昨日は久しぶりに家族全員が顔を揃えて
これまた久しぶりに自宅での夕食となった。
特に長男夫妻はどちらも非常に多忙であり、
なかなか予定が合わなかったのだが、今回は
当直&日勤明けではあったが、とりあえずは
顔を出してくれた。
・・・と、ここまで書いた時点で、頭の悪い
例の男は、「家族」「家庭」と聞いた途端に
発作的に例の句読点が付けられない、幼稚な
日本語で、絨毯爆撃のように妄言を語り始める
ことであろう。(笑)
彼の基本構造は「ルサンチマン」、要するに
妬み・嫉妬の塊であり、自分より幸せな生活を
送っている人間が許せない、いや、それどころか
そんな存在を認めるわけにはいかないのである。
例えば、inunabeya氏が昼食の写真を投稿すれば、
「拾い画像」と言って、全力でそれを否定する。
わざわざレシートまで付けて投稿しているのだが、
彼にとっては、1000円もするランチなど認める
わけにはいかないのだ。もしそれを認めてしまえば、
毎日、近くのスーパーで買った格安弁当しか食べ
られない自分が惨めになるからだ。
同様にひょうたんでしょう氏の株取引きも絶対に
存在自体を否定せずにはいられない。恐らくは
貯金すらほとんどない自分の経済状況かれすれば、
資産運用といったブルジョア的な行為など許される
はずもない。
実は先日、とある実験として、彼に餌を与えてみた。
「月の小遣いは500円くらいやな」と書いたところ、
見事なくらい食いついてきて、以来、「ワンコイン」
と煽ってきてたのである。
普通の大脳を備えていれば、そんなもん月500円で
毎日、ウォーキング帰りに給水所に立ち寄れるはずが
ないことくらい分かりそうなもんだが、彼はようやく
自分と同じレベルの状態を見つけた!!と思い込み、
嬉々として煽り始めるのである。要するに恐ろしいほど
バカなのである。
古代ギリシャの喜劇作家・アリストファネスの著書の中に
次のような一節がある。
幼児性は成長と共に消え
無知は教育で改められ
酔いはやがて覚める
だが、愚かさだけは
一生つきまとう・・・
この言葉を具現化したのが、関谷某という男であろう。
もちろん、彼がどんな仕事をしていようが、どんなに
貧しかろうが、どんなに頭が悪かろうが、どんなに
愛に飢えていようが、そんなことは私には無関係であり、
また関与したいとも思わない。私が大切にしているものに
関わらない限りは、彼とて基本的人権はあろう。
P.S.
宴の翌日の昼飯というのは、その大半は「宴の残骸」が
中心となってしまうのは、我が家だけであろうか?

昨日は久しぶりに家族全員が顔を揃えて
これまた久しぶりに自宅での夕食となった。
特に長男夫妻はどちらも非常に多忙であり、
なかなか予定が合わなかったのだが、今回は
当直&日勤明けではあったが、とりあえずは
顔を出してくれた。
・・・と、ここまで書いた時点で、頭の悪い
例の男は、「家族」「家庭」と聞いた途端に
発作的に例の句読点が付けられない、幼稚な
日本語で、絨毯爆撃のように妄言を語り始める
ことであろう。(笑)
彼の基本構造は「ルサンチマン」、要するに
妬み・嫉妬の塊であり、自分より幸せな生活を
送っている人間が許せない、いや、それどころか
そんな存在を認めるわけにはいかないのである。
例えば、inunabeya氏が昼食の写真を投稿すれば、
「拾い画像」と言って、全力でそれを否定する。
わざわざレシートまで付けて投稿しているのだが、
彼にとっては、1000円もするランチなど認める
わけにはいかないのだ。もしそれを認めてしまえば、
毎日、近くのスーパーで買った格安弁当しか食べ
られない自分が惨めになるからだ。
同様にひょうたんでしょう氏の株取引きも絶対に
存在自体を否定せずにはいられない。恐らくは
貯金すらほとんどない自分の経済状況かれすれば、
資産運用といったブルジョア的な行為など許される
はずもない。
実は先日、とある実験として、彼に餌を与えてみた。
「月の小遣いは500円くらいやな」と書いたところ、
見事なくらい食いついてきて、以来、「ワンコイン」
と煽ってきてたのである。
普通の大脳を備えていれば、そんなもん月500円で
毎日、ウォーキング帰りに給水所に立ち寄れるはずが
ないことくらい分かりそうなもんだが、彼はようやく
自分と同じレベルの状態を見つけた!!と思い込み、
嬉々として煽り始めるのである。要するに恐ろしいほど
バカなのである。
古代ギリシャの喜劇作家・アリストファネスの著書の中に
次のような一節がある。
幼児性は成長と共に消え
無知は教育で改められ
酔いはやがて覚める
だが、愚かさだけは
一生つきまとう・・・
この言葉を具現化したのが、関谷某という男であろう。
もちろん、彼がどんな仕事をしていようが、どんなに
貧しかろうが、どんなに頭が悪かろうが、どんなに
愛に飢えていようが、そんなことは私には無関係であり、
また関与したいとも思わない。私が大切にしているものに
関わらない限りは、彼とて基本的人権はあろう。
P.S.
宴の翌日の昼飯というのは、その大半は「宴の残骸」が
中心となってしまうのは、我が家だけであろうか?


