旅彩る「生きた鉄道博物館」 魅力アップへ住民も力
2011年7月31日 01:10

人吉機関庫で整備中のSL人吉について説明する、鉄道観光案内人会の立山会長(右から3人目)

SLの機関助士の仕事が体験でき、子どもたちに人気の石炭のかま入れ練習
八代市と鹿児島県霧島市を結ぶJR肥薩線。宮崎を含めた3県にまたがり、SL人吉(熊本-人吉)などの観光列車が人気を集める。その旅を彩るのが100年以上前に建設され、今も現役で活躍する駅舎や橋などの鉄道施設だ。沿線自治体は、その歴史的価値に注目し、世界遺産登録を目指す運動を近く始める計画だ。肥薩線にかかわる住民の姿を通じ、魅力に迫ってみた。
■石炭のかま入れ
「200回連続でできんと、SLの機関助士にはなれんばい」
夏休みの人吉駅(人吉市)。SL人吉が方向転換する転車台そばの建物で、元機関士の岡本勝男さん(70)が子どもたちに身ぶり手ぶりで指導していた。
教えているのは、機関助士が担当する石炭のかま入れ。かつて機関区にあった練習装置を、岡本さんら鉄道OBでつくる「人吉鉄道観光案内人会」がベニヤ板を使って再現したのだ。
右手のシャベルで石炭をすくい、左手でかまの扉を開け、投げ込む。石炭をのせたシャベルは重さ約3キロ。私も挑戦したが、石炭はこぼれるし、だんだんスピードが落ちてくる。連続200回を2セットこなさないと、助士になれないそうだ。
「本番では、室温40-50度の機関室で、汽車の揺れに踏ん張りながらやるんだ。肥薩線は山登りの難所があるからね。腕がパンパンになるまで練習したよ」と岡本さん。100年の歴史を支えた「男の汗」を少し体感できた気がした。
■タイムスリップ
白石駅(芦北町)や矢岳(やたけ)駅(人吉市)の駅舎、矢岳第1トンネル(同)、球磨川第1橋梁(きょうりょう)(八代市)…。肥薩線では、100歳を超えた鉄道施設が今も現役だ。全国で鉄道の電化が進む中、「停滞」の象徴だった施設群は、ゆっくりした旅を求める時代の到来で「宝物」に変わった。
7月24日。鉄道案内人会の会長で、元機関士の立山勝徳さん(76)が「九州産業考古学会」の会員を引率し、人吉駅構内にある人吉機関庫をガイドしていた。
100年前に完成した車庫は、三連アーチの入り口が印象的で、全国でも貴重な石造りの機関庫だ。ちょうど熊本から到着したSL人吉が整備中で、その光景は1世紀前にタイムスリップしたかのようだ。
「まさに肥薩線は『生きた鉄道博物館』なんです」。立山さんが言葉に力を込めた。
■汗だくで草払い
肥薩線を盛り上げるのは鉄道OBだけではない。
人吉駅から吉松駅への行程は、標高差四百メートルを昇り降りする日本有数の山岳路線だ。その中間地点の高原に大畑(おこば)駅(人吉市)がある。
築100年を超える駅舎周辺では、地元在住の名誉駅長、池田幸男さん(69)が汗だくで草払いをしていた。元教員で、2001年からほぼ毎日、無人駅の環境を整備してきた。
大畑駅は急勾配を登るため、全国で唯一、ループ線の中にスイッチバックを併用している。あこがれの地を目指してきた全国の鉄道ファンの「いい駅ですね」の言葉が池田さんを支える。
昨年からは、地元住民も協力して月に一度の大掃除が始まった。「少しずつ駅をめぐる人の輪が広まってきた」と池田さんはほほ笑む。
肥薩線の世界遺産を目指す運動はまず、沿線自治体主導で始まる計画だ。だが、そのカギを握るのは「地元の熱意」と言われる。運動を通じ、より多くの住民が100年守り続けた「宝」の価値を再認識し、次代へつなぐ契機となればいい。
=2011/07/31付 西日本新聞朝刊=
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/256087
今まで世界遺産に登録された鉄道
1998年 ゼメリング鉄道(オーストリア世界初の山岳鉄道)

1999年 インド山岳鉄道群(1999年ダージリン・ヒマラヤ鉄道、。2005年ニルギリ山岳鉄道、2008年カールカー=シムラー鉄道)

2008年 レーティッシュ鉄道(スイス最大級の私鉄)

あと、新幹線を世界遺産にしようという動きもあるようだが^^