さる文学賞を受賞した作品を読んでいたら技術特許についての例が出ていました。
特許収得にも良い特許と悪い特許(の収得の仕方)があるんだそうです。
例としてプラスチックの円筒で底を付けたものをシリンダーとして特許を収得した場合、他社が他の部材や角柱形で作った時に侵害とするのは難しいそうです。
プラスチック、円筒という定義で習得したのが逆に特許の範囲を限定することになるらしいですな。
また改良して角型なり金属なりで作った場合、他社が先に申請してあれば逆に訴えられる可能性もあるらしいです。
つまりシリンダーという発明自体の経済的受益も奪われてしまうということです。
特許は単に収得するのではなく法的な技術が必要で、その発明が喚起するメリット(経済的・学術的)を包括的に確保できる様に申請しなくてはならないということらしいです。
その他、法廷論争におけるえげつない手管など書いてありましたが、おそらく国際的なパテント(特許)獲得論争では実際に行われているものばかりなのでしょうね。
だれもが認めている発明者・発明などというのはおめでとうの賛辞程度の意味しかなく、実際は生き馬の目を抜くパテント戦争の勝利こそが勝者というわけです。電化製品、再生医学、工学技術、etc。
今回のタイトルだって冗談でなく、やりようでは現実のものとなります。ドイツはその点、提供に際しガチガチの法的縛りをかけていたそうで、日本はぜんぜん甘ちゃんだったそうな。
今回の事故により、技術的正当性・実力が浮き彫りにされてきたことで、法的に出遅れた日本の持つ技術特許の主張機会が持てそうです。
もし今回の件が無ければどうなっていたことやら。
本当に [日本は侵害するな、正当な対価で中国の管理の下に提供してやる。] という位置関係に固められたかも。
国際関係、特に利害関係は義理人情なんかで対応すると食い物にされるだけですね。

はやては和諧号のPAKURIである。
特許が認められれば、数年後の高速鉄道の開発史にはこう書かれてしまうかも。
尖閣のこともあるし、キチンと主張しないとかの国ならやりかねん。