1月(今月)の上旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、鎌倉(kamakura)と江ノ島(enoshima)を散歩して来た時の物です。
東京の南部近郊にある、鎌倉(kamakura)は、中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった中都市であり、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くあります(ただし、鎌倉(kamakura)の寺や神社(shrine)の、現在の建物については、(極一部の例外を除き)中世よりも後の時代に、火事等の焼失により、再建された物であったり、時代に合わせて、建て替えられている物です)。その為、鎌倉(kamakura)は、東京近郊の主要な観光地の一つとなっています。
鎌倉(kamakura)は、(中世には、日本の政治の中心地でしたが)、15世紀半ば以降、衰退し、一時期、基本的に、衰退した状態に有りましたが、19世紀頃から、徐々に観光地として発展し始め、また、19世紀後期以降、東京に近い、近代別荘地・保養地として発展し、再興しました(wikiを参考にしました)。鎌倉(kamakura)は、19世紀後期以降、作家や詩人等、多くの文学者が、好んで、居住し、若しくは、別荘を構えて来ました。また、鎌倉(kamakura)は、1920年代、1930年代頃から、横浜や東京に通勤する、大学教授や高学歴(大学卒)会社員等の、インテリ(知識人)中流層・中上流層が暮らす、郊外住宅地として発展して行きました。鎌倉(kamakura)は、現在も、小説家や、画家、文系の大学教授等、文化人達に好まれ、鎌倉(kamakura)及び、その周辺には、こうした人々が、多く暮らしているイメージが有ります。
鎌倉(kamakura)は、海に面しており、東京近郊の海沿いのリゾート(resort)地の湘南(syonan)の一部であると言う側面も有している事等から、若者に人気が高い観光地ともなっています。東京近郊の、茅ヶ崎(chigasaki)、江ノ島(enoshima)(藤沢(fujisawa))、(以下は、三浦(miura)(半島)areaとして、湘南(syonan)には、含めない考え方もあるが、私は、湘南(syonan)に含めて考えている。このへんは、地元の人も、結構大雑把だと思う)、鎌倉(kamakura)、逗子(zushi)、葉山(hayama)、横須賀(yokosuka)(西海岸の一部)等から成る、湘南(syonan)は、東京都心部方面から見て、横浜(東京areaの海の玄関口(gateway)である、大きな港町)の向こう側(反対側)に隣接するareaであり、東京areaに暮らす人々にとって、最も身近な、東京近郊のビーチリゾート(beach resort)地となっています。湘南(syonan)は、海岸線で見ると30km位ある様な気がしますが、大磯(ooiso)、二宮(ninomiya)辺りまで含めると、(海岸線で見ると)50km近く有る様な気がします。
この日は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べてから、のんびりと、東京都心部の、我が家を出ました。
私は、通常、鎌倉(kamakura)散歩が主目的の場合、(鎌倉(kamakura)は、道が狭くて、自動車を運転するのが疲れる等の理由により)、自動車ではなく、電車を使って行きます。この日も、電車を使って行きました(まあ、この日は、鎌倉(kamakura)の、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)で、初詣(hatsumoude)をする事以外に、(狭義の)江ノ島(enoshima)の頂上部の庭園の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を楽しむ事等も、目的でしたが。。。)。
写真以下9枚。遅れ馳せながら、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)(下の補足説明参照)で、初詣(hatsumoude)をしました。初詣(hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)(1063年創建)は、鎌倉(kamakura)の武士(侍(samurai))の守護神として建てられた、規模の大きな神道の神社(shrine)です。
鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu):鎌倉(kamakura)中心部にある規模の大きな神社(shrine)。源 頼義(miamoto no yoriyoshi。侍(samurai)。源 頼朝(minamoto no yoritomo)の祖先)が、1063年に、鎌倉(kamakura)の、別の場所に創建。1180年に、源 頼朝(minamoto no yoritomo)(下の、補足説明参照)は、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)を、現在地に移すと共に、鎌倉(kamakura)の侍(samurai)の守護神として、改めて整備を行い、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)を中心に、鎌倉(kamakura)を、自分の本拠地及び、日本の政治の中心地として、整備して行った。
源 頼朝(minamoto no yoritomo):1147年生まれ。1199年に亡くなる。中世の日本の、非常に有力な侍(samurai)。鎌倉(kamakura)を拠点に、日本全国の、侍(samurai)達の、長(leader)として、日本を実質的に統治した。
写真以下9枚。鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)の風景例。。。写真に写っているのは、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)の、とても広い敷地の、一部です。
逆光で(写真を撮る方向に、太陽が来てしまった為)、写真が、上手く撮れませんでしたが(写真が、白んでしまいましたが)、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)から、海の方角を眺める。鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)の正面から、海の方にまっすぐ伸びる、大きな通り、若宮大路(wakamiyaooji)(写真中央部に見える通り。下の補足説明参照)を、自動車でまっすぐに進むと、海に突き当り、海の景色が、大きく広がります。
若宮大路(wakamiyaouji):鎌倉(kamakura)で、最大且つ、最も有名な神社(shrine)である鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)の参道(sando)(お参りする道)で、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)の正面から、海の方に、まっすぐに伸びる、全長2km程の大通り。鎌倉(kamakura)の中心的な通りとなっており、特に、(電車の)鎌倉(kamakura)駅付近から、鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)までの、700m位が、賑やか。若宮大路(wakamiyaouji)の一部(鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)側)は、中央部分が、段葛(dankazura)と呼ばれる、車道(自動車の道)より高い位置にある歩行者専用の道となっており、桜の花の時期には、段葛(dankazura)の桜並木の花が咲き、若宮大路(wakamiyaouji)は、華やかな雰囲気となる。
写真以下3枚。鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)で、初詣(hatsumoude)をした後は、小町(komachi)通り(下の補足説明参照)を、ブラブラとし、適当に目に付いたカフェ(cafe)で、のんびりとしました。
小町(komachi)通り:鎌倉(kamakura)の中心部にある、全長600m程の、幅の細い通りで、商店や飲食店が連なり、観光客や地元の人々で賑わう、鎌倉(kamakura)で、最も賑やかな通りとなっている。
このカフェ(cafe)は、小町(komachi)通りの周辺(ほとんど、小町(komachi)通り沿い)にあるカフェ(cafe)で
、適当に目に付いて入ったカフェ(cafe)で、この時、初めて利用しました。
このカフェ(cafe)で、この時、私が飲んだ、飲み物。ヘーゼルナッツ(Hazelnut)ラテ(Latte)。ラテアート(latte art)は、猫を描いてくれるように、頼みました。
このカフェ(cafe)で、この時、彼女が飲んだ、飲み物。抹茶(Green Tea)ラテ(Latte)。彼女は、ラテアート(latte art)は、今年の干支である、羊を描いてくれるように、頼みました。うーん、猫の方が、上手ですね。
このカフェ(cafe)で、この時、食べた、おやつ。。。パンケーキ(pancake)。一つ(一皿)、頼んで、二人で分けて食べました。トッピング(topping)は、好きな、組み合わせを選ぶ事が出来ますが、全種類の、トッピング(topping)を載せて貰いました。
カフェ(cafe)で、のんびりした後は、鎌倉(kamakura)の中心部から、江ノ電(enoden)(下の補足説明参照)で、江ノ島(enoshima)areaに移動し、(狭義の)江ノ島(enoshima)(江島(enoshima)神社(shrine))で、初詣(hatsumoude)をすると共に、(狭義の)江ノ島(enoshima)の頂上部の庭園の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を楽しみました。江ノ島(enoshima)areaは、鎌倉(kamakura)areaの、海沿いの、西に隣接しています(ちなみに、鎌倉(kamakura)areaも、江ノ島(enoshima)areaも、東京近郊の、海沿いの保養地である、湘南(syonan)areaに属しています)。
江ノ電(enoden):主として鎌倉(kamakura)市の海に近い場所を走る(一部、海沿い(海に非常に近い場所)を走る区間がある)、路面電車(tram)的な、小さな電車(路線距離は、10km程)。江ノ電(enoden)は、110数年の歴史が有り、地元の人々や観光客達に、親しまれて来ました。
写真以下34枚。(狭義の)江ノ島(enoshima)(江島(enoshima)神社(shrine))で、初詣(hatsumoude)をすると共に、(狭義の)江ノ島(enoshima)の頂上部の庭園の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を楽しみました。
狭義の江ノ島(enoshima)は、広義の江ノ島(enoshima)(江ノ島(enoshima)area。狭義の江ノ島(enoshima)を含む、狭義の江ノ島(enoshima)周辺のarea)にある、小さな島です(ちなみに、私の投稿においては、基本的に、単に江ノ島(enoshima)と言う場合、広義の江ノ島(enoshima)(江ノ島(enoshima)area)の事を意味します)。狭義の江ノ島(enoshima)は(狭義の江ノ島(enoshima)は、湘南(syonan)を象徴する風景の一つともなっています)、江島(enoshima)神社(shrine)(552年創建と言われている、非常に歴史の古い、神道の神社(shrine)。ただし、建物は、時代に合わせて、建替えられています)を中心とした島で(狭義の江ノ島(enoshima)には、ヨットハーバー(marina)(1964年完成)や、多くの食堂等がありますが、島全体が、江島(enoshima)神社(shrine)の敷地と言った感じです)、古くから、多くの人々の信仰を集めて来ました。狭義の江ノ島(enoshima)は、中世の頃(12世末頃)からの行楽地で、特に、17世紀から現在に至るまで、庶民の行楽地として栄えて来ました。狭義の江ノ島(enoshima)と陸(島の周辺の街・ビーチ(beach))は、橋で結ばれています。
写真以下5枚。狭義の江ノ島(enoshima)と陸を結ぶ橋にて。。。
写真中央に見えている、高い山は、富士山(標高3,776m。東京圏に近い場所にある。日本で最も高い山であると共に、その形の美しさから、世界的に名が知られている山)です。
写真以下2枚の、左。狭義の江ノ島(enoshima)。島の頂上部の塔は、江ノ島(enoshima)展望灯台(高さ、約60m。海面からの高さは、約120m)。江ノ島(enoshima)シーキャンドル(sea candle)と言う、別名を持っています。
写真以下2枚。写真右側、富士山。
写真以下5枚。江島(enoshima)神社(shrine)で、初詣(hatsumoude)をしました。初詣(hatsumoude)とは、新年に、神社(shrine)や寺に、お参りして、その年の願い事などをする、日本の風習です。鶴岡八幡宮(tsurugaoka hachimangu)に続いて、この日、2回目の、初詣(hatsumoude)です。江島(enoshima)神社(shrine)は、552年創建と言われている、非常に歴史の古い、神道の神社(shrine)です(ただし、建物は、時代に合わせて、建替えられています)。写真に写っている建物は、狭義の江ノ島(enoshima)内に、たくさんある、江島(enoshima)神社(shrine)の建物の一部です。
江ノ島(enoshima)は、猫が多い島です。
写真以下24枚。狭義の江ノ島(enoshima)の頂上部の庭園の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を見ました。
これは、江ノ島(enoshima)の頂上部に行く途中の、イルミネーション(光の飾り)。
写真右端の、タワー(tower)は、江ノ島(enoshima)展望灯台(江ノ島(enoshima)シーキャンドル(sea candle)と言う、別名を持っています)。
写真以下2枚の、タワー(tower)。江ノ島(enoshima)展望灯台(江ノ島(enoshima)シーキャンドル(sea candle))。
江ノ島(enoshima)展望灯台(江ノ島(enoshima)シーキャンドル(sea candle))。狭義の江ノ島(enoshima)を、象徴する建物であり、高さは、約60mで、海面からの高さは、約120mあります。
写真以下4枚。江ノ島(enoshima)展望灯台(江ノ島(enoshima)シーキャンドル(sea candle))。
狭義の江ノ島(enoshima)(江島(enoshima)神社(shrine))で、初詣(hatsumoude)をすると共に、狭義の江ノ島(enoshima)の頂上部の庭園の、冬の時期の、イルミネーション(光の飾り)を楽しんだ後は、狭義の江ノ島(enoshima)から、バス(bus)で移動し、江ノ島(enoshima)areaのイタリア料理レストランの一つで、夕食を食べてから、電車で、東京都心部に、帰って来ました。
参考に、前に、kjにアップ(upload)した写真の再利用。江ノ電(enoden)。江ノ電(enoden)は、主として鎌倉(kamakura)市の海に近い場所を走る(一部、海沿い(海に非常に近い場所)を走る区間がある)、路面電車(tram)的な、小さな電車です(路線距離は、10km程)。110数年の歴史が有り、地元の人々や観光客達に、親しまれて来ました。
このイタリア料理レストラン(この日、夕食を食べた、イタリア料理レストラン)は、江ノ島(enoshima)areaと、鎌倉(kamakura)areaの境辺りにあるイタリア料理レストランで、鎌倉(kamakura)・湘南(syonan)areaで、お気に入りの、イタリア料理レストランの一つです。このイタリア料理レストランは、中級classの、イタリア料理レストランですが、値段に比べた、料理の質が高い、イタリア料理レストランで、このイタリア料理レストランの料理は、質が高く、非常に、美味しいです(このイタリア料理レストランの料理の味の水準は、高級イタリア料理レストランの水準です)。小ぢんまりとした、カジュアル(casual)な雰囲気の、イタリア料理レストランですが、店の雰囲気は、落ち着いていて、サービス(service)の感じも良く、落ち着いて食事をする事が出来る、イタリア料理レストランです。このイタリア料理レストランは、江ノ電(enoden)の通る道路沿いにあり、レストランの、大きな窓から、行き交う、江ノ電(enoden)が見られるのも、趣があります。
写真以下9枚。このイタリア料理レストランで食べた、この日の夕食。これに、パン、食後の、お茶菓子が付きます。ちなみに、この夕食時は、私は、飲み物は、主に、白ワイン(wine)を飲みました。
写真以下7枚は、全て、一人一皿ずつです(写真は、一人分)。
おまけの、オリーブ(olive)。
写真以下2枚。前菜。北海道(hokkaido)(日本の、最北端の地方。質の高い魚介類(seafood)の、大規模な産地となっている)産の、毛蟹(蟹)と、地元産の野菜、アボカド(avocado)のサラダ(salad)。
一皿目の、パスタ(pasta)。天使の海老(New Caledonia産海老)と、菜の花の、パスタ(pasta)。
二皿目の、パスタ(pasta)。冬野菜の、パスタ(pasta)。
魚介類(seafood)の、メイン(main)料理。地元産の魚(湘南(syonan)areaは、魚介類(seafood)の産地ともなっています)や、白子(魚類の精巣。milt)等、色々な、魚介類(seafood)の、zuppa di pesce(イタリア版、ブイヤベース(bouillabaisse)の様な料理)。
肉の、メイン(main)料理。阿波尾鶏(awao鶏)(下の、補足説明参照)の、香草ロースト(焼き物)、茸の、軽い、クリーム(cream)ソース(sauce)。
阿波尾鶏(awao鶏):徳島(tokushima)県(日本の、西部の、四国(shikoku)地方に位置する県の一つ)産の、高級な、鶏肉(地鶏(jidori。余分なストレス(stress)をかけないで育てた鶏の肉))。
写真以下2枚。デザート(dessert)。
私が食べた、デザート(dessert)。林檎を使った、デザート(dessert)。
彼女が食べた、デザート(dessert)。モンブラン(Mont Blanc・Monte Bianco)。
鎌倉(kamakura)・江ノ島(enoshima)散歩&食べ物、終わり。。。
以下、適当に、おまけ。。。投稿の本文(「鎌倉(kamakura)・江ノ島(enoshima)散歩&食べ物」)とは、全く、関係がありません。
デンマーク(Denmark)産の、色々な、お酒(アルコール(alcoholic)飲料)が入った、チョコレート。
写真以下2枚。NICHOLASと言う、1968年創業の、東京の中南西部郊外(百合ヶ丘(yurigaoka)・新百合ヶ丘(shinyurigaoka))のケーキ(cake)・西洋菓子店の、生チョコレート。