模型。赤坂(akasaka)離宮(rikyu)は、1909年に、日本の、皇太子(日本の、天皇の息子)の、住まい(宮殿)として、東京に建てられた、西洋式の宮殿で、現在は、日本の、迎賓館(国賓の為の宿泊施設)として使われています。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、参考の投稿。
江戸城跡・旧徳川邸他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3901679/page/14?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下4枚。現在の、日本の国会議事堂の模型。現在の、日本の国会議事堂の建物は、1936年に、建てられた物です。
写真以下7枚。帝国ホテル(Imperial
Hotel)(下の補足説明参照)の、2代目の建物(1923年完成)。帝国ホテル(Imperial
Hotel)の、2代目の建物は、1923年に建てられた物で、1968年に、現在の(三代目の)、帝国ホテル(Imperial
Hotel)の建物に建替える為に、取り壊されました。帝国ホテル(Imperial
Hotel)の、2代目の建物は、歴史上、世界的に、最も有名な建築家の一人である、Frank Lloyd
Wrightによる設計です。なお、帝国ホテル(Imperial
Hotel)の、2代目の建物の、中央玄関の部分は、明治(meiji)村(名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本第三の都市圏人口を有する都市)の近郊にある、明治(meiji)時代(1868年から1912年)の建築物を中心とした、日本の近代建築物を移築し、保存・展示している、規模の大きな(敷地面積、100万平方m)、野外、博物館)に、移築、保存・展示されています。
帝国ホテル(Imperial
Hotel):1890年開業。東京を代表する高級ホテルの一つで、上手く説明出来ませんが、東京を代表する高級ホテルの中でも代表的なホテルです(東京を代表する高級ホテルを、一つ挙げるとしたら、歴史と伝統を含めて、やはり、帝国ホテル(Imperial
Hotel)でしょう)。
帝国ホテル(Imperial Hotel)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
帝国ホテル・Frank Lloyd Wright他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3910761?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館(Tokyo
national
museum)(下の補足説明参照)の、5つの、現在の、博物館の建物の内、近代(第二次世界大戦前)に建てられた、2つの建物の、模型。左側は、東京国立博物館(Tokyo
national museum)の、表慶(hyokei)館(現在の、東京国立博物館(Tokyo national
museum)の建物の中では、最も、古い建物で、1909年に完成)の、模型、正面は、東京国立博物館(Tokyo national
museum)の、本館(honkan)(現在の、東京国立博物館(Tokyo national
museum)の建物の中で、2番目に、古い建物で、1937年に完成)の、模型。
東京国立博物館(Tokyo national
museum):東京にある、日本の、国立の(厳密に言えば、異なりますが、ここでは説明は省略します)、博物館の内の一つ。日本最大級の博物館で、収蔵作品(collection)の中心は、日本の伝統美術品です(東京で、日本の伝統美術品を見るならば、この博物館です)。東京国立博物館(Tokyo
national museum)には、膨大な量の、日本の伝統美術品が、収蔵、展示されています。東京国立博物館(Tokyo national
museum)の歴史は古く、19世紀末からの歴史を有しています(起源は、1872年まで遡るが、現在の場所に、恒久的かつ立派な博物館の建物(現存はしない)が建てられたのは、1881年)。東京国立博物館(Tokyo
national
museum)は、日本のみならず、世界中の伝統美術を対象とした、展覧会(exhibition)も、日本最大級の博物館ならではの、規模と質を誇っています。
左側、東京国立博物館(Tokyo national museum)の、表慶(hyokei)館(現在の、東京国立博物館(Tokyo national museum)の建物の中では、最も、古い建物で、1909年に完成)の、模型。
写真以下9枚。東京駅(下の補足説明参照)の建物の一つで、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)の、模型。東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)は、1914年に建てられた物で、現在も、東京駅の駅舎(駅の建物)の一つとして使われています。東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)は、第二次世界大戦末期(1945年5月)の空襲により、上部を焼失し、第二次世界大戦後、1945年末から1947年に、元の姿とは異なる姿に、修復されたまま、非常に長い間、使われて来ましたが、近年、元の姿に戻す為の復元・修復工事が行われました。これに対し、東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)は、最初から(東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の開業時から)、東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)は、元々の姿を、模型で、再現しています。
東京駅:旧(かつての)新橋(shinbashi)駅(1872年開業)に代わる、東京の、新たな、南の(kansai(大阪、京都、神戸(kobe))方面への)、鉄道の玄関口(gateway)として、1914年に開業した、東京の鉄道駅。東京駅は、東京を代表する駅で、言わば、東京の顔と言える、鉄道駅です。東京駅は、個人的に、私が、東京の六大主要駅と呼んでいる駅(東京駅、新宿駅(1885年開業)、渋谷(shibuya)駅(1885年開業)、池袋(ikebukuro)駅(1903年開業)、上野(ueno)駅(1883年開業)、品川(shinagawa)駅(1872年開業))の内の一つで、個人的に、六大主要駅の中でも、筆頭(最も格の高い駅)と考えています。東京駅は、現在は、乗降客数は、新宿駅(東京で、最も、乗降客数が多い駅)等に比べて少ないですが、依然として、東京だけでなく、日本でも有数の乗降客数の多い駅です。また、東京駅は、昔も今も、東京の駅の中で、最も、鉄道の発着数が多い駅となっています。
ちなみに、東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の、東京駅の模型展示は、おそらく、東武(tobu)ワールドスクウェア(World
Square)の開業時から、ほとんど、改装されていない為、東京駅の周囲の風景は、やや古い物(やや、時代遅れの物)となっています。現在は、東京駅の、周囲の景色は、再開発により、かなり変わりました。
写真以下5枚。走っている、模型の電車も、時代遅れの物となっています。写真に見える、新幹線(shinkansen)の模型の、元となった、新幹線(shinkansen)の車両は、既に、引退していますし、写真に見える、通勤電車の模型の、元となった車両は、JR東日本(元(かつての)、日本の国有鉄道)の、中央線(東京都心と、東京の西部郊外を結ぶ、通勤電車路線)の車両なのですが、既に、この形式の車両は、JR東日本の、中央線からは、引退しています。
東京駅の丸の内(marunouchi)側の駅舎(駅の建物)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
旧日本国有鉄道本社ビル他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3932051/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下3枚。成田(narita)空港(1978年、開港。羽田(haneda)空港(1931年開港)と共に、東京areaの二大空港となっている)の、第二ターミナル(terminal2)の、模型。成田(narita)空港の、第二ターミナル(terminal2)(1992年完成)は、完成当時、世界最大級の、空港のターミナル(terminal)の建物でした。
東京towerの、模型。東京towerは、高さは約333mで、1958年に完成した当時は、パリのEiffel tower(約324m)を抜かし、世界一高い、(観光用の展望台の付いた)塔でした。東京towerは、来るべきTVの大衆化時代(日本では、TV放送は、1953年に始まり、当初は、TVは、庶民にとっては、中々、手が届かない贅沢品であったが、1950年代末には、テレビ(TV)が、庶民の家庭にも普及する様になった)に備えて、東京areaに、TV電波を大量に送信する為に建てられたTV電波塔です。
写真以下3枚。国立屋内競技場(国立代々木(yoyogi)競技場)の模型。国立屋内競技場(国立代々木(yoyogi)競技場)(1964年完成)は、東京の都心部にある、日本の、国立の(厳密には、異なりますが、ここでは、詳しい説明は、省略します)、運動(sports)施設の一つで、1964年の東京夏季オリンピック(Olympics)の、競技場の一つとして使われました。国立、代々木(yoyogi)競技場の設計は、丹下 健三(tange kenzo)(下の、補足説明参照)が、手掛けました。
丹下 健三(tange
kenzo):日本の世界最高水準の建築家の一人。1950年代から、亡くなる近くまで活躍。日本人建築家の中で、初めて世界に名が知られた建築家であると共に、1960年代に、日本を、現代建築設計の分野において、世界最高水準の国の一つに、引き上げた人物として知られています。1913年に生れ、90歳以上生きて、2005年に、亡くなりました。丹下
健三(tange kenzo)の弟子には、磯崎 新(isozaki Arata)、黒川 紀章(kurokawa
kisyo)、槇 文彦(maki fumihiko)と言った、世界的に有名な、日本人建築家達が、名を連ねています。黒川 紀章(kurokawa
kisyo)は、既に亡くなりましたし、他の弟子達も、既に、80歳代の高齢です。ちなみに、丹下 健三(tange
kenzo)は、シンガポール(Singapore)で、最も高い三つのビルの内、二つの設計を手掛けています(OUB
center(1986年完成)、UOB plaza
one(1995年完成))。また、シンガポール(Singapore)で、最も高い三つのビルの内、残りの一つ(republic
plaza。1995年に完成)は、丹下 健三(tange
kenzo)の弟子であり、日本の、世界最高水準の建築家の一人である、黒川 紀章(kurokawa kisyo)が、設計しました。
丹下 健三(tange kenzo)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
1937年パリ万国博覧会日本館他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3943863?&sfl=membername&stx=nnemon2
山梨文化会館→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3967027/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
丹下 健三と建築→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3967028/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、関連投稿。
黒川 紀章・中銀カプセルタワー→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3934853/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京ドーム(Tokyo Dome)(下の補足説明参照)の、模型。
東京ドーム(Tokyo
Dome):東京都心部にある、空気膜構造屋根を持つ、全天候型の野球場(ドーム球場(domed
stadium))(1988年、オープン(open))。読売(yomiuri)ジャイアンツ(Giants)(下の補足説明参照)の拠点となっている、野球場。前身の野球場は、ほぼ、同じ場所に建っていた、後楽園球場(Korakuen
Stadium)(1937年、オープン(open))。
読売(yomiuri)ジャイアンツ(Giants):1934年発足。日本の、12の、主な、プロ野球(professional
baseball)チーム(team)の一つで、東京圏に拠点を置いている、プロ野球(professional
baseball)チーム(team)の一つ。伝統的に、東京圏に拠点を置いている、プロ野球(professional
baseball)チーム(team)の中だけでなく、日本で、最も、人気の高い、プロ野球(professional
baseball)チーム(team)となっている。
写真以下6枚。東京sky
treeの、模型。東武(tobu)ワールドスクウェア(World Square)で、最も新しく加わった模型です。東京ski
tree(2012年完成)は、東京towerに代わり、東京areaにTV電波を送信する為の、(東京圏の)主力TV電波塔となった、TV電波塔で、東京tower同様、展望台を有し、観光施設の側面も有しています。高さは、634mあり、日本で最も高い、また、世界でも、Burj
Khalifaに次いで、二番目に高い建造物であり、世界一高い塔です。
写真右端。東京towerの、模型。東京tower(1958年完成)も、東京sky tree(2012年完成)も、完成した当時は、世界一高い、(観光用の展望台の付いた)塔(tower)でした。東京sky treeは、現在も、世界一高い、塔(tower)です。
東京sky tree(墨田(sumida)区(東京中心部(東京23区)東部に位置する区)に位置する)は、東京towerに代わり、東京areaにTV電波を送信する為の、主力TV電波塔となった、TV電波塔ですが、東武(tobu)鉄道(主として、東京都心部と、栃木(tochigi)県等の、東京圏の北部(東京の北部郊外・近郊)を結ぶ電車路線を運営する、私営の鉄道会社)の本社の隣接地の、東武(tobu)鉄道が保有する土地に、東武(tobu)鉄道(厳密には、東武(tobu)鉄道の子会社)を、事業主として建てられた物です。したがって、観光地・商業地としての東京sky treeの開発は、実質的に、東武(tobu)鉄道によって行われたと言えます。東京sky tree及び、東京sky treeに併設された商業施設の開発は、おそらく、東武(tobu)鉄道は、その歴史上、日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)の観光開発に次ぐ意気込みで取り組んだのではないでしょうか。。。東京sky treeに隣接する、東武(tobu)鉄道の、通勤電車駅は、東京sky treeの開業に伴い、東京sky tree駅と改名されました。
写真以下2枚。東武(tobu)100系電車の、模型。東武(tobu)100系電車は、1990年にデビュー(debut)した、現在の、東武(tobu)鉄道の、看板(flagship)車両で、中距離旅客輸送用の特急電車(express)車両です。主として、観光客・保養客を乗せる事を前提として、設計・デザイン(design)された車両で、東京都心部と日光(nikko)方面(日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉)を結ぶ特急電車(express)の車両として使われています。東武(tobu)鉄道は、日光(nikko)及び鬼怒川(kinugawa)温泉の発展と開発に、大きな影響を及ぼした、鉄道会社です。
東武(tobu)鉄道に関して、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
鬼怒川小旅行1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/4069418?&sfl=membername&stx=nnemon2
特急列車の思い出→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_26/view/id/4069426?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日の夕食は、帰りに、高速道路(motorway)の、SA・PA(rest area)で、食べました。
以下、おまけ。この旅行で、買って来た物の、一部。
栃木(tochigi)県産の苺を使った、レトルト(袋のまま、熱湯で温めるか、袋から出して、電子レンジ(microwave)で温めれば完成する、保存食品)の、苺カレー(curry)。栃木(tochigi)県は、苺の、主要な産地となっています。基本的に、牛肉(beef)カレー(curry)なのですが、苺の甘さが、カレー(curry)と調和していて、美味しかったです。
日光(nikko)ラスク(rusk)(下の補足説明参照)の、抹茶(green tea)ラスク(rusk)。この、抹茶(green tea)ラスク(rusk)は、2袋買って、一つは、帰りに、自動車の中で、食べました。美味しかったです。
日光(nikko)ラスク(rusk):日昇堂(nishodo)(1937年創業の、栃木(tochigi)県の、日光(nikko)areaの、和菓子(日本伝統菓子)店・会社)が、製造する、ラスク(rusk)製品。パッケージ(包装)のデザイン(design)は、古い感じですが、歴史は浅く、最近(2012年に)、誕生した様です。