去年の10月の後半、東京の我が家から自動車で2時間半程の、長野(nagano)県の中南部の高原地帯(避暑地)にある別荘(別荘とは言っても、比較的裕福な人々が保有する様な典型的な別荘ではなく、庶民的な中古の一戸建て住宅です)で、過ごして来た物です。
以下、「以下、秋の高原滞在&食べ物3からの続きです。。。」と言う文までは、前回の投稿の文と、重複する物なので、前回の投稿を、ご覧になった方は、飛ばして下さい。
この時の三日目(以下、この日と書きます)は、天気が悪かったのですが、天気が悪い時は、自然を楽しむ(自然の中を、散歩したり、ハイキング(hiking)したりする)事よりも、別の事を、と言う事で、別荘から(別荘がある、長野(nagano)県の中南部areaから)、割と近い、木曽(kiso)area(長野(nagano)県の南西部area)の北端部にある、奈良井(narai)まで、足を延ばし(遊びに行き)、歴史的な、宿場町(syukuba町)の雰囲気を楽しみながら散歩しました。木曽(kiso)areaは、山深い(山と森林が多い)地域で、古くから林業が盛んな地域です。
奈良井(narai)は、木曽(kiso)area(長野(nagano)県の南西部area)の北端部areaにある、宿場町(syukuba町)です。宿場町(syukuba町)とは、歴史的に、都市間等を結ぶ街道(旅人が通る道)沿いにあって、旅人達の宿泊地として、旅人達の為の、宿泊施設や飲食施設を中心に発展した、町(村))の事を言います。奈良井(narai)は、昔の街道(旅人が通る道)沿いに、約1kmに渡って、古い(おそらく、主として、江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)に建てられた)、商人等の家(住宅)の建物(その、ある程度、多くは、現在も、実際に、人が暮らしている様です)、商店(店舗)の建物、宿屋(宿泊施設)の建物が、残り、現在は、建物群及び街並みが、よく保存されると共に、日本で、古い(江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)の)、宿場町(syukuba町)(下の補足説明参照)の雰囲気を、最も、良く残す場所の一つとして、観光地となっています(日本では、この様な、古い(江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)の雰囲気を残す、宿場町(syukuba町)の街並み(家並み)は、建物の建て替え等により、1920年代頃から1970年代頃にかけて(特に、(日本では)、新しい物、便利な物、経済成長に、最も重要な価値を置く事が主流であった、1950年代頃から1960年代頃にかけて)、非常に、多くが失われてしまいました。その様な中で、古い(江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)の)、宿場町(syukuba町)の雰囲気が、よく残っていた、奈良井(narai)では、1960年代後期頃から、古い建物と、古い街並み(家並み)を保存し、後世に伝えて行く事が、強く意識される様になり、現在に至っています)。
宿場町(syukuba町):歴史的に、都市間等を結ぶ街道(旅人が通る道)沿いにあって、旅人達の宿泊地として、旅人達の為の、宿泊施設や飲食施設を中心に発展した、町(村)。
奈良井(narai)は、日本の政府により、重要伝統的建造物群保存地区(特に重要な、伝統的建造物群保存地区)に指定されている場所の一つとなっています(日本の、非常に多くの、古い街並み(家並み)が、失われた中で、日本全国では、日本の政府により、重要伝統的建造物群保存地区(特に重要な、伝統的建造物群保存地区)に指定されている場所は、奈良井(narai)を含み、109箇所あります(逆に、日本全国的に見ても、109箇所しかないとも言えますが。。。)。なお、1843年の記録によれば、奈良井(narai)の宿泊施設の数は、7軒となっており(wikiより)、宿場(syukuba)(昔の旅人達の宿泊地・休憩地(である集落・村・町))としての規模の割には、宿泊施設の数は少なく、奈良井(narai)は、宿場町(syukuba町)であるものの、街道(旅人が通る道)沿いも、宿泊施設の建物よりも、住宅・店舗等の建物が中心の街並み(家並み)となっていた様です。奈良井(narai)の人々は、店舗の内容(商売の内容)等を、時代(現代)に合せつつ、自分達の街(奈良井(narai))の歴史や、古い建物に、誇りを感じている様です。
以下、秋の高原滞在&食べ物3からの続きです。。。
以下、この時の三日目(以下、この日と書きます)の続きで、奈良井(narai)の散歩の続きです。
写真以下47枚。奈良井(narai)の、古い(おそらく、主として、江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)に建てられた)建物が残る街並み。昔の街道(旅人が通る道)沿いに、約1kmに渡って、古い(おそらく、主として、江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)に建てられた)、商人等の家(住宅)の建物、商店(店舗)の建物、宿屋(宿泊施設)の建物が、残り、日本で、古い(江戸(edo)時代(17世紀から、19世紀半ば)の)、宿場町(syukuba町)(歴史的に、都市間等を結ぶ街道(旅人が通る道)沿いにあって、旅人達の宿泊地として、旅人達の為の、宿泊施設や飲食施設を中心に発展した、町(村))の雰囲気を、最も、良く残す場所の一つとなっています。なお、昔の街道(旅人が通る道)(写真の道路)は、基本的に(配達等の自動車を除いて)、住人の自動車だけしか通り事が出来ません。したがって、観光客は、周囲の、公共駐車場に、自動車を止め、歩いて(散歩しながら)、観光する事になります。
昔の街道(旅人が通る道)の周囲の、路地の風景例。。。
住宅等の建物は、道路(主な道路。(昔の)街道(旅人が通る道)沿い)に面した部分は、小さく(狭く)(横に狭く)、奥行きが広い(縦に長い)造りとなっています。したがって、通り(主な道路。(昔の)街道(旅人が通る道)沿い)から見ると、小さく見える(狭く見える)建物も、中に入ると、意外と広いと言う事が分かります。上の写真の様に、主な道路((昔の)街道(旅人が通る道)沿い)ではなく、路地から眺めると、建物を、縦側から見る事が出来るのですが、意外と広いと言う事が分かると思います。この様に、道路に面した部分は、小さく(狭く)(横に狭く)、奥行きが広い(縦に長い)造りの建物は、現代の、日本の都市部の住宅の建物等でも、よく見られます。
写真以下38枚。1840年に建てられた、裕福な商人(1602年から1870年代初め頃にかけて、奈良井(narai)において、旅行者用の馬等を、管理・運用していた商人)の住宅の建物。現在は、人が暮らしておらず(たぶん、この住宅の家族は、現在は、別の場所に暮らしていると思います)、歴史的な資料(歴史的な文化財)として保存され、一般に公開されています。
写真以下2枚。この住宅の、道路(主な道路。(昔の)街道(旅人が通る道))から見た外観。道路から見ると、あまり大きく見えませんが(横幅は、大きくありませんが)、(この道路((昔の)街道(旅人が通る道))沿いの、他の住宅等の建物同様)、奥行きが広い(縦に長い)造りとなっている為、建物に入ると、意外と広いと言う事が分かります。この様に、道路に面した部分は、小さく(狭く)(横に狭く)、奥行きが広い(縦に長い)造りの建物は、現代の、日本の都市部の住宅の建物等でも、よく見られます。
写真以下36枚。この住宅の内部の例。前述の通り、一見(道路から見ただけでは)、あまり大きく見えませんが、奥行きが広い(縦に長い)造りの建物である為、中に入ると、意外と広い(意外と大きい)と言う事が分かります。
写真以下10枚。二階部分の内部の例。
この住宅の家族が使っていた古い調度品等が、展示されています。
別荘の風呂は、基本的に、シャワー(shower)で汗を流す時位にしか使わず、別荘滞在中は、基本的には、風呂は、別荘周辺等の温泉を利用しています(別荘周辺には、温泉が、たくさんあります)。
この日の温泉は、奈良井(narai)から、別荘方面に帰る途中、高速道路(motorway)を、少し、手前で下りて、岡谷(okaya)市にある、岡谷(okaya)市が運営する公営の温泉施設の温泉風呂に入りました。元々、この日は、この温泉施設(岡谷(okaya)市にある、岡谷(okaya)市が運営する公営の温泉施設)の温泉風呂に入るつもりはなかったのですが、工事渋滞(工事による車線規制による渋滞)により、それよりも先、高速道路(motorway)が、別荘方面は、渋滞しているようであった為、高速道路(motorway)を、少し手前で下りて、ついでに、この温泉施設の温泉風呂に入って行く事にしました。
長野(nagano)県の、私の別荘があるarea(長野(nagano)県の中南部area)は、大きく、諏訪(suwa)湖(長野(nagano)県の中南部に有る大きな湖)周辺の盆地areaと、避暑地・高原保養地となっている、高原areaに分かれます。諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaは、諏訪(suwa)市、下諏訪(shimosuwa)町、岡谷(okaya)市から成り、私の別荘がある高原area(私の別荘周辺)は、茅野(chino)市、富士見(fujimi)町、原(hara)村から成ります。なお、諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaと高原areaの間は、自動車で簡単に行き来出来、両者の経済的・文化的な繋がりは、強いです。
諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaは、諏訪(suwa)市(人口5万人程の小都市ですが、諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaだけでなく、(高原areaも含む)長野(nagano)県の中南部areaの中心都市。大規模な温泉保養地となっていて、温泉を、家の風呂に引いている一般家庭も有る程、温泉の湯量が豊富)、下諏訪(shimosuwa)町(人口約2万人。古くからの温泉保養地)、岡谷(okaya)市から、成ります。
岡谷(okaya)市は、人口は、約5万人で、温泉が乏しく(ただし、温泉がない訳ではない。この日、利用した温泉施設は、岡谷(okaya)市にある温泉施設です)、観光面においては弱いが(ただし、鰻料理が有名で、鰻料理食堂が多い(長野(nagano)県の中南部areaには、鰻料理食堂が多いが、特に、岡谷(okaya)に多い))、近代以降は、工業都市(第二次世界大戦前は、製糸業、第二次世界大戦後は、精密機械工業)として発展した都市です。
写真以下3枚。この日、利用した温泉施設。この温泉施設の、チラシ(leaflet)より。。。岡谷(okaya)市にある、岡谷(okaya)市が運営する公営の温泉施設です。(利用者の中心は、観光客・保養客よりも)圧倒的に地元の人達と言った感じの温泉施設です。岡谷(okaya)は、長野(nagano)県の中南部areaの中では、私の別荘から遠い場所にあるので(まあ、遠いと言っても、それ程、大した事ありませんが。。)、この温泉施設は、あまり利用しませんが、極、たまに、気分転換に利用しています。
この温泉施設の、温水プール(swimming pool)。プール(swimming pool)は、水着を着て利用するようになっています。
この温泉施設の温泉風呂は、男女別の共同温泉風呂となっていて、男用の共同温泉風呂、女用の共同温泉風呂、それぞれに、屋内(室内)温泉風呂、サウナ(sauna)等があります(温泉露天(野外)風呂は、ありません)。写真は、この温泉施設の、男用の共同温泉風呂の屋内(室内)温泉風呂、又は、女用の共同温泉風呂の屋内(室内)温泉風呂(男用の共同温泉風呂も、女用の共同温泉風呂も、全く、同じ感じだと思います)。
この温泉施設の、サウナ(sauna)の例。
写真以下5枚。この日の夕食は、温泉に入った後、諏訪(suwa)湖周辺の盆地area(諏訪(suwa)市)の店舗と、私の別荘周辺(長野(nagano)県の中南部の高原area)の店舗、合計二店舗、店舗を展開している、お気に入りのインド料理(北インド料理)レストランの、諏訪(suwa)湖周辺の盆地area(諏訪(suwa)市)の店舗の方で食べました。このレストランは、私の別荘の有るエリア(area)(長野(nagano)県の中南部area)のインド料理レストラン(私が知る限り)の中で、個人的に、突出して、一番美味しいと思います。この店は、私の別荘周辺の店舗の方が、(諏訪(suwa)湖周辺の盆地area(諏訪(suwa)市)の店舗よりも)、私の別荘に、ずっと近いのですが、主に、割りと富裕な別荘族等を相手にしている別荘周辺の店舗の方は、値段が高いので、(富裕層の別荘族とは、全く異なる私はw)、個人的に、普段使いで利用する時は(日常の食事として、このインド料理レストランの料理を食べる時は)、基本的に、諏訪(suwa)湖周辺の盆地area(諏訪(suwa)市)の店舗の方を利用しています(前述の通り、諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaと高原areaの間は、自動車で簡単に行き来出来、諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaの店舗は、別荘から、そう遠くはありません)。周りの環境は別として(諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaの店舗は、街中、別荘周辺の店舗は、緑豊かな高原地帯に有る)、店の雰囲気自体は、諏訪(suwa)湖周辺の盆地areaの店舗も、ゆったりとしていて良いです。
写真以下5枚。このインド料理(北インド料理)レストランで食べた、この日の夕食。ちなみに、飲み物は、この時、二人共、食事中は、ラッシー(lassi)等、食後は、チャイ(masala chai)(この店のチャイ(masala chai)は、美味しいです)を飲みました(自動車の運転があるので、お酒(アルコール(alcoholic)飲料)は、飲みませんでした)。
写真以下4枚は、全て、二人で分けて食べました。
写真以下2枚。タンドリーチキン(tandoori chicken)。この店の、タンドリーチキン(tandoori chicken)は、美味しくて、お気に入りとなっています。
写真以下2枚。カレー(curry)。ナン(naan)の大きさに比べて、カレー(curry)は、少ないように見えますが、このレストランのカレー(curry)は、とても濃厚なので、全く、そんな事はありません。
シェフ(chef)が、特別に調合した、秘密のスパイス(spice)で味付けした、茄子と、炭火焼チキン(chicken)の、カレー(curry)。
ホウレン草(spinach)と、(手作り)カッテージチーズ(cottage cheese)の、カレー(curry)。一束分のホウレン草(spinach)の葉(葉の部分のみ)を使っています。
ナン(naan)(写真手前)。一人一枚ずつ(写真は、一人分)。この店は、ナン(naan)も、中々美味しいです。
この日の夜、別荘で食べた、シャーベット(sorbet)。別荘周辺のマートで買った物。薔薇の風味のシャーベット(sorbet)を、薔薇のチョコレートで包んだ物。チープな(安い)製品です。
以下、この翌日(この時の四日目(この時の、最終日)。以下、この日と書きます)からです。。。
この日は、朝寝坊をし、遅目の朝食を、別荘で食べてから(朝食の内容は、普段、東京の我が家で食べている朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))と、基本的に同じでした)、別荘の、 庭仕事と片付け(掃除)をし、その後、別荘周辺の、イタリア料理の、カフェ(cafe)&レストランで、遅目の昼食を食べ、別荘周辺の農産物販売所等で買い物をしてから、東京に帰って来ました。
写真以下25枚。この日の昼食は、遅目に、別荘周辺の、イタリア料理の、カフェ(cafe)&レストランで食べました。この店は、19世紀後期に建てられた、日本伝統式の一戸建て住宅(おそらく農家(農民の家))を改装した、カジュアル(casual)な、イタリア料理の、カフェ(cafe)&レストランです。この、カフェ(cafe)&レストランは、地元の人々と、別荘族、両方の利用が多い感じの、カフェ(cafe)&レストランです。このレストランは、前は、お気に入りで、よく利用していましたが、今は、時々利用する程度です(とは、言っても、近年、また、利用する頻度は、上がっては、来ている)。
写真以下18枚。このカフェ(cafe)&レストランの、外観及び、内装例。19世紀後期に建てられた、日本伝統式の一戸建て住宅(おそらく農家(農民の家))を改装した、カフェ(cafe)&レストランです。
写真以下7枚。この、カフェ(cafe)&レストランで食べた、この日の昼食。
付け合せ(side dish)の、サラダ(salad)。一人一皿ずつ。
写真以下4枚は、二人で分けて食べました。
写真以下2枚。サラミ(salami)と、ホウレン草(spinach)の、ピザ(pizza)。
写真以下2枚。パスタ(pasta)。ズワイ蟹(蟹)と、茸の、ペペロンチーノ(aglio, olio e peperoncino)。
写真以下2枚。デザート(dessert)。ケーキ(cake)。この、カフェ(cafe)&レストラン自家製の物ではなく、この、カフェ(cafe)&レストランが、私の別荘周辺のケーキ(cake)・西洋菓子店の一つ(このカフェ(cafe)の、近くにある)から、仕入れている物です。
私が食べた、チョコレート系の、ケーキ(cake)。
写真以下4枚。別荘周辺の、道路の風景例。。。この日は、天気は、あまり良くなかったです。
遅目の昼食を食べた後は、別荘周辺の農産物販売所等で買い物をしてから、東京に帰って来ました。
秋の高原滞在&食べ物、終わり。。。